今後遊星とジャックのデュエルを描写する予定ではございますが、想像以上に構成に難儀しており、最悪8日の更新はできないかもしれません。
誠に申し訳ございません。
次回更新は10日土曜から12日月曜のいずれかを目処としております。
引き続き、よろしくお願い申し上げます。
やがて辿り着いたのは二階建ての、一人で住むにはヤケに大きな家だった。
「随分稼いでいるんだな」
「税金対策って面もある。それに、家にいたらいたでやりたいこともあるからな。奮発して高い買い物をした」
見れば一回に当たる部分は真四角で窓も少ない。正面には大きなシャッターがあり、ジャックはそれで全て理解した。
「本当に変わらないな、お前は」
「そういうジャックは変わったのか?」
「・・・・フン」
カロンと氷が転げる。
ジャックがやけ食いとばかりに注文した出前の亡骸が大量に転がる机を挟んで、二人は黄金色で満たされた盃を傾けていた。
「ふむ、確かに良い酒だな」
「あぁ、酒の味はあまり分からないんだがこれは・・・・うん、上手いな」
ウイスキーは一口で三度嗜む物、と教えてくれたのは誰だったか。
舌の上で甘味苦味、旨みを転がして味わい、嚥下。
喉で軟らかな感触を味わい、一息。
ゆっくりと息を吸い込み、口内と喉に残った酒精を存分に楽しんで、一息。
そうして、たかだか30か60mlに満たないそれをゆっくりと、ゆっくりと味わう。
それがウイスキーの飲み方と、聞いた事がある。
飯をかっこむ間も、こうしてグラスを傾ける間も遊星は時折近況の話やジャックのデュエルの話はすれど、ジャックの“相談事“には一度も言及しなかった。
遊星はそういう男だ。
心から大切に思う事にこそ、慎重で、されどいざ向き合う時には誰より熱く、諦めという事を知らない。
諦めを知らない。
カロンとグラスの氷が転がる。
「・・・・・・・・」
じわりじわりと、掌の熱で氷が溶けていく。
そうして少しずつ溶け出した氷が酒を薄め、飲み易く、また違った味わいを見せてくれる。
だがやがて氷が溶け切って消えてしまったなら、それは少しばかり物足りない味わいとなってしまうだろう。
どんなに上等な酒でも、水で薄めていけばいずれただの水になる。
放っておいていいはずが、無い。
「天下のキングが随分悠長なんだな」
「ッ!なんだと・・・・?」
「氷、無くなるぞ?」
指摘されるまでも無く知っている。
グラスをグイっと上げて酒を喉に流し込む。
酒精が食道を焼き、気管に傾れ込んでくる。
「ーーーーッ」
「・・・・らしくないな、ジャック。やっぱりお前は変わったよ」
遊星の言葉にカッと頭に血が昇る。
「お前に何が分かる!俺はキングだ!誰に憚ることもない!俺は世界に名だたるキングだ!俺はデュエルに居場所を見出し!デュエルが俺を必要としているんだ!」
「酒が溢れる。落ち着けよ、ジャック」
遊星がボトルを向けて言う。
ジャックの握ったグラスにロックアイスを放り入れると、中程までをまた黄金の液体が充した。
立ち上がりかけたジャックは腰を落とし、グラスを両手にし、額に押し当てた。
ヒヤリとした硬い感触が伝わるが、頭の中までは冷やしてくれない。
「・・・・必要と、してくれると思っていたんだ・・・・」
遊星も自分のグラスに酒を注ぎ、氷を足して一口含み、ふうと一息つくと。
「・・・・カーリーのことか」
がばっとジャックが顔を上げる。
「図星か」
「何故知っている」
遊星はゆっくりとナッツを拾い上げて口に放る。しっかり噛み砕くまで、ジャックは遊星をじっと見つめていた。
「この間深影さんとバッタリ会ってな。その時、カーリーが予定していた市長へのインタビューをドタキャンしたと聞いた。仕事を辞めたとも聞いた」
ジャックは何も言わない。只、握るグラスの水面がゆらゆらと揺れ、震え、回る。
堪らずといった様子でジャックは立ち上がり、大きな出窓の前まで来て一口ウイスキーを煽った。
「・・・・カーリーは・・・・カーリーは思い出していた。ダークシグナーだった時のことを」
暗く沈みゆく街並みを見つめながら言うジャックの背中は煤けている。
遊星もまた、鬼龍の事を思い出していた。
そして、闇に堕ちかけた自分の事も。
遊星もグラスを片手に立ち上がる。
「彼女に会ったのか」
「ああ」
「彼女の話は聞いたのか」
「ああ」
「お前はなんと言ったんだ」
「・・・・」
グラスが波打つ。
残った酒を飲み干して窓ガラスに握り拳をぶつけると、ジャックはその拳に額を当てて呻いた。
「カーリーはーー俺は・・・・カーリーを迎えに来たんだ」
気がつくと遊星は隣に立って窓の外を見ていた。
ジャックは構わず続ける。
堰を切ったように言葉が溢れて止まらない。
「俺は誰にも恥じることの無い本物のキングになった。俺はこの5年間無我夢中だった。この街を出てから、お前達の仲間として恥じぬよう、デュエルでも、それ以外でも、如何に煩わしかろうとも俺は正しくキングであろうとした。孤高ではなく、皆から愛され、幸せを与えられるキングに、本物のキングになること。それが、俺をこの5年間支え続けてくれた本当の願いだった。それを心から望んでくれたのはーー」
ぐぅ、と嗚咽が溢れる。
一筋、頬を熱い物が伝う。
「カーリーはダークシグナーとしての業を全て背負って身を擦り潰そうとしている。だが、それを支えたいと、救いたいと伸ばした俺の手は、払い除けられた・・・・俺はあいつの助けにならないと、自分には関係が無いと力の限り撥ね退けられたんだ・・・・」
遊星は何も言わない。
カロン、と氷が鳴る。
「何がキングだ。何がシグナーだ。何が、幸せを与える真のキングだ・・・・笑わせる、心から想う女から拒絶され、無様に膝を折るのがキングの姿な物か・・・・」
カロン、と音がしてグラスが傾く。
カラカラと涼しげな音が隣で鳴り、街は闇の帷が降りた。
「あぁ本当だ。まるで笑い者の道化だな」
「ッッッッ!」
眦を吊り上げて遊星を睨むと、遊星もまた険しい顔でジャックを見ていた。
「ジャック。この5年間、俺は毎日が楽しかった、嬉しかったよ。ここにいるとみんなが俺に教えてくれるんだ」
ジャックの瞳から目を離さず、ゆっくりと遊星は言葉を紡いでいく。
「アキは、もう独りでいくつもの大変な患者を任されていて大変だと言っていた。龍可は今度森林保護活動のインストラクター試験を受けるそうだ。龍亜はお前の知っている通り、クロウが居たチームで今もエースとして立派に活躍している。クロウは来季のデュエルAリーグでまたお前の鼻を明かすのが楽しみだと笑っていた。そしてジャック、テレビでかつてのお前なら信じられないような、バラエティ番組やニュース番組にまで出て人々に笑顔と希望を与える仕事を懸命にやっている姿。毎日驚かされっぱなしだ。デュエルでも今の俺では勝てないだろうと思うほど、お前はあらゆる意味で成長した。だがどうだ、今のお前は!」
遊星の言葉の波に押されて思わず呻き声が漏れる。
「確かにかつてのお前は、いい加減で独りよがりで、強引で人の話を聞かない男だった。だがそれは、お前という確固たる物があったからこそだったろう。お前は他人を思い遣り、他人の為に自己を抑える術を身につけたんだろうな。それは本当に立派なことだ、だが!」
びっと遊星の指が射抜くようにジャックの眉間に突きつけられる。
「思い遣るばかりで、優しいだけで本当に大切なところで腑抜けている!おまけに人の話をちゃんと聞いてないところは変わっていない、お前、見方によっては前より酷くなっているぞ。ジャック!」
「ぐぅぬぬぬぬぬぬ」
握っているグラスが割れるのではと思うほどに指先に力が籠る。尤も、この場にそれを心配する人間は一人もいない。
「黙れぇ!お前に何が分かる!いつまでもアキを放ったらかしにしている貴様にだけは言われたくは無いわぁ!」
「なッ、あ、アキは今関係無いだろ!」
「お前がさっき自分から言ったことだろうが!だいたいこの酒だってアキの親から贈られたのだろう!お前こそいい加減アキを迎えに行かんかぁ!だから女絡みの相談なぞお前にはしたくなかったんだ!」
「アキは忙しいんだ!俺だってフォーチュンを取り入れた新機軸の発電装置開発が軌道に乗ったばかりだし」
「言い訳など聞きたくないわ!」
「お前が言うな!」
「俺がいつ言い訳をした!」
「カーリーが拒絶したのも頷けるな、今のお前には御影さんやステファニーだって着いていかないぞ」
「言わせておけばぁああ!」
そんな舌戦、と呼ぶには些か憚りのある罵倒合戦が続き、やがて喉の渇きに耐えかねた二人が水を飲み干したところで遊星がどこかに連絡を始めた。
水差しから直接飲んでいたジャックが空の容器を流しに放り込んだところで、遊星がクローゼットから上着を取り出して羽織った。
ライダージャケットだった。
「遊星?」
「ジャック、
唐突な質問に、あぁとつい生返事を返してしまうが、それに構わず遊星が玄関へと向かう。
「待て遊星!どこへ行く気だ!」
「ジャック、俺たちが本気でぶつかり合うなら、やはりもうこれしかない」
プシュっという排気音と共に戸が開く。
一陣の風が吹き込んで、遊星のジャケットがたなびいた。
「来い、ジャック」
「どこへだ!」
「決まっているだろ」
ガコッと遊星のブーツが音を鳴らす。
「デュエルだ」