傷を覆う   作:希(マレ)

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1~3は全年齢、4はR15です。


傷を覆う〔3〕

 二人は少主と鵠羹に連れられて、さっそく三界の狭間に存在する食魂の楽園 『空桑』にやってきた。

 近づいてまず目に入るのが、城のように巨大な食事処『餐庁』だ。ここでは時代、世界を問わず、色々なお客さま(、、、、)が美食を求めてやってくる。また、空桑にも多くの住人が住んでいる。その客を全てもてなすため、このように巨大なのだという。

 案内をしながら先を歩く少主は、実は空桑の代理管理人で、本当の(あるじ)は彼の父親であること、世界各地を放浪していて今は留守であること、そして少し前の事故により、空桑は再建中であること……などを説明してくれた。

 そのように歩いていると、柱の影から突如現れた長蛇の行列に一行は驚いた。

「いったい何が?」

「見て参りましょう」

 と鵠羹。宙に羽ばたいて様子を調べに去った。

 そこに、金色にキラキラと輝く長髪の美男子が現れた。

「お客さま、整理券は……おや美人。お帰りになったのですね。」

「美人だァ~?」

「阿符、少主の前だよ。態度が悪い」

「別に俺は……」

 お前のように少主とやらの部下になった覚えはねえ。そう言いたかったが、長身の美男子が赤と銀のオッドアイで囁きあう兄弟をちらりと一瞥しただけで、符離は続きを口にできなかった。なにか異様な威圧を感じたのだ。

「ああ~、わかったぞ」

 そんななか、空桑の少主の間延びした声が割り込んだ。

「佛跳牆、君が接客をしていたんだね。だからこんな行列になっているんだ」

「お気に召しませんでしたか?」

「そんなことない、大助かりだよ!でもこの様子じゃ厨房が大忙しなんじゃ?」

「そうですね、ですからこのように中に入れず、行列になってしまっているのでしょう」

「丁度いいところに来たようですね。オレたちも厨房を手伝いましょう」

 符離は徳州の言葉を聞いてげっと唸った。

 そもそも、符離集焼鶏以外の料理は作れないし、料理の基本だって知らない。できて皿洗いくらいだ。

「行きたきゃ一人で行けよ……それにもう疲れて眠い……」

 徳州は符離を振り返って頭の上から爪先まで瞬時に観察すると、小さく頷いた。

「……たしかに疲れているようだな。部屋に行って先に休むといい」

 そう言って徳州は荷物を持ち上げ、餐庁に向かって歩きだした。

 これには符離が慌てた。

 たしかに疲れて眠いが、まだ怪我が治りきっていない徳州に無理をさせるわけにはいかない。

 符離が本当に心配していたのは、徳州の性格である。働き者で真面目な徳州は、少々なら自己の体調不良を押してまで他人に尽くしてしまう。愛想のいい男ではないが、懐に入れた相手に対してはとことんお人好しだった。符離にはそれが気に入らなかった。

 徳州が己れを酷使しがちなこともだが、なによりこの男に注目されるのは弟分である自分だけがいい。

 ともかくも、しぶしぶ餐庁についていく符離であった。

 

 

 餐庁に入ると、とても建築物とは思えない高みから燦燦(さんさん)と日が差し込み、まるでお祭りの舞台のようであった。建物内の見渡す限りに客席が設けており、宴会や大人数でのパーティにも対応できる設計になっている。今は個人で美食を楽しむ客たちで賑わっていた。

 徳州はさっとホールの構造を把握すると、厨房に向かって真っすぐ歩き出した。

「フロアのことはまだよくわからないから、厨房にってなにかできることがないか聞いてこよう。」

 厨房に入ると、独特な衣装を着た数人の料理人たちが、腕によりをかけて得意料理を作っているところだった。

「何か手伝えることはありますか?」

「なんやと?!」

 白い髪に紅い角を生やしたあばた顔の少年が、その呼び掛けに大声で答える。訛った喋り方からみて四川出身なのだろう。さらにその隣には、両手一杯に唐辛子を幸せそうに抱えた甘いフェイスの黒髪の少年がいた。そして兄弟に尋ねる。

「新しく空桑に来た食魂か?なら、材料を運んだり洗い物を片付けたりするのを手伝ってくれないかな?」

 それを聞いて徳州はすぐに笑顔で頷いた。

「それならばできそうです」

 この笑顔の虜になる通いの女子高生は、少なくない。

 

 

 さて、客の出足もだんだんと緩み、厨房の面々はやっと一息つけるようになっていた。

 後片付けをしていた符離は、すかさず徳州を盗み見る。彼は鍋を洗う束子(タワシ)を手に、泡をじっと見ていた。ときおり顎から滴が滑り落ちる。表情はよく見えないが、具合が悪そうだった。

 符離はそこらのタオルで手を拭くと、ぼんやりしている徳州に近づいて黒いエプロンから伸びる腕を引っ張った。

「うっ……」

 一瞬の呻き声を符離は聞き逃さず、腕にかけた手の力加減を緩め、彼を洗面所まで連れていった。そして振り返りざまに言葉を投げつける。

「ったく、天下の徳州様が青い顔でみっともねーの」

「そんなことはない、少し疲れただけだ」

 徳州は強気に言い返した。

「なら今日はもう部屋で休もうぜ」

 すると彼は気まずげに視線を逸らした。

「でもまだ洗い物が26.5個ある。全て終わらせてからでないと……」

「0.5もへったくれもあるか。お前が倒れたらまた、食物語とやらの世話にならなきゃなんねえだろ」

「……。」

 たしかにあの契約書の膨大な霊力を使えば、深い傷も完全に治すことができるかもしれない。だが、日数が経てば自然治癒するものにわざわざ手間をかけてもらうのは、徳州の性格では気が引けた。

 休まなければならない。でもやることがある。

 矛盾したタスクに徳州が懊悩としだす前に、符離は徳州のまだ濡れている手をとって歩きだした。

 何か言いたげな相手を無視し、携帯電話を懐から取り出し電話をかける。相手は空桑の若だ。

「それは?……」

 尋ねられるも符離は答えず、通話の相手と喋りすぐに電話を切った。

「阿符、戻らないと」

「少主に伝えといたから皿ぐらい何とかするだろ。それより、部屋の場所を教えてもらったからもう休もうぜ」

 そして広間の隅に置いておいた荷物を担ぎ、徳州にも渡して歩きだす。

 徳州はあとに続くか迷ったようだったが、携帯電話をまだ受け取っていない徳州一人では、迷子になる可能性があった。それはいくらなんでも格好がつかない。

 徳州は水に濡れたエプロン姿のまま、しぶしぶ符離に従うのであった。

 

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