ラー・ネイジュを発艦してから幾許かの時を経て、ルミナスガンダムは目標宙域へと到達していた。そこはサイド7とサイド6の中間地点に位置する場所であり、見渡す限り星々の海が広がる宇宙の景色しかモニターには映っていない。一見すると何もない場所であるが、カトレア・ペンタスは確かに捉えていた。光学迷彩によって姿を隠している、小惑星イサベルの姿を。
(…さて、向こうは既に捕捉している筈だが…)
戦闘体勢を整えながら、目を凝らして何もない場所を見据えていく。更に接近していけば迎撃されるだろうと思いつつ、スラスターを噴射しながらゆっくりと前進していった。何処から攻撃が来るのか、どのように迎撃部隊が出てくるのか、頭の中でシュミレーションを行っている最中、それは起こる。
「ッ………!」
何もない筈の場所から、突如として大量のミサイル群が飛来してきたのだ。直ぐに回避運動を行いながら、頭部のバルカン砲を発射してミサイルを迎撃していく。1発、また1発と撃墜していき、ミサイルの爆発によって他のミサイルにも誘爆を引き起こし、全てのミサイルを撃ち落とす事が出来た。
素晴らしい運動性能、そして思考がダイレクトに駆動系に伝播するフルサイコフレームの恩恵を直に感じ、カトレア・ペンタスは感心したように吐息を漏らす。キュベレイにもコックピットブロックにサイコフレームを導入していたが、このガンダムはまるで別物だ。
「…お出ましか。」
ミサイルの爆煙の奥から、突如としてイサベル所属の艦隊が姿を現す。ムサカ級、エンドラ級、それに奥には艦隊旗艦アグライアの姿もあった。元々私が座乗していた艦だが、今は敵である。向こうがやる気なら、こちらも対処するまでだ。前衛であるエンドラ級からモビルスーツ部隊が次々と発艦し、こちらへと迫り来るのが見える。
…出来る限り、無益な戦闘は避けるべきだろう。時間稼ぎをする意味も込めて、私はコンソールパネルに触れていくと、オープンチャンネルを開いて声を張り上げた。
「聞け、栄えあるイサベルの戦士達よ。私の名は…カトレア・ペンタス!」
その効果の程は…直ぐに現れた。
発艦したモビルスーツ部隊の動きが止まり、艦隊も攻撃の手を止めていたのだ。オープンチャンネルで放った肉声と共に、リアルタイム映像も同時に発信しているので、受信している者達は皆私の顔を見ているのだ。ミノフスキー粒子が完全に散布されていない状況も相まって、こちらにも通信が届き始めている。
『まさか…本当に、閣下が…?』
『だが、あれはガンダムだぞ…っ』
『しかし、あの声にお顔…見間違うものか…!』
ここぞとばかりに、私は言葉を続けていく。
「ギムレット・クルスの野望に、お前達の尊い命を賭けるべきではない…。奴が望んでいるのは、完全なる地球人類の抹殺と、全宇宙の独裁的支配だ。だが…地球と宇宙の共存を許さぬ破滅的な支配など、反感を覚えた市民や勢力を助長させ、また新たな戦争の火種を生むだけだ…!そして、お前達の命は無為に散らすべきではない。平和な世界で、幸せに生きてほしい…私の願いは、」
『艦隊、そしてモビルスーツ部隊に告ぐ。』
私の話を、突如として遮る者が現れた。この声、聞き間違える筈もない。
『我々の敵は、我々の存在を脅かし、スペースノイドを弾圧し続ける地球である。カトレア・ペンタスは既に戦死した、あれはよく出来た偽物である。惑わされるな、イサベルの兵士達よ。ガンダムは敵だ、直ちに攻撃を開始せよ。』
ギムレット・クルスが、向こうもオープンチャンネルを用いて戦場の全兵士へと命令を下したのだ。更に困惑の色を深める艦隊であったが、最終的な決断を下すのにそう時間はかからなかった。
『……全艦、攻撃開始!』
「ッ……、やはりそうなるか…!」
イサベルの実権を握っているギムレットの命令に反するなど、出来る筈もない。艦隊からの砲撃、そしてモビルスーツ部隊による攻撃が、ガンダムに向けて降り注がれていく。
私は舌打ちを一つ溢しながら、即座に回避運動に入る。キュベレイ以上の機動性と反応速度に、まず艦隊からの砲撃は当たる気配が無い。艦砲射撃を回避していくと、次々に押し寄せてくるモビルスーツの数々を捕捉していった。
「……ファンネル!」
私の感応波を、サイコミュを通じてフィン・ファンネルへと伝播させていくと、攻撃命令を受けた6基のファンネルが背面から射出され、ギラドーガ部隊へと襲い掛かっていく。
ファンネル達の攻撃は、ギラドーガの頭部に直撃し、腕を撃ち抜き、脚を撃ち抜いていった。コックピットへの直撃は避け、不殺の覚悟を持った精密攻撃を繰り出していく。これ程までのファンネルのコントロールを可能としているのは、ひとえにカトレア・ペンタスの完成された強化人間としての能力故である。
『くそ、化け物か……!』
行動不能となった機体の内の一つから、パイロットの声が通信を介して届いてくる。そうとも、化け物でいい。化け物相手に負けたなら、帰る言い訳はつくだろう。
私は更に突き進む。ファンネル達を操り、ライフルでの狙撃も併せて行い、前衛のエンドラ級から発艦したギラドーガ部隊をほぼ無力化する事に成功した。その数はざっと数えて10数機程、まずまずの戦果である。
『くっ…、やはり閣下相手では……。モビルビットを出せ!』
すると、エンドラ級とムサカ級から、それぞれ新たなモビルスーツ部隊が発艦を開始した。直掩部隊のギラドーガではなく、識別にも反応しない…そしてサイコミュを通じ、ピリピリとしたものが私の感応波に干渉してくるのを感じる。
ルミナスガンダムは、その敵を知っていた。まるで意思を持っているかのように、ガンダムのツインアイが一際輝きを放つ。
「…そうか、あれが…」
命を持たぬ人形、その正体がこうして私の目の前に現れたのだ。ギムレットの悪趣味がよく表れていると感じながら、急速接近してくる新型モビルスーツ部隊…モビルビットへ向けてこちらも突っ込んで行く。
こちらの動きに合わせて、キュベレイの面影を残す漆黒の体躯をしたモビルビット達は散開し、手持ちのビームライフルをガンダムに向けて発射してきた。その軌道、正確な射撃、無人機とは思えない人間のような動きに、つい私は目を見張る。
「…だが…ッ。」
相手が無人機なら容赦はしない。フィン・ファンネル達へ再び攻撃命令を行うと、複雑な軌道を描きながら6基のファンネルはモビルビット達へと襲い掛かっていく。今度は無力化させる為の攻撃ではなく、文字通り破壊する為の攻撃だ。四方からのファンネルのオールレンジ攻撃に対処し切れず、コックピットブロックとバックパックに攻撃を受けてしまった1機が爆散していく。
1機、また1機、次々に撃ち落とされていくモビルビット。回避プログラムも働いているようだが、所詮は無人機の動き。容易に回避する先を先読み出来て、ファンネルが的確に攻撃を加えていく。
「くっ……、鬱陶しい……!」
だが、多勢に無勢。モビルビットの数は更に増していき、モニター上で捕捉しているだけでも20機以上は居るだろうか。物量で押し切ろうとするように、ありとあらゆる方向からビーム攻撃が迫り、こちらも回避と防御に専念しなければならない時間が訪れる。
そんな中、1機のモビルビットがビームサーベルを展開し、ガンダムに向けて接近戦を挑んできた。その動きは滑らかで、戦闘データがよく反映されているのだと分かる動きだった。こちらも背部ファンネルラックからビームサーベルを引き抜くと、応戦するように振り抜いていく。
「この、動きは……ッ…。」
ビームサーベル同士がぶつかり合い、ビームの火花を散らしながら鍔迫り合い状態となりながら、私は直感的に感じていく。この軌道、攻撃動作…まるで私自身を相手にしているようだ。どうやら無人機の中に、私の戦闘データを組み込んだものが紛れ込んでいるらしい。
「だが…負けん…ッ」
スラスターペダルを踏み込んで推力を解放すると、ガンダムはそのパワーを以て無人機を圧倒していき、鍔迫り合いを制して弾き返していった。体勢を崩した無人機は、姿勢制御の為にスラスターを小刻みに噴射しており、そこに追撃の隙が生じる。
すかさずビームサーベルを振り抜こうとした刹那───今度は別の機体がこちらに攻撃を加えてきた。
「ッ────、やるな……!」
ガンダムのセンサーが攻撃接近を捉え、コックピット内にアラート音が鳴り響くよりも前に、サイコミュが敵意の感応波を拾った事で素早くシールドを構え、対ビームコーティングが施されたシールドはビーム攻撃を受け止めつつ弾いていった。
新たな無人機からの攻撃。今の一撃で追撃のチャンスが潰えると、一度距離を取ってから2機目の無人機に向けて銃口を向け、トリガーを引いてハイパー・ビーム・ライフルの攻撃を放っていく。
だが……無人機は必要最小限の動きだけでビームを躱して、その動きのままライフルを構えて反撃してきたのだ。
(…やはり…っ、この機体に組み込まれているデータは……!)
反撃してきたビーム攻撃も恐ろしく正確であり、再びシールドを構えて防いでいく。この動き、この感覚……2機目に搭載された戦闘データは、シーナ・ランチェスターのものだと確信した。然し、どうやってギムレットはシーナの戦闘データを入手出来たのか…謎が謎を呼んでしまっており、戦闘の最中にあって余計な事を考えてしまう。
私の戦闘データを組み込んだ無人機が前衛、シーナの戦闘データを組み込んだ無人機が後衛として、連携を取りながらこちらに攻撃を仕掛けてきた。私とシーナを同時に相手取る形となると、流石のガンダムと言えど反撃する隙が限りなく消えていく。唯一の救いは、どうやら向こうにはオールレンジ攻撃を行うオプションが搭載されていない事くらいだ。
「チッ……、黙らせる……!」
だが、こんな所で足止めを喰らう訳にはいかない。作戦時間は刻一刻と過ぎており、間も無くラー・ネイジュも戦闘宙域に到達する頃だろう。いつまでも無人機の相手ばかりをしていれば、その分だけラー・ネイジュに敵の戦力を向かわせてしまいかねない。少々無理をしなければならないが、私は再びスラスターペダルを床まで踏み抜いていき、前衛である無人機へと突撃していく。
ビームサーベルを振り抜くと、向こうもビームサーベルを展開し、激しく刃がぶつかり合って鍔迫り合いとなっていった。この隙を見逃す筈もなく、後方では後衛の無人機がライフルを構え、照準をこちらに合わせていく。正に引き金が引かれようとしているその刹那、私の意識は目の前の無人機でも後方でもなく、別の所に向けられていた。
「来い、ファンネル…!」
6基のフィン・ファンネルを引き戻し、一斉に攻撃命令を感応波によって飛ばしていくと、ライフルを構えていた後方の無人機へ襲い掛かっていったのだ。四方から次々に撃ち込まれるファンネルのビーム攻撃に反応すると、無人機はライフルの構えを解いて回避運動を行っていくが、それこそが私が狙っていた行動だった。
鍔迫り合いの状態の最中、ファンネルの動きを制御しつつ、私はシールドを無人機へと向けていく。そしてトリガーを引くと、シールドに内臓されているビームガンから閃光が迸り、ガラ空きとなった無人機のバックパックへと命中したのだ。背部、そして胸部と撃ち抜かれた無人機は、ファンネルの攻撃もその身に降り注ぎ、全身を撃ち抜かれて爆散していった。
「次は…お前だ…ッ!」
意識を再び目の前の敵機に向けていく。私の戦闘データを組み込んだ無人機は、左腕にもビームサーベルを構え、突き刺そうと振り被って来たのが見える。だが、その行動もまた私にとっては隙を突くチャンスとなった。
ビームサーベルを握る側の右腕部。その装甲が開いていくと、中から姿を現したのはガトリングガンの砲身。鍔迫り合いの状態にあって、私は素早くトリガーを引くと、ガトリング砲身が高速で回転していき、無数のビームの弾丸をゼロ距離で無人機へと撃ち込んでいく。耐ビームコーティングを施しているようだが、この至近距離でのビームガトリングガンの斉射には装甲は耐え切れないようで、程なくして表面装甲に穴が開き始め、抉るように胸部を穴だらけにしていく。
「ふん……、この程度か……。」
バチッ…バチッ…と火花を散らす無人機へトドメを刺すように、動かなくなった機体の頭部にビームサーベルを突き刺し、そのまま蹴り飛ばして距離を離していくと、2機目の無人機も激しい爆発を起こして機体が粉々に散っていった。
戦闘データを組み込んだとは言え、所詮はデータ通りにしか動けないデッドコピーに過ぎず、絡繰が分かってしまえば倒せない敵ではない。爆発の光をモニター越しに眺めながら、静かに言葉を吐いていく。
「さて…、まだまだ来るようだな……。」
歯応えのある2機の無人機を倒したとは言え、戦力の内の一部を削ったに過ぎない。残りのモビルビットの部隊が隊列を組み直し、再びこちらに向けて迫って来ていたのだ。
エネルギー残量、推進剤の残量共にまだ余力はあり、私自身の体力も残っている。サイコミュとの感応波による連動も問題なく、囮としてまだ戦える事を再認識していけば、操縦桿を握り直して応戦の構えを見せていく。
気になるのは、艦隊旗艦であるアグライアの動きだ。見る限りでは、アグライアに大きな動きはなく、初期位置からほぼ動かずに戦場全体を眺めているようだった。旗艦として指揮を取るという意味では正しい行動なのかもしれないが、現存艦隊はアグライアを含めて3艦のみ。無人機を多数出撃させているとは言え、アグライアの火力も用いない事には厳しい筈だが……
その時だった。
「ッ……、何だ……?」
突如として、アグライアの後方……何もない筈の場所から爆発が起こり、無数の破片が辺りに飛散していく。それも一つではなく、次々に爆発が起こったのだ。無人機達の攻撃を回避しつつ、私はセンサーによる索敵を行い、熱源反応をコンソールパネル上で確認していく。
…やはり、ラー・ネイジュはまだ到着していない。連邦軍の識別反応は無く、モビルスーツ部隊も私と無人機達、そして艦隊の直掩機達のみ。つまりあの爆発は、姿を隠しているイサベル内部で発生したものであると分かる。だが、驚くべき事は更に続いていった。
「…アグライアが、離れていく…?」
エンドラ級、ムサカ級を残したまま、旗艦アグライアが反転して離脱の動きを見せ始めたのだ。無人機からの波状攻撃を掻い潜り、ハイパー・ビーム・ライフルとファンネルの攻撃で撃墜していきながら、アグライアの行動に驚きの声を漏らしてしまう。
撤退するなら、撤退命令の信号弾を上げる筈。それすら無いというのは、別の任務を帯びているのか、単に味方を残して本当に退くつもりなのか……。その時、ガンダムのコンソールパネルに1通の暗号通信が届いた。敵の攻撃の勢いが弱まった隙を見て、暗号通信を開いてみる。
“カトレア閣下、生きておられると信じておりました。我が艦はこれより、ギムレット・クルス一派に対してクーデターを決行し、イサベルの民間人と地球連邦政府の人質を乗せた輸送船護衛の任に就きます。新たな敵味方識別情報を送りますので、連邦軍への共有を願います。
───アグライア艦長、エドワード・マキネン”
「…よくやった、艦長。」
暗号通信の発信元は、離脱していく旗艦アグライアの艦長…エドワード・マキネン中佐だった。通信に添付される形で、アグライア艦載機と輸送船を味方とする敵味方識別データも受信し、先程の爆発はクーデターの狼煙だと理解していく。
今私がやるべき事は2つ。このデータをラー・ネイジュへと転送し、救出作戦の中止を進言する事。そして、クーデターを起こしたアグライアと輸送船を守る事だ。
「ラー・ネイジュ、応答せよ。こちらガンダム、聞こえるかっ?」
※
それは、ルミナスガンダムがイサベルの警戒宙域へと侵入してくる数分前の出来事だった。
「…諸君、始めようか。」
小惑星イサベルの7番スペースゲートに程近い、とある備品庫の中。ギムレット・クルス率いる革新派に反旗を翻す、保守勢力のリーダーであるダリオン将軍は、クーデターに賛同して集まってくれたメンバー達を前に、遂に作戦決行を宣言していく。
時刻は00:00。イサベルでは警備システムと監視システムの保守点検の為、内部電源の一部がカットされ、通路やスペースゲート、軍事工廠の照明の大半が消え、静寂と暗闇が一時的に場を支配していた。これこそクーデター決行の合図であり、メンバーの中でも電子工学に長けた者達が一斉に端末を操作し始め、イサベルの警備システムと監視システムのハッキングを開始したのだ。
「どのくらいで終わりそうか?」
「2分もあれば乗っ取れます、ただ…長くは保たないでしょう…っ。」
ハッキングを行っている内の1人が、ダリオン将軍の問いかけに答えつつ、端末のキーボードを目にも止まらぬ速さで叩いていく。他のメンバーも同様で、先ずはこのハッキングが成功しない事には次の段階に進めない。
「よし、この間に工作班は起爆装置の最終確認をしておけ!勘付かれたら直ぐに銃撃戦になる、銃の安全装置も外しておくように!民間人の誘導と護衛を最優先だ!」
ダリオン将軍の言葉に、武器を携えたメンバー達が力強く頷き、「了解っ」と返事を返していく。小銃の安全装置を解除し、弾丸がきちんと装填されているか各々最終確認を行っていくと、ハッキングをしていたメンバーの1人が声を上げた。
「ハッキング成功、監視モニターを遮断!早期警戒システムも無効化に成功しました!」
「…よし、工作班…やってくれ!」
ダリオン将軍の命令は通信を介して備品庫外に居る工作班メンバーへと伝わり、起爆装置の遠隔スイッチを押していく。すると、ほんの一呼吸を置いた後に凄まじい爆発が発生し、爆音と振動が備品庫に伝わってきた。それも1回ではなく…2回、3回…複数回の爆発が発生しては振動が伝わり、メンバー達は一斉に立ち上がって備品庫の扉を開けていく。
「行くぞ、スペースゲートへ急げ!」
小銃を携えたメンバー達が先に飛び出していき、次いでハッキング班と共にダリオン将軍も駆け出していく。今の爆発は、イサベル各地に設置していた遠隔式爆弾であり、民間人の居住ブロックやスペースゲートを避け、軍港やモビルスーツ開発工廠を狙っての攻撃だ。これで守備隊の注意を逸らし、輸送船発進の時間を稼ごうという作戦である。
「民間人の誘導はっ?」
「爆発の音を皮切りに、皆移動を開始した模様です!」
「よし、輸送船を奪い発進準備をさせるんだっ。」
ここからは時間との勝負となる。5番、7番スペースゲートそれぞれに民間人100名余りと保守派のメンバー達が駆け足で向かっており、輸送船の接収に手間取ればそれだけ脱出は難しくなる。
ダリオン将軍率いるグループは7番スペースゲートへと到着すると、中に飛び込む前に息を潜めてゲート内を確認していく。スペースゲート内も限られた床面の非常灯以外は照明が消えており、ほぼ暗闇が支配していた。そんな中、小銃を携えたメンバー達は暗視ゴーグルを装着していき、輸送船の周囲を見張っている数名の警備兵を確認していく。この警備兵を制圧しなければ、輸送船に辿り着く事は出来ず、下手をすれば守備隊に連絡されてしまう恐れがあるのだ。
警備兵達も先程の爆発音は聞いており、少なからず動揺を見せていた。辺りを見渡し、落ち着かない様子でその場をウロウロしている。意識が散っている今こそ、制圧のチャンスだ。
「っ…………!」
一瞬、誰もが小銃の引き金を引くのを躊躇った。暗視ゴーグルの先に見据えているのは、他ならぬ苦楽を共にした仲間なのだから。だが、一度走り出したその足を止める事など出来ず、せめて苦しまずに逝かせてやるのが、最後に与えられる情けというものだろう。照準はしっかりと頭部を狙い澄まし……ドンッ、ドンッ…と、何度かの発射音が響き渡り、次の瞬間には警備兵達は力なく地面に倒れ伏した。
全員頭を撃ち抜かれ、即死だった。きっと苦しむ事なく逝けただろう。引き金を引いた保守派メンバー達は、僅かに震える手でなんとか小銃を握り締めながら、深く息を吐いていく。
「……忘れぬ事だ。彼らの生きた時間を無駄にしない為にも。…我々は進まなければならない。」
ゆっくりと進み、事切れた警備兵達の亡骸に手を添えながら、ダリオン将軍は絞り出すように言葉を口にしていった。それを聞いたメンバー達は、かつての仲間の亡骸に向けて、敬礼をする事で哀悼の意を表していく。
その時だった。
「っ…!民間人が来ました!」
スペースゲート内に凡そ50名の民間人が、メンバーの誘導に従う形で入って来たのだ。しんみりとした空気を振り払い、誰もが今やるべき事に意識を切り替えていく。
「急ぎ輸送船の発進準備だ!」
ダリオン将軍の掛け声と共に、メンバー全員が「了解!」と返事を返していくと、数人が先に輸送船へと乗り込んで発進準備を始めていった。残るメンバーは民間人の乗船誘導や、守備隊が駆けつけた際に迎撃する為に小銃を構えて辺りを警戒している。
それから10分ほど経過した所で、輸送船のメインエンジンに火が入り、船内の照明が点いた。次いでスペースゲート内の照明も点灯し、輸送船の発進準備は最終段階に入りつつあった。だが、そう物事は万事上手く運ぶ訳ではない。
「将軍、情報部からの介入です…!ハッキングを無効化しようとしていますっ!」
「早いな…、なんとか発進までハッキングを保たせるんだ…っ」
「今やってます…!くそ、手が足りないぞ…ッ」
予想通り、警備システムと監視システムのハッキングを察知した軍の情報部によって、こちらのハッキングを無効化しようと手を施し始めて来た。分かっていた事ではあるが、これで守備隊に察知されるのも時間の問題となったのである。
保守派メンバー達はハッキング維持に全力を注ぎながら、電子の世界で激しい戦いを繰り広げていく。これが無効化されてしまえば、スペースゲートから輸送船を発進させる為の隔壁を開く事が出来なくなってしまうのだ。
「ッ……、守備隊が来たぞ!!」
輸送船の外で警戒をしていたメンバーの1人が、大声を張り上げて皆に知らせる。それは、地獄への入り口に身を投げ打つに等しき宣告だった。輸送船に乗り込んだ民間人達にも緊張の色が走る。
「発進準備はまだかっ?」
「もう直ぐ完了します!発進ゲートの隔壁を開いて下さい!」
ダリオン将軍の問いかけに、操縦を務めるメンバーが切羽詰まった様子で答えていくと、それと同時にハッキング班が端末を介して操作を開始していき、スペースゲート内の宇宙に面している発進ゲートの隔壁を開き始めていった。
「隔壁が開くぞ!早く中に!」
直ぐにこのスペースゲート内は空気が無くなり、ハッキングも無効化されて隔壁が閉じられてしまうだろう。脱出するチャンスは今しかない。
輸送船の外では激しい銃撃戦が繰り広げられており、ゲート内に突入してきた守備隊を押し返そうと、保守派メンバーの迎撃部隊は皆一歩も退かない構えで自動小銃を発射していく。だが、隔壁が開こうとしているその時になっても……寧ろ、必ず阻止するという強い意志を示すように、守備隊の圧力はどんどん増していくばかりだ。
銃撃戦により、守備隊側にも保守派メンバーにも負傷者、死傷者が出始めていく。数で圧倒する守備隊を前に、このまま防ぎ切るのはほぼ不可能な状況と言えるだろう。ジリジリと後退していき、小銃で撃ち返しながら輸送船へとメンバーが乗り込んでいく最中、ある1人が叫んだ。
「不味い…ッ、対モビルスーツ用のロケットランチャーだ!!」
守備隊の奥……肩に担ぐタイプの大型の火器を構えた、複数の射手が姿を現す。その重火器は対人兵器ではなく、巨人を屠る為の装備…対MS用のロケットランチャーだった。そんなものを撃ち込まれれば、輸送船などたちまち木っ端微塵に爆散してしまうだろう。
「…将軍、後を頼みます…ッ。行くぞお前ら!」
輸送船に乗り込んでいたメンバー達は、意を決したようにノーマルスーツのヘルメットを被り、自動小銃を構えて船外に飛び出していってしまった。引き金を引き続け、誰もが重火器を構える守備隊の射手に向かって突撃していく。
「将軍……!」
機内に残るメンバーから、複雑な表情と眼差し、そして決断を迫る言葉をかけられたダリオン将軍は、苦虫を噛み潰したように表情を歪めながら、輸送船の扉を閉めてロックをかけた。
「……直ちに発進せよ!急げ!!」
ダリオン将軍は決断を下した。仲間の尊い犠牲を無駄にしない為に、民間人を何が何でも脱出させる事を。操縦桿を握るメンバーが輸送船のスロットルを引き上げていき、レバーを押し込んでいくと、船体最後部のブースターが点火して輸送船が動き始めていった。
「早く撃ち落とせ!叛逆した民間人ごと葬るんだ!」
守備隊の隊長と思わしき人物が叫び、対MS用ロケットランチャーを構えた射手達に命令を下していく。それを聞いた保守派メンバー達は、怒声を上げて突っ込んでいった。
「させるかよッ!!」
次々に放たれる小銃の弾丸が、守備隊の隊員達に命中していき、1人、また1人とその場に血を流しながら倒れていく。それと同時に、守備隊から放たれた弾丸も保守派メンバー達の身体に撃ち込まれていき、頭を撃ち抜かれた者は力を失って地面に倒れていった。
「ぐッ…、まだだ…!」
足を撃ち抜かれたメンバーの1人が、地面に倒れながらも小銃を構え、ロケットランチャーを構えている射手の胴体と頭に弾丸を撃ち込んでいく。短い呻きと共に射手が倒れ、然しその衝撃なのか反動なのか、事切れる間際に引き金を引いたのだ。
ロケットランチャーの弾が発射されるものの、倒れながらに撃たれたその軌道は輸送船には届かず、明後日の方向へと飛翔しては……スペースゲート内の壁に激突し、凄まじい爆発を起こした。
「しまった…!?た、退避しろ!」
輸送船は隔壁が完全に閉じられる前に、ゲートを通過して宇宙の海へと飛び出していく。その姿を睨みつける守備隊隊長だったが、今の誤射によってゲート内の設備にも誘爆を起こしてしまい、内壁のあちこちが連鎖的に爆発を起こして崩れ始めていたのだ。
このまま留まっていては、全員爆発に巻き込まれてしまう。そう直感したが故の退避命令だったが……
「へへ…、一緒に地獄に付き合ってもらうぜ……」
殆どの保守派メンバーが撃ち殺され、その場に屍と化して倒れ伏している者達や宙を漂う者達で溢れ返っているが、まだ息がある1人が狂気沁みた笑みを浮かべると、血反吐を吐きながらあるものを守備隊に向けて放り投げた。
それは、対人用の手榴弾。既にピンが抜かれ、起爆までほんの数秒といった所。無重力空間故に真っ直ぐ守備隊目掛けて飛んでいくそれを、最早防ぐものは何もなかった。誰もが目を見開き、息を呑み、この後待ち受ける運命を本能で覚悟していく。
「ひっ─────────」
誰かが引き攣った声を漏らした瞬間、撤退しようとしていた守備隊の只中に放り投げられた手榴弾が炸裂し、爆風と共に破片が守備隊隊員達に襲い掛かり、ノーマルスーツとヘルメットを引き裂いていった。中には腕を、脚を、首を吹き飛ばされた隊員も居り、スペースゲート内は正に阿鼻叫喚の地獄絵図と化している。
吹き飛ばされた隊員達、そして今の爆発によって退避路となっていた出入り口も損傷して扉が潰れてしまい、辛うじて生き残った守備隊隊員達は脱出する術を失ってしまった。
「くそっ…、早く救援要請を…!」
「だ、ダメです、間に合わない…ッ!」
崩壊していく7番スペースゲート。爆発が爆発を呼び起こし、残された守備隊は悉くその爆炎の中に悲痛な叫びと共に包まれていってしまう。
生存者無し、文字通りの全滅だった。
※
「ギムレット大佐、7番スペースゲートが消滅しました…!」
「そうか…、5番ゲートはどうか?」
「はっ、脱出を試みた輸送船を撃墜。反乱分子の制圧完了との事。」
「上出来だ、後はどうとでもなる……。追撃には奴を出せ。」
「了解しました。」
イサベルの司令室内では、ハッキングから起こった一連のクーデターについての報告がなされており、守備隊の迅速且つ懸命な仕事ぶりによって、概ねクーデターを鎮圧出来た事にギムレットは目を細めて微笑を浮かべていく。保守派の動向には警戒をしていたものの、こうもタイミング良く決行された事に、ロンド・ベルと内通していたのではないかと勘繰ってしまう程だ。
次いで彼は、最も警戒感を募らせていた存在について確認をしていく。
「カトレア・ペンタスの行方は?」
「はっ…、ガンダムは現在サイド6方面に向けて移動を開始した模様。これは……アグライアと合流するものと思われます!」
「……マキネンめ、このままで済むと思わない事だ。」
エンドラ級には、クーデターに加担して艦隊を離脱したアグライアを追撃するよう既に命令を下しており、追いつく頃にはガンダムと対峙する事となるだろう。あのカトレア・ペンタスを相手にするには、エンドラ級の戦力とモビルビットだけでは足りないのは明白。やはり、テスト段階ではあるが新型モビルアーマーを差し向ける他ないだろう。現行戦力として手が打てるのは、今はこれが全てだった。
「ギムレット大佐、地下ブロックから報告が…」
「今度は何だ?」
「人質が…脱走したとの事です…!」
「何だと…っ!?」
この報告には、流石のギムレット・クルスも目を見開き、驚愕の表情を浮かべながら声を張り上げてしまう。確かに7番スペースゲートは地下の牢獄に最も近い場所だが、まず脱走出来るような場所ではない。誰かの手引きが無ければあの場所から出られる筈はないが……
「…何処までも鬱陶しい存在だな…ダリオン将軍…ッ」
考えられる可能性は1つしかない。地下ブロックへのアクセス権を有する保守派唯一の人物、ダリオン将軍だ。怒りを滲ませた表情と声色をするギムレットの姿に、司令室内に詰める兵達に緊張の色が走る。これ程までに感情的になった姿を、未だかつて誰も見た事が無かったからだ。
ギムレット・クルスの脳内では、怒りの中でも冷静に今後の状況推移を予想し始めていた。恐らく人質は輸送船に乗せられ、サイド6に向かっているのはほぼ間違いなく、輸送船の拿捕は現行戦力では難しいだろう。人質がイサベルの手から離れた事を連邦政府に知られては、コロニーを無傷で手に入れる事すら危うい。この時点で、プランAのコロニー落とし作戦はほぼ破綻してしまったのだ。そうなると、今から次のプランに移行するべきだと判断し、ギムレットは下士官へ新たな命令を下していく。
「コロニー移送の為に集めている技術班を呼び戻せ、ネメシスの発射準備に取り掛らせろ。」
「は…?し、然し…ネメシスの威嚇を以てコロニーを奪取する手筈では…?」
下士官の言葉に、ギムレットは鋭い眼光を向けて冷徹に言葉を返していった。
「いいか、カトレア・ペンタスは今も生きている。そして、奴は我々の秘匿する情報を全て握っている女だ。我々の手札を晒されては、連邦軍は総力を上げて押し寄せてくるだろう。そんな状況で、連中を恫喝してコロニーを奪取している暇などあるものか…。その前に…地球に撃ち込むのだッ、何としても!!」
自身の机に握り拳を叩きつけ、ギムレットは怒声を上げて命令を叫んだ。連邦宇宙軍の主力艦隊がイサベルを包囲する前に、地球へネメシスを撃ち込んで連邦政府と軍中枢機能を喪失させなくてはならない。その後は、連邦宇宙軍の宇宙拠点であるルナツー、そしてロンド・ベル艦隊の司令機能を有するサイド1”ロンデニオン”、最後に月面都市フォン・ブラウンをネメシスによる攻撃で破壊すれば、地球圏において彼の野望を邪魔する者は居なくなる。目指す未来の為には、今は兎に角時間が欲しいのだ。
ギムレットの命令を覆せる人物など、最早このイサベルには存在しない。下士官達は慌てた様子で命令を実行に移し、技術班への至急電を送り始めていった。
人類の滅亡へのカウントダウンは、刻一刻と刻まれていく……