前世の記憶が戻ったので、シャーレでハッピーエンドを手に入れたい   作:うどんそば

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コートの代わり

「うーん、流石にこれはもう着れないなあ」

 

 一応ハンガーにかけておいたけれども、この前砲撃されたときに思ったよりぼろぼろになってたからなあ。それに、拳銃のグリップ用にボタンも全部取ってあるし。

 

「しょうがない。今日は制服だけでいっか」

 

 とりあえず、制服を着る。長袖のブラウスでも着ておけば、少しは寒さ対策になるかな。そんなに寒がりってわけじゃないけど、常にコートを着ていて、それに慣れていたので、少し肌寒い。

 

 居住区の外に出ると、すごく久しぶりな感覚がする。薄手の生地一枚越しの風は新鮮だ。少し気持ちいいかも。散歩がてら、シャーレの周辺を散歩する。まだ朝が早いからか、清い空気に満ちてきて心地いい。

 三十分くらい外に出て、シャーレに戻ってくる。

 

「ソラちゃん。来たよ」

 

「あ、キタノさん。今日はコート着てないんですね」

 

「流石にぼろぼろすぎるからさ。アビドスで色々あってたときは忙しくて気にする暇もなかったけど、それも一段落したし」

 

「そうなんですか……次もコートを買うんですか?」

 

「一応そのつもり。というか、それくらいしか上着がわからないからさ。一応制服の上に着るから、余裕のあるのがいいんだよね。……あ、チキン二つとアイスコーヒー」

 

「お買い上げありがとうございます……確かにコートはいいですよね。でも、少し暑そうで」

 

「でも、慣れちゃったからなあ。でも確かに、冬の外でも少し暑い感じはしてたかも。うーん。色々考えてみようかな」

 

「それがいいと思いますよ」

 

 じゃあね、と手を振って別れる。向こうもにこりと笑って手を振ってくれる。かわいい。

 

 エレベーターを使って、オフィスまで上がる。こんこんとそのドアをノックすると、中からの音が聞こえない。……またか。

 鍵はかかっていないので、そのままドアを開ける。するとそこには、羽織を羽織ってすやすやとソファの上で眠っている先生がいた。

 

「せーんせーい! 起きて! 朝だよ!」

 

”んぅ……あー、キタノ? ああ……寝てたんだね……”

 

 先生は私の声で起き、ぽやぽやとした声でゆっくり体を起こした。

 

「またここで寝たの? しっかりベッドで寝ようよ」

 

”家に帰る時間がなくって……”

 

「何のための居住区なの? そこで休めばいいじゃないでしょ?」

 

”キタノが使ってるところ以外はまだ掃除してなくて……”

 

「じゃあ私の部屋に来ればいいじゃん。別に先生なら気にしないし」

 

”ええ……? それはちょっと……まずいんじゃないかな?”

 

「先生が過労で死ぬよりはマシ! わかった? 今度から疲れて家に帰る気力がないときは、私の部屋に来ること!」

 

”わかった……”

 

「……ご飯くらいは出してあげるから、ちゃんとそうして。 ユウカちゃんにも怒られるよ? 私達だって、心配なんだから」

 

 先生はしゅんとしてしまった。少し言い過ぎたかな……? いやいや、そんなことはないはずだ。でも、もう説教じみた話はおしまいだ。

 

「さ、先生。朝ごはん代わりにコンビニでチキン買ってきたので、食べて。後でコーヒーも入れてあげるから」

 

”朝からチキン? ちょっと重すぎない?”

 

「先生朝も結構エネルギー使うから。朝私の部屋に来てくれるなら作ってあげられるんだけど……コンビニで買えるもので、簡単にエネルギーを沢山補給できるものと思ったら自然にチキンになっちゃった」

 

”キタノが食べたいだけじゃなくて?”

 

「……それもある」

 

 先生はビニールからチキンを取り出し、私に「ありがとうね」と一言かけて、食べ始めた。

 

 ”確かに、久しぶりではあるけど、美味しいね”

 

「そうでしょ? 体力を使う仕事なんだから、エネルギーをたくさん取れれば美味しいはずだよ」

 

 油も、きちんと消費できれば食べる意味もある。ただ私が食べたくなったからだけじゃない。……もちろん、あまり体には良くないけど。

 

 席を立って、さっき買ったアイスコーヒーを飲みながら、先生用のタンブラーにコーヒーを入れる。豆からしっかり選んで買っているものなので、私好みの味になっている。先生の好みが分からなかったので、自分ができる精一杯の選択だ。

 

”ねえキタノ。キタノって、いつも私が飲んでるコーヒーが好きなんだよね?”

 

「まあ、私好みのものだし」

 

”じゃあなんでここで飲まないの? いっつもコンビニで買ってくるよね”

 

「ここのコーヒーは経費だし、先生用じゃん? 私が飲むわけにはいかないかなって」

 

”いやいや。キタノも飲んでほしいな。折角なら同じ味を共有したいよ”

 

「……わかった。次入れるときからは一緒に飲もうね」

 

 全く先生は……なんでいっつも嬉しいことばかり言ってくるんだろう。でも、やっぱりこれでこそ「先生」なんだろうな。

 

 開けた窓から、ひときわ強い風が吹く。カーテンがふわっと大きく揺れ、私を揺らす。

 

「さ、寒い……」

 

”そうかな? あまりそう思わないけど……上着がないから?”

 

「あー……そうだね。ほら、アビドスの一件で相当ボロボロになっちゃったからさ。流石に……と思って捨てることにしたんだ」

 

”バッジとかは? ティーパーティーのバッジとか、血がついてたよね?”

 

「きちんと血を落として持ってるよ……アビドスの一件の直後に、血がついたままになってるのを忘れてティーパーティーに報告に行ったら、それはそれは大変だったし……」

 

”まあ、話を聞くだけで相当愛されてるんだなって思うよ”

 

「それはありがたいんだけど……ほら、コートのボロボロ具合もあって、なにもないのに肩を掴んでぐわんぐわんされながら心配されたからさ、ひどい目にあったと思ってきちんと洗った」

 

 あのあと、セイアちゃんは離れようとしなくなるし、ミカちゃんはこっちをじっと見続けてくるし、ナギサちゃんも明らかに落ち着きがないのがわかるし……結構大変だった。特にセイアちゃんは、帰る時に一緒に自分も入院している部屋に連れて行こうとしてきたし……。

 

”あはは……本当にキタノは愛されてるよ。さっきも言ったけど、きっとキタノが自分で思ってるよりもね”

 

「そうなのかな? だったら嬉しいことこの上ないね」

 

 みんなが私のことしっかりと愛してくれている。一生懸命生きている私を認めてくれている。それだけで頬が緩んでくるみたいだ。私が皆のことを好きなように、皆も私のことを同じくらい愛してほしい。これはわがままなのかな? なんて思ってたから。

 

”それにしても、キタノは今肌寒いんだっけ?””

 

「うん……ちょっとね」

 

”じゃあこれを着ててよ”

 

 先生は、着ていた羽織を私に掛け直した。その瞬間ふわっと香る先生の匂い。なんだか少し落ち着いてくるような……そんな匂い。

 

「先生の匂い……」

 

”え……! もしかして、臭かった!?”

 

「ううん。大丈夫。加齢臭とかでもなくて、正真正銘先生の匂いだよ。落ち着く匂い……」

 

”そっか……”

 

 加齢臭とかではないと聞き、少し安心したような顔をした先生は、ほっと胸をなでおろすと、そのまま机に座って書類を取った。

 

”よし! じゃあ今日もお仕事始めよっか! あ、キタノ。それ要らなくなったらそのソファにでも掛けといてね”

 

「……あのさ、先生」

 

”どうかした?”

 

「この羽織、もらっていい?」

 

”私が使ってたものだけど、いいの?”

 

「うん」

 

”別にいいけど……”

 

「やた! ありがとね」

 

 あのコートもこっちに来てからの付き合いだったから、喪失感も多少あった。ぼろぼろになった後も少し使ってたのは、そのせいだ。

 

 ……でも、この羽織なら、あれの代わりになるかなと思った。いや、あのコートの代わりはこの羽織じゃないと嫌だと思った。

 仄かに香る先生の匂いが、そうさせるのかもしれない。




どういう意味であれ、好きな人の匂いを嗅ぐと落ち着くものです。

色々な形があるでしょう。家族、親友、恋人……また、恋い焦がれている相手というのもあるかもしれません。そして、何にも例えられない「相棒」というのも、好きな人の一人になるのではないかと思います。

たまにふわっと香る、自分にとって安心できる相手の匂いは、ひどく落ち着きますよね。

愛用品:先生の羽織
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