ふと目覚めると、白くて眩しい光が目に飛び込んできた。
しばらく順応できずに目をしばたいていると、それが朝陽であることがわかってきた。
(もう朝なのか……?あれからどれくらい経ったんだ?)
そして気を失う前のおぼろげな記憶を思い出して、符離は飛び起きた。
(ーー徳州は!)
周囲を見回してみると、どうやらここは現在も誰かが住んでいる民家のようだった。
生活感のあるリビングに絨毯と毛布が引いてあり、符離はその上に寝かされていた。
「いててて……」
床で寝ていたために固くなった筋肉をほぐしながら、符離は立ち上がった。少々目眩がするものの、体に異常は無さそうだった。時間が経てば収まるだろう。
そんなことよりも徳州だ。
符離は寝室らしき部屋を覗きこんだ。きちんとマットレスの引かれた寝台の上には、厚い毛布をかけられた徳州が、青白い顔で横たわっていた。
符離は自分の鼓動音にびくつきながらも、徳州が横たわるベッドの脇に屈みこんだ。
幸い、息はあるようだ。
ほっとした符離は、徳州の鼻先に手を翳して呼吸を確かめた。まだか細い肺活量だが、安定はしている。だがこれが眠っているのか、気絶しているのか、符離には見分けがつかなかった。
試しにピン、と鼻先を指で弾いてみるが、なんの反応もない。よほど深く眠り込んでいるようだ。
そして、やや躊躇ったものの、符離はさらに徳州にかけられた毛布をめくり、兄の色白な上半身を暴いた。
血まみれの包帯が、陶器のような青い肌にきつく巻き付けられており、生臭い血の臭いがすることからも、あの深い傷はまだ塞がってないことが伺える。
符離はそっと毛布を戻すと、兄の枕の横に腰を下ろし、その静かな寝顔を見つめた。
「どうして……俺なんか……。俺に銃を向けたと思えば、今度は自分が死にかけても庇うなんて……。何考えてるか、わっかんねえよ……。」
符離は苦い顔でため息をつく。
符離は徳州に死んでほしいなんて欠片も思っていなかった。それどころか、彼の本心としては兄弟関係を抜きにして、徳州とずっと一緒にいたい、お互いに最高の相棒になりたいと思っていた。
それなのに徳州ときたら、ちゃんと仕事をしろと言うばかりで、等身大の符離をちっともみてくれない。
「それなのに、お前が死んじまったら、俺は一人でどうすればいいんだよ……。」
符離は青白い顔で昏睡したままの徳州の鼻を、再度軽く小突き、さっとベッドから立ち上がった。
「とりあえず、易牙に襲われた符離町の様子を見にいかねーとな。……お前ならそうするだろ?」
意識のない兄に符離は無理矢理ニヤッと笑って見せると、踵を返して寝室から出て街へと向かった。
符離町で壊滅的な被害が出ているかと思いきや、符離が思っているより町人たちはずっと逞しかった。
町についた火は瞬く間に消し止められ、手紙作戦に乗じて町の窮状を訴えたところ、それをみた金持ちが援助を申し出てくれたというのだ。
棚ぼたではあるが、結果オーライであろう。
あとは徳州が元気になれば言うことはない。
符離は適当に見切りをつけて、再び兄のいる小屋へと戻っていった。
「あ!!?」
開口一番、符離は驚きと牽制の声をあげた。
「二人してこんなとこで何やってんだよ!」
易牙から受けた致命傷はまだ治りきってないはずなのに、少し肌寒さを感じるほどの気温の屋外で、徳州と空桑の
振り返ろうとした空桑の
空桑の
「おい、警告しとくが、俺の兄貴に変なことしてみろ、いくらお前だって赦さないからな!」
しかし、その言葉を聞いて空桑の若い
「兄貴?聞き間違いかな、今兄貴って言った?言ったよね、阿符!」
符離ははっとして口を押さえた。しかし言ってしまったものはもう取り消せない。
「い、言ってねーよ!聞き間違いだ!!!」
「『兄貴』だって、徳州!これで仲直りだね!」
徳州はわずかに頬を赤らめるとやや困った顔で頷いた。恥ずかしいのだろう。
「貴方のお陰です」
すかさず符離は釘を刺す。
「お前も調子にのんなよ、徳州!言っとくがあの恥ずかしい手紙、全~部俺が持ってるんだからな!」
「それはいいね!僕が全部読み上げてあげようか?」
「し……少主、それは……」
(少主?)
徳州の言い回しが気になった符離は、じろりと兄を睨む。
視線の意味に気づいた徳州は、気まずげにコホンと小さく咳払いをした。
「ちょうどいい、阿符、オレは空桑に行ってこの人に仕えようと思うんだが……、お前はどうする?」
「どうする、って……」
ますます険しい表情になった符離を見て、徳州は少し慌てたように言い直した。符離集での過去のあの二人の経験が、彼に言葉を改めさせたのだ。
「……オレの言い方が悪かった。オレはこの人が信用できる人で、食魂たちをいい未来に導いてくれる人だと感じた。だから、オレはこの人を支えるために空桑に行こうと思う。」そこで徳州は区切り、少し緊張したように言葉を続けた。「だから……、阿符も一緒に来てくれないか?」
徳州はバイザーに素手を掛け、神経質に角度を調整した。
この行動が照れ隠しだと知っている符離は、やや気を良くしてにやりと笑った。
「お前が行くなら行かねーわけにはいかないだろ。お前一人じゃ無茶するかもしれねーし……見張ってやらねーとな。」
徳州は珍しく声を出して笑った。
「それはこっちの台詞だよ。」
はっきりとは言わなかったが、珍しく気持ちを通じ合わせることのできた二人は、顔を見合わせてクスリと笑った。
「オレはお前より成長してんだ。見てろよ、徳州」
「ああ。」
短いやり取りだったが、青白い徳州の頬に赤みが戻り、彼の体調も悪くないようだ。
「そうだとしても!」符離は急に大声を上げた。「まだ怪我が治ってねーんだから、こんな寒いとこにいねーで小屋に戻れよ!」
「うん、徳州はそうして。でも……」
これには意外なことに空桑の
「僕はこれから符離集の様子を見に行こうと思ってるんだ。僕たちが来なければ、あんな被害に遭わなかったはずだからね……」
沈んだ気持ちでいる少年の様子を見て、符離はわざと明るく笑った。
符離のその様子と、後ろから現れた人々を見て、徳州も状況を理解したようだった。口端をわずかに上げ、少主の肩を軽く叩いて人々の方向を指し示す。
全てはよい方向に向かっているのだ。