前世の記憶が戻ったので、シャーレでハッピーエンドを手に入れたい 作:うどんそば
「じゃあちょっと行ってくるね」
”いってらっしゃい”
先生からの声を背に、私は外に出る。本当は無断で外に出ることはできないはずだけれども、そんなの気にしてたら面倒。それに、私が少し抜け出したとしても、ナギサちゃん別に何も言ってこないだろうし。
一応皆にも一言伝えてあるけれど、何か問題がある感じでもなかった。まあバレたとしてもなるようになるよね。
トリニティを出るのは久しぶりかもしれない。なんだかんだ結構経つんだよね。月単位ではないけど、このまま続けば月単位になるかもしれない。
まあそれはさておいて。まっすぐ駅の方に行くと、数ヶ月前が少し懐かしく思えてくる。家に帰ったときはこの道を通ってシャーレまで行ってたなあ。まあ今日は違う電車に乗るんだけれども。ちなみに、方向は一緒。でもほんの少しだけシャーレと違う場所。一度先生とは来たことがあるんだけど……
ピコン、という音とともに、スマホが震えた。それを取り出すと、画面が表示された。メッセージだ。差出人はカヨコ。
『そろそろ着くかも』
あ、やばい。これは少し出遅れた感じかな? 前は私が先についてることが多かったんだけど……
『ごめん。少し遅れるかも。20分くらいかかるかな』
急いで返信を送ると、すぐにまた返ってくる。
『大丈夫。こっちが早く来すぎただけだから』
時計を見直すと、今の時間が表示される。九時三十分。まだ約束の時間までは三十分ある。よ、良かった。
『じゃあ、なんでこんな時間に?』
『……楽しみだったから』
……え? 一瞬ぽかんとなってしまうような内容のメッセージ。カヨコが、楽しみにしてた?
か、かわいいー! 楽しみすぎて、早く来てしまったってこと!? ただでさえ可愛いのに、これ以上胸を撃ち抜いて、どうする気なんだろう? カヨコは。
●●●
電車内での想定通り、私はそれから二十分後に、カヨコの顔を見つけた。
「おはよ」
「あ、キタノ。おはよう」
カヨコは、見ていたスマホから目を離し、私を視界に入れると、少し目を細めて挨拶を返してくれた。かわいい。どうしてこんなに可愛いのに、いろんな人から避けられてたりするんだろう。私からすれば、不思議でならない。
「ここあたりに来たのは久しぶりかも」
「そうだね。私もこの間先生と来て以来かな」
レイサと一緒に遊ぶときは、トリニティ内で完結してしまうことがだいたいであるため、こちら側には余り来ない。でも、流石にゲヘナの生徒であるカヨコを今の政治的緊張の中トリニティに入れるわけもいかないし、こうしてD.Uのショッピングモールまで足を運んだのだけれど、楽しんでくれそうで良かった。
「さっそく入っちゃおうか。せっかく遊びに来たんだし、楽しもうね」
「……うん」
二つ以上年上であるはずのカヨコは、私の言葉に、年相応より少し幼い表情で返し、私の裾を握った。
――
カヨコと私が出会ったのは、まだ中学二年生のとき。もうトリニティ内の皆とは出会えていたけれども、まだまだその外の交友関係が広くなかった時の話だ。
私はその時、本当にたまたま、トリニティ自治区街に出てきていた。目的はレイサと一緒に来たら楽しめそうな店探しだった。そこで出会ったのがカヨコだった。
私もまだ、前世の記憶を思い返して一年だったから、ひと目で気がついた。あ、あれはカヨコだって。
でも、信じられない自分もいた。なぜなら、カヨコは澄ました顔をしていたけれど、その奥には哀しそうな心が見え隠れしていたからだ。
そう。あの頃のカヨコはまだ繕うのが上手じゃなかった。だから、私は声をかけたんだ。
「ねえ、そこの角生えたお嬢さん」
「……え? 私のこと?」
「うん。よかったらさ、これから遊ばない?」
私の下手な声掛けに、カヨコは笑った。
「なにそれ。もしかしてナンパ?」
「違う!……いや、そうかも。とにかく、私はあなたと遊びたいの」
また他人との接し方があまりうまくなかった私が、少し強引気味にそう言うと、哀しそうな顔を繕うこともできないくらい溢れさせて言った。
「でも、やめといたほうがいいよ。私、目つき悪いから。きっと一緒にいたら不快にさせるから」
私には疑問だった。そのきれいな目が、耳が、角が。整った顔が。それが、悪いだなんて。いくら見たって不快になんてなりゃしないのに。
「……ねえ、もう一回言うね。一緒に遊ぼうよ」
「……変な子だね。じゃあ、今日は乗せられてあげようかな」
はあ、とため息を吐いたカヨコちゃんは、態度とは裏腹に、嬉しそうに頬を緩ませながら、こちらを向いた。
そうして私の袖を掴んだ。
――
久しぶりの二人での買い物。実は、おそらくカヨコが便利屋に加盟しただろう時期から、私たちは疎遠になっていたのだ。私は高等部に入学する事もあったし、カヨコもきっと便利屋関連で忙しい時間を過ごしていたのだろう。
だからか、こうやってまた二人で楽しく買い物をできることが嬉しかった。
カヨコが、自分には似合わないだろうなと思っているだろう服を着せて、似合うって褒めちぎったり、その仕返しに逆のことをされたり。
普段余り食べられていないだろうカヨコのために、あえて質より量を選んだご飯で信じられないほどお腹いっぱいになったり。
銃につける小物を二人であれこれ言いながら見てみたり、お互いに合いそうな新しい銃を見たり。
そのどれもが、ものすごく楽しかった。
でも、楽しい時間は早く過ぎ去るものだった。もう時間は夕方。流石に夜には自治区に戻らないといけないこともあるし、そろそろ帰らないといけない時間だ。でも、私は、ちょっとした穴場のカフェにカヨコを誘い入れた。
「おしゃれな場所だね」
「うん。私と先生でたまに来てるんだ」
椅子に座って、店主さんにブラックを二杯頼む。注文を聞いた店主さんは、手際よくコーヒを淹れ始めた。
「それでさ、ちょっとお願いしたいことがあって、ここに呼んだんだ」
「お願いしたいこと?」
「うん。……エデン条約。きっと便利屋も掴んでるでしょ?」
「そりゃあもちろん、情報は」
カヨコは店主さんをちらりと見た。私は静かにうなずく。大丈夫。この店主さんは信頼に値する人だ。
「……そこで問題がきっと起こるから。いや、起こらなかったらいいんだけど、起こったら。その時は、すぐに来てほしいんだ。本当に、すぐ」
コーヒーが完成し、前に出された。カヨコはそれを一口飲んで、言った。
「……へえ。それって、キタノも何か問題があったりするの?」
「……うん。もしかしたら、このキヴォトスが終わるかもしれない。それに、先生が危ない。先生は私が命をかけて守るけど、それでも危ない。だから、もし私が駄目だったときの保険に、来てほしいんだ。信頼してるカヨコと、便利屋68に」
カヨコは、深い、深い溜め息を吐いた。
「はあ……それは無理」
「っ!」
「キタノが駄目だったときの保険なんて駄目。キタノの助けに、私たちは行くから。どうせ社長もそう言うし」
からかうように言って来たカヨコは、いたずらに成功した、と言わんばかりに楽しそうに笑っていた。
耐えようとしても、どうしても口角が上がってしまってによっとなってしまっている私の顔は、随分と愉快なことになっているのだろう。