前世の記憶が戻ったので、シャーレでハッピーエンドを手に入れたい 作:うどんそば
「はっ……!」
「起きましたか?」
窓の外はオレンジ色に染まっていた。何時間寝てたんだって話だよね……多分、あの砲弾一発でまた倒れたんだろうし。普段ならこんな事ないから、少し不甲斐ない気持ちだ……
ベッドから少し顔をずらすと、セリナが心配そうな顔でこちらを覗き込んできていた。
「ああ、セリナ。ありがとうね。きっとこれもセリナがしてくれたんでしょ?」
腕に繋がっている点滴……生理食塩水があるだけで、起きた時のだるさが段違い。ありがたい限りだよ。それに、この感覚からすると、吸入もしてくれたみたい。あれだけきつかった息も、今ではだいぶ楽になった。
「先生……いつでも看に来る覚悟はありますが、こうもすぐとは思いませんでした。……突然頭の中に連邦生徒会長さんの声が聞こえて、飛んできたら先生がキタノ先生を抱えられていて……喀血がありました」
「そっか。そこまでいったのは久しぶりだなあ」
「昔は、あったんですか?」
「……うん。セリナなら言ってもいいかな」
これは、私が前世の記憶を自覚したとき、体に入り込んだとか、記憶だけが混じったとかではなく、明確に転生したんだと思った理由の一つでもある。
「私、肺……気管支が弱いんだよね」
「というと?」
「ほら、今は結構平気そうでしょ? これが発作が出てくるとなかなか大変で……いつもはステロイドの吸入薬でなんとかしてるんだけどね」
「……肺結核だったり?」
「いいや。それなら流石にマスクくらいするよ。喘息だよ。喘息。重いほうかもしれないけど」
きっと、これがあの煙がよく効く原因なのだろう。ほかの子なら、きっとあの程度、直撃してもそう重い症状は出ないはずだ。せいぜい眠くなるくらいか。
でも、私は、その限りじゃない。煙で弱くなって、喘息の発作が出たとき、私はより弱くなる。それこそ、キヴォトスの平均を大きく下回るほどに。どうも、私は体の調子で大きく変わってしまうタイプの人間みたいなのだ。
「先生……もしかして、前の世界からこちらに来られたのは……」
「そうかもね。最後の向こうの記憶は病院だし」
セリナは悲痛な面持ちでうつむくと、私の手を取った。
「ぜひ、私にできることがあれば、何でも」
「うん。ありがとう。その気持ちは受け取っておくね」
そう言うと、少しだけ不機嫌になったセリナは、手を強く握ってきた。
「また先生はそういう……前の世界でもでしたけど、先生は大事に関して、すぐ我慢しようとしますね。私は、先生の全てを受け入れてもいいというくらいには覚悟しているのに」
「……ふふっ。なんだかさ、告白みたいだね。全てを受け入れていいなんてさ」
「え、ええ!? ま、も、もし先生がその気なら私も……」
「ごめんごめん。落ち着いて、セリナ。……ありがとうね。本当に、なにかあったらすぐ頼りにするから。よろしくね」
セリナは、今日一番の笑顔で「わかりました!」というと、私の腕から点滴を抜いて、新しい吸入薬をくれた。
「今日は、これで大丈夫です。一応吸入薬も渡しておくので、きつくなったら躊躇わず使ってください。次は命に関わるかもしれませんから」
じゃあ今日はこれで。と、ドアから去っていく後ろ姿を見送り、窓を見る。暗くなった空は綺麗で、別れにぴったりだ。
「今日、か」
少し独り言をつぶやくと、先生とホシノが入ってきた。
「起きたー? うへー。私のせいで本当にごめんね」
”起きられたみたいで良かった”
「うん。やっぱセリナは最高だね」
そう言うと、少し柔らかな空気の中、皆で微笑を浮かべた。
「……ホシノ。言うの?」
「……うん。わたし怖いからさ、できればキタノにも付いてきてほしいなあって」
そのやり取りを見て、先生は驚く。
”キタノは知ってるの!?”
「うん。知ってるよ」
「話してないのに、どうしてかいっつも見透かされちゃうんだー。私が隠して、一人で苦しんでたことも、一緒に背負ってくれる」
少し嬉しそうに言って、私によってくるホシノの頭を撫でると、何故か先生も寄ってきた。先生にはせんぞ!
「じゃ、行こう。夜のお散歩に」
●●●
「ごほっ! ごほっ! ちょっとごめんね……!」
砂が多いため、掃除もまともにできず、砂とホコリに覆われた廊下で、心配そうに見つめてくる二人の目の前で吸入をした。
しばらくすると、咳も落ち着いてきて、話を聞ける状態になった。それを見て、先生はホシノに話を促す。
「うん。えっと……ここに入学したときから、変な奴らに提案されてるんだよね」
”変な奴ら?”
「そう。カイザーPMC……それに、怪しい男」
”怪しい男……”
「うん。私は黒服って呼んでる。……ともかく、私はそこから、仲間になるように誘われて……」
ホシノは柔らかな表情のまま、少しうつむく。
「最初は私もここにいないと、って言うので断り続けていたんだけど、交換条件が借金で……」
”それでこんなものを?”
「つい、ね。一時の気の迷いだよ。……これももう破っちゃおうか」
先生の手から手紙を取ると、ホシノはそれを破いた。
「はあ、スッキリした。じゃあ、これで私は帰るね」
いつもいる方へ、歩いていくホシノを追いかける。先生を目で制してだ。心配そうな顔の先生は、今はきっと役に立てない。きっと、私も。だけど、それでも友達に悲しい思いはさせたくないから。
少し急いで追いかけると、誘導されていたようで屋上へついた。
「うん。来てくれるって信じてたよ」
微笑んだホシノは、私にそっとぶつかるように抱きついてきた。
「私は、きっとばかなんだろうね」
「そんな事ないと思うけどなあ」
「ううん。これしか、思いつかなかったから」
しん、と静かな屋上。空には沢山の星が広がっている。まるでこの前を思い出させるように。
「私、怖いなあ」
「うん」
「キタノのせいだよ」
「私の?」
「キタノが、お人好しだから……」
ぐす、と、涙声が混じり始める。
「ノノミちゃん、シロコちゃん、アヤネちゃん、セリカちゃん……皆大切。それに、先輩も……だから、怖かったんだと思う」
でも、ホシノは置いた。
「私のことをここまで見てくれて、みんなへの思いも、悩みも、何でも聞いてくれて、それでいて寄り添ってくれる人がいたら! 私がいなくなったら、皆きっといい方向に進めるって思ったからなんとか覚悟を決めたのに、直接幸せにしてくれるって言ってくれる人と出会ったから!」
更に怖くなっちゃったんだよ。小さくこぼした。
私はその震える背中をなでながら、わがままを言う。
「ね。きっと、シャーレの私としての言葉は届かないから、言うね。友人の、キタノとしてだけの気持ち。私は、ホシノに行ってほしくない。でも、どうしても行くなら止められない。だから、ここで引き止めたいの」
「……ごめん。もう、決めたことだから」
「そ、っか……」
やっぱり、この時点ですでに決めてたんだ。……でも、それなら。
「それなら、引き止めることはしない」
無理やり、ホシノを引き剥がした。そうして肩を強く掴んで、目を合わせる。
「ただ、向こうに行ったら待っててね。きっと私が迎えに来るよ」
だって、夜永、ホシノ。ふたりとも夜の名前だけど……
明けない夜はないから。