前世の記憶が戻ったので、シャーレでハッピーエンドを手に入れたい 作:うどんそば
「先生、キタノちゃん。おかえりなさい」
ノノミちゃんは、帰ってきた私達に言う。
”うん。ただいま”
校門の近くの掃除をしていたノノミちゃんは、その道具を立てかけて、こちらに近づいてくる。
「それで……どうでしたか?大将の容態は」
”体は、大丈夫そうだったよ”
「なるほど、体は、ですか」
わかりやすいその言い方に、思わずため息を漏らしてしまった。
「先生、全く隠せてないよ。……ノノミちゃん。結構大変なことだから、皆で集まってから話すね。一緒に中に入ろうか」
できるだけ安心できるように、わざとすこしおどけた様子でそう言うと、少しだけ眉をひそめながらも、落ち着いて「わかりました」と言って掃除用具をそのまま手に取った。
そこに、自転車のブレーキ音が鳴り響く。ママチャリのような音ではない。ここに来て、すっかり聞き慣れてしまった、ロードバイクの音だ。
そちらを向くと、案の定、シロコが乗っている。ただ、顔に影を差して。ハンドルは力強く握られ、顔も硬さが抜けない。いつもの様子とは、明らかに異なっていた。
「シロコ、大丈夫?」
「……ん、大丈夫」
あ、この顔は……ホシノ……
シロコは心ここにあらずと言った様子で少し会話を交わした後、速歩きで校舎の方に向かっていった。流石にこれはおかしい、ということで、私達も急いで掃除道具を片し、校舎内に戻った。
廊下を緊張感持って進んでいたとき、その音は響いてきた。誰かの頬を思い切り張るような音に、
「ふざけないで!」
という、聞いたこともないようなシロコの感情が籠もった怒号。
思わず一瞬動きを止めてしまった先生を叩く。ノノミちゃんと目を合わせると、その音が聞こえた部屋がすぐに分かった。その扉を開くと、ソファの上に座ったホシノと、それと見合うように立っているシロコだ。
ただ、いつもの様子とは全く違う。ホシノの頬は赤くなっているし、シロコは怒りによる興奮からか、肩で息をしながらこちらを一瞬きっと睨んだ。
一瞬悲しそうな目をしたノノミちゃんは、すぐに表情を繕うと、二人に説明を求めた。
「言ってくれないと、お仕置き、しちゃいますよ?」
いつものように少しおどけた態度。それでも、空気は真剣そのものだ。
シロコとホシノは、なにも言えないような微妙な笑みを浮かべた。
「私が最近お昼寝し過ぎだって怒られたんだよー。確かに最近大変なことがたくさんあっても、お昼寝ばっかりなんて、怒られても仕方ないかなー。それにしてもそんなに怒らなくてもね?」
「う、うん。ごめん……」
あくまでそれで通す。そういう意味である。
●●●
三人で集まった部室で、他のことを調べに行った、アヤネちゃんとセリカちゃんが戻ってくるのを待つ。部室の中は、ひどい空気になってしまっている。ノノミちゃんは浮かない顔をしているし、ホシノもなんとなく憂いを帯びた表情をしている。
ただ、一番ひどいのはシロコだ。怒りとも、悲しみとも取れる感情を外にまで漏らすかのごとく溢れされていて、その圧は、声を出すのもためらうほどだ。
「ただいまー、調べてきたよ……って、なにこの空気!」
セリカちゃんとアヤネちゃんは、この部屋の鉄より重いといっても過言ではない程どんよりした空気に驚愕の声を上げる。
特にセリカちゃんは、空気が物理的に重いとでも思っているのか、部室の窓を全開に開け、満足そうな顔をした。
「セリカちゃん。私思うんだけど、部屋の空気はこの部屋の窓を開けても良くならないと思うよ」
そう言うと、みるみるうちに顔を真っ赤にして、「し、知ってるわよ! で、でも一応……」といい出す。ここで漸く、場の空気は少し緩んだ。
そのタイミングを逃さず、アヤネちゃんは言う。
「大将さんは知っておられたようですが、あの辺り一帯……というか、アビドス自治区の殆どが、カイザー関連企業の所有となっていました!」
その事実に、思わず皆の顔がこわばる。
「な、なによそれ。うちのものじゃないって?」
「アビドスが売ったんだね」
ホシノの指摘に、アヤネちゃんは頷いた。「アビドス生徒会から、売却がなされています」と。
それに声を荒らげたのは、セリカちゃんだった。
「は、はあ!? なによそれ! 自分で自分たちの土地を売ったってこと? ありえない!」
「セリカちゃん。もう返すお金がないときに、代わりにこれでいいよって言われたら、渡すしかないでしょ?」
私が口を挟むと、語気を弱くして、
「それでも、ただでさえアビドスが困ってるのに……」
と呟いて座ってしまった。
「それにしても、アビドスなんて、今やただの砂漠ですよね? なんでカイザーがそこを欲しがっているのでしょう」
ノノミちゃんの素晴らしい考察。地下に眠るモノ。それを知る私はこの行動が何のためかを理解することができるけれども、客観的に見たら、だいぶおかしな行動だ。
「もしかしたら、砂漠になにか秘密があるのかもね」
自然と、そういう結論になる。それに、これまでの危機は全てこの身で解決してきた。今回も皆で砂漠に行こう、ということでまとまった。
会議が終わった後、先生はシロコに連れられて、どこかへ向かってしまった。例の件だろう。なら私は……
「ホシノ。……ちょっと来て」
この子と話さなきゃ。
●●●
体育館の裏。ここには人気もなければなにもない。ただ、体育館の影になって湿った場所であるくらい。ただ、ここでの声は絶対に校舎にはもれない。そんなところ。
「うへー、体育館裏なんて、もしかしておじさん、告白される感じー?」
ホシノは、ここに来てもまだ、繕った表情のまま、こちらを見た。さっきの会議中に皆に褒められた時のあの顔、すごく良かったのに。
「……ホシノ。言えてないんだね」
その瞬間、ホシノを覆っていた壁は、粉々に砕け散った。
「どうしてっ……! あ、うん。言えてないよ」
「なんで? 教えてほしいな」
「だって、言えるわけない。……キタノは、全部知ってるの?」
「いや、私にも全部はわからない。わかることだけ」
ゲマトリアのことも、先生のことも、全部知っているわけじゃない。でも……
「いま、ホシノが苦しんでることくらいはわかるよ」
「っ!」
「このままじゃ、私が後悔する。だから、私は私ができることを精一杯やる」
ホシノを抱きしめる。小さな肩が震えて、少しずつ胸元を濡らした。背中を撫でると、安心するように息を落ち着かせ、結局ほんの短時間だけ、ホシノを抱きしめたことになった。
ホシノはひどい顔を上げると、
「私の話をしていい?」
と言った。頷く。そんなの、拒否するわけない。
「私ね、今、すごく迷ってるんだ。どうしても選ばなきゃいけない二択があって、メリットが大きい代わりに、私じゃ背負いきれないモノを背負わされる。やりたくもないことをすることになる」
「うん」
「でも、そうしたらきっと、みんなを守れる。誰も傷つくことなく、この学園の未来もきっと……」
「うん」
「でも、怖い……!」
心からの言葉、慟哭だった。小鳥遊ホシノの、17歳の若い、小さな肩に載せられた、選択と責任。そして希望。どうしようもなくて、只々嘆いている。
「でも、私はしなきゃいけない。きっと、私のことは皆が後始末してくれるから」
変なことを言い出すホシノ。その体をもう一度抱きしめた。
「変なこと言わないで。私は、どんな展開になっても、きっと生徒と大切な人たちを守るよ。それが私の生き方だから。だから安心して。私はホシノがどんな選択をしても、必ず幸せにしてあげるから」
申し訳ありません……体調を崩してしまっているので、復調してから次回を投稿したいと思います。