前世の記憶が戻ったので、シャーレでハッピーエンドを手に入れたい 作:うどんそば
”おかえり、キタノ”
「ただいま。遅くなってごめんね?」
”心配したけど、こうやって帰ってきてくれたならいいよ”
結局完全に症状が落ち着くまでには結構な時間がかかってしまった。もうとっくに夜だ。ご飯はなぜかナギサちゃんの使いの子たちが運んできてくれたらしい。
”それと、これ”
「これ、ノンアルのワイン?」
”使いの子たちが、これはキタノにって”
私は元々この手のノンアルワインを良く飲んでいたので、送られてきたのだろう。ああ、ナギサちゃんってやっぱり不器用なんだなあ。
私は少しだけ口角が上がる感覚を覚えた。
「さ、せっかくもらったワインもあることだし、今開けてるのはさっさと飲み干さない? 今日は少し長めに飲もうよ」
”そうだね。皆も順調に成績が上がっているわけだし、それの祝いにでも”
「おつまみ、あったかな……」
席を立ち、部屋の片隅に置いた小型冷蔵庫を開けてみる。良かった。結構ある。チーズやクラッカー、あまり上等なものではないけど、おいしいピザもある。これだけあれば数時間は保ちそうだ。
先生に断って、キッチンに向かい、ピザを温めるついでにグラスを4つ、それにいつもより少し多めの量のジュースを用意した。
「おまたせ、先生」
”いつもありがとうね、キタノ”
「あはは、いいの。好きでやってることだから」
いつも通りの窓際に置いた席につく。いつもと違って、部屋の電気はつけず、少し離れたデスクに乗ったスタンドライトの電球色だけ。
そっとグラスにワインを注ぐと、月明かりに照らされて、幻想的な紫に白い光が飛んでいた。
……うん。きちんと電気をつけて楽しむのもいいけど、月明かりを頼りに愉しむのもまたいいものだね。
乾杯
そう言って打ち付けたグラスが少し揺れる。
一口含む。やっぱり最近の飲み慣れている味のお気に入りの一本で、空になってもついつい同じのを買ってしまうようなもの。アルコールは入っていないけど、それでも深みや味わいは一級品だと言えるだろう。別に、アルコールだけが酒の醍醐味だとは思わないし。
「そう言えばさ、先生はお酒飲まないの?」
”お酒? 今飲んでるでしょ?”
「でも先生はアルコールが入ってても飲めるでしょ?」
私がそう言うと、先生は少し困った顔をした。
”うーん、もちろん飲めないわけじゃないよ? それに、ノンアルコールだけど今二人で飲んでるみたいに、好きな方だよ。でも、生徒たちがいる中で飲もうとはならないかな”
「へえ……先生はつまり、四六時中『先生』であるわけなんだ。だから、夜も飲まないんだね」
”そうだね。たとえ一人だけのときでも、もしも途中で皆に失態を見られるわけにもいかないし”
先生は少し悲しそうな顔をしながら、小さく笑って言った。……なんだ。お酒、飲みたいんじゃん。
「……先生。ここだけの話だけど、ブラックマーケットにはアルコールのものもあるらしいよ。表でも、生徒は入れないお店なんかではお酒あるんだって」
”だからキタノ。私はお酒は飲まないよ”
「生徒の前では立派な先生でありたいのはわかるよ?」
”じゃあ……”
「だから、私の前でだけ。それだったらいいでしょ?」
先生はぴしりと固まった。そうしてすぐ悩ましげに顎を擦ってうんうん唸り始める。
「最近は言ってなかったけど、私達は相棒なんでしょ? だったら、『先生』じゃない貴方も見てみたいなって」
先生はうーん、と考えて、やがて少しかしこまったような態度でこちらを見た。
”……もし、そういう機会があれば、よろしく”
「あはは、そういう機会があれば、ね。まあ今はそれでいいや。……ね、どちらにせよ、私が飲めるようになったら、一緒に飲もうね」
”それはもちろんご一緒させてもらうよ”
先生は優しげな笑みを浮かべて、私を見た。
コンコン。そこに響いた丁寧なノックの音。私は席を立って、入り口を開ける。そこには新たな客人が現れた。……ただし、自宅でもしないほど独特な出で立ちで。
「あら? キタノちゃん、まだ起きていたんですか?」
「いらっしゃいハナコ。先生と晩酌だよ。まあ、入ってよ。それと寒くない? 羽織るものいる?」
ハナコは水着だ。今の気温がそう寒すぎるとは思わないけど、流石に水着っているのはまた別ベクトルだろう。
「うふふ、お構いなく♡相変わらず、キタノちゃんは世話焼きなんですね」
「いやいや。ハナコちゃんが案外世話がかかるだけでしょ? さ、早く入って。席もあるから」
中に誘導すると、先生はハナコの格好を見てぎょっとした。当たり前だね。こんな所見られたら下手したら先生生活終了だし。まあ、でもこれがハナコだから。
椅子に腰掛けたハナコに、押し付けるように大きさが合いそうなジャージを押し付けた後、ジュースを注いだグラスを渡す。
「はい。じゃあ、なんでここに来たのかな? ハナコのことだし、なにもないってことはなさそうだけど」
「それは、キタノちゃんはわかっているのでは? アズサちゃんのことですよ」
「まあ、そうだよねえ」
しんと静まり返る室内。少し緊張感が高まっていく。そこに、再び控えめなノックの音が響いた。その後、キイ……という音とともにゆっくりとドアが開けられる。
「ご、ご相談したいことがあるんですけど……?」
ヒフミ先輩だ。
「ヒフミ先輩。こっちですよ。いまグラスを用意しますね」
ハナコに出したのものと同じジュースを注いで、席についたヒフミ先輩に渡す。
「あ、ありがとうございます……というか、なぜハナコちゃんがここに?」
「私は、相談事があってここに来ただけですよ♡ヒフミちゃんもですよね?」
ハナコはこてんと首を傾けて、あざとく言った。なぜ?
「なるほど……っていうか、ハナコちゃん下はいてなくないですか? ハーフパンツはどうしたんですか?」
あ、気づいてはいけないことを……
「ふふ♡それはですね?」
裾の部分をピラリと持ち上げて見せる。そこにはやっぱり水着があるわけで……しかもたくし上げている構図からして、少し扇情的に映る。
「え、ええ!? な、なんで水着なんですか!?」
「パジャマだからですよ」
「水着がパジャマってどういうことですか!?」
「礼拝堂の儀式もこれで参加しましたし、心が落ち着くんですよね」
ハナコの猛攻に、ヒフミ先輩は少し困ったようにあうあう言っている。そこに先生はまた困ったような顔で助け舟を出した。
”ハナコ、さっきの話の続きは今じゃない方がいい?”
その言葉に、ハナコはぱっと表情を真剣なものにして、姿勢を正した。
「アズサちゃんの件、ですね?……ヒフミちゃんにも、聞いていただきたいです」