前世の記憶が戻ったので、シャーレでハッピーエンドを手に入れたい 作:うどんそば
あの子は本当に何者なんだろう。少し思った。
初めて見たときは、ただただ強そうな子。それだけだった。
まあ只々と言っても、それこそ本気で戦えば、それこそかなり厳しい戦いになるかもしれないとは思ったけれども。ただそれだけ。あの子にここをどうこうしようという思いはない。何なら逆かもしれない。
じゃあ何が引っかかっているのか。何も危険じゃない。何なら、私達と一緒にアビドスを守ろうとする仲間になってくれるという。だけど……変に胸騒ぎがする。彼女が危険。私達にとって危険なんじゃなくて、彼女自身が危うい。
隣りにいる、あの笑顔を絶やさない変な大人と一緒だ。
だから、先生がセリカちゃんとあの子……キタノを探しに行かないといけなくなった時、私を指名して行くことになった時、少しその大人が動揺していることに驚いた。
顔を見れば一瞬でわかる。とんでもなくひどい顔だ。でも、この人にも人を想う気持ちがあるんだ、と、その人間らしさが、少し共感できた。
「やっぱり、あの子がいるから?」
私は、一つ確信していることがあった。きっと、セリカちゃんだけがさらわれていたら、きっともっと冷静に、的確に指示をしていただろうことを。もしかしたら今頃には解決していたかもしれない、ということも。
だから私はこの言葉を出した。それを聞いた先生は、想像より苦悶の表情をして、強く拳を握って、少し震えだす。そして立ち止まって……。この様子を見るに、相当な入れ込み様なのだろう。先生はようやく言葉をまとめたのか言った。
”……私は、生徒を助けにいくんだよ”
「ふーん……強いんだね」
その表情はもう、一見生徒のために体を張る、一人の先生の姿になっていた。
……私が割り切れなかったことを割り切れる。それでいて人を強く想って、必ず助けると覚悟した瞳。それに、ほんの少しの嫉妬と、強いあこがれを持った。私にはなかったもの、きっとこの人は持っているんだ。
だからかもしれない。気持ちを入れ直して、戦場らしき場所に来た時、それを見つけて……目を疑った。まさか……。
駆け寄って、それを見た時、思わず息が止まった。血、血、血。間違いなく一面に撒き散らされて溜まったドロドロの赤黒い液体が、夜の色を映して残っている。脳に死という単語が浮かぶ。
先生が近寄ってきた時、直感が叫んだ。この人に見せてはいけない。思わず覆いかぶさるように隠して、後ろを向くように言った。鉄の匂いがして、さっきまで確かに人の中を流れていたのだろうそれに、様々な記憶を呼び起こされた。
先生が確かに後ろを向いたときに、漸く血を観察できるようになった。少し違和感を感じて、中をよく見ると、バッジが浮いていた。キタノのコートについていたものだ。つまりこの血溜まりは……
先生にこれを見せると、やっぱりそれは正しかったみたいだ。少しボーッとした表情でそれを見ていた。
血溜まりの場所から少し動いて、空の薬莢がたくさん転がっているところがあった。薬莢は大きさからセリカちゃんのもの。これはさらわれたのが有力か?
「攫われたみたいだねー」
先生に不用意に伝えてしまった。これは少し後悔だ。”え?”と振り返った先生は膝から崩れ落ちた。しまった。目線の先には抉れたコンクリートと血溜まりだ。
這って進んだその先で、必死にそれを掬おうとする先生は、唐突に動きを止めた。
近づくと、どうもただ呆然としている様だ。
「見ちゃだめって、言ったのに……」
先生は立ち上がると、弱々しい顔をして……でも強い覚悟を持った顔で……
”助けに行かなきゃ”
と私に笑いかけた。
●●●
運送車が爆発して、中から二人が飛んで出てきた。見た限り、キタノも生きている。セリカちゃんは涙で目を腫らしていた。
セリカちゃんは私達に会えたからか、また涙目になって、イジられている。キタノは先生に強く抱きしめられていた。戦場なのに、平和な一幕みたいだ。
そりゃあそうだけど、爆発されたヘルメット団たちは続々と車から降りて出てくる。
さあ、やられたらやり返さなきゃね。どんどん戦線を押し上げながら、各自の怒りの籠もった銃弾を受け、どんどんと進んでいく。
そうして大将首みたいなものだろう、戦車との戦いに……キタノが乗り込んできた。声を上げてやってきて、7,62ミリの銃弾を的確に装甲が薄い箇所、そして、砲塔内に撃ち込んだ。
戦車は爆発して、バラバラになりながら、中のヘルメット団が這い出してきた。既に抵抗はやめており、出てき次第降伏した。
「いいとこを持っていくねー」
というと、苦笑いしながら、
「ごめんって。でも手伝いたかったから」
と返してきた。その明るい言葉と顔は、昨日の夜見たような量の血を出した人とは思えず、もしかするとあれはこの子のではないんじゃないかと思えてくる。
帰る途中のことだった。私達は前、シャーレ組の二人は後ろからついてきていた。雑談をしながら、緩んだ雰囲気で大通りを通った時、どさっと、重いものが崩れたような音が響いた。
”キタノっ!”
先生の大声で後ろを振り向いた私達が見たのは、仰向けに倒れて、さっきまで止まっていたはずの血はどくどく溢れ、うつろな目には光を宿さないといったような様相のキタノだった。
必死にどうにかして血を止めようと試行錯誤しているが、その血は止まることはなく、地面に染みを作っていく。先生が着ていた真新しいシャツは赤黒く染まっていき、肌にぺたりとくっついた。
少し無理にシャツを上げ、腹の部分を見る。
穴が空いている、と表現するのが正しいほど、そこは傷ついていた。大きな範囲が抉り取られ、真っ赤に染まった筋繊維からてらてらとしたリンパ液が浮き出ている。下手をしたら、『中』まで見えてしまいそうなほど。
顔に目を向けるも、唇は色を失いかけ、呼吸は浅く、早い。拍動も同じだ。かろうじて生きている。そうとしか言えない状態だ。
「……っあ……」
私は動けなかった。その姿が、血が、瞳が、見覚えのある光景と重なって……心をえぐった。
「あ、ああ……」
私はまた、せっかく歩み寄ってくれた人をこういう目にあわせてしまったのか。そう思うと、足が動かなくなった。
”だれか!”
先生が叫んだ瞬間、どこからか、ピンクの髪の、看護の心得がありそうな子が現れた。
「どうかしましたか!」
「え!? どこから……って、そんなのはどうでもいい! 助けないと!」
「もしかして……」
先生の手元を見て、その子は絶句した。
「……今すぐ、シャーレに帰りましょう。そこで処置します」
険しい目で言う。あまりの展開にあまり理解できていない私達に、続けた。
「このままじゃ死にます。……ヘイローが……皆さん、手伝っていただけませんか?」
今気がついた。キタノは、ヘイローが消えている。
一生懸命の処置をしながら待つことおよそ二十分。トリニティのヘリが到着した。その中にキタノとそのピンクの髪の子が乗る。
”お願い。そして、休ませてあげて”
先生が絞り出すような声に、
「わかりました。必ず」
と返して、ヘリは向かっていった。
●●●
夜も起きてたのに、結局朝方に起きてしまった。まあ、見回りはして困ることはないから、と校舎を見回る。そうして一階にたどり着いた時……
「あ、ホシノ」
その声を聞いた時、耳を疑った。そして次に目をも疑った。昨日の昼、血だらけでヘイローも消えていた少女は、服装こそボロボロでありつつも、元気そうににへっとした笑みを浮かべて近づいてきた。
「んえ? もしかしてシャーレから来ちゃったの? 怪我は?」
「もう治った。……ていうか、あれくらいの怪我なら半日あれば治るってホシノは知ってるでしょ」
無理して言った言葉に、当然のように返してきた。嘘だ。勿論大怪我くらいなら半日あれば治るだろう。でも、あれは確実に、死に片足を突っ込んでいたのだ。私でも、何日かかるか。
「まあねー。でも、おじさん的にも心配なわけ。あれだけ血が出てるとね。ヘイローが消えた状態でもなければあんな怪我しないし」
遠回しに、なんでそんな怪我をしたのか聞く。普段どおりを装って、疑う余地もない仮面を被って。その言葉に、キタノは不思議そうな顔の無言で返してきた。
「……あのさ、まあ、このアビドスのためっていうのもあるから強くは言えないんだけどさ、大切な人は悲しませないほうがいいよ」
思わず、こぼれてしまった一言。私自身の後悔、乱された心。それを込めて。
キタノは優しげな顔を浮かべて、ベンチを立った。そして階段の方に歩いていって……そうして振り返って言う。
「……もしさ、ホシノが『おじさん』じゃなくって、ただのホシノとして話したいこと、したいことがあったらいつでも言ってよ。先生に言いにくいなら、私にだけでもいい」
思わず立ち上がった。バレていた? 本当の自分も、何もかも? 私の事情を? どうやって? その情報で、一体何を?
「だからさ……すべて手遅れになる前に、相談して。大切な人は悲しませないほうがいいんでしょ? 私、もうホシノのことが大好きだよ。大切。だから、ホシノも私のこと、悲しませないでね」
キタノは、そう言うと、「じゃあね」と言って階段を駆け上がっていった。
ベンチにへたり込む。それだけしかできない。
キタノは、なんで自分より私の心配をするのか。私は怪我はない。キタノはきっと、まだ苦しいだろう。痛いだろう。怖いだろう。それなのに、なんで?
涙が溢れた。なんでだろう? ああ……きっと私は……
「頼れる人が、欲しかったんだな」
ここじゃあ、私は最年長だ。しっかりしていないといけない。それに私がしっかりしていないと、借金でも悪い方向に進むかもしれない。それなのに……
頭に浮かぶのは、キタノと先生。あの二人はといえば、「生徒だから」って、甘やかそうとしてきて……自分を犠牲にしても、私達を助けようとしてきて……いわば、異常だ。普通じゃない。でも私はその二人に、
「……ああ、温かいなあ」
家族同然のアビドスの皆に対するものとは少し違う暖かさを、確かに感じた。
彼、そして彼女は希望だ。
シャーレは希望です