転生TSアリスの魔法譚 作:不審者γ
夢を見た。
薄いすりガラス越しに映像を見ているような、ぼんやりとしたものだったけれど。
なにか黒いような、紫のような縦に長いものがある。
多分、人みたいな形をして、動いてる。
それを押しのけるように、白い何かが出てきた。
いや、生み出された、のほうが正しい?
その人のようなものは小さい白い物に、何かをしていた。
ふと、目が開いた。
「…起きたか…」
うーわ気になるところで目が覚めた…しかもたまにあるしっかり残る系の夢だあれ…
まあそんなことを考えながらも、パジャマから着替えて居間に行く。と、もうお姉ちゃんは起きてたらしくて、ソファに座って本を読んでた。
「お姉ちゃん、おはよう。」
「あ、おはよう、アリス。」
お姉ちゃんは本から目を逸らして、こっちに目をくべて薄く笑った。
「あらアリス、おはよう。思ったより早かったわね…朝ごはん、もうちょっとだから待ってて。」
と、母さんもキッチンから顔を出して言う。
「うん」
「…あ、そうだアリス。ちょっとこっち来て」
「?なぁに?お姉ちゃん」
お姉ちゃんに手招きされて、自分の前に座らされる。ふと髪を触られる感覚。と、少し髪が引っ張られる感覚。
「…はい、出来た。見てごらん」
手鏡を渡され、見てみると頭の上にカチューシャが一つ。うさぎの耳のようにリボンが一対生えていた。そのリボンに青い線が何本か流れている。
「うん…?」
「アリス、あんまりおしゃれとかしないでしょ。それと、ちょっと魔力を込めたお守りみたいなもの。プレゼントよ」
「わあ…ありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
姉さんはまた薄く笑って赤い髪を揺らして、また本に目を向けた。…器用だなぁ…昨日も言ったけど、物に魔力込めるのって難しいんだよ?込めすぎるとその物が壊れるし、少なすぎると効果を発しないし。
「お、アリス。早いな」
と、洗面所から顔を洗っていたらしい父さんが戻ってきた。
「おはよう、お父さん」
「ああ、おはよう。今日スカービアの所に行くからな」
「うん!」
いや、正直言って忘れてた。一日で色々ありすぎたからか、新しい情報が上手く入っていなかったのかな。
☆
「ここ?」
「ああ」
結構大きめの一軒家。
表札とかはないけどチャイムならあり、父さんはそれを迷わずに押した。と、
「はいー」
父さんより、少し高めの男の人の声がして数秒後、鍵の開く音がして優しそうな顔の、背の高い男性が出てきた。
「おお、セナール。…と、娘さんか?」
「ああ。そっちの「あ!アリスちゃん!」おっと、」
「!バートちゃん!」
おそらくバートちゃんのお父さんであろう人を押しのけて、家の奥からバートちゃんが飛んできた。…表現上じゃなくて物理的に飛んできた。魔法の練習中だったらしい。
何とか受け止めると、ぱあっと笑う。…かわいい。
「ああ、バートが言ってたアリスちゃんってセナールのとこの娘さんだったのか」
「うちも昨日聞いてな、特徴を聞いてみたらお前のところの娘と同じだったから聞いてみればピッタリだった、って訳だ」
「なるほどな。さあ玄関でなんだ、上がりな」
「アリスちゃん!こっち!」
「あ、お、お邪魔します…」
と、体制を整えた彼女に手を引かれて、バランスを崩しながら慌てながら靴を揃えて上がる。ちょ、引っ張りすぎ…!
「…えらく腰が低いな。本当にうちと同じ5歳なのかね…見習って欲しいものだが。…にしても、お前の昔もそもそも落ち着きのおの字もなかっただろ。何でこうなってんだ」
「ああ…そうだなぁ。まあ、血は繋がってないからな」
「ああ、そうだったな。その時からほとんど泣かない子だったから心配だーって言ってたもんなぁ」
「まあな。で、こうなったわけだが」
「にしても…ランク9ねぇ…凄いな」
「…?あー、バートちゃんから聞いたのか」
「うん?そうだが」
「パパー、どうしたのー?早く来てー!」
「ちょ、バートちゃん、腕が、腕が大変なことになるから!ま、待っ」
向こうでお父さん方二人でお話してるようですが、助けていただけませんか。
思いの外、力が強くて困惑しております。
☆
「あら、いらっしゃい」
居間に招かれて、行ってみると、優しそうな翠の目の女性がいた。お茶のカップをソーサーに戻しながら薄く笑いを浮かべてる。
「、ママ…」
「お邪魔してます。」
どうやらバートちゃんのお母さんらしい。
…それより、彼女の声が一瞬震えた気がしたのは…気のせいかな。仲が悪い…って感じじゃなさそうだけど。とか考えていると。
「……………なるほどね。…バート、あなた。少し外してもらえるかしら?あと…ガーテさんも」
「え?」
「何でだ?」
ふと急にそんな事を言った。
ボクも訳が分かってない。何で急にそんなボクだけ残す…?
「ちょっと彼女と話したいことがあってね」
「?そうか…二人とも、向こうで話でもしてるか」
パタリ、とドアが閉まる音がやけに響いて、静寂が広がった。
き、気まずい…!
席の一つに着くように指示されて大人しく座る。
何を言われるんだろ…と考えていると、バートちゃんのお母さんは紅茶を淹れて、自分とボクの前にカップを置いて話しかけてきた。
「…さて、ここでは女の子のふりをしなくても大丈夫よ。アリス・セナールさん。…正確には、その殻を被った青年さんかしら?」
「!?な、何の事か…」
バレ、てる…!?どこから、いつ、なんで…!
頭の中を疑問符が駆け巡って必死に動揺を隠そうとするが、無駄だったようで…
「私はね、生まれつき人の心の奥が見えるのよ。体質…というよりは制御できない固有魔法ね。隠し事はできないわ」
遺伝なのか、ボクを覗き込んできた目はバートちゃんと同じような、吸い込まれそうなほど深い翠だった。
固有魔法、か…一人一つ持ってる魔法で、似たものはあれど同一のものが同じ瞬間に2つ現れることはない魔法、だっけ。
「……はぁ……そうでしたか」
ため息をつく。
いや、それしかないよこれ…どうしようもないもん。この人柄的にそれを出汁に脅しを…とかはやらなさそうだけど。
「ええ、やる気はないわよ。にしても…変に評価が高いのね」
読まれてんのかい!と心の中でツッコミを入れつつ。
「まあ、あのバートちゃんのお母さんですし。彼女に余程のメンタルがない限りはそんな事をする人ではないかな、と」
半分程は諦念ですけど、と付け加えるとお母さんはまあまあ、と少し困ったような顔で答えてくれた。
「それにしても、別の世界…ですか」
「はい、まあ僕自身もあまり覚えてるわけではないんですけど。というか忘れてきてる所もありますし」
もう既に5年も経ってる。流石にまだ大まかなところは覚えてるけど、細かいところは忘れかけてきてる部分もある。スマホのパスワードとか。
「そう。…あなたは、こういう状況…記憶が一部消された上に、性別まで変わってしまって、更には別の世界に生まれ変わった、なんてことになってしまったことに何か考えは無いの?」
「?…何か…とは…?」
急な質問に少し反応が遅れた。
「そうなって良かった、もしくは嫌だった、感想は何でもいいわ。まあ、個人的な興味で聞いてるだけだから別に答えなくてもいいけれど」
また小さく笑って、バートちゃんのお母さんは言う。
…そう、だなぁ…
「僕は…ここにこれて良かったと思います」
「へぇ……何故?」
少し意外そうな顔。まあ、そりゃあそうか。
「そりゃあ向こうでも楽しかったりしたんでしょうけど、向こうは分からないことが少なすぎたんです。あらゆるものを科学で証明してしまって、分かることが当たり前になっていました。正直言うと、楽しかったのはそうでしょうけど、面白くはなかったんです。毎日ほとんど同じことしかしなかったので。…そこから言えば、ここは分からないことだらけでした。だから、面白い。そう思っているからです」
前世の自身に関する記憶は抜けている。
でも、今のボクの性格を加味するに多分そんな感じだったんだろうな、と思う。
「………そう…そうね。別に何か答えがあるわけでもないし、答えたからと言って何か出来る事はないけれど、面白い話が聞けて良かったわ。…ところでいきなりだけど、いきなり男性から女の子に変わって、性的な方の感情とかは入らないのかしら?」
「グフッ…!ゴホッゴホゴホ…」
宣言に偽り無し、いきなり過ぎる質問に飲んでいた紅茶が気管に入った。
「ゴフ…ほ、本当にいきなりですね…」
「ふふ、で、どうなのかしら?」
この人割とSでしょ。絶対楽しんでやってる。
「…残念ながらそういうのは無いですよ。あくまでも僕の仮説ですが、今、僕の状態は脳がこの
「…なるほどね。…でも、私が考えるにはちょっと違うわね。その考え方でいけば、あなたが今、
驚いた。確かに言われてみればその通りだ。自分の事ではないのにまるで自分の事のように的確な仮説を述べられて、ただただ凄い、と思った。
「…あの子と…仲良くしてあげてね。」
突然言われた言葉に、少し驚いた。少し落としていた視線を上げると、悲しげな、そんな薄い笑みが浮かんでいた。
何で急にそんな事を…
「…ふふ、何で急にそんなことを言うのか、って顔してるわね。…あの子、近所でいじめられてるのよ。…ええ、見えないように、露見しないようにね。あの子も気を使って気付かれないように見かけでは気丈に振る舞ってるけど、私にはわかってしまう」
「そう、だったんですか…」
…そんな、事が。
「原因は分かってるわ、私。…私が変な体質だから、バートも同じようなやつなんだ、っていじめられてるみたいなの。…だから、あの子が本当に楽しそうにあなたのことを話すのを見て私も嬉しかったのよ。貴方みたいな優しい人に会えてあの子も幸せだと思う。私からもお礼を言わせて。ありがとう」
バートちゃんのお母さんは柔らかく目を閉じ、深く頭を下げた。
「い、いえ!そ、そんな大したことしてないですよ!むしろ、お礼を言うべきなのはこちらの方です。…ありがとうございます。素敵な友達を作らせてくださって。そして、言うのも躊躇ったであろう秘密を話してくださって」
同時に、バートちゃんが声を一瞬震わせた理由も分かった。せっかくできた新しい友達にまで嫌われたくなかったのだろう。
「……そういえば、もうすぐ魔法学校に入学になるのよね」
「あ、そうですね。あともう一、二月ほどで」
魔法学校…という名前ではあるけど、まあ要するに学校の事。小、中学校の一貫型学校みたいなもので、習う内容もボクが元々いた所とあんまり変わらない。
その科目の中に魔法の授業が追加される感じである。
「多分バートとも同じところだから仲良くしてあげてね」
「はい、もちろんです」
「ふふ、ありがとう。…じゃあ、たまにでもいいからここにも来てちょうだい。アリス・セナールとしても、中の一人の青年としても」
「…………ありがとうございます」
「…で、そこで聞き耳を立てているお三方は何を?」
深々と頭を下げている所に、ふと降ってきたその声に、一瞬固まる。
…まさか、バレた…?
「!」
「ありゃ、バレたか。」
「まあそれは、ね。ふふ、大丈夫よ。何も聞こえてないはずだから。」
と、不安になっていたところを察されたのか、バートちゃんのお母さんは小さな声でそう教えてくれた。
「あ、そうですか…。」
一先ず…という言い方が合ってるかはさておき。まあ一応セーフか…
「アリスちゃん、ママと何の話してたの…?」
少し不安そうに聞くバートちゃんに、少し笑って答える。
「人の内面について、かな?」
「?」
「世の中には知らないほうがいい事もあるけど、知った方が良いこともあるってこと」
「ふーん?」
「あ、私の事アリス、でいいよ」
「!じゃあ私もバートでいいよ!よろしくね、アリス!」
どこか安心したように笑うバート。
「うん。よろしく、バート」
「えへへ♪」
ボクより少し低い所でバートは笑っていた。…でも、あの話を聞いてしまったからか…どこか影がかかっている気がしてならなかった。どうしても、そう訝しんでしまった。
言うなれば、それこそが「脳は笑うが、魂が泣く」状態なんだろうか。