『少尉、もっと視野と意識を広く持て!』
「はぁ…ッ、はぁ…ッ、はい…!」
目まぐるしく変わる状況、モニターに次々に現れるモビルスーツが複雑な軌道を描き、模擬戦用のレーザーライフルでルミナスへと攻撃を仕掛けて来る。シーナ・ランチェスターが所属する、ラー・ネイジュ艦載の味方機達に揉まれる形で、暗礁宙域内で模擬戦闘訓練が行われていた。
「そこ…ッ!」
『甘い甘い!』
ルミナスも模擬戦用のレーザーライフルを装備しており、お互いに照射したレーザーはシールドで防ぎ合って決定打とはならず、スラスターを噴射して距離を取っていく。ガンダム1機に対して、向こうは8機。あまりにも不利な模擬戦だが、私の実力を測りつつ鍛え上げる意味では、この模擬戦を組み立ててくれた部隊長に感謝しかない。
『背後がガラ空きだぞ、そりゃッ!』
「チッ……!」
暗礁宙域という名の通り、大小様々な隕石デブリや、1年戦争の爪痕を残す戦艦やモビルスーツの残骸などが散らばっており、視界としては最悪と言っても過言ではない。真後ろにあったデブリの影から、1機のモビルスーツが飛び出してきてはビームサーベルを展開し、ルミナスの背中に向けて斬りつけて来た。
直ぐに此方も反応していくと、ルミナスの左腕部に内臓されているビームサーベルを抜き、振り向き様に左手で握られたビームサーベルで鍔迫り合いの形になりながら受け止めていく。だが、これで終わりではなく、残る7機による波状攻撃はまだまだ続いているのだ。
「この……ッ!」
ルミナスの推力とパワーの高さに頼りながら、鍔迫り合いとなっていた状態から押し切って機体同士の距離を取り、回避運動を繰り返しながらレーザーライフルの光線を掻い潜っていく。
が、そう長くは保たない。隊長機がデブリの影から出現した瞬間に気付いて狙撃したのはいいものの、その隙に別方向から放たれたレーザーの光線が、ルミナスの脚部にヒットしてしまった。これで、今日3回目の撃墜扱いである。
「はぁっ…はぁっ……、あー…もうッ。」
『ご苦労、少尉。一先ず母艦に帰投するぞ。』
「……了解。」
隊長の指示に、苛立ちを隠せないまま返答していく。模擬戦なのでファンネルが使えず、サイコフレームの機能を意図的に遮断している状態というハンデはあるものの、やはり負けるというのは正直悔しい。自分の力量がまだまだロンド・ベルの中では下位なのだと思い知らされていく。
「…これが、精鋭の実力って奴か。」
私の呟きは、マイクを切っているので誰に聞かれるものでもなく、ヘルメット内をただ木霊していく。パイロットの練度の高さも勿論敬服に値するものの、加えて連邦軍の新型量産機の性能には驚くばかりだ。
RGZ-94『プロトタイプ・リゼル』。連邦軍の次期主力量産型モビルスーツとして先行開発が進められている可変モビルスーツであり、その試験運用機としてロールアウトされた8機が、此処ラー・ネイジュに搭載されている。目的はルミナス同様、実戦でのデータを収集する事にあるようだ。本格的に量産体制に入る為に、どんなパイロットでも扱えるように操縦性やシステム面の調整等、この試験運用の8機から戦闘データをその都度吸い上げてアナハイムの開発部へフィードバックしているらしい。
可変機という事もあり、圧倒的な機動性に翻弄されてしまった模擬戦となった。私自身、可変モビルスーツとの戦闘経験が浅い事もあり、満足のいく戦い方が出来なかった不完全燃焼さもある。複雑な感情を抱きながらも、私の先を行くプロトタイプ・リゼル8機を後ろから眺めながら、私達の部隊は母艦であるラー・ネイジュへと帰還した。
『次、隊長機のラプター1が戻ってくるぞ!』
『メカニックマン、準備急げ!』
『もたもたすんなよ、まだまだ帰って来るんだからな!』
ラー・ネイジュのモビルスーツデッキでは、模擬戦闘訓練から帰還してきたリゼル達と、ルミナスガンダムの受入作業が忙しなく進められていた。ガイドビーコンに沿って隊長機のプロトタイプ・リゼルがデッキ内に着地すると、スラスターを切って所定の位置へと機体を移動させていく。格納が完了してメカニックマン達が機体へと次々に集まっていくと、メインジェネレーターのスイッチが切られ、コックピットハッチが開放されてパイロットが中から出てきた。
『どうだった、隊長?』
真っ先に寄って来たのは、このラー・ネイジュのメカニックマン達を統率する整備長だ。整備作業は部下達が既に開始しているものの、自身は模擬戦での機体の使用感や不満点などを直接パイロットから聞き出そうとしている。
ノーマルスーツ越しだが、きちんと音声はヘルメット内のスピーカーを通して聞こえているようで、隊長と呼ばれた男性が気さくに言葉を返していく。
『問題ない。反応も素直で扱い易いが、もう少しスラスターの推力とジェネレーターの出力を上げてほしい所だ。』
『おいおい……あんまり上げ過ぎたら、新兵には扱えないピーキーな代物になっちまうぞ?』
『分かってるさ。だが今は…ネオ・ジオンと正面からやり合う事態も差し迫ってる。勝てるように調整してくれ。』
『…はいはいっと。全部のリゼルも同じく調整しとくよ、隊長。』
2人はニッとヘルメット越しに笑い合いながら、グータッチをするように拳同士を突き合わせ、それぞれその場から離れていく。隊長は艦長への報告の為にモビルスーツデッキから艦内通路へと入っていき、整備長は帰還したリゼル達の調整作業を部下達に指示を飛ばしていて、まるで戦時下のように迅速に作業が進められていった。
そんな最中、最後の1機がモビルスーツデッキに着艦しようとするアラーム音が鳴り響き、ガイドビーコンが放たれる。最後の1機は、シーナ・ランチェスターの操るルミナスガンダムだ。
『ガンダムが来るぞ、準備急げよ!』
『分かってますよ!』
整備長の言葉を受けて、ガンダムを担当するメカニックチームが受け入れ準備を整えていく。と、次の瞬間にはガンダムは無事に着艦し、ゆっくりと歩を進めながら割り当てられた格納スペースに収まっていく。リゼル達とは違い、フィン・ファンネルも格納出来るように、事前に増設工事がされてあるスペースなので、まず間違う事は無い。メインジェネレーターが切られてコックピットハッチが開放されると、中から華奢な女性パイロットが姿を現した。
『お疲れ様、少尉。』
『…どうも。』
『…そんな浮かない顔をするな、君の操縦センスは侮れないと隊長も言っていたよ。』
降りてきた私に声をかけて来たのは、このガンダムの開発主任であり上司でもあるウォルド・シャウラだった。互いにノーマルスーツ越しではあるものの、私の表情が分かりやすく曇っているのはハッキリ見て取れるらしい。
慰めと事実を織り交ぜて励まそうとしてくれているものの、やはり悔しいものは悔しいのだ。操縦センスが良くても、撃墜されてしまえばそんなものは無意味なのだから。今の私には、もっと腕を磨かないといけないという気持ちが広がっていた。
『…ルミナスの調子は大丈夫、反応も良かった。サイコミュとサイコフレーム周りの調整は、今回の模擬戦じゃ何とも言えないけど…。』
『心配するな、少尉。君の戦闘データをこれから吸い上げて、それを基に我々が調整を施していくからね。』
私は彼の言葉を信じて頷いていく。私はテストパイロットとして、ルミナスの感触を素直にメカニックチームへと伝えなければならない。そして、彼らの仕事を信じて、私はルミナスに乗り続ける。これから始まる任務で、私達が作り上げて来たガンダムの力を以て、敵の作戦を挫かなければならない。どんな規模の作戦になるかは分からないものの、1人の軍人としてやり遂げなければ。
私はしっかりと頷くと、モビルスーツデッキを後にし、艦内通路へと入って自室へ向けて移動していった。
※
同時刻。暗礁宙域の只中に、隕石を改造したネオ・ジオンの秘密基地が存在しており、その中ではある作戦に向けた準備が進められていた。
「お待ちしておりました、閣下。」
「久しいな、大佐。」
漆黒のキュベレイが秘密基地内のドッグに入っていくと、中では熱烈な歓迎を受けていた。キュベレイから降りてきたのは、イサベルのネオ・ジオンを率いるカトレア・ペンタスその人である。基地内の兵達は皆出迎えに来ており、中でもこの基地の司令官の男性は、満面の笑みで迎え入れてくれていた。
大佐と呼ばれるその人物は、元々はイサベルに身を置いていた人物だったが、この秘密基地を運用するにあたり必要な人材として派遣されているのである。こうして顔を合わせるのは、実に3年ぶりの事だった。
「で、作戦の進捗状況はどうか?」
「はっ…。現在特殊工作部隊が先行して、廃棄資源衛星の確保に動いております。しかし、連邦政府は果たして話し合いに応じるでしょうか…?」
「応じるさ…、自分達の保身しか考えられん腐った連中だからな。」
一抹の不安を過らせる大佐に対して、私は自信に満ちた微笑を浮かべながら語りかけていく。1年前に起きたシャアの隕石落とし、それ以前にも幾度も行われた戦争も、地球連邦政府の腐敗が大きな原因とも言える。地球に籠って甘い汁を啜る連中は、この地球圏にとって1番不要な存在だ。私が次代の地球の支配者として、腐敗した膿をまずは出し切らねばならない。
最も分かりやすいやり方は、シャアのように地球を人の住めない星となるまで破壊するやり方だ。敢えて、私はこのやり方を踏襲するつもりである。勿論、本当に破壊してしまっては地球に住む人々の心を掌握する事は難しくなるので、脅しの為のカードであるが。
「艦隊の状況はどうか?」
「はっ、陽動部隊と実行部隊…共に出撃準備は整っております。問題は、ロンド・ベルがどう出てくるか…でありますが。」
「心配するな、陽動には私も出る。計画の邪魔はさせんよ。」
私の言葉に、大佐は何か言いたげな表情を浮かべている。わざわざ閣下自身が出撃なさらなくても…と、その目は私に語りかけていた。だが、その言葉が大佐の口から出る事は無い。彼はよく知っているからだ、私の実力を。
彼は次第に元の表情に戻っていくと、私を真っ直ぐ見つめながら次の言葉を口にした。
「では…廃棄資源衛星を確保次第、スパイを通して政府閣僚らにコンタクトを図ります。陽動部隊は、予定通り出撃させます。」
「あぁ、任せたぞ。」
まだ作戦は始まってすらいないが、確実に近付いて来ている。私が地球をこの手に掴むその時が。今はまだ、種を蒔いているに過ぎない。その芽が芽吹き、花が咲くその時を待ち侘びながら、私は大佐と共に秘密基地内の作戦指揮所へと向かって歩いて行った。
さて、ロンド・ベルよ。私の計画を挫けるものなら挫いてみるがいい。
※
U.C.0094 2月2日。時刻にして深夜だが、艦内の全員が眠りに就いている訳ではない。ブリッジクルーも、メカニックマンも、パイロットも、皆交代で休息と仮眠を取りながら、通常警戒体制で暗礁宙域内を航行している。ラー・ネイジュの通信オペレーターであるエヴァ・ヒギンズ少尉も、深夜帯での交代でブリッジに詰めているメンバーの内の1人だ。
現在ブリッジに詰めているのは、副長のエリス中佐、航海長のサンドラ少佐、砲術長のアレン少佐、そして私の4人。各々計器を確認したり、外の様子を時折眺めたりして過ごしている。無言という訳でもないが、仲良く談笑する事もなく、皆一様に緊張感を持ちながら席に座っていた。
「この辺りは1年戦争の名残が強い…、デブリに巻き込まれないように。」
副長席に座るエリス中佐の凛とした言葉が、ブリッジ内に静かに木霊する。操舵を担当する航海長のサンドラ少佐は、ただ静かに頷いていた。
副長の言葉に、私も視線を外に向けてみる。暗礁宙域というだけはあり、確かにサラミス級やマゼラン級、ムサイ級の残骸があちこちに漂い、行手を複雑に阻むような印象を受ける。更には撃破されたモビルスーツのパーツや残骸も散らばっており、凄惨な戦闘を私達に訴えてきている。生まれた年が違えば、私もこの戦争の只中にあったのかも知れないと思うと、背筋が凍るような思いに駆られてしまう。
「エヴァ少尉は、幽霊は信じるタチかい?」
砲術長のアレン少佐が、外の景色に目をやっている私に向けて話しかけてきた。一体何のことやら。
「さぁ…どうでしょうか。幽霊より、人間の方が恐ろしいですよ。」
「ははっ、違いない。」
私より10コ程年上のアレン少佐は、笑みを浮かべながら頷いている。私の答えに満足したのか、それ以降は会話は無い。
幽霊は、正直信じていない。確かに、この暗礁宙域で戦死した人々の数は計り知れないので、霊が漂っていても不思議ではないと思える。だが、そんなものを気にしていたら仕事なんて出来ないのも事実。私が再び視線を通信計器に戻したその時だった……
「ッ──、レーダーに感あり!」
私の隣の席…センサー長が普段は座る計器に反応があった。私は直ぐに計器を確認すると、強い熱源反応が2つ。このパターンと識別信号は、ネオ・ジオン艦艇だと直ぐに分かった。私の叫ぶような声に、瞬時にブリッジ内に緊張が走る。
「エヴァ少尉、報告をっ。」
副長のエリス中佐が、私にレーダーが感知した熱源の詳細を訊ねてくる。私はセンサー長の席に移動してモニターを確認すると、ムサカ級2隻が暗礁宙域内を航行しているのが分かる。直ぐにその事実を、半身を副長へと向けながら報告していった。
「高熱源反応2…ムサカ級2隻です!距離10,000!」
私の報告を受けて、副長は直ぐに椅子に備え付けてある受話器を取ると、艦内スピーカーモードを押して声を張り上げた。
「総員、第1種戦闘配備ッ。繰り返す、第1種戦闘配備ッ。総員、ノーマルスーツ着用!」
因縁深い場所での遭遇戦は、静かに運命の日へのカウントダウンを刻み始める…。
※
「副長、状況は?」
副長による第1種戦闘配備発令のアナウンスから数分もしない内に、ノーマルスーツを着込んだ艦長のレイ・アンダーソンが、いの一番にブリッジへと入って来た。まずは状況把握をと思い、副長のエリス中佐へと問いかけていく。
「はっ、艦長…。前方10,000の距離にムサカ級2隻を捕捉、距離を保ちながら出方を伺っています。」
「了解、ありがとう。」
丁度報告を受けている際にセンサー長もブリッジに入って来たので、これでブリッジクルーは全員揃った事になる。副長からの報告を基に、瞬時に頭の中で遭遇戦のプランを組み立て、艦長は各員に指示を飛ばし始めた。
「戦闘ブリッジに移行する。ミノフスキー粒子、戦闘濃度散布。エヴァ少尉、モビルスーツ隊の発進を急がせるように。」
艦長の言葉は丁寧で、且つ鋭さを持った、誰の耳にもしっかりと届く声量で、ブリッジクルーは各々がやるべき役割を果たそうと気を引き締めていく。
艦長からの言葉を受け、副長とエヴァ少尉がそれぞれ艦内の各部署へとスピーカーを起動して指示を出し始めていった。
「ミノフスキー粒子、戦闘濃度散布ッ。対空戦闘、準備急げ!」
「ブリッジより、モビルスーツ隊各員へっ。敵戦艦2隻を捕捉、モビルスーツ隊は順次発進せよ!」
艦内にアラート音が鳴り響き、各部署へと指示が飛ばされ、皆忙しなく行動を起こす。それは、モビルスーツデッキも同様だった。
メカニックマン達はジェガン部隊、リゼル部隊、そしてガンダムの発進準備に取り掛かり、パイロットは各々パイロットスーツを着込んで、コックピットへと乗り込んでいく。シーナ・ランチェスターも素早くルミナスへと乗り込むと、シートベルトを締めてメインジェネレーターを起動させ、モニター画面を映し出してから機体設定をコンソールパネルで確認していた。
「…今日も頼むよ、ルミナス。」
ガンダムが意思を持って何かリアクションをしてくる訳ではないものの、既に2度の戦闘を経験して潜り抜けた相棒だ、親しみや情が沸くのも必然と言えるだろう。私はコンソールパネルから手を離し、操縦桿を握りながらそっと呟いていた。まだサイコミュを完全に制御出来ている訳ではないものの、そんな事は言っていられないので、今回もとにかく自分に出来る最大限のパフォーマンスを発揮するのみだ。
私は1番ひよっ子なので、出撃の順番としては1番最後となる。モビルスーツデッキ内では、2つのカタパルトデッキに出撃準備が整った機体が移動していき、それぞれジェガン部隊とリゼル部隊が次々に出撃していくのが見える。
『よぅ、新入り。あんまビビんなよ?』
モビルスーツ部隊を纏める隊長機…リゼル部隊の1番機である、ジェラルド・ゴードン大尉の駆るラプター1が発艦し、残るモビルスーツも続々と出撃していく中、ラプター隊の8番機であるローマン中尉が軽口を叩いてきたのがスピーカー越しに聞こえてくる。模擬戦闘訓練では、ガンダムに肉薄してきて白兵戦を挑んできたパイロットだ。この調子の良い口調は、個人的には嫌いではなく、出撃前のピリついた神経を程よく解してくれていた。
「中尉こそ、無闇に突っ込んでやられないで下さいよ?」
『はっ…、言ってくれるじゃねーかよ。』
中尉は笑ってくれた。願わくば、お互いに無事に帰還出来る事を祈るばかりである。またこうしてふざけた会話が出来るように。
私の前を中尉のリゼルが発艦していき、いよいよ次のカタパルト射出は私の番となった。ガンダムをゆっくりと動かしていき、カタパルトに両足を乗せると、装置に機体がロックされた事がコックピット内のコンソールパネルに表示され、射出位置に自動で移動されていく。次いで、ブリッジから現在の状況についてリアルタイム通信が入り、正面モニターに通信オペレーターの顔が映し出された。
『シーナ少尉、現在我が艦はムサカ級2隻と睨み合っている状況にあります。本艦は、モビルスーツ隊発艦後に援護射撃を行います、モビルスーツ隊は上方から攻撃を仕掛けて下さいっ。』
ハキハキと喋る、とても可愛らしい子だった。こうしてブリッジクルーと喋るというのは実際初めてなので、通信オペレーターが自身と同じような年代の女の子だと分かり、私も少しだけ気持ちが軽くなった。時間があればゆっくり喋ってみたいと、そんな事を思いつつ、私は「了解。」と、一言だけ返していく。
さて、発進準備は整った。カタパルトのコントロールは私に委ねられたので、ガンダムの姿勢を屈ませてから操縦桿を目一杯押し込み、声を張り上げた。
「シーナ・ランチェスター…ルミナス、行きますっ!」
カタパルトが勢いよく射出され、それに合わせて加速Gが一気に私の身体へと負荷を掛けてくるのを感じながら、少しばかり表情を歪ませて暗礁宙域へと飛翔していく。カタパルトデッキから射出されたガンダムは、メインスラスターとプロペラントタンクのスラスターを噴射し、先に出撃したリゼル部隊…ラプター隊に合流すべく、デブリ帯の海を掻い潜りながら上昇していった。
チラリ、と後方を確認すると、直掩部隊のジェガン数機がラー・ネイジュ周囲を警戒しているのが見えて、私は改めて意識を前方に向けていく。
『少尉、来たか。我々の役目は敵モビルスーツの注意を引き付け、母艦に近付かせない事だ。いいな、深追いは禁物だぞ。』
ラプター隊の後方に到着し、編隊を維持しながら合流すると、早速隊長からの指示が通信で飛んでくる。直ぐに返事を返しながら横に目を向けて見ると、直掩部隊とは違う攻撃隊に参加するジェガンの姿も確認出来た。彼らとはまだ直接的に接した事は無いものの、同じ味方として連携していきたい所だ。
その時だった。私の脳に何かが過ぎるような、電流のようなものを流されたような、以前も感じた事のある感覚が走った。そしてほぼ反射的に、デブリ帯に隠れて見えないラー・ネイジュへと視線を向けてしまう。次第に、この感覚が私に告げようとしている事が、徐々に脳内でハッキリと輪郭を帯びて見え出して来た。これは、攻撃を仕掛けるという意思のように見える。
「……来る、艦砲射撃が…!」
それは、フルサイコフレームを介してサイコミュが受信した、明確な意識の形。ニュータイプとして目覚め始めた私に向けて、ルミナスは教えてくれているのだ。敵だけでなく、味方の意識までもを。
「主砲、発射用意。目標、右翼のムサカ。」
ラー・ネイジュのブリッジでは、シーナ・ランチェスターが感じ取ったその通りの動きが為されており、艦長の静かで厳かな命令がブリッジ内に響いていく。復唱するように、艦長席の隣に位置している副長が、大きな声を張り上げて命令を飛ばす。
「主砲、発射用意。目標、右翼のムサカ!」
副長の命令に反応しながら、砲術長がコンソールパネルを操作し、ラー・ネイジュの主砲を操作して照準を定めていった。ミノフスキー粒子が戦闘濃度まで散布されている宙域内では、長距離によるレーダーのロックオン機能は使い物にならず、距離と動きを予測しながら手動で合わせて撃つしかない。故に、砲術長という立場は責任重大なのである。
照準を定めたアレン少佐が、コンソールパネルを見つめながら声を張り上げる。
「主砲発射用意、対空戦闘、共に準備よし!」
少佐の言葉を受けて、今度は艦長が張り詰める空気を震わせながら、鋭く檄を飛ばすように命令を下した。
「──撃ち方始めッ。」
※
「閣下、敵艦を捕捉しました。」
「やはりな…そろそろだと思っていたが。」
同時刻帯。暗礁宙域内を航行しているムサカの中では、ブリッジにて会話をしている人物が2人。片一方はムサカの艦長、そして隣に並び立つのはイサベルの権力を統べるカトレア・ペンタス。2人が見つめるブリッジのメインモニターには、距離凡そ10,000の位置で航行している連邦軍の戦艦1隻が表示されていた。識別には登録されていないものの、姿形からラー・カイラム級機動戦艦である事は分かり、つまりはロンド・ベル所属の艦艇だと推察出来る。
この時点で、カトレア・ペンタスにはある程度の確信があった。例のガンダムが、あの艦に居るという事を。これだけ距離が離れていても、独特のプレッシャーを頭だけでなく全身で感じていたからだ。
「私が出るしかないかも知れん。ミノフスキー粒子散布と、モビルスーツ隊の発進を急がせろ。」
「はっ…。閣下、どうかお気をつけて。」
艦隊の指揮は艦長に任せ、私はブリッジから出てモビルスーツデッキへと向かって通路を移動していく。その動きに合わせるように、通路で控えていた私の参謀であるギムレット・クルスが近付いて来た。彼の表情は普段と変わらず、何処か心配するような眼差しで私を見つめてくる。言いたい事は、口を開く前からある程度予想出来るだけに、私も緊張感は保ちつつリラックスした様子で彼の言葉を待った。
「閣下が出撃なさらなくとも……。今回は陽動が主任務です。時間を稼ぐだけならば…、」
予想通りの言葉を受ける私の表情は、少しばかり変化を見せ、目を細めながら自信を覗かせる微笑を浮かべる。
「ギムレット……お前はガンダムを侮っている。あれは、私でなければ相手は務まらんよ。」
ロンド・ベルの部隊だけなら、確かにムサカ2隻によるギラ・ドーガ部隊だけで相手は事足りるだろう。ましてや、今回は殲滅ではなく時間稼ぎだ、最後まで相手にする必要もない。
だが、向こうにはガンダムが居る。海賊達を退けてきた、確かな腕を持ったパイロットが操るサイコマシンだ。下手をすると此方の戦力を想定以上に削がれる事態になりかねないと、私は危惧していた。ならば、サイコマシンには同じサイコマシンで相手をしなければならないだろう。私の言葉に、彼は渋々と言った様子で頷いていた。
「艦隊の指揮は任せるぞ、ギムレット。」
「はっ…。承知しました。」
私達は、その言葉を区切りとして、別々の方向に進んでいく。彼はブリッジに、そして私はモビルスーツデッキに。丁度その時、艦が大きく揺れるのを感じた。
『敵艦発砲、回避運動!』
アラート音に続き、ブリッジからの艦内アナウンスが響き、たった今艦砲射撃を回避した事が分かる。ロンド・ベルに先手を打たれた形になったものの、私は慌てる事なくモビルスーツデッキに向かって進んでいく。敵との距離はまだあり、艦砲射撃が直撃する可能性は低いと分かっている為、心にも思考にもゆとりが持てる。
モビルスーツデッキに出る扉を開くと、デッキ内では忙しなくモビルスーツ隊の発進準備が進められていた。私の姿を見たパイロットや整備兵達が、慌てて皆敬礼をするものの、「いい、持ち場に戻れ。」と言葉を飛ばし、迅速に行動するように促していく。敵は既にモビルスーツ隊の発進を済ましただろう、となれば1分1秒たりとも無駄にする事は出来ない。
モビルスーツデッキ内の奥…漆黒の機体が、静かに私を待っていた。愛機ヤークト・キュベレイのコックピットへと上がって行くと、側には整備兵の姿があり、緊張気味に私へと敬礼をしながら整備状況を伝えてくれる。
「閣下、機体の準備は万全整っております!」
「あぁ、ありがとう。貴様らも待避急げよ。」
私の言葉を受けて、整備兵は感激したように目を輝かせながら、再び敬礼をして待避区画へと向かって移動していった。その後ろ姿を確認しつつ、私もキュベレイのコックピットへと乗り込んでいく。
私はノーマルスーツは着ないまま、軍服姿で乗り込み、シートベルトを締めてコンソールパネルを操作していく。既にメインジェネレーターは起動しているので、直ぐにメインモニターを起動させ、モビルスーツデッキ内の様子が全天周囲モニターに映し出されていき、先発隊がカタパルトデッキへと次々に移動していくのが見える。私の出番は彼らが出撃した後だ、今はゆっくりと待つ他ない。
『閣下、敵艦より高熱源体の射出を確認。数は14、艦隊上方から接近中…会敵予想時間は約10分後です。』
機体設定の確認を済ましている最中、コンソール画面にリアルタイム通信が表示され、そこには参謀であるギムレットの顔が映し出されながら、現在の状況について報告をして来た。彼の後ろでは、ブリッジクルーや艦長が忙しなく指示を飛ばし、迎撃に集中しているのが分かる。
「モビルスーツ隊に伝えろ、ガンダムとの交戦は極力避けるように…とな。」
『はっ…、承知致しました。』
私の短い命令を受けて、彼は敬礼をした後に通信画面を切った。ギラ・ドーガの部隊も、カタパルトの準備が整い次第、次々に射出されて迎撃に向かって行くのが分かる。モビルスーツの総数としては此方が有利だが、後はパイロットの技量と戦術次第…と言った所だろうか。
兎も角、実行部隊が廃棄資源衛星を確保すれば、今回の作戦は終了となる。そこまで時間を稼ぐ為にも、私も少々力を振るわなければならない。ガンダム相手とは言え、負けるつもりは更々無く、どの程度の力があるのか確かめたいという気持ちが強いくらいだ。
高揚感にも似た感情を抱きながら操縦桿を握ると、丁度ギラ・ドーガ部隊の発艦が終わり、残すは私のみとなっていた。ゆっくりとカタパルトデッキへと機体を進ませていき、所定の位置で立ち止まると、デッキ内の左右の壁からロボットアームが伸びてきて、キュベレイの股下に太いケーブルが接続されていく。コンソールパネルにも接続が完了した表示がされると、私は機体をゆっくりと浮かし、ケーブルが目一杯伸び切る位置まで前進させ、操縦桿を前へと強く押しながらペダルを床まで踏み込み、キュベレイのスラスターを全開にさせた。ある程度の推力を超えれば、ケーブルがオートパージされ、その反動で機体を射出する仕組みのカタパルトである。
『閣下、ご武運を!キュベレイが出るぞ!』
カタパルトデッキ内に響く、発艦をコントロールする兵士からの言葉に、私はコックピット内で僅かに微笑を浮かべていた。
「カトレア・ペンタス…ヤークト・キュベレイ、出るぞ。」
私の静かな言葉と共に、機体からケーブルが勢いよくパージされ、凄まじい加速Gを感じながら暗礁宙域の海へと飛び出して行く。そして、操縦桿を操作しながら、先に出撃した先発隊のギラ・ドーガ部隊とは合流せず、別方向へと加速しながら宇宙の闇に溶け込んでいった。
狙うのは、あくまでもガンダムである。そのプレッシャーを探し出すように、モビルスーツによる遭遇戦が予測される地点より更に上方に位置付けながら、機体が隠れる大きさのデブリに紛れてスラスターを切った。ミノフスキー粒子が濃い戦闘宙域において、デブリに紛れていれば、相当接近されない限り察知される事は無い。
そこから凡そ10分後……暗礁宙域の中で、細かなビームの閃光や爆発が起こり始めたのが、モニターに鮮明に映し出されていく。私は目を凝らし、そしてサイコミュによる感応波のキャッチに意識を向けながら、モビルスーツ戦の行方を追った。
「……そこか。」
私は、つい笑みを溢してしまう。まだキュベレイのセンサーは、機体の識別が出来る程に敵を捉えている訳ではないものの、サイコミュを通じてハッキリと感じ取っていた。ガンダムの存在、その位置を。
私はゆっくりとスラスターを噴射させ、デブリの影から機体を現し、一気にスラスターを全開にして戦闘宙域の只中へと接近していった。ガンダムから発するプレッシャー…パイロットの感応波を目指して。
「見せてもらおうか……ガンダムの性能とやらを、貴様の力を。」
ヤークト・キュベレイ(Jagd・Qubeley)
型式番号 AMX-004-J
頭頂高 18.4m
本体重量 36.0t
装甲素材 ガンダリウム合金
武装
・ファンネル×10
・ビーム・ガン/ビーム・サーベル×2
・大型ビーム・サーベル×2
・肩部メガ粒子砲×2
・ロングレンジビーム・スマートガン×1
搭乗者 カトレア・ペンタス
小惑星アクシズに並ぶ、アステロイドベルト帯に属する『小惑星イサベル』内で開発されたモビルスーツ。キュベレイを開発した元フラナガン機関関係の技術者と、ネオ・ジオンと関わりの深いアナハイム・エレクトロニクス社の技術者を秘密裏に招き、ベースとなったキュベレイの骨格部分から再設計を施した機体となっている。基本的にはオリジナルのキュベレイを継承しているものの、細部に渡って現代の戦闘に合わせたチューンとアップデートが行われている。
最も大きく変更された点は、コックピットブロック周辺にサイコフレームを導入した事で、周囲の感応波を感知し易くなり、ファンネルの遠隔操作がより精密になった事である。また、現代の戦闘に合わせたチューンの一環として、背部に試作大型フレキシブルスラスターを搭載しており、空間戦闘のみならず重力下戦闘でも高い機動性を発揮する。スラスターに合わせ、プロペラントタンクも2本追加で装備されている。
武装もオリジナルのキュベレイから継承されているが、両肩のバインダーにそれぞれ1門ずつ、メガ粒子砲の発射口を備えている。また、操縦者であるカトレア・ペンタスの要望により、ゼータ・プラスに装備されていたビーム・スマートガンをベースに改良した、砲狙撃戦仕様のロングレンジ・ビームスマートガンを装備している。ファンネル自体の改良も行われており、宇宙空間だけでなく重力下でも分離と攻撃が可能となっている。
カラーリングは基本色として黒で統一されており、バインダーや一部装甲を赤に塗装している。これは、操縦者であるカトレア・ペンタスの『宇宙の闇に紛れる暗殺者』としての戦い方と、ネオ・ジオン内でも特殊な立ち位置に存在する彼女の思想を反映したカラーリングとなっている。