前世の記憶が戻ったので、シャーレでハッピーエンドを手に入れたい 作:うどんそば
静けさに包まれた空間に、屋根をたたく雨音が響く。
今日は本来なら、また模擬試験がある日のはず。しかし私はいつもの教室ではなく、ティーパーティーの極秘のセーフハウスの一つに足を運んでいた。ナギサちゃんからの呼び出しだ。
ただ、今回は先生はいない。最初はついてこようとしていたみたいだけど、私に届けられた封書に書かれた、親友のキタノさんへという文字を見て考え直したみたい。
”気を付けてね”
って、本当に心配そうな、大げさな顔でいうから、
「大丈夫だよ。安心して。ナギサちゃんも悪い子じゃないし」
そういうと、先生はふっと顔をゆるめて、”そうだね”と言って送り出してくれた。
ただ、そういう私も、今回の呼び出しは少し怖かったりする。だって、私はこんなの知らないもん。一度も、この時期に呼び出しをもらったことがない。
少し後に呼ばれることは何度もあったけど、この模擬試験の日、時間にかぶるほどの時期に呼び出しをされるということは、まったくもって未知数の場所に足を向けるということだ。
それなりに事情は知っているとはいえ、みんな生きているし、世界も生きている。少しづつ差異があることは。もちろん承知している。
だからこの時期にこうやってのこのことこの場所に来ることはあまりよくないはずなんだけど、それでもこうやって足を運んだのは、ひとえにナギサちゃんが親友だから。それに尽きる。
世界が、みんなが生きているように、私も私として生きている。だから、経験とか、常識とかそういう野路じゃなくて、単にナギサちゃんに会いに行きたかったから、ナギサちゃんが会いたいって手紙をくれたから。だから私はこうやって扉の前に立っている。
一息だけ深呼吸して、重厚そうな扉をノックする。その音の響き方がいつものとやはり違っていて、なんだか本当に日常というものは変わっているのだな、とまた新しく気づかされる。
「はい。どうぞ」
「失礼します……ナギサちゃん。また久しぶり、だね」
ナギサちゃんは、一人で窓の外を見ていた。防犯の管理上、見通しの良い景色はない。でも、木々の葉を雨露が叩いて揺れているのをただ静かに眺めている。
「キタノさん、お久しぶりですね。最近はあまりお会いできずに少し寂しかったです」
私の声に反応したナギサちゃんは視線をこちらに向けて、本当にさみしそうに微笑んだ。
……いつものナギサちゃんだ。そう思った。その表情からは、少し前までにあったあの焦燥感や警戒、またすべてのものに対する不信は消え失せているように見える。
ティーテーブルは直接ナギサちゃんが心を込めて用意してくれているものそのもの。ピリピリしていた時のものは、良くも悪くも基本そのままになっていて、そこに心を見ることはできなかった。
でも今のこの空間は様々な場所に心遣いが感じられ、本来の魅力的で人たらしなナギサちゃんというのがそのまま映っていた。
「……おかえり? ナギサちゃん」
「っ……! はい、ただいま戻りました。ご迷惑をおかけしました」
ナギサちゃんは、少しうれしそうに言う。口元に浮かべる笑みに、無理をした作り笑いはない。
「そっか。ナギサちゃん、帰ってきてくれたんだね」
「はい。私は焦っていました。多くの情報を浴びせられ、混乱し、早合点してそれを事実と受け止めていました。この前、あなたに会うまでは」
ティーカップを少し傾けたナギサちゃんは、一口だけ口に含んで、ゆっくりそれを味わった。
「結局のところは愛が重要と、あの時私は言いました。これまで、私は多くの方の支えを得てここまで来ています。だから、私はその皆さんを守るため、いろいろと考えていましたが……それと同時に、心を凍らせてしまっていたようです」
「そうだよ。ナギサちゃんはたくさんの人に好かれて、任せたいって思われて、そこにいるんだから」
ナギサちゃんの学園での人望はすごいものがある。派閥をまとめるとはそういうことなのだ。
中学の時も、高校生になってティーパーティーに入って、次期ホストとして期待され始めた時も、ナギサちゃんのことを好きだという人がたくさんいた。近くにいた私が保証する。
「私は間違いを犯しました。それでも、皆さんは――キタノさんは、私を許してくださるのでしょうか」
「もちろん、許すよ。だって、まだ取り返せない間違いを犯したわけではないんだから。それに、私たちはナギサちゃんのことが好きだから一緒にいるんだよ」
雨が、部屋の中にも降り出してしまったみたいだ。
「私は……今からでも遅くないのでしょうか。皆さんに、報いることができるのでしょうか」
「うん。もちろんできるよ。もし難しいものがあっても、私も先生も、手伝うから」
「ありがとうございます。……では、こういうときにあまり話したいことでもありませんが、一緒に雑談で楽しむ前にいくつかお話しておきたいことがあるのですが」
「もちろん! なんでもいいよ」
ナギサちゃんは、少し居住まいを正して、真剣なまなざしを向けてきた。
「セイアさんのあの情報……セイアさんに異常があったという情報は、本当に真実なのでしょうか」
「……それ、私に言っちゃってもよかったの?」
「いわずとも、おそらく知っている……知っていなかったとしても、想像はついていると思いまして」
「うん。私は知ってるよ」
私のその言葉に、「やっぱり」と少し安心したような顔をして、言葉を続ける。
「セイアさんに何かがあったというのに、キタノさんのその落ち着き様……セイアさんに最悪のことは起きていないと、キタノさんも思っているのですね」
もし何かがあるとすれば、キタノさんがその態度でいられるわけはありませんから。そう言って、ナギサちゃんは緊張が解けたような、肩の力を抜いた様子を見せる。
「もちろん、まだすべての心配事が終わったわけではありませんが、少しだけ楽になった気がします」
「……そっか」
いま、ナギサちゃんがこの事実を知っている――もちろん、いいことではあるんだろう。
でも、ここでナギサちゃんが安心することで、少しの油断が生まれることによって、これからどうやって進んでいくんだろう?
私がいたから、こうなった。でも、私が知らない未来は、今ここにある。
……もし、これが原因でなにかがうまく行かなかったら、絶対に何とかしなきゃ。自分の責任は、自分でとらなきゃいけないから。
そうすれば、みんな幸せで、何回も見てきた悲劇よりずっといいものになるはずだから。
「……キタノ、さん? どうしました? 難しい顔で」
「ううん、なんにもないよ。現状を振り返ったら、凄く大変だなって思っただけ」
笑顔を浮かべてそういうと、ナギサちゃんは少し納得していなさそうな顔で、そうですか……とだけ呟いた。
「よしっ! 難しい話も一段落したでしょ? せっかく久しぶりのお茶会なんだし、いつもみたいな楽しい話もしようよ!」
できるだけ明るく、雰囲気を変えたくて少し大きな声を響かせる。
ずっとくらい話をしてたら、せっかく歓迎してくれたナギサちゃんにも失礼だと思うし!
「……そうですね。もともと、そうしたくてお呼びしたのでした。では、お互い会わなかった時間を合わせていきましょう」
「よーし、じゃあナギサちゃんが作った補習授業部の話でもしちゃおうかな!」
「むっ……いじわるですよ、キタノさん」
「でも、本当に面白いことが多かったんだよー。ほら、笑い話だと思って聞いて?」
ナギサちゃんは負い目があるんだろうけど、私からしたら少し感謝してる。
だって、補習授業部はこれがきっかけで生まれたわけで、補習授業部ができたから、みんなで楽しい日々を過ごせてるから。
「私さ、ナギサちゃんには感謝してるんだ。あんまり考えすぎないでよ。頑張ってるの、私見てるから」
「……っ! ず、ずるいですよ、キタノちゃん……」
「あれ、ちゃん付けなんて、懐かしいね」
「~~~~っ! も、もう! 怒りますよ!」
おっと、これ以上やっちゃうと口のなかにスコーンとかシュークリームとか突っ込まれちゃう。
にしても、こうやってのんびりとした時間の流れで話せる時って、やっぱり幸せだなぁ。
だから、この幸せをちゃんと守らなきゃ。皆のために……いや、私のために。