万が一間違って投稿したモノをお読みの方が居ましたが、最後の方に文章を追加していますので、ご確認くださいませ。
小鳥の囀りに耳を傾けながら、エンカは腰元の帯を締め、刀を通す。
「うん」
部屋に置いてある姿見で身だしなみ確認をし、問題ないと判断して一つうなずく。
街の人々が活動するにはやや早い時間帯。それでもこの宿の女将や、各店の店主等はぼちぼちと動き始めている。
もう少し寝ているのも悪くはなかったのだが、元よりエンカは早起きが身についていた。そのため、自然この時間に目が覚めてしまったのだ。
部屋を出て階段を下りていく。
「あらあら、お嬢ちゃんおはよう。早いお目覚めだけど、よく眠れたかい?」
「おはようございます。おかげさまでぐっすりと」
「そりゃあよかった!」
そう言って豪快に笑うのは、このフロースの宿の女将さんだ。
「ところで、ケガの具合はもう大丈夫なのかい?
ここへ来た時は結構、結構顔色が悪かったけど」
あまり細かい事を気にしなさそうな人ながら、宿泊客であるエンカ達の事を、まるで子を心配する母さながらに気にかけてくれている。
彼女の性格とそのおせっかい具合を煩わしいと思う冒険者も少なくはないらしい。だがエンカは、まだ数日の付き合いながら、この女将さんの事を気に入っていた。この街に滞在する間は、ここの宿を拠点にしようと思うほどだ。
「痛みはもうまったく。なので、その辺りの具合を確かめにちょっと散歩でもしてきます」
「あら、アンタもかい? ついさっき、アンタの連れの金髪の娘も同じようなことを言って、出ていったけど」
「そうなんですか?」
「ああ。途中で会ったら一緒に帰っておいで。その頃には美味しい朝ごはんを用意しとくからね」
「はい! じゃあ、行ってきます」
エンカは元気よく返事をして、宿の外へと出ていくのだった。
魔物を倒した直後、僅かな時間もおかずに討伐の依頼を引き受けたギルドがやって来た。
彼らは迷宮に入ってくるなり、即座に状況を理解して、テネレッツァと共にエンカとパストラルに応急処置を施し、公国薬泉院へと連れて行ってくれたのだ。
さらには、まだ宿を決めていなかった三人のために、彼らはフロースの宿を紹介してくれた。
それだけに留まらず、【手負いの襲撃者】討伐の報酬を、倒したのはエンカ達だからという理由で、そのまま手渡してくれたのだという。
もっともその辺りのやりとりのことは、後からテネレッツァに聞いただけなのだ。その間、エンカもパストラルもベッドの上で眠っていた。
彼らは【ベオウルフ】という名前のギルドだとテネレッツァが言っていた。また会う機会があるのなら、改めてお礼を言っておこう。
ともあれ、あの【手負いの襲撃者】との戦いから、一週間ほど経ち、エンカはようやく本調子になってきた。
実はあの尻尾の攻撃により肋骨が折れていたらしいのだ。その上で全身の筋力をフルに使った首討ちによって、その症状が悪化。緊張が解けるなり動けなくなってしまったのだ。
おかげで、医術士の先生やテネレッツァに安静にするように言い聞かされ、今日までまともに動けなかった。
そのせいで身体は少々鈍ってしまったが、そこは追々となんとかしよう。今は、痛みが無いことを喜ぶべきだ。
セルフチェックをしながら歩いていたエンカが、とある公園の傍を通りかかった時、綺麗な歌声が聞こえてきて足を止めた。
「La……LaLa……LaLaLa……」
「吟遊詩人さんの朝の練習かな?」
このまま通り過ぎてもよかったのだが、どうにも興味が惹かれてしまったエンカは、気配を消しながら声のする方へと向かう。
「Lu……LuLuLu……LuーLuー……」
唄っていたのは綺麗な金の髪の少女だった。
エンカと同い年くらいだろう少女が、朝のやさしい空気に柔らかな歌声を乗せている。
その雰囲気に、気配を消しながら盗み聞きするのは無粋だと思ったエンカは、気配を消すのをやめて、静かに彼女に歩み寄る。
「LaLa……LaLaRunRunLa……」
途中、突然歌が止む。
「?」
見ると、彼女は何故か驚いた表情でこちらを見ていた。
「も、もしかして……聞いてた?」
こくん――と、エンカは素直にうなずく。
すると、
「えうー……」
彼女は顔を真っ赤にして俯いた。
「えっと――聞いたら、ダメでした?」
「ダメじゃないけれど……恥ずかしいじゃない……」
消え入りそうな声で、ぽつりと彼女が返してくる。
「しかも、よりにもよって顔を知られてる相手だから、なおのこと恥ずかしいわよ……」
「ふえ? 知ってる? 誰が? 誰を?」
「……………………」
何故か、彼女は何ともいえない表情を浮かべてこちらを凝視してくる。
「本当に、分からない?」
「……えーっと……」
本気で困って、エンカが唸っていると、彼女はおもむろに、自分のカバンの中から帽子を取り出して頭に乗せた。
ポン、と。エンカが手を叩く。
「パストラルさん!」
「いくら一週間程度の付き合いとはいえ……ちょっと酷くない?」
「あ、あはははは……」
半眼で睨んでくるパストラルに、エンカは乾いた笑みを浮かべる。
「う……歌、うまいんだね」
半ば話題を逸らすため、エンカはパストラルを褒める。それは話を逸らすための口実であると同時に、エンカの本心からの感想でもあった。
「あ、ありがと――一応、ずっと練習してるからね。聞かせたい人がいるから……まぁ」
照れくさそうに目を泳がせながら、パストラルは答える。
だが、それを話題にされたくないのか、パストラルもやや強引に話題を変えた。
「ま、それはともかく。もういいのエンカ?」
「うん。パストラルさんは?」
「私も大丈夫」
「そっか。よかった」
「うん。それとさ――」
そこでいったん言葉を切って、なぜか言い辛そうに天を仰いでから、パストラルは続けた。
「わざわざ【さん】付けで呼ばなくてもいいわよ。私のことは呼び捨てで。私だって、あなたのことをエンカって呼び捨ててるわけだし」
「えーっと……それじゃあ――パスト、ラル」
「うん。そうそう」
「パストラル」
「何よ?」
「うーん……パストラル……」
「何なのよ?」
何度も自分の舌に乗せてみるが、イマイチしっくりこない呼び方に、エンカは眉間に皺を寄せる。
そして、何でエンカが悩んでいるか分からないパストラルもまた、眉間に皺を寄せて呻く。
「ねぇねぇパストラルさん、パスティじゃダメ?」
キョトンと、パストラルが目を瞬かせる。
それから少しだけ困ったような顔をするので、エンカはちょっと残念そうに嘆息した。
「ダメ、かぁ」
「誰もダメとは言ってないでしょ?」
困った顔のままパストラルは微笑む。
「あなたが、それが呼びやすいって言うなら、それでも構わないわよ」
「ほんと!」
目を輝かせるエンカに、パストラルはやれやれといった様子で肩を竦めた。
「ええ、本当よ」
「ありがとう! それじゃあ、改めてよろしくねパスティ」
「ええエンカ。こちらこそよろしく頼むわ」
お互いに笑いあってから、エンカが口を開く。
「それでね、パスティ」
「何?」
「実は聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「奇遇ね、私もよ」
それだけで二人は互いに何が言いたいかを察しあい、同時に告げた。
「一緒にギルドを組んでくれませんか?」
「一緒にギルドを組んでもらいないかしら?」
予想通りの言葉に、二人は一緒に笑い始める。
その笑顔は互いの了解の証だった。
「実はねエンカ。私、もう一人目をつけている人がいるのよ」
「わたしもいるよ」
また二人は笑みを浮かべる。
そして――
「テネレッツァさん!」
「テネ先生!」
ただ考えている事が同じだっただけなのに、なぜだか可笑しくて、二人はそのまま笑い合うのだった。
「――むしろ願ったり叶ったりだよ。僕も二人を誘おうと思っていたしね」
宿に戻った二人がテネレッツァをメンバーに誘ったところ、あっさりと彼は加わってくれた。
「ところでギルド名はどうするんだい?」
「あー……私はパス。そういうの考えるの苦手だから」
「僕も同じく。エンカちゃん、何かない?」
「そういきなり聞かれても……」
エンカはしばらく考え込み、ややして、公園で聴いた歌を思い出す。
「パスティは、さっき公園で言っていた人に会う為に冒険者をやってるの?」
「うーん……まぁ、そんなところかしらね」
「テネ先生は?」
「僕が冒険者をやってる理由?」
エンカはうなずく。
「まぁ、こういうのはあまり口にするようなものじゃないと思うんだけど――まぁいいか。僕はね。僕がメディックを目指そうと思うに至った、きっかけをくれた人に会いたいんだ。
彼女も冒険者でね。出来ればメディックになりましたって報告したい。もちろん、それだけじゃないんだけどね。それ以外は秘密ってコトで」
「無理に聞き出そうとはしませんよ……で、エンカ。あなたは?」
「わたし? わたしはね――お爺ちゃんに認めて欲しいから、かな。
わたしの居合いの師匠でもあるんだけど……『ブシドーを極めたかったらただ鍛錬を積むだけではダメだ。もっと見聞を広め、己が目指すべきブシドーを見つけよ』って。
お爺ちゃんもわたしの両親もみんな元冒険者でね。みんなの冒険譚を聞いてたら、わたしも冒険者になりたくって。それがお爺ちゃんの教えと一致したから今に至る――って感じだから……そうだね。自分の見つけたブシドーを胸張ってお爺ちゃんに報告して、一人前の居合いの剣士として認めてもらうこと、かな」
話を終えると、テネレッツァとパストラルは難しい顔をしてこちらを見ている。
「え? わたしの目的、何か変?」
「冒険者一家ってのもすごいなーって」
と、パストラル。
「何とも難しい目的だなぁーって」
と、こちらはテネレッツァ。
二人の感想に何とも言えず、エンカは微苦笑を浮かべた。
「それでエンカちゃん。旅の目的を聞いて、何か閃いたかい?」
「うん」
エンカはひとつうなずいて、思いついたその名前を口にする。
「S4Uって、どうかな?」
「どんな意味なの?」
問うパストラルに、答えたのはエンカではなくテネレッツァだった。
「Song For You……あなたの為の歌、だよね」
「はい」
「エ、エンカ……っ! それって……っ!」
「あー違う違う。パスティだけのことじゃないよ」
言葉の意味を知り、顔を紅くするパストラルに、手をパタパタ振りながら、エンカは言う。
「【あなた】が何を指すかはみんな違うけど、私達の目的は何かしらの【あなた】に向かってるから」
パストラルは【貴方】に。
テネレッツァは【貴女】に。
エンカは……
「あれ? エンカだけ誰にも向いてないんじゃ……?」
「わたしは――わたしのブシドーに、かな。今のところは」
「それってアリなの?」
何やら難しい顔をしてつぶやくパストラル。
それを敢えて聞かなかったことにして、テネレッツァは口を開く。
「僕はS4Uで構わない。むしろ賛成だ。パストラルはどうだい?」
「ええ。私も、嫌じゃないわ」
「それじゃあ――」
エンカがぱぁっと顔を輝かせると、パストラルとテネレッツァは無言でうなずいた。
そしておもむろにテネレッツァはテーブルの真ん中に手を置いた。
「いつまでの付き合いになるかは、分からないけれど――暫くよろしく頼むよ二人とも」
その手の上に、パストラルも手を乗せる。
「ええ。エンカの剣術と、テネさんの治療術。どっちも期待してるわ」
最後に、エンカがその上に手を置いた。
「まだまだ未熟な身ですが、この身、全身全霊をみんなのための剣とします。よろしくお願いしますね」
重なり会う手を見つめ、そして三人は笑いあう。
何はともあれ、これが、後に、このハイ・ラガード公国にて多大な功績を残すギルド【S4U】結成の瞬間だったことなど、本人達を含めて、誰も知る由もないのであった。
「それじゃあ、ギルド申請をしに行きましょう」
「ああ。善は急げと言うしね」
「……えーっと、それって朝ごはん食べた後じゃダメ?」
「あんた――ねぇ……」
気合いを入れて立ち上がったパストラルが、がっくりと崩れ落ちる。
「くっくっく……あははははは――」
そんな光景に、思わずテネレッツァが笑い出した。
そして、これがこのギルドの特徴なのだと、テネレッツァは一人で納得する。
そのまま、二人は何やら低レベルな言い争いを始めてしまった。その光景は、あの魔物と戦った時の凛々しさや力強さの欠片も感じられない。
「いやはや、本格的な冒険が楽しみなギルドだねぇまったく」
笑いを噛み殺しながら独りごちたテネレッツァのその言葉は、紛れもない本心からの言葉だった。
初配布
2008/3/30
同人イベント『幻想の樹海2』