「…社長、いよいよ始まった模様です。」
月面都市フォン・ブラウンに本拠地を置く、巨大軍産複合企業アナハイム・エレクトロニクス。その社長室内では、社長秘書の女性が静かに言葉を紡ぎ、椅子に座る社長を見つめている。手に持っていた端末を社長へと手渡していくと、その画面には暗礁宙域内で戦闘が勃発している事の報告が表示されていた。ロンド・ベル所属の新鋭艦と、ネオ・ジオン残党との戦闘だ。
「そうか…始まったか。ふふ……。」
端末を受け取り、秘書からの報告を受けた恰幅の良いアナハイムの社長は、何処か楽しみな様子で笑みを溢している。それはまるで、ゲームをプレイしていて結果が出るのを心待ちにしているような……そんな、邪悪さを滲ませた子供のような笑みだった。社長の笑みを、秘書は顔色一つ変えずに見つめているのが、何とも歪な様相を呈している。
「社長の夢は、どちらに傾くのでしょうか?」
「さぁな、それは私にも予想がつかんよ…。だからこそ面白いんじゃないか。」
秘書が口にした、社長の夢。連邦軍にも多大な軍事支援を施しながら、ネオ・ジオンにも技術と資金を提供するダブルスタンダードを行ってでも実現したい、その夢にどれ程の価値があるのだろうか。それは、人により評価は分かれる所だろう。
そんな社長の思惑を知ってか知らずか、2人のニュータイプが戦場にて相見える事となる。
シーナ・ランチェスターと、カトレア・ペンタス。この2人の出会いが齎すものは、果たして………
※
マゼンタ色のビーム攻撃が、暗礁宙域の海を駆け抜けていく。距離がかなり離れていても、そこは流石のロンド・ベルと言った所で、ムサカの側面を掠めるような艦砲射撃をお見舞いしていった。続け様に、対艦ミサイルの波状攻撃が2隻のムサカへと向けて発射されていく。その様子を、ラー・ネイジュから発艦したモビルスーツ隊が、上方から眺めつつ攻撃の機会を伺っていた。
「…凄い…敵も流石…。」
先手を打ったのは此方だが、迎撃するムサカも侮れない。対艦ミサイルが迫り来る中、対空迎撃の弾幕を張ってミサイルを撃ち落としている。ガンダムのコックピットからその様子を見つめながら、シーナ・ランチェスターはボソッと呟いていた。
だが、呑気に観戦している場合ではない。コンソールパネルには、高熱源体が複数射出された事をセンサーが捉えていると表示されている。恐らくは、ムサカ艦載機のモビルスーツ隊だろう。その予測は程なくして答え合わせがされるように、ガンダムのセンサーがモビルスーツを捕捉すると、ネオ・ジオンのギラ・ドーガ部隊が迎撃に此方へ向かって来ている事が分かった。
「隊長!」
『分かっている、少尉。』
私が通信で声を張り上げるとほぼ同時に、言わんとしている事は全部察していると言うように、隊長は言葉を被せてきた。
『お客さんだ、行くぞっ。』
隊長の掛け声と共に、攻撃隊から『了解』と返事が来ると、リゼル部隊は全機ウェイブライダー形態へ変形し、ギラ・ドーガ部隊へと凄まじい勢いで急襲していった。その後に続くように、ジェガン部隊と私のガンダムがギラ・ドーガ部隊との距離を詰めていく。
『少尉、お前は援護だっ。』
隊長からの指示は、とてもシンプルなものだった。機動性に優るリゼルを全面に押し出し、私は援護射撃に徹するというもの。このルミナスのハイパー・ビームライフルの射程なら、ギラ・ドーガの有効射程外からアウトレンジで狙撃する事も可能な為、合理的な判断と言えるだろう。
「後ろは任せてください…っ!」
私は全機に告げるように言葉を発すると、直ぐにハイパー・ビームライフルを構えて照準を合わせていく。リゼル数機が自由自在に変則的な軌道を描き、ギラ・ドーガの部隊を翻弄しているのが見て取れると、1機のギラ・ドーガが死角から迫ろうと一瞬機体の動きを止めた隙を捕捉する。
敵は堕とせる時に堕とす……戦術の基本だ。私は躊躇う事なく、操縦桿のトリガーを引いた。ライフルのマズルに光が収束していき、圧縮されたビームの粒子が解き放たれると、凄まじい弾速でビーム砲の光が戦場を貫いていく。ガンダムに狙われたギラ・ドーガに回避する時間など無く、ガラ空きの背中を私に見せながら、バックパックごとコックピットを撃ち抜かれて爆散していった。これで、撃墜スコア1である。
『いい判断だ、少尉。』
ウェイブライダー形態のままギラ・ドーガに肉薄し、すれ違い様にモビルスーツ形態へと変形しながら、ビーム・サーベルを振り抜いて敵の胴体を両断して見せる隊長は、激しい戦闘の最中でも私に声をかけて来てくれた。他のリゼルも、敵に囲まれないように上手く距離を取りながら、ライフルによる牽制攻撃を織り交ぜて応戦している。
流石は精鋭部隊なだけはある…と、内心思いながらも、私は浮かれる事なく自分の仕事をこなそうと直ぐに意識を研ぎ澄ましていく。だが、流石に数的優位に立つネオ・ジオン側に、徐々に押され始めて来た。明確に敗北濃厚な訳ではないものの、向こうも流石の手練れなので、安易と堕とせるものでもない。
『新入り、そっちに行ったぞ!』
「くっ……!」
リゼル、ジェガン部隊を突破して、後方から援護射撃を加える私の元に、3機のギラ・ドーガが接近して来た。援護射撃をしている余裕は無くなり、直ぐにサイコミュへと意思を繋げていく。
「やってやる……。行け、フィン・ファンネル!」
3機同時に相手をするには、これしかない。私は6基のフィン・ファンネルを背部ファンネル・ラックから射出すると、サイコミュを通じてファンネル達の操作に意識を集中させ、ギラ・ドーガ達へと襲い掛からせていった。
先ずは1番近付いてきた敵に向けて、ファンネル達が四方八方からビーム攻撃を加えていく。この攻撃は流石に不意打ちだったようで、防御の為にシールドを展開しようとした腕を撃ち抜き、怯んだ隙を見逃さずに次々に胴体へとビームを撃ち込み、程なくして機体が爆散していった。
「次…、ぐっ……!」
一瞬の隙だった。爆発の光を確認している間に、1機のギラ・ドーガに肉薄され、ビーム・ソードアックスを振り被られた姿が間近に迫っていたのだ。ここまで接近されてしまえば、ファンネルは使えない。流石は手練れなだけはあり、オールレンジ攻撃への対処も叩き込まれているようだ。
直ぐに左腕に内臓されているビーム・サーベルを展開し、左手1本で敵の斬撃を受け止め、ビームの刃同時がぶつかり合い、バチッ…バチッ…!と、激しい鍔迫り合いとなった。スラスターを噴射しながら押し切ろうとするものの、ギラ・ドーガも1歩も引かず、正に膠着状態となってしまう。
その隙を見逃さず、もう1機のギラ・ドーガが私の死角から急接近し、同じくビーム・ソードアックスを展開して来た。コックピット内にも、5時方向から敵が接近して来ているアラート音が鳴り響いている。
「──舐めんなッ!!」
私は鍔迫り合いの状態のまま、背後から迫る敵には照準を合わせたりせず、感覚だけで右手に握るハイパー・ビームライフルを後ろへと向け、迷いなくトリガーを引いた。牽制攻撃ではなく、明確な撃墜の意思を乗せた攻撃である。
敵意を敏感に察知し、私に瞬時に伝えてくれる、ルミナスのサイコミュだからこそ成せる芸当。まさかの攻撃に驚いたのは、背後を獲ったと確信して接近して来たギラ・ドーガだ。予想外の事に回避する事も出来ず、ビームの閃光でコックピット付近を撃ち抜かれ、火花を散らしながら宇宙の海に漂っていく。誘爆はしなかったものの、パイロットはビームの粒子に身体を焼かれ、蒸発した事だろう。
『くそっ、ガンダムめ…ッ!』
残りの1機となったギラ・ドーガのパイロットの声が、至近距離であるが故に通信に混在して来て、私の耳に入ってくる。やはり、ネオ・ジオンにとってガンダムは畏怖の象徴であり、憎むべき対象という事がありありと伝わって来た。
だが、お喋りをするつもりは無い。降り掛かる火の粉は払い除けるのみだ。全身のサイコフレームに私の思考が伝播していき、素早く右脚部を動かすと、鍔迫り合いとなっているギラ・ドーガの横っ腹を思い切り蹴り飛ばしていく。
『うっ、ぐ…ッ!?』
苦しげな呻き声がまた通信で聴こえてくるものの、僅かに機体同士の距離が開くと、私は意識を集中させてスラスターを全開にし、一気に肉薄して敵の右腕をビーム・サーベルで斬り落としていった。直ぐに反撃に転じようと左手を動かす素振りが見えるものの、それよりも先にハイパー・ビームライフルのマズルをギラ・ドーガの胴体へとゼロ距離で押し当て、ガンダムのデュアルアイが光を放つ。
「墜ちろッ!!」
そのままトリガーを引くと、強烈なビームの閃光が放たれ、ギラ・ドーガの腹部をビーム砲が貫通していく。あまりの威力の高さを物語るように、上半身と下半身が衝撃で吹き飛び、真っ二つになりながら宇宙の藻屑と化していった。
「はぁっ……、はぁっ……、皆は…っ。」
3機撃墜を確認し、張り詰めた緊張感が少しだけ緩んで呼吸を整えつつも、休んでる暇など無いと思考を再び張り直す。フィン・ファンネルを機体へと戻し、ファンネルラックに全て再接続させると、援護に戻ろうとスラスターを噴射して姿勢と機体の向きを変えていく。敵をなんとか食い止めながら撃墜しているものの、コックピット内のレーダーマップを確認してみると、味方にも被害が出始めているのが分かった。
ジェガンが1機、それにリゼル部隊も1機撃墜され、リゼル2機が中破している。このままでは押し切られるのは目に見えており、流石に私も後方で援護し続けるのをやめ、前線に合流すべきだろうと思い始めていく。そして、操縦桿を握り締め、ペダルを踏み込んでスラスターを全開にしたその時だった……。
「───────ッ!」
刹那……嫌な感覚が私の脳裏に走り、全身に悪寒のようなものが突き抜けていく。言い知れぬ其れは、言わばプレッシャーとも呼ぶべき…そんな感覚だった。私はほぼ無意識に、自身の勘が私の身体を動かしていき、操縦桿を目一杯引いて機体のスラスターを逆噴射していき、姿勢を変えて回避運動をしていく。
すると、私の目の前を数本のビームが通り過ぎていった。あのまま突っ込んでいれば、間違いなく直撃していただろう。だが、この嫌なプレッシャーの感覚は消えずに、更に増大して私に重く伸し掛かって来た。あのビームがプレッシャーの正体ではない……更に、その上から…。
「…黒い…モビルスーツ……っ?」
頭部を僅かに上に向け、デュアルアイのメインカメラが捉えたその姿がモニターに映し出されると、そこには全身が黒く塗装された正体不明のモビルスーツが居た。大きく張り出した肩の装甲は、一部が赤く塗装され、只者ではないオーラを放っている。プレッシャーの正体は、このモビルスーツだった。
「…そこを退けッ!」
攻撃を受けたからには、反撃するしかない。正体不明機を敵だと断定しながら、ハイパー・ビームライフルのマズルを黒いモビルスーツへと向けていく。果たして通信が届いているのか不明だが、容赦はしない。私は操縦桿のトリガーに指をかけて引こうとした瞬間、またあの嫌なプレッシャーが電流のように脳裏を駆け抜けた。
「ッ───、くそ…ッ!」
右から、左から、上から、下から……ありとあらゆる方向から、ガンダムに向けてビームの雨が降り注ぐ。サイコミュが敏感に感応波を捉えているので、どの角度からどのタイミングで攻撃が放たれるか、ある程度予知出来るので、小刻みにスラスターを噴射しながら回避していく。が、この攻撃は明らかにオールレンジ攻撃だった。回避し続けていく中、あの黒いモビルスーツは微動だにせず、ただ黙って私を見下ろしていた。
(あの機体のパイロット…私と、同じ……!)
敵のビームの1発が、ガンダムの肩装甲を掠めていき、直撃コースに入ったビームをシールドで防御していく。考えている暇など無いと、その瞬間に我に帰り、私は舌打ちをしながらファンネルに思考を飛ばした。
相手も同じファンネルを使うなら、こちらも応戦するまでの事。
「──ファンネル!!」
ファンネルラックから6基のフィン・ファンネルが射出され、黒いモビルスーツに向けて四方八方から攻撃を仕掛けていく。だが、向こうも此方と同様に……いや、ガンダム以上に軽快な回避運動を披露しながら、ファンネルのビーム攻撃を舞うように避け始めていった。その姿を目の当たりにした私は、驚きの色を隠す事なく目を見開いてしまう。
「何なんだ…コイツ……ッ。」
舌打ち混じりに、とんでもない強敵と遭遇してしまった事実に怖気付いてしまいそうになりながらも、意識は途切れさせる事なくサイコフレームへと思考を飛ばし続け、紙一重の機体制御でオールレンジ攻撃を掻い潜っていく。同時に、フィン・ファンネルの操作にも思考を巡らせなければならない現状に、頭がパンクしてしまいそうだ。
お互いにファンネルの攻撃を避け続けている最中、先に動き出したのは黒いモビルスーツの方だった。このビームの雨の中を、一直線に此方へ向けてスラスターを全開にして迫って来ており、その思い切りの良すぎる行動にもまた驚いてしまう。
「この……ッ!」
この突貫は、明らかに接近戦を仕掛けて来ている。ファンネルの操作から一旦意識を逸らすと、直ぐにファンネルラック内に内蔵されているビーム・サーベルに右手を伸ばし、タイミングを合わせて敵モビルスーツ目掛けて振り抜いていった。
だが、私のサーベルは当たらず、何もない虚空を斬る。直前に敵がスラスターの角度を変え、姿勢を逸らして避けたのだ。そのままガラ空きとなったガンダムの胴体へと敵から蹴りをお見舞いされ、背後にあったデブリに勢いよく機体が叩きつけられてしまう。
「ぐっ──あ……ッ…!!」
凄まじい衝撃がコックピットにも響き、私はシートの上で身体を揺さぶられ、ヘルメット越しに頭を激しくシートに打ち付けてしまった。視界が一瞬ぼやけ、意識が飛んでしまいそうになりながらも、苦痛の声を無理やり掻き消すように、ギリ…ッ、と歯を食いしばって耐えていく。軽い脳震盪を起こしてしまったようで、目の焦点も若干合わない。
早く、ファンネルを操作しないと…。ライフルを構えて、反撃をしなければ……と、そう思いながらも、指先にまだ力が入らず、思考が定まらない。後詰であるガンダムが押さえ込まれている事は周囲も認識しているようで、第2派のギラ・ドーガ部隊が前線を突破し、後方に位置するラー・ネイジュへ向けて迫って行くのが見えた。だが、それを追撃するだけの余力が、私には無い。
黒いモビルスーツは両手にビーム・サーベルを握り、2本のサーベルを構えながら、トドメを刺そうとスラスターを全開にして此方に突っ込んで来る。
「───────ッ。」
刹那、私は死を覚悟した。
……だが、敵のビーム・サーベルが私に届く前に、横から何かが突っ込んで来た。それは敵のモビルスーツに抱き着きながら、私との距離を離そうとするかのように、スラスターを全開にしながら目の前から押し退けていく。
『少尉ッ、早く母艦の援護に行け!!』
「ッ──、隊長…ッ!?」
その正体は、隊長機のプロトタイプ・リゼル。黒いモビルスーツの両手を押さえ込みながら、身動きを取れなくしてくれていた。だが、私も隊長を援護しなければ、彼の身が危ない事は分かる。ガンダムの操縦桿を握る手に無理やり力を入れながら動かそうとした際、再び隊長からの言葉が私の耳を突き刺していく。
『モタモタするな、少尉ッ!』
「で、でも…隊長…!」
『早く行けッ、お前が艦を守るんだ!!』
私は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、奥歯を強く噛み締めながら、絞り出すように「……了解…ッ。」と言葉を返すと、ファンネル達を呼び戻してファンネルラックに収容し、その場から全速力で離脱して母艦へと向かう。
隊長の気持ちを踏み躙る訳にはいかない。目的を履き違えてはいけない。私は、私の仕事をしなければならないのだから…。
「…どうか、無事で…ッ。」
そう呟く私の言葉は、距離が離れた隊長の機体に届く事は無く、ヘルメットの中だけに木霊していた。遥か先を行く、第2派のギラ・ドーガ部隊の背を目指して、私はペダルを限界まで踏み抜きながら、自身の身体とガンダムに鞭打って更に増速していく。
(間に合って……、ガンダム……!)
※
何故だろうか。カトレア・ペンタスは考える。
私の攻撃は完璧だった筈だが、初撃は回避されてしまった。ファンネルの操作にも弛みは無かったが、あのガンダムはほぼ全て避けていた。それだけでなく、向こうもファンネルで反撃をして来たではないか。油断していた訳ではないが、仕留め切れなかったのは素直に私の落ち度である。
それに、あのガンダムから発せられたプレッシャーは異常だった。あれ程のプレッシャーを私に与えてきた存在は、私の今までの経験上初めてだったので、感心を通り越して驚きすらある。これは、あのガンダムとパイロットに対する認識を改めて考えなければならないだろう。
「ふん……、邪魔をするな。」
だが、先ずは目の前の敵を処理するのが先だ。私のキュベレイに密着しながら、両腕を押さえ付けて身動きを取れなくしている、この連邦の機体を堕とさなければならない。
『ネオ・ジオンが…今更何を企んでいる…ッ!』
機体同士が密着しているので、敵のパイロットの通信が直にコックピットへと伝わってくる。少しばかり歳の食った、男の声だ。
私は表情は変えずに、馬鹿正直に答える事などせず、軽蔑するように呟いていく。
「雑兵風情が……。このキュベレイに触れた事、死んで詫びてもらう。」
操縦桿のスイッチを押し、キュベレイの肩のバインダーが僅かに開いていくと、左右から何かが展開されていく。言うなれば、其れは……隠し腕とも呼べるものだった。新たに増えた2本の腕の先端には、大型のビーム・サーベルが装着されており、敵モビルスーツの頭上で2本の巨大なビームの刀身が展開されていく。通信越しに、敵のパイロットが息を呑む様子が聞こえてくる。
そして私は、2本のサーベルを突き立てるように、敵のモビルスーツを串刺しにしていった。
『ぐっ…、あぁ…ッ!!』
コックピット付近を貫通したであろうビームの刃は、機体の肩部から胴体にかけて左右から突き刺し、敵にトドメを刺した。パイロットの断末魔の叫びが一瞬だけ聞こえた後に、キュベレイを掴んで離さなかったマニュピレーターの拘束が解かれ、敵のモビルスーツは火花を散らしながら宇宙を漂っていく。
だが、これで終わりではない。このカトレア・ペンタスに触れ、キュベレイに触れた事は、万死に値するのだ。徹底的に破壊するのみである。
「行け、ファンネル。」
私の言葉に即座に反応するように、周囲に漂っていたファンネルの子機達が姿勢を変え、既に再起不能となった敵モビルスーツに向けて、一斉にビーム攻撃を行っていった。頭部を撃ち抜き、腕を撃ち抜き、脚を撃ち抜き、胴体を撃ち抜き……そして、程なくして機体は爆発を起こし、粉々に散っていった。爆発の衝撃波を機体で感じつつ、サイコミュが敵パイロットの残留思念を拾い上げる。『平和な世界を見たかった…』と。
「……………。」
平和な世界など、有りはしない。多かれ少なかれ、人が生きている限り争いは起こるものだ。だが、この私が地球の統治者となれば、連邦政府の腐敗の膿を出し尽くし、より善い世界へと導こう。正しい統治者による、正しく管理される世界へと。私は僅かながら残留思念を残した敵パイロットの魂に、心の内でそんな事を語りかけていく。
すると、直後に後方から発光信号が上がった。ロンド・ベルの先発隊と交戦中のギラ・ドーガ部隊から発せられたものであり、その色は緑と赤。《作戦目標達成。後退セヨ》の意味だ。信号弾を目にした私は、コックピットの中で僅かに微笑を浮かべる。
「……ふふっ…。長居は無用だな。」
私は操縦桿を握り直し、機体をロールさせながらスラスターを噴射させ、母艦であるムサカへ向けて帰還していった。
名残惜しくは、この手でガンダムを仕留められなかった事だが……いずれ相見える事だろう。ガンダムが存在し続ける限りは。
※
「ラプター5、ブレイズ2、レーザー信号途絶!」
「モビルスーツ部隊、突破されました!」
「先行する攻撃隊、半包囲されつつあり!」
ラー・ネイジュのブリッジ内では、各クルーによる報告が忙しなく飛び交い、険しい表情の艦長がそれらを受け止めていた。その視線は、この戦闘宙域を映し出しているグリッドマップに注がれており、正面モニターに大きく表示されている。レーザー信号が光の点として表示され、それらが常に動き続け、敵味方識別で色が分かれながら、時折消えていく。信号が途絶したという事は、熱源の消滅……つまり、モビルスーツが大破した事を意味していた。
形勢としては、徐々にネオ・ジオン側に傾きつつある。加えて、此方のモビルスーツ部隊が突破され、10個の高熱源体…恐らく敵のモビルスーツ隊が、このラー・ネイジュに向けて接近して来ている。艦長のレイ・アンダーソンは、鋭い眼差しのまま指示を出し始めた。
「対空戦闘、弾幕ッ。」
「弾幕展開っ、敵を寄せ付けるな!」
艦長の指示を受け、副長がそれに合わせるように声を張り上げると、砲術長がすぐさまコンソールパネルを操作し、対空機銃と迎撃ミサイルの斉射を開始していく。機銃に限らず艦の武装は、今となっては遠隔で操作する事が可能であり、回線が繋がっている事でブリッジから直接操作する事が出来るのだ。
自動で機銃が敵モビルスーツを追い、弾幕を展開していくものの、そう簡単に当たるものではない。加えて、迎撃ミサイルは10機のギラ・ドーガに向けて放たれたものの、殆どのミサイルを敵はビーム・マシンガンの弾幕で撃ち落としていき、結局は10機の内2機を仕留めるに留まった。後は、直掩のジェガン部隊に任せつつ、機銃による弾幕を張り続けるしかない。
「味方に当てるんじゃないぞ、ムサカの動きにも注意せよっ。」
艦長の指示がブリッジに響きながらも、ふとした瞬間に艦全体に激しい振動が襲い掛かった。弾幕の雨を掻い潜りながら、艦の下から攻めてきたギラ・ドーガの攻撃が、外壁装甲に着弾したのだ。
「第8ブロックに被弾、損害は軽微!」
「隔壁閉鎖、ダメコン急げ!」
エヴァ少尉が損害状況を報告し、それに対して副長が即座に指示を飛ばしていく。一方、艦長は鋭い眼差しをモニターに向けたまま、戦況の流れに注視していた。このままではいたずらに消耗するだけなので、何処かで撤退の合図を送らなければならなくなる…と。
「敵モビルスーツ、急速接近!」
センサー長の声が耳に届いた時、既にギラ・ドーガの1機が艦に張り付くように距離を詰め、ビーム・マシンガンのマズルをブリッジへと向けていた。直掩機は他の敵機に押さえられ、対空機銃も主砲も、これだけ至近距離に入られては迎撃は不可能である。
「クッ………!」
万事休す、覚悟を決めるしかない。艦長は険しい表情を浮かべたままモニターを睨み、ブリッジクルーも皆死を覚悟した事だろう…。
───その時だった。
遥か彼方から、一筋のビームの光がブリッジの目の前を貫き、ギラ・ドーガの胴体を貫通して機体が真っ二つに千切れ飛び、爆散していった。爆発の衝撃波と残骸がブリッジの装甲に激しく当たるものの、余りにも一瞬の出来事に、ブリッジクルーの誰もが目を見開きながら言葉を失ってしまっている。
「な、何が……っ。」
副長がゆっくりと口を開くも束の間、また次のビーム攻撃が遥か彼方から放たれた。その軌跡は僅かに艦の下へと伸び、死角から攻撃を加えていたギラ・ドーガを的確に撃ち抜き、これも撃破する。
正体不明の攻撃により2機のギラ・ドーガを失った敵部隊は、ラー・ネイジュへの攻撃を中断し、一旦距離を取ろうと僅かに後退した時だった。その攻撃を行った存在が、高速で接近して来てその姿を現した。
『ラー・ネイジュ、援護しますッ!』
それは、白いモビルスーツ。シーナ・ランチェスターの駆るルミナスガンダムだった。彼女が通信を介して発した言葉が、ブリッジの中に響いていく。
「艦長、シーナ少尉の…ガンダムです!」
通信オペレーターであるエヴァ少尉が、喜びと興奮を抑え切れない様子で声を張り上げる。彼女の一言と、ガンダムの存在により、ブリッジに再び闘志の熱が滾り始めた。
「良し…、直掩部隊はガンダムを援護。このまま敵部隊を殲滅する。」
艦長の指示に、ブリッジクルーは皆「了解!」と言葉を返すと、各部署へと指示をそれぞれ出し始め、ラー・ネイジュは防戦から反転攻勢を仕掛けていく。直掩部隊のジェガン5機も、突如として援護に現れたガンダムを前に戦意を取り戻し、隊列を組み直し始めた。
『少尉、君の援護に回る。ガンダムの火力を全面に出してくれ!』
「了解っ。」
通信越しに聞こえてきた、味方機からの言葉。ある意味では、ガンダムを主軸とした部隊であるかのようであり、シーナ・ランチェスターは隊長にでもなったかのような気持ちを一瞬だけ味わっていく。
が、それはそれだ。今はこの第2波の攻撃隊を蹴散らすのが先である。突然の奇襲に対して、未だ動揺が隠せない様子なのは、サイコミュを通じて敵の意識を拾い上げて感じ取れている。畳み掛けるなら今しかない。
「ファンネルで牽制する…ッ!」
私は直ぐにフィン・ファンネルへと意識を向け、6基のファンネルを射出すると、残り8機となったギラ・ドーガの集団へと襲い掛からせていった。敵も慌ててファンネルを撃ち落とそうとビーム・マシンガンで弾幕を張り始めるが、それこそが正に格好の的となる。
「そこ…!」
ファンネルに意識が向いている敵へ向けて、私はハイパー・ビームライフルを構え、トリガーを引いて狙い撃った。当然、狙撃にまで注意が向いていない敵は回避する時間も無く、機体の脇腹付近をビーム砲で抉られるようにしてまともに受けてしまい、程なくして損傷箇所から爆発して機体は粉々に吹き飛んだ。私の攻撃に続くように、後方からジェガン部隊によるビームの斉射も行われ、次々にギラ・ドーガが被弾して撃墜されていく。
『くそ…ッ、ガンダムさえ居なければ…!』
『隊長、後退の信号弾がッ。』
『ここまでだ、退くぞ!』
『閃光弾、放ちます!』
数は残り4機となった所で、後方で何かが光るのが見えた。確認しようと視線を後方に向けようとした瞬間……生き残りの敵が、全機閃光弾を放ってきた。
「うっ…く─────!」
完全に油断していた。まともに閃光弾の強烈な光を受け、モニターが真っ白になり、視界が完全に奪われた。それだけでなく、ガンダムのメインカメラまでも一時的に閃光の影響を受けてしまい、僅かな時間の間モニターにノイズが走ったかのように、正確な周囲の映像が出せなくなってしまったのだ。
それから、どれくらい経っただろうか。目がようやく見えるようになってきた頃には、既に周囲に敵部隊の反応は無く、見事に撤退したのだと理解していく。悔しさを滲ませながら表情を顰めるものの、先ずは母艦と自身が無事である事を喜ぶべきだろう。
『ムサカ級2隻、モビルスーツ隊と共に後退する模様っ。全機、母艦に帰投せよ。繰り返す、全機帰投せよ!』
程なくして、ヘルメット内に響くエヴァ少尉の通信を聞き、私はようやく安堵したように息を吐いた。良かった、これで一息吐ける…と。
攻撃隊は無事だろうか、隊長やローマン中尉は平気だろうか…と、そんな心配事が頭を過りながらも、精鋭である彼らならきっと大丈夫だろうと楽観し、私はラー・ネイジュへと帰還した。
※
「社長、観測評価の報告です。」
暗礁宙域でのロンド・ベルとネオ・ジオンの遭遇戦が終わり、戦いの気配が徐々に消えていった頃、その戦闘の行く末はアナハイムにも届けられていた。
社長室では、秘書の女性が端末を持ちながら、椅子に座る社長へと報告をしている。
「ほぅ、それで?」
「ロンド・ベル、ネオ・ジオン…共に消耗しながらも、双方決定的な打撃を与える事は出来ず、ネオ・ジオン側が戦闘宙域より離脱した模様。尚、ガンダムとキュベレイも戦闘を行ったとの報告が。」
「そうかそうか……!で、確認はされたのかな?」
「…残念ながら。」
そこまで聞いた所で、アナハイム社長の溜息が溢れ落ちる。秘書の表情は変わらず、社長を見つめながら端末の画面を閉じ、次の言葉を待っていた。
「…仕方ない、まだチャンスはあるだろう。ご苦労だった。」
社長からの言葉を受け、秘書は「失礼します。」と一言呟き、社長室を後にしていった。社長の一瞬だけ高揚した気持ちは、手に握っているカップのコーヒーのように冷めていき、また溜息を溢す。
わざわざガンダムをフルサイコフレームの実験機に仕上げ、キュベレイの改装にも多大な援助を施したのだ。望む結果が出ない事には、その努力も裏工作も全てが無意味になってしまう。密かなる望みと野心を消す事なく滾らせながら、社長は冷めてしまったコーヒーを飲み込んでいく。
「…ふふ、楽しみだねぇ。」
社長の眼差しは、月から見える青い地球へと向けられ、目を細めながらほくそ笑んでいた……。