遊星の案内で通されたのは、レースやライディングデュエルの際に使用されるガレージによく似た区画だった。
見慣れた工具や機材の他、あまり馴染みの無い機器が並び、モニターに絶えず何かの数値が表示されるコンピューターの類が壁一面を埋め尽くしている。恐らくコースへ出る為であろう大きなシャッターの前には大きめのスペースが確保されていた。
その空間に鎮座した物体。
遊星がそれに近づき被せられたシートをバサリと剥がすと、現れたのは灰色のD-ホイールだった。
塗装はなされておらず、一部プレートが剥がされて内部が露出している。
「今開発中の発電機を応用して試作したエンジンを載せてる。パワーは十分だがまだまだじゃじゃ馬でな。ついでに調整に付き合ってくれ」
早口にそう告げられてジャックの頭でバツンと音がした。
「ええぇぇい!!いい加減にしろ貴様ぁ!」
近くの作業台に強かに拳が打ち上げられてガレージ内に硬い打撃音が反響した。
「俺たちはッッ!飲酒中ッッ!だッッッッ!!」
「心配するなよジャック、ここは私有地だ」
「分かっているそんなこと!不特定多数の出入りが無い閉鎖された私有地での運転は確かにお咎めを受けづらい!」
「分かってるなら気にするなよ、今トラックをこっちに回してるからお前も準備」
「そうではないと言っている!」
事もなげに酒気帯び運転を勧めてくる遊星に怒り心頭のジャックは地団駄でもするように荒いコンクリート床をダンと踏む。
「飲酒運転は私有地だろうとなんだろうと法に照らすまでもなくするべき事ではない!ましてや俺はキングだぞ!」
「あぁ、確かに事故ったら飲酒運転と同じくらいの罰則を喰らうな」
慣れた手つきで各部の調整をする遊星はまた涼しい顔でそんな事を言う。
そうこうしている内に、ガレージの外でライトが閃いて、ジャックのD-ホイールを積んだトラックが停車した音が聞こえた。
「分かっているならいちいち言わせるな!俺は万が一にもトラブルを起こすわけにはいかんのだ!」
「それはキングだからか?」
「なに?」
手を止めて首だけジャックに向けた遊星が言う。
その眼差しは涼しげと云うには冷たい、冷ややかと言う方が適切に思える冷めたもの。
そんな瞳に射抜かれると、視線の温度に反比例するように、グツグツと腹の底でジャックの芯とも言えるような部分が不快な滾りを催した。
「何が言いたい」
ジャックの言葉から唐突に熱が消える。
作業を終えたのか、カバーを閉じ、オイルに汚れた手袋を外した遊星が、ジャックに向き直って、一言投じる。
「何故逃げる」
その言葉で弾かれたようにジャックが遊星に飛び掛かった。
胸ぐらを掴まれた勢いで工具箱が倒れスパナが落ちる。
重い金属がコンクリを跳ねる音がガレージに響く。
ギリギリと音がするほどに襟を吊り上げられながらも、遊星の瞳は変わらず氷の色を湛えてジャックを見据えていた。
「天下のキングが、しがない技術屋に負けるのを恐れているのか?」
「そういう話ではないと言っている。機械弄りが過ぎて頭のネジまで外したか」
もしこの部屋に二人を知らぬ者が立ち会っていたなら、吹き荒れる吹雪のような怒気に当てられて気をやっていたかもしれない。
ジャックにしても、なぜ遊星が突然こうまで殺気立っているのか理解に苦しんでいた。
何故こうまでする。
何故ライディングデュエルに固執する。
何故。
何故。
何故、なぜ。
なぜ?
「・・・・ふ」
ジャックは鼻の奥から突然湧いた苦笑を堪え切れなかった。
遊星を離すとシャッターに向かい、二つ縦に並んだうちの一つ、上昇のボタンを押す。
「なるほどな」
ジャックは背を向けたままそう呟いた。
シャッターが音を立てて巻き上げられていき、やがてトラックのバックライトがガレージの中を真昼のように照らすと、眩い光のその向こうに愛馬の姿を見る。
「ジャック」
「片鱗は捉えた」
ガレージの外へと踏み出したジャックは、荷台の登ると積み込んでいたライダージャケットを羽織った。
「貴様が何を言いたいか。俺に何をさせたいか。その答えはやはり、走りの中で見つけるしかないようだな」
ジャッ、とジッパーを閉めると、愛車のボディを一つ撫で、荷台から遊星を見下ろす。
その眼差しに宿る光の赤さ、熱は、昼間のやせさらばえたモノとは違う。今の今までのような、理不尽に対しての憤りを表すモノとも違う。
「デュエルだ。貴様に真の王者に戦いを見せてやろう」
それは赤熱する矜持という名の鋼。
溶岩の如き殺気。
常人なら、ただ前に立つだけで膝を折ってしまうのではないだろうか。
あの最後のデュエルを彷彿とさせる、見る者を氷漬けにするの程の威圧感を放つ王者の眼光であった。