前世の記憶が戻ったので、シャーレでハッピーエンドを手に入れたい 作:うどんそば
やっぱり体調は崩さないに越したこと無いなあと、しみじみと思いましたよね。
「こいつら、なんかめんどくさい……!」
皆で対処しているわけだけれども、私やホシノはともかく、慣れてないセリカちゃん達からすれば、ひどく戦いにくそうである。そりゃあ、向こうはプロなわけだから、そりゃあそうだと思うけども。
「何なの? こいつら!」
吐き捨てるようにセリカちゃんが言うと、砂埃の中から、少しずつ建物の外壁が姿を表し、そこに描かれているエンブレムも目に入った。
「あのエンブレムは……! カイザーです!」
「カイザーPMC……!」
通信から聞こえてきたアヤネちゃんの声の直後、小さくホシノが歯ぎしりしながら言う。肩を少し叩いてやると、はっとした表情でいつものように少し能天気な表情を見せるのだから、きっと思わずと言った反応だったのかな。
私達が少し立ち止まっているうちに、奥から続々と追手がやってくる。
「ねえ、カイザー!? またなの!?」
苛立つセリカちゃんに、落ち着いた様子で、されど眉を顰めながら
「それにPMC……民間軍事会社、つまり、ほとんど軍隊みたいなものです」
と、落ち着いてノノミちゃんが答えた。
警報が鳴り出す。遠くからは地ならしのような音が聞こえる。それだけではない。ヘリコプターが姿を表し、先程よりも明らかに重武装の兵隊が何人も出てくる。
「まあでも入ったのは私達だし、なんとかしないとね」
そうするしかないんだから。
皆も銃を構え直し、相対する大軍に向けた。
まず鍵になるのはノノミちゃんだ。ミニガンを上に向けると、ヘリに向けて斉射を繰り出す。そもそも重火器であることもあり、こちらは存外簡単に撃ち落とせた。もちろん一機だけが来ているわけではなので、後方で落とす役割をしてもらおう。
それ以外の私達は前衛だ。とにかく後方のノノミちゃんを狙ってくるやつを倒したりしないといけない。そもそも私達を狙ってくるのもいるし、ここにとどまっているわけにもいかないので、少しずつ交代しながらではあるけれども。壁の向こうには先生もいるし、皆のびのび戦えるとは思う。だから、それまでの辛抱だと思うけど……
じりじり後退しながらの戦闘は、こちらが出口に近いこともあり、想像以上に上手く進んでいる。ただ怖いのは戦車の音だ。あの戦車にこの前私が受けた煙が入っていたら、厳しいかもしれない。皆には眠くなるくらいか、多少弱くなるくらいの影響しかないかもしれないけど……
「戦車! これはじりじり後退してる暇はないね! とりあえず広い砂漠の方に出ちゃおう!」
私が号令をかけると、全員で一気に逃げ出した。そもそも後退していたのもあり、出口はすぐそこだ。ノノミちゃん、セリカちゃん、シロコ、ホシノの順で外に出る。私が殿をやる。私みたいな遊撃タイプが一番殿に向いてるのだ。それに、ヘイト管理もできるしね。
ホシノが外に出ようとしたときだ。戦車の砲塔がホシノを向いた。
――駄目だ! 走って外に出るには、まだ少し遠い!
思いっきり走って、ホシノに抱きつき押し倒す。あまり大きさの変わらない体を、なんとか隠すように覆いかぶさると、ついこの前受けたばかりの衝撃を思い出す攻撃が体を襲った。
ふわっと煙が周囲を覆う。まずい!
制服のコートが壊れたからという理由で、袴着てきていて良かった。袖口をホシノの口元に押し当てる。
「苦しいかもしれないけど、ごめん! 煙が晴れるまで、これ越しに息して……!」
急いで下がってきたこともあって、戦闘員たちも、戦車も、そこそこの距離がある。それに狭い道を戦車に合わせて来ているので、最悪なにかあっても間に合うだろう……
ああ、駄目だ、やっぱり。
「ごめん……ごほっ! がは! が、ごほっ……!」
ああ、駄目だ。
「私になにかあっても……ごほ! 気にしないで逃げてね……?」
ホシノの少し息苦しそうな顔を見ながら、意識が落ちていった。
●●●
私の不注意だ。もっと急いで行っていたら、こんなところで戦車に照準を合わせられるなんてなかったのに。私のせいだ。
ああ、痛いんだろうなあ。まあ、一撃くらいなら耐えられるしいいか。そんなことを思いながら少しの痛みを覚悟していると……
突然押し倒された。
上にのしかかったキタノは、その小さい体で私を隠すようにすると、その瞬間痛みに顔を歪める。
その瞬間のこと。突然私達を覆った煙。その煙にキタノはハッとして、その綺麗で似合っている着物の袖を私の口元に押し付けた。
痛いよ。そう言おうにも言えないほど、少し強引なその行動に、少しびっくりしてしまう。いつものキタノなら、この煙がただの煙なら、きっとそんなことはしないとわかっているから。
「苦しいかもしれないけど、ごめん! 煙が晴れるまで、これ越しに息をして!」
ああ、やっぱり。きっとこの煙にはなにか特別な作用があるんだ。
――じゃあ、なんであなたは口元を抑えてないの?
私に乗りかかってしまわないように、片手は地面に突いて、もう片方の手は私の口もと。
キタノがここまでするということは、危険なのものなんだろう。じゃあ、なんでキタノは自分じゃなくて、つくづく私を守るの? 私の不注意でこんな事になったのにさ。
「ごほっ!」
前、ブラックマーケットで聞いたことのある咳。なんだか、乾いたような咳の音。少し荒くなった息からは、ヒューヒューという細い管から空気が漏れ出したような、苦しそうな息が漏れる。
「ごめん……ごほっ! がは! が……ごほっ!」
苦しそうに顔を歪めながら、キタノは言う。
「もし私になにかあっても……気にしないで逃げてね?」
なんで? なんでそんなことを言うの?
ぼとり。重い、重い頭が体に降ってきた。それはさっきまで私を守ってくれた人の頭。続くように体も徐々に持たれてくる。
袖も、ちょうど煙が晴れたのに合わせて、口元から離れてしまった。
見てはいけないような気がした。でも、見ないといけない。
「キタノ……?」
ゆっくり体を起こすと、
私の制服と、キタノの綺麗だった和服は、キタノが吐いたのであろう血で、真っ赤になっていた。本当に、鮮やかな赤だった。
「き、キタノ? ね、起きてよ。おじさん……いや、私、キタノがいてくれないと……」
わかってる。ヘイローが消えてることも、苦しそうにヒューヒューと音を鳴らしている呼吸、それに口元からたれたままの血からも、きっとキタノに意識なんてないことも。
手が震える。この暖かさが消えたらどうしよう。私は――
”キタノ! ホシノ!”
そこに飛び込んで来たのは、先生だった。先生はキタノの顔を見ると、ひどく顔を歪めて、思いっきり引っ張り上げた。
”ホシノ、急ごう”
私は上手く歩けないまま、なんとか皆が待つ広々とした方へ向かった。
”ホシノ!”
「ん、なあに? 先生」
”心配なのはわかる。今は、私に任せて欲しい”
「ごめんね。おねがい」
少し。ほんの少し、安心できるかもしれない。
●●●
血で真っ赤になったホシノと、キタノを見たとき、思わず怒りに支配されそうになった。でも、私にはなにもできない。それに、急いで安全な場所に運ぶのが先決だ。
キタノを背負って、思い切り施設外に走る。ホシノは心ここにあらずといったようだったので、安心してもらえるように声を掛けた。
少し離れた場所で、戦闘の余波もなさそうなところに下ろす。それにしても苦しそうだ。これじゃあ、何にも……
「先生。私に診せていただいてもいいですか?」
”……セリナ?”
すぐ隣りにいたのは、セリナだった。なんでこんなところにいるのか……
「呼ばれたからです。とある人に。その人も、私も、キタノ先生に助けられたので」
”とにかく、すぐお願い”
そう言うと、険しい顔で救急箱の中から見たことのない機械のようなものを取り出し、キタノの口元にそれを噴射した。
「……とりあえず、ここでできるのはこれまでですが、これだけでも随分楽になると思います。ただ、今の状態で攻撃を受けてしまうと、また前回のように、簡単に大怪我をしてしまう可能性があるので注意してください」
”……ねえ、キタノって、なにかあるの?”
「なにか、ってどういうことでしょう」
”なにを背負ってるのかな”
他の子は、もしこの煙を食らっても、眠くなるだけで済むらしい。食らったセリカが言っていた。それに、さっきのホシノも、少し意識が朦朧としているように見えた。だけど、ここまでひどくはなってなかったはずだ。
それだけじゃない。明るくて、趣味があって、同じ志を持っている相棒だけど、私より重いものを背負っているような気がする。
「うーん、そうですね……今回、こうなった原因なら。キタノさんは……」
セリナは、キタノを優しい手付きで撫でながら言った。
「気管支、あるいは肺に、何かしらの問題を抱えている可能性が高いと思います」