前世の記憶が戻ったので、シャーレでハッピーエンドを手に入れたい 作:うどんそば
なんか雰囲気が絆ストーリー系になってしまっているので、正直未だに絆ストーリーにしようか迷ってます……
”ふう……”
思わず、そう溜め息が漏れた。
私は、『先生』だ。どんな状況であろうと……もちろん、今回のような状況でも、決して弱音は見せてはいけない。生徒たちに心配を掛けさせてはいけないから。そう思っていたのに。
「どうかした? そんな露骨な溜息つくなんて、らしくないね」
にっこりとした笑みを浮かべ、頬杖をつきながら覗き込むようにしてこちらを見てくるのは、夜永キタノ……私の相棒で、大切な存在で……それ以上はよくわからない。そんな存在。
”うんっと……少し酔っちゃったのかもね”
「あはは、流石に無理があるって、それは。それに、さっき酔わないって言ってたじゃん」
親しみの籠もった笑みは、月明かりに半分照らされて、普段より大人っぽくその顔を演出する。いつもと違う様子に、最近はドキドキさせられることもある。
然し、このときは別の意味で心臓を高鳴らせてしまった。それはやっぱり、心配を掛けたくないから、心の中を知られたくないというなんとも言えない意地のようなもののせいだ。
「……ね、ここにはもう私だけしかいないよ?」
笑みを深めて、少し妖艶に、キタノは目を細めた。ああ、なんでこの少女は、こんなに私の心をすぐに溶かすようなことばかりしてくるのだろう。
さっきまでなんとか「言わない」と決めていた心のうちはすっかり外側からどろどろにされていき、「このままキタノに甘えてしまったほうがずっと楽だ」という思考が少しずつ顔を出してきた。
もし、この場で外聞を捨てて、キタノにべたべたに甘えてしまったらどうだろうか。きっと驚いた表情をしながらもそれを受け入れて、ゆっくり私をあやしてくれるのだろう。そうしたときの感情はきっと甘美で、これ以上無い幸せを感じるのだろう。
甘えられない。唯一の子供を導く大人としての尊厳であり、責務とも言えるものをかなぐり捨ててしまうのだろうから。
”うーん、少し、疲れてるんだよ。最近、忙しかったでしょ?”
でも、それはいけない。きっと、それは誰のためにもならないから。でも、ほんの少しだけ甘えさせてもらおう。相棒だと言ってくれた少女に、生徒たちにはなかなか見せられない一面を見せてしまうことくらい、誰しも攻めてきたりしないだろう。
「そっか、疲れてるんだね。……もしかしてさ、この晩酌のせいで睡眠時間が削られてたりする? もう片付けよっか?」
少し申し訳無さそうにまだ少しつまみが残っているプレートを手に持ったキタノを、私はぎょっとした表情で止めた。
”ちょっと……それは駄目。これは私の最近の楽しみなんだから、取られちゃったらもっと困るよ”
「そ、そっか。そこまで言われると少し恥ずかしいけど……」
キタノはプレートを元あったところに戻すと、少なくなったワイングラスに次の一杯を注いで、ゆっくりと口をつけた。
「さあ、じゃあどうしようか。ずっと疲れるのもつらいよね」
”そうだけど……我慢出来ないほどじゃないから”
「そんな事言ってたら、突然死んだりするからね? 駄目。ちゃんと対策しなきゃ」
少し怒ったような表情を浮かべたキタノは、ずいっとこちらに顔を近づけながら言った。
”ち、近いよ!?”
「あ、ごめん。でも先生が疲労を軽視しすぎてるのが駄目なの。先生が倒れたら、何人の生徒が悲しむと思ってるの? 連邦生徒会にも仲がいい子たちいるでしょ? それに、いつも手伝いに来てくれているユウカ、それにアビドスのみんな、エンジェル24のソラちゃんだって、悲しんでくれるはず! それに……!」
キタノは、尻すぼみに言葉を止める。その先に何かがある。私が期待している言葉が、きっと出てくる。
私は期待の目で、少しだけ赤くなったキタノの目をじっと見た。
「それに、私だって、悲しむから」
キタノは「ああ! やっぱなし! なんでこういう雰囲気でいうと恥ずかしくなるかな……!」と、真っ赤になった顔を手で仰ぎながら早口で言い訳をまくしたてる。それが可愛らしくて、思わず笑みがこぼれた。
”じゃあ、私もキタノを悲しませないように気をつけないとね”
「……うん。そうだよ」
どちらとなく、笑みを浮かべあった。心地の良い一時は過ぎていく。さっきまで少し残っていたつまみも、もうなくなってしまっている。
「さ、話も一段落だし、今日はここでお開きだね。食器を片してくるから」
”ありがとう”
私の分もまとめて持って、それを食堂へ持っていくキタノ。バタン、とドアが閉まると、その部屋には私一人だけになった。しんと静まり返った部屋の中。自分の足音だけが響く。
なんともなしに、部屋を見回してみる。
私の泊まるための道具に、キタノの見てくださいと言わんばかりに開かれたあまりに無用心すぎるバッグ。小さく取り付けられた洗面所には、私のシンプルな白の大きな歯ブラシと、キタノの薄い紺色の小ぶりな歯ブラシが、コップに刺さっている。
近くには私とキタノの洗面道具がそれぞれ隣り合わせで置かれている。シャンプーも、リンスも、ボディソープも、全て二人で共有していることもあり、なんだか家族で来ているような配置になっている。
まるで、二人は――
「ただいま。ちょっと洗い物に時間かかっちゃってさ。さ、寝よっか」
”そうだね”
いや、私とキタノは、相棒で、大切な人。それに過ぎない。少なくとも、今は。
二人で並んで、歯磨きをする。洗面台が大きいわけではないので、自然に肩が当たるくらいの距離。でも、それに気まずさや、逆に邪魔だとか言う感情は生まれてこない。順番にうがいをしたら、じゃあお休みとなる。
私は、ゆっくりと自分の布団に入った。
”ふう……”
それだけでも疲れが癒される感覚。この部屋のベッドは一律セミダブル。ゆったりとした広さがあるのも、よりそれを感じさせていた。
寝る前に水を飲む習慣があるキタノが、ドアを開けて帰ってくる。そうして、ベッドに入っていくのだ。……ん? なんかいつもと足音の感じが違う?
「おじゃましまーす」
もぞりとした感触。さっきまでの、今日まで感じていなかった、一直線に私のベッドに向かってくる足音。……これはまさか。
”……キタノ?”
ゆっくり、寝返りを打つと、そこにはキタノの顔が、超至近距離にあった。
”な、なんで……!”
「前、百鬼に行ったときに、修行部の子が言ってたんだ」
キタノは、わざとらしく、私の耳元にささやく様に言う。
「オキシトシンハグ、しちゃおっか」
キタノは、そのまま私の背中に手を回し、少しだけ力を込めた。
”き、キタノ?”
「うん。やっぱり。落ち着かないけど、おちつく」
とくん、とくんとキタノの落ち着いた鼓動がこちらにも流れてくる。それは私の大きく早い鼓動とは対照的だ。
「先生は? 落ち着く? 疲れは取れそう?」
”うん。……すごく”
「そっか……良かった」
そうして、疲れていたのもあって、ゆっくり、ゆっくりとまどろみの中に落ちていくのだった。
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朝起きて、驚いたことがある。
まずは、私の腕の中で眠っている少女、キタノだ。普段は起きているはずの時間で、これまで余り見たことがなかった、健やかな寝顔に、思わず心を撃ち抜かれそうになった。
そして、それより驚いたのは……
”疲れが、無い”
身体の軽さだ。異常なほど、身体が軽い。昨日までの身体の重さなど、比にならない程の軽さだ。これなら、昨日まで一週間はかかりそうな仕事でも、一日で終えられそうなほどだ。……逆に言うと、それくらい疲労が溜まっていたのか。
それに気づいて、私をすっかり元気にしてくれた天使の頭をそっと撫でる。いつもは頼れるかっこよさもあるのに、こうやって眠っている顔は年相応……何なら幼く見える。
なんだかそのギャップに愛さしさを感じる朝だった。