前世の記憶が戻ったので、シャーレでハッピーエンドを手に入れたい 作:うどんそば
「ふう……気持ちよかったです」
お風呂から帰ってきたヒフミ先輩は、気持ち良さそうに伸びをすると、ぼふんとベッドに座った。
「ヒフミちゃんは朝シャワーを浴びれなかった事もあって、一日中あるがままの香りで……」
「何よ! 普通に汗を流せてなかっただけでしょ!」
圧倒的に普段通りの会話、時間。なんだか平和な感覚が強く、退学を賭けた合宿中であるとは思えない緊張感のなさ。でも、それがなんだか居心地良く感じる。
「ヒフミは私達のために模擬試験の準備を頑張ってくれてた。ごめん。今度は私が責任を持って朝ヒフミの身体を洗う」
「うぇ!? そ、それは遠慮させて頂こうかと……?」
「あらあら。裸の付き合いですか?」
コハルちゃんは朝一緒にシャワーを浴びに行って、洗ってもらったらしい。今も少し頬を赤くしている。初心だなあ。
「皆で身体を洗うのは、利点もある。水の節約にもなるし」
「まあ、ここには大浴場も無いですし、皆さんで洗いっこというイベントは難しそうですが……あ、プールでやるのはどうでしょう?」
「え!? なんでプールなのよ! しかも洗いっこって、水着も着ないんじゃないの!?」
「まあまあ。でも、プールでするのも、開放感があって良さそうじゃないですか?」
「なるほど、開放感か……」
「あー! ダメダメ! 変なこといってアズサを染めるな!」
顔を真っ赤にしてアズサの前に立ち、ハナコからの目線を遮るように立つコハルに、ほんの少し意地悪そうな顔をしたハナコは、問いかけた。
「あら……? コハルちゃんはどちらかというと、プールは全裸派かと思ってましたが……」
「は!? なんでよ! プールは水着で来るところなの! 水着が正義なの! アンタも昨日は普通に着てたでしょ!?」
ここまで言うと、ハナコは口角を上げた。
「あら……?」
「な、何よ!」
「よく思い出してみてください。昨日私が着ていた水着を」
「は?」
昨日のプール掃除の折、色々あったが、最終的にはハナコも水着で来た。まあ指定のものではなく、いわゆるビキニタイプだったのだけれども。
「あれは、本当に水着だったと思いますか?」
「……え?」
「最近の下着は色々デザインが充実していますよね。だったら、ひと目で水着かどうかなんてわからないと思いませんか?」
「……え!? ということは!?」
「あら? あれが水着じゃなかったところで、何か変わるんですか? 下着と水着の違いってなんですか? コハルちゃんは「水着」だと思ったんですよね? じゃあ、それが下着だったという証明は、どうすればできるのでしょう?」
ハナコは、すこしまくしたてるように言った。
「証明できない真実ほど無力なものは無い。そう思いませんか?」
「な、なに言ってるかわからない……つまりどういうこと?」
「うふふ……あの水着、可愛かったですね。それだけのことですよ」
「は、はあ!? 全部冗談!?」
これで終わったかのように思えた話に、アズサちゃんが小さく呟いた。
「なるほど……五つ目のあれか」
「楽園に辿り着きし者の真実を、証明することはできるのか。だね」
「うん。残りは知らないけど、確かそういうのだったと思う」
「え……? キタノちゃん、知ってたんですか?」
「うん。キヴォトスにある古則の五番目」
「たしか、誰にも証明することの出来ない楽園とは存在しうるのか、という禅問答みたいな話だった……はず」
「そうだね。合ってるよ」
アズサちゃんは、少しずつ、思い出すように、確かめるように意味を言う。そのとおりだ。
その言葉の羅列に、今は聞けないあの声で、何度も何度も甘えるように言っていたのを思い出して、少し寂しくなる。だめだなあ……向こうも寂しがってるはずだし、私も頑張らないといけないのに。
「アズサちゃん、どうしてそれを……キタノちゃんはわかりますが、アズサちゃんもセイアちゃんに会ったことが……?」
「セイア……?」
「あのティーパーティーのセイア様ですか?」
しんと静まり返る室内。アズサちゃんは、どこかから言葉を探すように視線を彷徨わせ、そうして口を開いた。
「わからない。ただ、どこかで聞いたことがあるような……」
「……そうでしたか。そう言えば、アズサちゃんは、転校生でしたね」
「vanitas vanitatum……ということは……いえ、何でもありません。もう寝ましょうか」
「そう? じゃあ皆、おやすみ。私はまた先生の部屋にいるから、何かあったら呼んでね」
「きょ、今日もなの? え、エッチなことは駄目なんだから!」
「はいはい。じゃあお休み」
私は微笑む先生がドアの外に出たのを確認して、電気を消した。
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ぎい、と、控えめにドアが開く。
「いらっしゃい、先輩。すぐに飲み物を用意しますね」
近場においていた、オレンジのジュース。私達はまたノンアルワインだけど、このオレンジジュースも、食堂においてあった最高級品だ。
「さ、座ってください」
「あ、ありがとうございます……」
ゆっくりと腰掛けたヒフミ先輩は、私と先生を顔を交互に見て、そうして私の顔を見て少し悩むような素振りを見せた。
”大丈夫だよ。キタノと私、二人でひとつなんだから。それに、もし秘密だったとしても、キタノがそんな簡単に漏らすとは思えないでしょ?”
「は、はい。そうですね……では、ハナコちゃんのことなんですけど……」
どさり、と置かれた、テスト用紙のような束。そこには明らかにハナコの文字で書かれた、満点のテストの山があった。
「私とお揃いだね」
内容が全く同じものを、棚の中から出して、机の上に置く。高さも、何もかも一緒だ。なんてったって、私とハナコは、全く同じ、昨年の全学年分の内容のテストで同じ様に満点を取っているのだから。
「これ……つまり、キタノちゃんと同じくらい、ハナコちゃんも勉強ができるということですよね?」
「まあ、そうなるかな」
「……私、ハナコちゃんはこの学年になって、突然テストの点が悪くなったんだと思ってたんです。でも、こうしてみるとそうではなくて……」
”去年の段階で、全て解けるようになっているはず、ってこと?”
「はい……つまり、ハナコちゃんは、わざと試験に落ちているとしか、思えないんです……どうして……」
ヒフミ先輩の言葉は、夜に溶けて消えた。
「……ねえ、ヒフミ先輩。あんまり言うのもあれだから、一言だけ言っておくね。きっと、思っているよりは悪いことにならないはず。これは私の予想。……でもさ、それは、ヒフミ先輩が、自分を貫き通したらの話だから。こうやって疲れたときや、悩んだときにはいつだって話に来てくれていい。だからさ、何があっても、自分で抱え込まないでね」
「……はい」
ヒフミ先輩は、来たときよりはいい笑顔で、私に言葉を返した。