前世の記憶が戻ったので、シャーレでハッピーエンドを手に入れたい 作:うどんそば
「アズサちゃん、全然夜寝られてないんです。いつも、寝静まる時間になると外に出ていって……」
「そう言えば、私もしっかりアズサちゃんが寝ているのを見たこと無いかもしれません。起きるときも私のほうが遅く起きるので」
私が朝起きて、朝食を作るときも、一番最初に声が聞こえたときに、アズサちゃんの声も一緒に聞こえてくることが多い。
「深い事情はよくわかりませんが、このままではいけませんよ。流石に、無理してでも寝かせて休ませてあげないと心配で……」
”確かに、それは心配だね”
先生は真面目そうな顔で、考え込むように顔をうつむかせた。
「ただ、これは先生たちもですからね? ヒフミちゃんも、キタノちゃんも、先生も。夜遅くまで頑張っていらっしゃるようですが、この補習も悪ければ落第になるのがせいぜい……。それで健康を害してしまえば、元も子もありませんよ」
ハナコは本心からとてもこちらを心配しているような目をじっと向けてくる。それにしても、あれ?……ああ、そうか。ハナコはこの部活の事情をまだ知らないんだ。
「ハナコ。……あのさ、この補習授業部について、話さなきゃいけないことがある」
先程の言葉の後から空気が変わった部屋内に、ひときわ大きな緊張感が走る。ハナコも少し不安そうに、「え? なんですか?」と声を強張らせる。
「ハナコ。……今回のこの補習授業部は、後二回の追試で結果が出なければ、全員が退学だよ」
「は……? え? あ、はは。キタノさんにしては笑えない冗談ですね。そもそも、退学なんて事、相当な事由と面倒な手続きが合わさって初めて起こることで……」
「ほ、本当なんです!」
「ほ、本当……? あ、ああ……! そういうことですか!」
ハナコは先生と私の顔を見て、ようやく合点した様子で顔を上げた。
「なるほど。先生、乗せられましたね? こんな強権が使えるのはシャーレだけ……シャーレが顧問に入ることで、その権威を傘に退学させるつもりですか。こんなことを考えるのは、ナギサさんくらいでしょうね」
一瞬、怖い笑みを浮かべたハナコはそれをすっと元に戻し、今度は窓の外を眺め始めた。後悔するようにである。
「と、なると、私はとても申し訳ないことをしましたね……」
「あ、あの! ハナコちゃん、去年までほとんど満点だったんですよね! もしかして、あの点数はわざとだったり……?」
「……まさか、そんなことになるとは思っていなかったんです」
「なんでそんなことを?」
「すいません。それは個人的なことですので、言えません。でも、これからはしっかりとテストは解きます。皆さんに迷惑をかけ続けることも出来ませんし」
ふう、と一息ついたハナコは、まだ窓の外を眺めながらカップのオレンジジュースをぐいっと一杯飲んだ後、空になった透明なグラス越しに月をみながら呟いた。
「それにしても、退学させるための部活、補習授業部、ですか……エデン条約も近い今、なぜ……」
”……エデン条約は、ナギサにとって、ものすごく大切なものなんだって”
「ああ、それは……わかってしまうのがなんとも悔しいですね。元々、ただでさえ中等部の時からそういった傾向がある子だと有名だったのに、特に三年生……高等部に上がる前ほどから、和平を好み、争いを避けたがる傾向が強くなったと聞きますからね」
「私も似たようなものですが」と、ちらりとこちらを見たハナコは、目を伏せながらグラスに水を注ぎ、おもむろにそのグラスを回し始めた。
「いわば、この部活は洗濯機のようなものなのでしょう? エデン条約を邪魔するかもしれない、容疑者リスト。まとめて処理すれば早い、ということでしょう」
言い得て妙だ。と言いつつも、実際はもっと酷いたとえだったことを思うと、ちょっと目を合わせにくい。よく見ると、先生もほんの少し目をそらしていた。
「まあ、キタノさんもこうやってここに放り込まれているということは、シャーレはただ利用されているだけで、心から協力してくれているんですよね。そこは安心しています。まあ、お二人の夫婦のような関わりを見せつけられるのは少し気まずいものがありますが……」
いつものように、少しからかうような声でそう言った後、再びもとの真面目な表情に戻ったハナコは、私とヒフミ先輩の顔をまじまじと見ながら言った。
「それにしても、おそらくティーパーティー三人全員にとっていちばん大切な存在だろうキタノさんも、ナギサさん直々の寵愛を受けているヒフミさんも、どちらもここに入れるなんて、ナギサさんはもしかすると、相当覚悟を決めているのかもしれませんね……」
”相当な、覚悟って?”
「それは、自分のすべてを使ってでも、この条約を取りまとめようとしてるってことですよ。……それに、もう引き返せないところまで、何かが進んでいっている気がします。この二人をこの場所に送ると言うのは、自らを傷つけるよりも、ずっと大きな苦しみだったはずなんです」
この前ナギサちゃんに会ったときも思ったけど、他人から見ても、やっぱり私はナギサちゃんに大事にされてるんだなあ。ゲーム版でヒフミ先輩が相当だったことを考えると、それ以上に想われているかもしれない私は、ナギサちゃんにとって大切な存在になってるんだろうな、なんて少し嬉しくなる。
「ふう、わかりませんね。こればっかりは。でも、これだけじゃ終わらない気がします」
ハナコはゆっくりとカップの水をきれいに飲み干すと、それをテープルに置いた。それを見て、さっきまでハナコの雰囲気に驚いていたヒフミ先輩も急いでオレンジジュースを飲み干し、テーブルに置いた。
「それじゃあ、私達は失礼しますね? お二人ほど仲が良ければ色々あるでしょうが、こっちまで音が聞こえてこないようによろしくお願いしますね♡」
「は、ハナコちゃん! 先生、ありがとうございました」
二人はゆっくりとドアを開け、そうしてそこにいた人と目線がかち合った。
「え、え!? な、なんでこんな時間に先生たちの部屋にヒフミとハナコがいるの!? よ、四人で何してたの!? 変態!」
真っ赤な顔のコハルちゃんだ。トイレにでも起きてきたのだろう、ほんの少し大きな寝間着を着ている。そんなコハルちゃんの、普段通りの言葉。重くなっていた雰囲気は霧散した。やっぱりコハルちゃんは癒やしだ。