今回はリス活躍エピソードです
数日前、紆余曲折を経てギルド【S4U】に加入したカロレは、ひとまず自分が役立たずでないことを証明するために、資材集めを買って出た。
レンジャーとしての能力は、正直言ってしまえば下から数えた方が早いくらいだろう。それでも、そんな自分を拾ってくれたリーダーのエンカには、恩義があった。だからこそ、彼女が自分のせいで周囲から馬鹿になどされるような事態にはなって欲しくない。
そう思って、少しでも役に立てるところを見せるために志願した――まぁ建前としてはそんなものだ。
恩義があるのは事実だし、自分のせいでリーダー……引いてはギルド自体が馬鹿にされるような事になって欲しくないというのも本当だ。
だが、それ以上に――
こうやって、
とはいえ、買って出た以上はそれなりの成果を出さざるを得ない。そこで役に立つのが、野宿を繰り返して得た自然に対する知識だ。
どこの街へ行っても指名手配されている自分が生きていくのに、そういった知識がなければ生活出来なかった。食べれる植物や虫。毒の有無など、そういった知識が必須だったのである。
捕まらないように、そして生き延びるために、泥を啜って生きてきた、そんなダーティな経緯の結果なのだが、例えそういった経緯で得た知識であろうとも、今この場で役に立つことを喜ぶべきだ。
カロレは茂みを覆う草を大振りのナイフで切りながら、目当てのものを探していく。
ザクッザクッっとリズミカルに切り進む中、ゴリっという太い植物の茎を切るような感触がして、手を止める。
「……ああっと……!! 何を切ったんだ今?」
切り分けられた草から顔を出す、太い茎――いや
「……蔓?」
どうやらそれを切ったらしい。
それの出所を探ろうとし、カロレが顔を上げた時、
「……ッ!?」
突然の衝撃がカロレを強打した。
「エンカが言うから反対はしなかったけれど……イマイチ信用できないのよねー」
そんなことを独りごちながら、パストラルは迷宮の中を歩いていた。
魔物がうろついてはいるものの、恐ろしい相手はいないフロアだ。単独行動であっても、無茶さえしなければ問題ないし、最悪に備えて信号筒やアリアドネの糸などは常に持ち歩いている。
警戒すべきは、鹿の魔物だが、こちらから手を出さなければ基本は襲ってこない。しかし、彼らは常に自分の歩く道を決めているようであり、その道を邪魔するような相手には容赦しない。
ゆえに、足元に彼らの足跡がないか注意をしつつ、同時に通路から顔を出すときは鹿と出会い頭に遭遇しないように気をつければ、比較的安全なフロアである。
「確かに、レンジャーが居れば木の実とか探すのは簡単かもしれないけれど……」
独りになると、独り言を言うようになる。そんな癖があることに最近気が付いたのだが、別に直すつもりはなかった。
心に余裕がある時に出るのであって、極度の緊張の中では出ないのだから取り立てて支障がない。たぶん。
「……あれ?」
ふと、茂みに佇む、小動物の姿が目に入った。
迷宮の中にすんでいる動物か何かなのだろう。
「リス……かしら?」
その愛らしい姿に、パストラルは顔を綻ばせると、右手に持っていた銃をホルスターに収めて、腰を屈めながら指をピコピコと動かした。
「ちっちっち……」
パストラルの姿に気が付いたのか、リスは可愛らしく小首を傾げると、パストラルの方へとよってくる。
「あら? 迷宮に棲む動物にしては人懐っこいわねお前」
何か食べさせてあげられるようなものは無いかと、腰につけたポーチを漁るが、少なくともリスにあげるようなものは入っていなかった。
「……ああっと」
漁っていたポーチから、アリアドネの糸が落ちる。
けっして高価ではない道具だが、自分と、そしてギルドの命の行く末を決めるといっても過言ではないものだ。落として無くしましたで、許される
パストラルはそれを拾おうと、腰を屈めた時――
「え?」
リスは物凄い勢いで走ってくると、それを口に咥えて、あっという間に茂みの中へと消えていった。
「……え?」
腰を屈めた姿勢のまま、パストラルの思考が止まる。
「……えーっと……?」
たっぷりと時間を掛けて何が起きたのかをゆっくりと整理していく。
「えええええええええッ!?」
ようやく脳みそが回転し、最悪の事態だと理解する。
だが、すでにリスの姿はないし、簡単に回収できそうにない。
「……誰かと合流するのが得策ね」
必要な素材が多岐に渡っていたことと、比較的安全なフロアだからと手分けしたのがここで仇になってしまった。
今、この状態で危機に陥った時、洒落にならない。
エンカかテネレッツァと合流できれば御の字だが、こんな状況だ。まだ信用していないとはいえ、この際カロレだって構わない。
銃を腰のホルスターから改めて抜き放ち、周囲を先ほど以上に警戒しながら、来た道を引き返し始める。
緊張しているのか、独り言は出てこない。
まさか、アリアドネの糸がなくなるだけでこれほど心細くなるとは思わなかった。
大きく嘆息しながら、乾いた喉を潤すために水筒を取り出そうとした、その時だ。
誰かと合流したい――そんなパストラルの願いが、突然叶う。
細い枝々を吹き飛ばしながら、カロレが茂みから飛び出してきたのだ。
「カロレッ!?」
そのまま近くの木に背中から激突して、彼は止まる。
「姐御ッ!? やべぇのが出たッ!!」
「でしょうねッ!」
ふらふらと立ち上がりながら叫ぶカロレに、パストラルはうなずいた。
成人男性一人を軽々と吹き飛ばす何かが目の前の茂みの向こうにいるのだ。
願いは最悪な形で叶ったようだが、それでもやはり独りよりはずっと気が楽になる。
パストラルは、カロレに信号筒でエンカ達を呼ぶように指示し、彼が飛び出してきた茂みを睨む。
そして、そいつは現れたッ!
最初は何かが近づいてくるということだけで、何が近づいて来るのかがまったくわからなかった。
言ってしまえば、それはある意味で樹海の風景に溶け込んでいたからだ。
動いてこちらへと迫ってくるようなことが無ければ、珍しい巨大な花とだけ思い込んでいたことだろう。
巨大な花――そう言ってしまえば、一言だが、その姿は異様の一言だ。
見た目だけなら、一般的な花とそう形は変わらない。
薄い紫色に白い
五枚の花びらの隙間から飛び出ている
しかし、元々は内側の
いや、牙のよう――なのではなく、もはやあの偽柱頭は牙そのものなのだろう。いわば
その柱頭牙に囲まれた中央の空洞の奥には、本物の柱頭があり、虫などをマーキングする色素発している――のが本来の花の在り方だが――などという可愛いものではないようだ。
あの奥にあるのは、捕食した獲物を溶かす消火液か、獲物を弱らせる為の毒液を生成する器官といったところか。
そうやって迫ってくる巨大な食人植物たる魔物を見ながらパストラルが呆然と呟く。
「何よ、あれ?」
「ラフレシアだ」
パストラルの背後から、カロレが答える。
「確か、五階に生息する魔物だったかな。
実物を見るの初めてだけどよ。そーゆーのがいるってぇのは聞いたことがある。花粉には毒が含まれてるらしいぜ」
そんな魔物が、なぜこんな
「時々、上の階の魔物も下に降りてくるらしいからね」
以前に一階で戦った【手負いの襲撃者】も、元はもっと上層の魔物らしい。そう考えれば、別にラフレシアがこの辺りにいたとしてもおかしいことではない。ないのだが――
「何か……気が立ってない?」
「あー……」
パストラルの言葉に、カロレがひどく気まずげに告げる。
「邪魔だったから刈った草の一部が、やっこさんの蔓だか根だったっぽい」
「あんた……ねぇ」
思わずジト目になって、背中越しに睨むが、確かにあんなものが茂みに佇んでいたとしたら、なるほどうっかり切ってしまっても不思議ではない。
「よし、点火っと!」
準備し終えた信号筒に、カロレが火を付ける。
木筒より発射された火球は、樹海の天井付近まで到達すると、激しい光と共に炸裂する。
救助を頼む為の信号弾だ。これで、ギルドメンバーと、そしてそれ以外の同フロア内にいる冒険者へ向けてのSOSなのだが――
「思うんだけどさ、姐御」
「なに?」
「エンカや旦那とか――あるいは同じくらい強ぇのが助っ人ならいいけど、足手まといが来たらどうすんだ?」
場所が場所だ。自分達よりも初心者の冒険者がいても不思議ではない。
「……ま、そん時はそん時でしょ」
一瞬、パストラルの頭に助けに来た駆け出し冒険者からアリアドネの糸を奪って逃げるという選択肢が過ぎったが、それは口に出さないでおく。そもそも、実際にそんな外道な行動はとるつもりもない。
「とりあえず、まともにやってもキツいだけでしょうから、適度に逃げつつ――増援を待つわ」
「俺と姐御だと、決定打にも欠けるし――って、姐御。糸は? 最悪は、姐御の持ってる糸使って逃げよう」
「わ、私の手元にはないわよ? でも、あなただって糸持ってるでしょう?」
それに頼りたいのだけれど――暗にそう言っているパストラルの意を汲んで、カロレはあっけらかんと答えた。
「死にかけてるリスを助けたら、お礼参りとして持ってかれた」
「可愛いさ余って被害百倍の犠牲がここにも一人ッ!」
「姐御もかよッ!」
この瞬間、個人の思惑はさておいて、生き延びる為という絶対の盟約に結ばれたタッグが誕生した。
もぎたての、樹海特有の果実に舌鼓を打っていたエンカは、突如天井付近で炸裂した閃光を確認すると、その信号筒が打たれただろう位置を目算する。
もったいないが、食べかけの果実は放り投げて、エンカはそこへ向かって駆け出した。
「エンカちゃん!」
「テネ先生!」
道中で、無精ひげに寄れた白衣を着たメディック――ギルド仲間のテネレッツァと合流する。
「一緒に行きましょう」
「もちろん」
うなずいて、テネレッツァは言葉を続ける。
「だけど、口元は拭いた方がいいよ。いっぱい取れたからって、依頼の果実を食べちゃったっていうのは頂けない」
「――ッ!」
その言葉に、エンカは慌てて口を拭いてから、
「と、とにかく! 行きましょうテネ先生!」
恥ずかしいのを誤魔化すようにた、そう捲くし立てるのだった。