前世の記憶が戻ったので、シャーレでハッピーエンドを手に入れたい 作:うどんそば
最近、ホシノの様子がおかしい。その原因は……おそらく、取引に関することじゃないかと思う。
私はあのとき確かに、もしなにかあれば相談してほしいと言った。相談されたとしたら、もし相手が黒服だろうがなんだろうが、容赦なく怒鳴り込みに行くのに……まだ少し信用されていないのだろうか。
「……ホシノ」
「んー?」
「……ごめんね。なんでも無い」
こうやって二人だけになった時間でさえも、ある一定の距離を置かれている。見えない壁があるような気持ちだ。どうも、聞かれたくないらしい。
「キタノ……臆病な人間についてどう思う?」
「臆病な?」
ホシノは頷いた。
「守りたいものがあって、それが何より大切で、それを守るためなら、なにをするのも厭わない。そう思ってたのに、いざとなったら迷ってしまう。そんな臆病な人間について、キタノはどう思う?」
ホシノは夜空を見上げて決して目を合わせない。これにどう答えるのが正解かわからない。もしかしたら、これが先生なら、完璧な答えを持っているのかもしれないけど、今の私は生徒だから。
だから……言いたいことを言う。
「私はさ、臆病でもなんでも、いいと思うんだよね」
ホシノは空を見つめて動かない。
「ほら、人間はもともと自己本位的で、わがままなものだから。だから、もし自分を犠牲にしないといけなかったりしたら、恐ろしくなったり、やっぱりやめたいって思うことは普通でしょ?」
「……キタノも?」
「そりゃあそう。もし自分が犠牲になって皆を助けろって言われたら、その瞬間は勿論恐ろしいと思うし、躊躇してしまうと思う」
「そっか、キタノも……」
「でも、私一人だけでそんな事になったら、やっぱり自分を犠牲にしても、それでほかの誰かが何かを得られるなら喜んで犠牲になると思うよ。だって、あくまでこれは皆のためになりたいというわがままだから。怖いっていうのもわがまま。同じわがままなら、私は自分がやりたいわがままを貫き通すよ。私なんか、死んでもいいんだからさ。」
ホシノはそれを聞くと、ゆっくり顔を下げて、私を見た。
「わかった。ありがとねー。うへ〜まさかキタノがそんな真面目なこと考えてるとは……」
「ただし!」
私は少し早口に、まくし立てるように言ったその言葉を遮った。
「あくまで、それは一人の時。それ以外もうできることがなくて、それでもやりたいことがあるときの話。ここからは、正真正銘現状の私の話をするね」
そう。これは私だけの孤独なときに取るだろう選択。
「まずは、きっと先生に相談する。あの人は私の相棒だし、きっと全力で協力してくれる。まあ、私がそんな悩みを抱えるとしたら、きっと先生も同じことで、同じ様に悩んでると思うけど。……他には、友達。たくさんいる友だちはきっと真剣に私のことを聞いて、助けようとしてくれる。勿論この友達には、ホシノ達アビドスの皆も入ってるよ?」
ホシノは眩しそうな顔をすると、すこし私から離れた。
「そうなんだ。……キタノは強いね」
「だからさ」
私はホシノと距離を詰める。するとホシノは一歩下がった。でも、ここは屋上。やがてフェンスに追い詰め、怯えるような目を向けてくるホシノを抱きしめた。
「……一人でそんなに重いもの、抱えなくてもいいんだよ。ホシノには大切なものがたくさんあるんだと思う。でも、それを絶対一人で解決しないといけないわけじゃないんだから。ほら、温かいでしょ? 人の温かみ。生きてる証拠。同じ思いを背負うことのできる、一人の人間のね」
腕の中で、ホシノは震えだした。声を押し殺して泣いている。その小さな肩には信じられないほどの思いと、覚悟がのしかかっている。
「もしさ、誰にも分けられない……その重さごと大切なものなんだとしたら、抱えているホシノ自身を支えさせてほしい」
小さな泣き声は、きれいな夜空に響く。
●●●
「うへ〜ごめんね、朝までさ」
次にホシノが顔を上げたのは、朝日が登ってきた頃だった。
「いいよ別に。どう? 気分は変わった?」
「そりゃあもう。キタノの胸の中をしっかり堪能しましたとも。先生に自慢しようかな〜」
階段を降りながら、雑談をする。部室のドアを開けると、皆はすでに起きていた。
「ん、おはよう」
「おはようございます。どちらかに行かれてたんですか?」
「違うよ〜二人で早起きして、星と朝日を見てきたんだ」
「へえ……そんなことを……綺麗だったの?」
「うん。今日は晴れてたから、きれいに見えたよ」
「良かったじゃない! 私もよくバイトから帰ってくるとき、星を眺めたりしているのよね」
賑やかに喋りながら、買っておいた朝食を持ち、一人で廊下に出て、私達の泊まっている部屋に向かった。
「先生、朝だよ」
”ん、おはよう”
先生は普通に起きて、のんびりとしていた。のんびりとはいえど、シッテムの箱を持っている辺り、仕事をしているんだろう。昨日私が分類して送っておいた分の書類かな?
「朝ごはんにしよ? ほら、おにぎり」
”ありがとう。助かるよ”
二人で並んで、パッケージを開けると、ぱりぱり焼海苔の音を鳴らしながら食べる。なんとなく平和な感じがして幸せだ。先生の隣にいるのもあるかもしれないけど。
”そういえば、今日キタノは随分早起きだったみたいだね”
「ホシノと星を見てた。綺麗だったよ」
”ふうん……キタノって、星空が好きだったりする?”
「うん。というか、星空も好き。自然の景色が好きなんだ」
”へえ……じゃあ今度余裕ができたら、どこか見に行こうか”
「いいの? やった!」
少し話しながら食べる。すると先に食べ終わった先生が、先に部室へ向かった。私も急いで食べてその背中を追う。
中に入ると、随分少なくなっていた。
「減りましたね?」
「セリカちゃんはバイト、シロコちゃんはトレーニングでしょう。アヤネちゃんはお勉強でもしに行ってるんですかね?」
「私はゴロゴロしてたよ〜」
すっかりいつもの様子になったホシノは、ノノミちゃんの膝枕で気持ちよさそうに横になっている。……そしてそれを先生が羨ましそうに見ている。
「……先生?」
”っは!?”
「だめですよ。先生は私の膝枕で我慢してください」
先生を誘導すると、にこにこしながら私の膝枕に頭を預けようとして……それを私が止めた。
「すいません。ちょっとまってくださいね。すぐ戻ってきますから」
ホシノが出かけたからだ。
校門近くで、ホシノが振り返った。
「んへへ……気づいてくれたんだね」
「そりゃあね」
「あのさ、これから少し嫌なことがあるんだ。だからさ……」
「いいよ?」
手を広げると、ホシノはしっかりと抱きついてきた。ぎゅーっと、私という存在を確かめるように。そうして少し。離れたホシノは、さっきよりも更に楽になったような顔で、背を向けた。
「じゃあ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
これからホシノはものすごく悩むことになるだろう。でも、私がいることで、その苦しみを少しでも小さくしてあげられたら。そう思った。
このあと先生に膝枕した