数ヶ月振りに、シーナ・ランチェスターは月へと帰ってきた。
数ヶ月前はアナハイム社への出向社員として挨拶に伺い、そして今はアナハイムの目を欺く為に秘密裏に行動している。とは言っても、ベースジャバーに乗ったガンダムというのは目立ち過ぎるので、月の引力圏に入ると同時にダミー隕石で欺瞞し、ゆっくりとグラナダの制空圏内へと侵入していく。
「…案外気付かれないもんだね。」
通信越しに、私はベースジャバーを操縦しているウォルド・シャウラへと話しかけた。長距離通信を行っている訳でもなく、誰かに通信を傍受される心配もないので、こうして普通に会話が出来ている。彼からの返事は単純明快なものだった。
『表のフォン・ブラウンと違い、裏側にあるグラナダは比較的警戒が緩い。勿論警戒網は敷かれてあるが…隕石程度は都市部へ直撃するものでなければ、まず迎撃もされないものさ。』
「…確かに、被害が出るものじゃないなら…無駄な労力は使わないに越した事はないし。」
『そう言う事だ、少尉。』
今はグラナダの警戒網事情に感謝しつつ、目的地である第4工廠へ向けて、ダミー隕石で欺瞞された私達は月の引力に引かれてゆっくりと自由落下していく。警戒網を突破すれば、後はダミー隕石による欺瞞は必要無くなるので、それまでの辛抱だ。
『…一つ言っておく事がある、少尉。』
警戒網を突破する直前、ウォルド・シャウラはいつにも増して神妙な声色で私へと語りかけてくる。
「何ですか?」
『この先どんな事が起きようとも…決して立ち止まってはいけない。君は、いや……君達は、前に進み続けるんだ。君とカトレアなら、きっとそれが出来る。』
「…どうしたんですか、急にそんな事…?」
言っている意味は何となく分かる。だが、敢えて今口にした意味を私は理解しきれていなかった。これではまるで、死期を悟った者が他者に託す遺言のように聞こえてしまい、私は眉を顰めてしまう。
実際、彼が極秘裏に建造したオプションパーツは、アナハイムの社長の耳には入れていない事だけに、事が露呈してしまえば彼の地位と名誉が傷付く可能性があるのは承知しているが、死を覚悟する程のものなのか私には今一実感が無かった。故に、彼に問い直してしまう。改まって何故そんな事を言うのかと。
『…さぁ、警戒網を抜けたようだ。ダミー隕石を解除する。』
私からの問いかけに答えようとする間を感じたのも束の間、まるで話題を逸らすかのように彼はダミー隕石を解除し、ベースジャバーのブースターを再点火させて微速を維持しながら飛行を再開させた。更に問い直しても良かったものの、何となく今はこれ以上触れない方がいいのかもしれないと思い、私も口を噤んでいく。
足元に目をやると、眼下にはクレーターがあちこちに点在している月面の肌が見えており、視線を更に前へとやると、目的地であるグラナダ第4工廠を目視で確認出来た。そこは月面都市グラナダの中心地から最も離れた場所にあり、隕石の衝突によって生まれたクレーターの中に建造された工廠だった。中々分かり辛い場所だと思いながらも、確かに秘密裏に使うにはうってつけの場所であるとも印象を受けながら、ベースジャバーはゆっくりと降下していって工廠入り口前に着陸を果たす。
『少尉、ベースジャバーを降りて工廠内部にガンダムを移動してくれ。アルストロメリアとのマッチング作業に取り掛かる。』
「了解、ウォルドさん。」
私は彼に言われた通り、ガンダムを起動させてベースジャバーから降りていくと、モビルスーツよりも遥かに巨大な工廠の入り口へと歩を進めさせていく。戦艦建造も担っているであろう工廠なだけはあり、当然それなりに工廠の面積も広い。入り口前で少しばかり待機していると、隔壁に埋め込まれた表示灯が放つ光が赤から緑へと変わり、巨大な隔壁の扉が左右に分かれて開かれていった。
ゆっくり、ゆっくりと開かれていく隔壁の向こうには、巨大な”何か”が大量のケーブルと数本のドッキングアームに接続され、複数の技術者が行き交いながら作業が進められているのが見えてくる。アレが彼の言う、アルストロメリア本体である事は、初見の私でも直ぐに分かった。
「……デカい…。」
ただ、そんな感想しか出てこない。ガンダムの何倍もある巨躯は、正に異形のオプションパーツと言える。特に目を引くのは、巨大な2門のキャノン砲だ。戦艦の主砲と遜色無い、或いはそれすら凌駕していてもおかしくない見た目は、モビルスーツ単体が手にしていい代物ではないように思えてしまう。
だが、今はこれが必要なのは私にも分かる。この戦いを終わらせる為に、ギムレットやアナハイム社長の思惑を断ち切る為に、私は迷わずガンダムを工廠内へと進めていった。
『お待ちしてました、シーナ少尉!後は我々にお任せ下さい!』
「…お願いしますっ」
恐らくはウォルド・シャウラの抱える部下達や仲間達なのだろう、その内の1人がガンダムへと近付いてきて、コックピットまでやって来ると通信越しに話しかけてきてくれた。私自身、操縦は出来ても細かな調整作業に長けている訳ではないので、ここは専門のメカニック達に任せた方がいいと直ぐに判断し、コックピットのハッチを開いて女性メカニックと入れ違うように外へと出ていく。
ルミナスガンダムは所定の位置まで移動していくと、メインジェネレーターが停止し、複数の固定アームが機体を掴んでゆっくりと持ち上げられていく。その様子を見上げるように眺めていると、ベースジャバーから降りてきたウォルド・シャウラから声をかけられた。
『少尉、こちらに来てくれ。紹介したい人物が居る。』
『はい…?分かりましたけど…。』
わざわざ紹介したい人物とは誰なのか、私は小首を傾げてしまいつつも、彼の後に着いていって通路へと入っていき、とある部屋へと案内されていった。その部屋は工廠内を一望出来るようガラス張りにされた部屋であり、部屋の中には2人の人物が既にこちらの到着を待っていた。1人は男性、もう1人は女性である。
「紹介しよう。こちらはアルストロメリアの基礎設計と建造の現場責任者、カーマイン・ベッケラート博士。」
「噂は予々聞いている。よろしく、シーナ少尉。」
「どうも…、シーナ・ランチェスターです。」
室内は十分に酸素が供給されており、私はヘルメットを脱いで脇に抱えると、カーマイン博士から差し出された右手に自身の右手を差し出して握手を交わしていく。綺麗な白髪の博士は、凡そウォルド・シャウラと同年代のように見受けられるものの、握手をする右手の力強さに内心驚きも抱いてしまう。きっと現場に常に居て、体力も年齢を感じさせない程あるのだろうと思い、手を離していけば軽く頭を下げていく。
次は、その隣の女性だ。カーマイン博士とは対照的に若々しく、私よりも若干年上な印象を受けるその女性は、スーツ姿からして現場というよりも内務に携わる人物ではないかと推察していく。
「次にこっちは…アナハイム社の社長秘書を務めている、ユアン・リィだ。」
「秘書…っ?」
予想の斜め上の紹介を受け、つい私は身構えてしまう。イサベルのギムレット・クルス同様、アナハイム社の社長も今回の事変に深く関わっていると知っているだけに、その側近の人物に警戒感を示さない方がおかしい話だ。私の咄嗟の動作を見て、ウォルド・シャウラは制止の意を示すように手を伸ばし、私と彼女の間に割って入った。
「心配要らない、彼女は私の部下だ。社長の動向を我々に伝達するスパイの役割を果たしている。」
「初めまして、ユアン・リィです。よろしくお願いしますね、少尉。」
「…こちらこそ、よろしく。」
まだ疑念は拭えずに疑いの眼差しをつい向けてしまいつつも、薄く微笑を浮かべながら手を差し出してくる彼女に対して、こちらも手を伸ばして握手をしていく。先程のカーマイン博士と違い、彼女の手指は正に女性らしい細いものであり、パイロットである自分よりも綺麗な手だと感じてしまう。
「…さて、挨拶も済んだ所で…状況を整理しようと思う。」
ウォルド・シャウラの言葉を聞き、私はユアン・リィとの握手を解いていくと、少しばかり距離を離して彼へと身体を向けていく。ウォルド・シャウラは先ずカーマイン博士へと視線を向けていき、アルストロメリアに関しての説明を促している様子だ。カーマイン博士は咳払いを一つすると、ゆっくりと口を開いていく。
「アルストロメリア本体はほぼ完成している。突貫工事だったが、まぁ昔の経験が活きているよ。後はセレーネとのマッチング作業だが…システム面はうちの技術者達で何とかする。ただ、アルストロメリアの実戦データが無い以上、少尉には実戦で機体の癖を掴んでもらうしかないね。」
「…任せて下さいよ、博士。もう慣れっこですから。」
「おやおや…それもそうか。流石は肝入りのテストパイロットだ。」
私の不敵な笑みと言葉を受けて、カーマイン博士はクスクスと笑いを溢しながら言葉を返してくる。思い起こせばルミナスガンダムと出会った時も、セレーネと出会った時も、全てがぶっつけ本番だったのだから、今更何に乗せられても平気とさえ自信を覗かせていたのだ。
「だが、武装はそれなりに複雑で多岐に渡る操作が必要となる。サイコフレームの力がどの程度及ぶか未知数だが…まぁ、君ならきっと乗りこなせるだろう。いや、乗りこなして見せて欲しい。」
「はい、博士…っ。」
チラリとガラス越しに工廠内を見下ろし、今も作業が続いているアルストロメリアへと視線を向けていく。セレーネ本体がゆっくりとアルストロメリアの中へ収まるようにドッキングされていき、ウォルド・シャウラの部下である技術者達が調整作業を各々進めている様子が見えて、彼らの努力を無駄には出来ないと強く思っていく。それはつまり、ギムレット・クルスとアナハイム社の社長両者の企てを阻止し、カトレアのような強化人間を2度と生ませない世界を手にするという事に他ならない。
…その重責を前に、一瞬私の手が震える。怖気付いたとも、武者震いとも取れる震えは、自分で気付いた時には治っていた。きっと不安なのだろう、私は。世界の行末を自分の力で変えてしまうという、未知の領域へ踏み出す勇気が本当にあるのかどうか…と。或いは、戦いの末に死んだとして、カトレアを1人この世界に残してしまう不安なのかもしれない。
「次に私から。観測情報によると、ラー・ネイジュはイサベルのネオ・ジオン軍と交戦状態に入った模様です。まだ詳しい事までは分かりませんが、モビルスーツ戦による爆発の光も確認されているようで…急いだ方がいいのは間違いないですね。」
「…今から出ても戦闘に介入する事は叶わない。少尉、彼女の力を信じよう。」
「……分かってます、ウォルドさん。」
そう、今は信じるしかない。私がカトレアに託したルミナスガンダムと、カトレア本人の力に。それだけではなく、ラー・ネイジュのクルー達の無事も祈りつつ、私は私でやるべき事をやるまでだ。焦る気持ちをなんとか理性で抑えつつ、セレーネとアルストロメリアの調整作業が終わるのを、今は待つしかない。
その時、誰にも予期出来ない出来事が起こる。工廠内の格納庫や管制室、通路全域で緊急事態を告げるアラート音が鳴り響いたのだ。ウォルド・シャウラが直ぐに工廠内の現場に程近い内線通話機へとコールを行い、通話に出た技術者へと状況確認を行っていく。
「どうしたっ?」
『主任、警備隊です!社長に気付かれました…!』
「…遂にバレたか。抵抗はするな、命を粗末にするんじゃないぞ。」
『もう少しで終わる所だってのに…、くそ…ッ』
技術者は苦々しく言葉を絞り出しながら、通話を切った。アラート音は未だ鳴り止まず部屋に響きながら、ウォルド・シャウラは険しい表情を浮かべて口を開く。
「聞いての通り、間も無くアナハイムの抱えている警備部隊が突入してくる。或いは既に工廠を包囲されているかもしれない。…少尉、今直ぐガンダムに乗り込むんだ。」
「…ウォルドさん、でも……!」
「こうなっては仕方ない。最終調整はラー・ネイジュでも出来る、今はこの場所を脱出するのが先だ。」
彼の言う事は分かる。ここで足止めを食らっている時間の余裕など無いのだから、強引に脱出すべき状況なのは理解している。だが、それは少なからず人的被害が出るのも覚悟をしなければならない。いざモビルスーツに乗り込んでしまえば、誰も殺さずにここを脱出出来る自信がないのだから。ましてやその相手がアナハイムの社員となれば尚更である。
「私達の事は気にしないで下さい。さぁ、早く…!」
社長秘書であるユアン・リィもまた、私を急かすように言葉をかけてくるだけでなく、通路へと出る部屋のドアを開いてガンダムへ向かう事を促してくる。私の表情は更に険しく、また複雑なものになるものの、最後はしっかりと頷きながら歩を進めていった。だが、部屋を出るように促されたのは私だけではない。
「カーマイン博士、ユアン。君達もシーナ少尉と一緒に乗り込んで欲しい。」
「…どういうつもりかね、主任?」
ウォルド・シャウラの発言を受けて当然私は歩みを止めて振り返ってしまいつつ、カーマイン博士とユアン・リィも驚いた表情を浮かべていた。それは計画に無い事、つまりはウォルド・シャウラが咄嗟に判断した事に他ならない。
「アルストロメリアの最終調整は確かにラー・ネイジュでも行えるが、そこには博士の知識と技術が必要不可欠となるでしょう。それにユアン、こうなった以上は君が一番危険に晒される可能性が高い。今は少尉と共にラー・ネイジュへ向かうのが、君の身を守る最善の方法だ。」
ウォルド・シャウラの言葉は、どれも正論で合理的だった。その正しさが理解出来る以上、博士もユアンも返す言葉が見つからず、真剣な眼差しのまま小さく頷くしかなかったのだ。
「…ウォルドさんはどうするの。一緒にラー・ネイジュに…!」
「ダメだ、少尉。」
私の言葉を予期していたかのように、ピシャリと遮られてしまう。その彼の言葉の圧は、普段の柔らかな物腰からは想像がつかない程に重く、私もつい口を噤んでしまった。
「ガンダムのコックピットには精々3人が限界だ、私の席はないよ。それに、ベースジャバーは既に確保されているか、乗り込む前に妨害に遭うだろう。社長を食い止める為にも、誰かが残らなければならない。」
「っ………、でも……。」
分かっている、皆で仲良く脱出出来る程甘くはないという事は。命までは取られないかもしれないが、部下達の手前自分だけ逃げる訳にもいかないのだろう。それでも、彼も一緒に逃げる方法は無いか縋りたい気持ちになってしまうのは、ごく自然の感情である。ここで離れてしまえば、今生の別れになってしまう予感が、私の背筋を冷たくしていたのだ。
「どこへ行こうと言うのだね?」
その時、ドアが開く音が聞こえてきたと同時に、聞き馴染みのある声が部屋の中に木霊する。その主は、アナハイム・エレクトロニクス社社長その人だった。社長は拳銃を構えながら、私達をゆっくりと見渡していき、いつもの人の良さそうな笑みを浮かべているものの、今はとにかくその笑みが気味悪いと感じてしまう。
すると、咄嗟の行動だろうか。ウォルド・シャウラも懐から素早く拳銃を抜き、社長へ向けて構えたのだ。その行動に社長は一瞬目を丸くしながらも、直ぐに笑みを浮かべながら銃口をウォルドへと向けていく。
「おや、どういうつもりかね主任?」
「それはこちらの台詞です、社長。今は一刻を争う事態だと分からないのですか?」
「分かっているとも。君達にとっても、私にとっても、瀬戸際に立たされている事くらいはね。」
「…では、道を開けて頂きたい。」
ウォルド・シャウラの親指が拳銃の撃鉄へと置かれ、ゆっくりと押し込まれてセーフティーが解除された。その人差し指はトリガーにかけられ、いつでも発砲出来る事を周囲に知らしめていく。
方や銃口を向け合っている社長もまた、撃鉄を押して発砲準備を完了させる。お互いに一歩も引く気はない事が分かるだけに、空気が一層張り詰めて息苦しさすら感じてきた。このままだと誰もが一歩も踏み出す事すら出来ず、程なく警備部隊が突入して来て私達を確保するだろう。それだけは何としても避けなければならない。
すると、その時だった。
「ッ───!?」
まるで地響きのような衝撃、部屋全体が揺れ動く感覚、そして直ぐに響いて来た爆発音。それも一回や二回ではなく、断続的にその爆発音と衝撃は続いていたのだ。この感覚は恐らく、モビルスーツによる攻撃で何かしら被害が発生しているものと、この場に居る誰もが直感で悟っただろう。
社長の表情が明らかに困惑の色を浮かべたのを見ると、この攻撃はアナハイム側が仕掛けたものではない事は明白だった。
「…どうやら、我々は後ろから撃たれたようです。社長、如何されますか?」
この瞬間を見逃さずに、社長秘書であるユアン・リィも懐から拳銃を取り出し、社長へと銃口を向けながら言葉を投げかけていく。後ろから撃たれた…という言葉が引っ掛かるものの、私にもその意味は何となく感じる事が出来た。
噂程度には聞いた事があるが、連邦宇宙軍内に極秘裏に存在するという特務部隊。所謂”暗殺部隊”とも呼ばれる幽霊のような存在だが、そんな超法規的部隊がこの場所に差し向けられたのだと、ユアンは暗に言っているのだ。彼女の言葉に、社長は困惑の色を浮かべたまま口を噤んでいた。きっと彼女の言う事が正しいのだと、本人も分かっているからだろう。
「…ははっ、仕方ない。……いいだろう、君達がどこまでこの世界に抗えるのか…見せてもらおうじゃないか。」
すると、社長は観念したのか、私達に先へ行くよう促してきたのだ。だが、銃口は依然としてウォルドへ向けられている。あくまでも彼以外の三人はガンダムへ向かう事を許可した…という事だろう。
「…ウォルドさん。」
私はつい、彼を見る。私の気持ちを汲んだように、彼はしっかりと私の目を見つめながら口を開いた。
「…行くんだ、少尉。皆を頼んだよ。」
彼の言葉は、私の胸を深く深く抉るような…とても重い言葉だった。私はただしっかりと頷き、無言のまま博士とユアンに退室を促し、三人揃って廊下へと出ていく。
「…シーナ少尉。」
「っ……、行きましょう…!」
私の気持ちを察したように声を掛けてくれる博士に対して、つい後戻りしたくなる気持ちを吐露してしまわぬよう、私は振り向かずに通路を進んでいき、やがて工廠内の格納庫へ通じる隔壁前までやって来た。ここを開けば、セレーネは目と鼻の先である。
「ユアンさん、カーマイン博士。ノーマルスーツに着替えて下さい。きっと戦闘が起こりますから…」
「あぁ、そうしよう。」
私の言葉に頷くと、博士とユアンはそれぞれ通路に面している部屋へと入っていき、備え付けのノーマルスーツを取りに行った。ちょっとした一人の時間が生まれると、壁に凭れ掛かるようにして座り込み、自分がこれからやらなければならない事を頭の中で整理していく。
未だ断続的に起こる爆発音と振動から、恐らくは連邦軍の特務部隊とアナハイム社の警備部隊との間で戦闘状態となっているのは、まず間違いない。私はその只中に飛び込み、これらを強行突破してラー・ネイジュとの合流を果たさなければならないのだ。例えどんな被害が出ようとも、身内に弓引く事になろうとも、私は進まなければならない。その現実と罪悪感の狭間にあって、自然と歯を食い縛りながら握り拳を作り、神というものは一体どれだけの試練を与えれば気が済むのかと内心毒を吐いたりもしてしまう。
(……私がやらなきゃ、ダメなんだ…。)
カトレアに託された想い、ラー・ネイジュクルー達から託された想い、ガンダムとアルストロメリアを作り上げた技術者達の想い、そしてウォルドから託された想い。私の力となり血肉となっているのは、そんな皆の想いだ。彼らの想いに報いる為にも、今は進むしかない。
改めて覚悟を固めて立ち上がる頃には、博士もユアンもノーマルスーツに身を包み、通路へと戻ってきていた。二人に目配せをして頷いて見せると、護身用として携帯している拳銃を取り出して構えながら、隔壁を解除するボタンを押して格納庫内へと入っていった。この先はどんな状況になっているか不明の為、突発的な遭遇戦も考慮しての事である。
『っ…、一気に行きます…!』
『頼んだぞ、シーナ少尉。ユアン君。』
『はい、援護はお任せください。さぁ、少尉…ガンダムへ!』
格納庫内では銃撃戦が繰り広げられていた。連邦軍特務部隊の兵士達と、アナハイム社の警備部隊隊員達、そしてウォルドの部下である技術者チームらによる三巴の乱戦。工廠の巨大な出入り口の隔壁は既に突破されており、モビルスーツの火力を用いて強引に隔壁を破壊したのであろう、隔壁は見るも無惨な形に引き裂かれていた。その破壊跡から陸戦部隊が流れ込んでいる形となっており、アナハイム社の警備部隊は応戦して激しい銃撃戦となっている。どちらからも標的にされている技術者チームらは、アルストロメリアに隠れる形で可能な限り応戦しているが、このままでは全滅するのは火を見るより明らかだ。
彼らが凶弾に倒れる前に、私はアルストロメリアにドッキングされたセレーネへ乗り込み、この窮地から皆を救わねばならない。その為には、この銃撃戦の只中を潜り抜けながら、コックピットまで辿り着かなくてはなりない。それは、自分の命を運に委ねるような賭けに等しい。
『今です、行ってください!』
『はい…ッ。』
僅かに銃撃の応酬が弱まった隙を突くようにして、私は床を蹴って一直線にセレーネのコックピットへと向かっていく。月の重力の影響で無重力空間という訳ではないものの、走る分には問題ない。私の存在に気付いた特務部隊の隊員達が銃口を向けるものの、引き金が引かれる前に後ろから発砲音が複数響き、特務部隊は銃弾を躱す為に身を屈めた。
ユアン・リィによる援護射撃。加えてアルストロメリアの影から顔を覗かせる技術者チームらが、私をガンダムに導く為に援護射撃を加えてくれている。貴重なこの時間を無為にしない為に、私は素早くリフトへと上がり、操作盤に手を置いてコックピットへと上昇させるボタンを押した。
『くっ……、邪魔すんな…!』
すると、リフトが上昇している最中、別方向からの銃弾が飛んできた。連邦軍特務部隊と銃撃戦を繰り広げている、アナハイム社の警備部隊隊員らだ。一部がリフトの動きに気付き、私に向けて発砲してきたのである。
私は身を屈めながらも、罵声を飛ばしながら拳銃を構えて撃ち返していく。曲がりなりにもアナハイム所属だった私だ、彼らに本気で当てるつもりはなく威嚇射撃として至近距離へと当てていった。すると、ある隊員が対モビルスーツ用の携帯ランチャーを構えたのが目に入る。これは不味いと息を飲み、私はその隊員に銃口を向けた。
(……ごめん…ッ…!)
確実に当てる事は出来る、頭部と胸部に1発ずつ当てれば自分を守る事が出来る。その覚悟を瞬時に決め、引き金を引こうとした瞬間……
『目を閉じろ、シーナ!』
聞き慣れた声と共に、警備部隊と特務部隊の間に手榴弾のようなものが投げ込まれ、反射的に目を閉じた次の瞬間に強烈な閃光が辺りを真っ白に染め上げたのだ。閃光手榴弾の光に目を焼かれた彼らは、悶絶しながら一旦物資や隔壁の陰に隠れて体制を立て直していく。
先程の声の主は、ウォルド・シャウラだった。
『ウォルドさん…!』
『次が来るぞ、急ぐんだ!』
『はい…ッ』
彼の言うように、後方に控えていた特務部隊の別働隊が入れ替わるようにして前面に出てくると、再び銃口をこちらへ向けてきていた。
すると、今度は別の人物が援護射撃を開始し、特務部隊の隊員達を牽制してくれる。その人物の方に目をやると、私はつい驚きの声を漏らしてしまった。
『…社長…っ』
その人物とは、先程まで私達の行手を阻んでいた社長である。
『行きたまえ、シーナ少尉。そして見せて欲しい。君が齎すガンダムの奇跡を!私の夢を!』
『社長、何を…ッ…』
『サイコフレームの奇跡だよ、シーナ少尉。星をも動かすあの奇跡、私は再び見たいのだ!その奇跡が人類の革新を三度促すだろうさ!』
自らの勝手な理想、夢。それを饒舌に語りながら、社長は再び銃の引き金を引き、特務部隊相手に発砲を繰り返していた。社長の攻撃を目の当たりにしたアナハイム社の警備部隊隊員達も、社長を援護する為に特務部隊への攻撃を順次再開しており、こちらへの攻撃は無くなった。これでガンダムに乗り込む時間が生まれた事になる。
『ユアンさん、博士!早くこっちへ!』
先にコックピットへと乗り込む直前、私はヘルメットに内蔵された無線とマイクを用いて、ユアンとカーマイン博士へと呼びかけた。この隙に乗り込んでもらうしかないと思いながら、リフトを下降させて機体のメインジェネレーターのスイッチを押し、ガンダムを臨界状態まで引き上げていく。
それから程なくしてリフトが再び上昇してくると、ユアンとカーマイン博士はコックピット内へと入ってきた。流石に3人となると多少窮屈であり、全天周囲モニターの半分は身体で隠れてしまっていて見えない為、戦闘には色々な意味で困難を伴う状態である。だが、そんな事を気にする余裕も時間もない。コックピットのハッチを閉じてモニターを点けると、早速博士が隣から助言を送ってくれた。
『少尉、分かっているとは思うが…アルストロメリアは稼働テストすらしていない極めて不安定な状態だ。発進時はスラスター推力をアイドル状態に、外に出ても全開にするのは安全が保証出来ん。』
『分かってます、分かってますけど…いざとなったら全力で離脱しますからね?』
『少尉、私達の事は気にせず…。降り掛かる火の粉を払って下さい。』
『ユアンさん……。…分かりました。』
ガンダムのモニターには、未だに銃撃戦を繰り返す光景が映し出されている。社長もウォルドも、アルストロメリア発進までの時間を稼ぐ為に、それぞれの想いを胸に秘めながら拳銃の引き金を引いていた。
『攻撃部隊に告ぐ、今すぐこの場を離れろ。さもなくばガンダムの攻撃で全員吹き飛ばす!これは脅しではない…!』
私は外部スピーカーのスイッチを押しながら、この場に居る全員へと呼びかけた。無駄な戦闘を避け、出来るだけ人的損害を出さずにこの場を切り抜けたいからだ。実際にセレーネの照準を特務部隊の眼前に向け、バルカン砲のトリガーを押し込んで警告射撃を加えていく。
僅かな振動が操縦桿越しに伝わり、発射された60mmバルカン砲が床に当たると、弾は破裂しながら破片が辺りに飛び散っていった。この攻撃を目の当たりにして、特務部隊もアナハイム社の警備部隊も、それぞれ銃撃の手を止めてこちらを見上げている。
『次は当てるぞ…!』
再びバルカン砲のトリガーに指をかけながら再び脅しをかけると、特務部隊が先に退き、破壊された隔壁の外へと全員姿を隠したのだ。私はホッと一息吐き、トリガーから指を離していく。
『今の内に早く退避を!』
私の呼びかけの対象は、残る警備部隊の隊員達やメカニック達へと向けられ、警戒しつつも各々が身を動かし始めたその時だった。
コックピット内に、高熱源体が迫るアラート音が鳴り響く。
『ッ───、みんな…ッ!』
ニュータイプとしての勘と言えばそうなのだろう。敵意の満ちた攻撃のサインをサイコミュが受信し、それを私が感じ取った時には既に手遅れだった。部分的に破壊された工廠の隔壁に、複数のビームが直撃し、その多くが隔壁を貫通して工廠内に着弾したのである。
一瞬の出来事だった。アルストロメリアは既に稼働状態にあり、機体に内蔵されたI・フィールドジェネレーターも正常に作動している。その証拠に、直撃弾は全てI・フィールドによって弾いたのだから。だが、アルストロメリアに当たらなかったビーム攻撃は、容赦なく工廠内を破壊し、炎上させ、あちこちで爆発が発生していた。勿論だが、退避もままならない状態の警備部隊やメカニック達が爆炎に巻き込まれたのは言うまでもない。
『なんて事を……』
コックピットのモニターに映し出された惨状を目の当たりにして、ユアンは言葉を失っていた。カーマイン博士も苦々しい表情を浮かべている。
『ぐっ……ぅ……、シーナ…少、尉……ッ…』
『ウォルドさん…っ、無事なんですか…!?』
ノイズ混じりの通信に、ウォルド・シャウラの声が入ってきた。だが、モニターではその姿を正確に捉える事が出来ないでいる。恐らくは今の爆発でどこかに吹き飛ばされたのだろう。
『私の事は、いい……もう、先も長くない……ッ…、う…ぐ…ッ…!』
『そんな…、今助けに…ッ』
『ダメだ、シーナ…!!』
息も絶え絶えなのは声色で分かる。今にも絶命しそうな程、身体にダメージを受けているのであろうと、容易に想像が出来る。今更助けに行った所で、気休めにしかならない事くらいは分かっている。それでも駆け寄りたい、その顔を最期に見たいという願いを断ち切るように、彼は声を振り絞って私を一喝したのだ。
その気迫に押され、私は言葉を飲み込んで黙るしかなかった。
『皆…逝ってしまった…、社長も…だ……。シーナ…君を巻き込んで……済まな、い…ッ……』
『何を、言って……ウォルドさん…!』
『死ぬ前に…謝らせて、くれ……。君の、父親に…託された…想いを…ッ、私は……!うっ、ゲほ…ッ……、社長に…家族を、脅され……何度も、危機を招いて…しまった……本当に、済まない……。これ、からは……自分の意思、で───』
そこから先は聞けなかった。新たな爆発によって、彼の言葉と命が消えたのだ。ノイズだけがスピーカーに響き、それもプツン…と途絶えてしまう。
『あ……、あぁ……ウォルド、さん……!う、うぅ…ッ…ああぁああああああ───────!!!!』
神は、何故こうも残酷なのだろうか。