それは、コロニー”アーダン”での補給作業が終了する頃合いの事だった。
『久しいな、大佐。』
ラー・ネイジュのブリッジに居るのは、艦長のレイ・アンダーソン大佐。現在はブリッジに只1人だけの状況で、彼はブリッジの大型モニター越しに、とある人物と通信を取っている。その相手とは、ロンド・ベルを含む地球連邦軍を統括する立場にある、将軍サイモン・マドック少将だ。
色白で白人の肌をしているアンダーソン艦長とは対照的に、浅黒くラテン系の血が入っている肌をしているのが特徴的で、制服組とは言えガッシリとした体格をしているのが、モニター越しでもありありと分かる。
「ご無沙汰しております、少将。」
アンダーソン艦長は敬礼をしながら将軍へと挨拶を返していく。階級は違えど、軍に入った時期はほぼ同じであり、2人の間には友人のような空気感が漂っている。軽く笑い合った後に、直ぐに神妙な表情を浮かべる将軍の顔を見ると、アンダーソン艦長もまた真剣な表情を浮かべながら問いかけていく。
「…何やら良くない話のようですな?」
察するように問いかけられた言葉を受けると、苦笑を浮かべながら『分かってしまうかね?』と呟く将軍を見ると、無自覚であった事が分かる。それ程にまで、芳しくない話をするという事なのだろうか。
『…大佐、今から話す内容は君とブライト司令にしか伝えない極秘事項だ。くれぐれも、取り扱いには気を付けて欲しい。』
アンダーソン艦長はただ小さく頷きながら、ジッと将軍を見つめる。立場上、このような言い回しで任務を告げられる事はあるものの、軍のトップである将軍直々に告げてくるというのは通常考えられない状況なので、嫌でも緊張感が増してしまう。
それに、ロンド・ベル艦隊司令であるブライト・ノアと、このラー・ネイジュにだけ伝えるという点を鑑みても、大規模に軍を動かせないかなりの厄介事である事は初めから窺えた。
『これは参謀本部を介していない、私個人の頼みだ。ロンド・ベルに再び負担を強いてしまうが、許して欲しい。
……数日前に、ネオ・ジオンの要人と政府高官らが秘密裏に会談を開き、地球連邦政府は一方的な要求を飲まされてしまった。詳細については暗号データを送ったので、確認してみてくれたまえ。』
将軍が端末を操作し、話に出てきた暗号データをラー・ネイジュの艦長席宛に転送してきたようだ。艦長席の端末を操作し、受信した暗号データにパスワードを打ち込んで開いてみると、会談とやらの中身が事細かに記されたものが表示される。その内容を読み進めていく内に、アンダーソン艦長の表情は見る見る内に険しいものになっていった。
「…少将、これは本当ですか?」
『本当だ、大佐。このまま何もしなければ、地球連邦政府はジオンの傀儡と成り果てるだろう。』
信じられない…と言ったように目を見開くアンダーソン艦長と、苦い表情を浮かべる将軍。だが、地球を守る為に存在する軍を動かせない理由は、データを見れば自ずと理解できるものだった。
シャアの反乱の際、連邦とジオン共に甚大な被害を被ったものの、両軍は再起不能な程に壊滅した訳ではない。ネオ・ジオン残党は再集結して組織を立て直しているという話も入って来ており、それだけでなく地球に残るジオン残党軍の問題も連邦軍は抱えている。加えて、連邦宇宙軍の独立外郭部隊であるロンド・ベルの部隊立て直しと、連邦宇宙軍全体の再編計画も進行中という最中に、この秘密会談と来た。
シャアとは異なる派閥のネオ・ジオンが、アクシズに次ぐ隕石落としを敢行しようとしている。ただでさえ軍全体に余力が無い現状では、イサベルと呼ばれる小惑星のネオ・ジオン勢力に対して、正面からぶつかるのは得策ではない。世界の被害を最小限に留める為、政治家としては已むを得ず要求を飲み込んだという情景が、アンダーソン艦長の頭にもありありと浮かび上がる。
「…軍人としては、首を縦に振る訳にはいかないですな。」
『その通りだ、大佐。だが知っての通り、政府機能は既に掌握されたも同然だ。軍も表立って総力を結集する事は出来ん…。そこで…君達ロンド・ベルと、君の艦を主軸に、敵の衛星を破壊してもらいたい。
勿論、出来る限りの整備と補給、情報収集に関しては、私の方で手配する。必要とあらば、いつでも言ってくれたまえ。後の責任は全て私が取る。』
将軍は本気だった。自身の進退だけでなく、命そのものを失うリスクすら受け入れている。その表情、真剣な眼差し、覚悟を決めた言葉、全てが重い。だが、アンダーソン艦長の返事は即決だった。
「はっ…、最善を尽くします。」
モニター越しに敬礼をし、任務を了承する旨を返答したのだ。例え政府が機能しなくなったとしても、地球に住む人々を守るのが軍人の務めである。どんなに困難な任務だろうと、逃げるという選択肢など、最初から存在しなかった。
こうなった以上、廃棄資源衛星を破壊し、一方的な条約の調印を阻止する他ない。クルー達と作戦を練るだけでなく、ブライト司令とも連絡を取り、ロンド・ベルとしてどう対処するかも決めなければならないだろう。尤も、1年前のアクシズ・ショックから完全に立て直しが出来ていない以上、満足のいく拠点攻略が出来る訳がない事も、アンダーソン艦長は承知していた。
「……ふぅ…、やれやれ…。息つく暇も無いとはこの事か。」
将軍との通信は切れ、ブリッジの大型モニターには漆黒が広がっている。アンダーソン艦長は、これから始まる作戦の重責と、クルーの命を守りたい気持ちとを一身に受け止めながら、小さなぼやきを漏らしていった。
※
「…ねぇ、エヴァ。まだ買うの?」
「当たり前っ、次にいつ寄港出来るか分からないんだから。」
「そりゃそうだろうけど……。」
アーダンにラー・ネイジュが停泊してから数日が経過し、僅かな休息を謳歌するクルーの中で、シーナ・ランチェスターとエヴァ・ヒギンズの両名は、度々時間を合わせて市街地に出向いていた。
先日ランチを共にした時から、2人の距離は急速に縮まっていき、今となってはお互いに肩肘を張る事も無く自然体で接するまでになっていた。今日はと言うと、エヴァの誘いで市街中心部のブティック通りへと出向いており、お洒落な洋服を色々と見て回っている最中である。
店に入っては洋服を試着し、着比べては別の洋服を探す事の繰り返し。私は大してお洒落というものには興味が無いものの、エヴァはそうではないらしい。気に入った洋服があれば財布と相談しつつ購入しており、今買ったもので3着目だ。
「シーナもお洒落しなよ、すっごい美人さんなんだからっ。」
「……、私が美人…?冗談はやめてよ、エヴァ。」
私は苦笑いしながら言葉を返すものの、対するエヴァはきょとんとした表情。嘘偽りのない事を言っただけに、私の返答が心底不思議だったのだろう。そもそも色恋沙汰とは無縁の人生を歩んできただけに、自分の容姿が側からどう見えるかなんて気にした事すらなかったのだった。
手持ちの私服と言えば、今着ている無地のTシャツに、適当に見繕ったジーンズくらいなので、如何にお洒落に無頓着なのかが分かるだろう。それがエヴァには信じられなく、私をコーディネートしたい欲を刺激されている様子だ。
「身長も高いし、スタイル良いし、顔だって良いんだから…ちゃんとした服も持っておいた方がいいよっ。」
確かに、私は他の女性に比べたら幾らか身長は高い方だ。エヴァと比べても、凡そ10cm程は違うだろうか。私としては可憐なエヴァの容姿こそ異性に好かれそうだと思いつつも、今はそんな事を言えるような流れではない。完全に彼女は私の事でヒートアップし始めており、いつにも増して目も輝いているように見える。
それに、彼女が歩み寄って来てくれた事で、戦闘で傷付いた私の心が癒されたのも事実である。エヴァはどう思っているのか分からないが、少なくとも私は彼女の存在に助けられているのだ。少しくらい彼女の言う事も聞き入れるべきだろうと判断すると、「分かったよ、エヴァ。あんたに任せるからさ。」と、観念したように笑みを浮かべながら返事を返した。
「任せて!」
その一言を皮切りに、先程以上に洋服選びを楽しみながら見てまわるエヴァと、その様子を眺めながら微笑ましそうに見守る私。途中からはまるで着せ替え人形のように、様々な服を持って来ては試着をしていく繰り返しになっていったものの、楽しんでいるエヴァを見ると私も楽しくなっていった。戦争なんて無ければ、彼女とこうして普通の人生というものを送れたのかもしれないものの、戦争というものが私達を繋げてくれたので、考えてみれば皮肉なものである。
「どうかした、シーナ?この服あんまり好みじゃなかった…?」
ふと、私が物思いに耽っている姿を見て、小首を傾げながら若干不安そうに訊ねてくる彼女。私は直ぐに思考を戻すと、今はそんなつまらない事を考える必要はないのだと内心自分に言い聞かせていく。
「ううん、何でもないよ。エヴァに任せれば安心だなって。」
私の言葉に、分かりやすく彼女の表情がパァッ、と明るくなり、服だけでなく靴やアクセサリー類まで選び始めていった。本当に着せ替え人形になったような気分であるが、変わっていく自分を見るというのも存外悪くはない。
気が付けば、彼女が購入した品数よりも、私をコーディネートして購入した品数の方が多くなり、両手いっぱいに紙袋を携える結果となっていた。ちょっと買い過ぎだとは思いつつも、エヴァは満足そうな笑みを浮かべながら、「次に外出出来る時は、ちゃんと着てね?」と言ってきたので、これは彼女の言葉を受け入れるしかない。
「…もちろん、エヴァが選んでくれたものだからね。」
私も私で、充実した時間を過ごせた事の満足感と共に、彼女が楽しめてくれた嬉しさも相まって、自然な笑みを浮かべながら言葉を返していく。こうして彼女と外出する機会があと何回あるか分からないものの、大切に思い出を作っていこうと思い、通りを歩く足取りも自然と軽くなっていた。
……携帯端末が通知音とバイブレーションを放ったのは、丁度そんな時だった。
「……緊急招集だってさ。」
「…そうみたいだね、行かなくちゃ…っ。」
お互いの端末に同時にメールが入ってきており、2人一緒に確認をすると、艦のブリーフィングルームに至急招集という内容が記されていた。気持ちとしてはあまり見たくない内容であるものの、招集されれば行くしかない。そこはエヴァも同じようで、表情は直ぐに軍人の其れになっていた。
私達は紙袋を携えながら、ブティック通りを小走りで駆け出し、ドッキングベイに通じるエレベーターの通用口へと向かって行く。
(……次は、みんなを守る…っ。)
私の脳裏には、あの漆黒のモビルスーツの姿が浮かび上がっていた…。
※
ラグランジュポイントIII。地球連邦軍の宇宙拠点であるルナツーと隣接している地域だが、此処に連邦の警戒網を掻い潜り、ネオ・ジオンの艦艇が複数集結していた。ムサカ級2隻、エンドラ級3隻と、それなりの戦力を有した艦隊である。そして、5隻の艦を合わせても足りない程の巨大さを誇る、正に岩の塊と呼ぶに相応しいものがその後ろにあり、ネオ・ジオンの兵達が忙しなく岩の塊に乗り移って行く。
コードネーム“ピースミーティア”…それがこの岩の塊につけられた名だ。小惑星イサベルに搭載されている核パルスエンジンを独自に小型化し、この廃棄資源衛星に搭載する為の技術班と資材班が集結していたのだ。無論、作業兵達の安全を確保する為に、護衛の戦艦も来ている。今のところ連邦軍に気取られているような事にはなっていないが、あまり時間を掛けすぎてもいけないというプレッシャーが、作業兵達の間に確実に広まっていた。
『班長は…正直どう思います?これ。』
核パルスエンジンをピースミーティア内へと搬入し、ノズルを外壁部へと接続させていく作業中に、若い兵士が上官にヘルメット越しに話しかけていく。彼はイサベルで生まれ育った青年で、戦闘経験というものも無く、こうして技術班として初仕事でこの場所に来たのだ。
これ、というのは、正に今行っている核ノズルを外壁部に接続する作業の事を指している。班長は彼より二回り以上歳が離れているので、人生経験や戦闘経験の差から、彼が何を考えているのかがある程度想像出来たようだ。
『余計な事は言うんじゃないぞ、俺以外に聞かれたら懲罰モノだからな。』
『でも、こんなものを地球に落とすなんて…。あの優しいカトレア様が考えるとは到底…っ、』
そこまで言った所で、班長の目が一段と鋭くなり、青年の肩をノーマルスーツ越しに強く掴んだ。幾ら周りに他の兵が居ないからと言っても、それ以上の言葉は立場を危うくすると告げるような、そんな眼差しだった。青年は言葉を飲み込まざるを得ず、苦い表情を浮かべながら口を噤む。
『これが現実だ、作業を進めるぞ。』
班長は肩から手を離し、ノーマルスーツに備え付けられているスラスターを操作しながら、ノズルが接続された外壁部の接続箇所へと移動していく。青年の役割は班長のサポートなので、必要な工具を携えてついて行かなければならない。
(……どうしてなんですか、カトレア様…。平和を願う貴女の気持ちに、これは必要なんですか…?)
青年の脳裏には、幼年期の記憶が過ぎる。まだ幼く物心もついたばかりの自分に、カトレア・ペンタスは遊び相手になってくれた。年齢もそれ程離れている訳ではないものの、立場の違いというものが理解出来るようになった年齢となった時には、この宇宙と地球の平和について語ってくれた。アースノイドもスペースノイドも分け隔てなく、分かり合える世界を作る為に力を貸して欲しいと、彼女のその言葉を信じて今この場に居るというのに、やっている事は地球の人々を殺戮する手伝いだ。
口に出す事はなく、モヤモヤとした気持ちを抱きながらも、青年は班長の背を追いかけて移動していく。願わくば、この岩が人々の住む場所ではない何処かに落ちて欲しい…と。軍人としての気持ちと、1人の人間としての気持ちの狭間で揺らめきながら、数時間後には問題なく核ノズルが外壁部との接続を完了させ、エンジンとの同調作業が開始されていった。ここから先は別の技術班の作業となるので、青年の所属する班の任務は終わり、母艦であるエンドラ級軽巡洋艦へと戻る小型艇に乗り込んでいく。
『よし、全員乗り込んだな。ランチ出すぞ。』
操縦士からの船内アナウンスが流れ、小型艇はピースミーティアの外壁から離陸していった。ふわり…と浮かび上がり、スラスターを噴射させて宇宙の海を進み始める。丁度青年が座る席の小窓からは、青い星が見えていた。
(…ごめんよ、僕にはどうしようもないんだ。許してくれ……。)
青年は心の内で、地球に謝罪の言葉を静かに送る。
無力な自分への言い訳のように。