ハチドリはなぜ   作:三人天人

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遅くなりました。
10/14分の更新となります。








ハチドリはなぜ①

「急げジャックッ!」

「分かっている!!」

バタバタと仮眠室から飛び出した二人はガレージに飛び込み、目にも留まらない速さでライダースジャケットを着込んでいく。

ほんの5分前の事。

多少酒が入っていた事とライディングデュエルの疲れからか、二人は瞬く間に眠りにつき、気がつけば朝。

ジャックの端末が不愉快な振動音を立てている事に気づいて目が覚めた。

端末の画面に表示されていたのはマーサの名前。

「バカだねアンタは!なぁんですぐ出ないのさ!!」

開口一番にがなり立てるマーサであったが、その剣幕からこれは只事ではないというのはジャックにもすぐに判った。

マーサが言うにはこうだ。

今朝、日の昇る前、カーリーがマーサハウスを訪れた。

そして、ここで働くという契約を反故にする事、そして今日

「朝一とは具体的に何時だ遊星!」

「始発と言わなかったなら9時より前じゃないかっ?」

「今は!」

「8時7分だ!!」

カーリーも不必要に義理堅い、とジャックは呆れながら笑みがこぼれた。

恐らく、自分と会った事で、もうこの町に居られないと考えたのだろう。

それならそうと、誰にも告げずに一目散に町を出ればいいものを。

「律儀な奴め・・・・」

思えば新聞社にしてもそうだ。わざわざ退職届を送る事も無い、そのまま行方を眩ましたってかまわなかっただろうに。

カーリーが謝罪と共にマーサに告げた「朝一の飛行機で発つ」という言葉。

「あたしゃね、あの子からあんたへの伝言だと思っているよ」

マーサはそうジャックに告げた。

最初はそんな馬鹿なとも思ったが、考えてみればその通りだ。

カーリーほどチーム5D'sに親密だった記者が、チームメンバーのルーツを一度も調べなかった事はないだろう。

もしかしたら偽名もその為だったのかもしれない。

捕まえようとしたら逃げる癖に、こうして目の前で飛んで見せ、いざ手を伸ばせば逃げていく。

(まったく―)

そんなカーリーの不可解な態度にも、今となっては憤りは無い。

ただ、ジャック・アトラスとしてもう一度カーリーと話さなければならない。

驚くほどに澄み渡った頭を満たすのはカーリーの事ばかりだった。

ガレージのシャッターが開き切るのも待たず、握ったハンドルを力一杯絞った二人が車道へと駆け出していく。

だが、目覚めゆく町の喧騒を見れば、通勤ラッシュのこの時間にD-ホイールを全速で飛ばす余裕が有るかと言われると。

「くそっ!」

咄嗟に点けたラジオ交通情報からはごく当たり前の渋滞情報が聞き取れる。大したことはない、ゆっくり向かっても当たり前の日常を送ることができるだろう。

その日常の交通全てが、分厚い壁として目の前に立ちはだかっていることに酷く焦燥を煽られる。

ここから空港まで約60km。

「ええい!間に合うか?!」

「やれるだろ!俺達なら!!」

何を、と一瞬考えて思い出す。

この町のイカレた仕組み。

「ならば遊星!」

「おう!ライディングデュエル!!」

「「アクセラレーション!!!!」

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ネオドミノ国際空港。

ネオドミノシティの東端に位置する、昼夜多くの航空便が飛び交い、様々な人々が出入りする交通の要衝。

デュエルモンスターズという文化におけるメッカであり、モーメント技術の最先端都市で

もあるネオドミノシティにとって、空港の存在は外部との交流の為にも不可欠な存在である。

そのロビーにふらりと現れた女が、 柱の陰のベンチにストンと腰を落としてじっと俯き動

かなくなった。

手に握ったチケットはいつからそうしていたのか。 指の圧力に負けて曲がり、ヘタってしまっている。

傍らの小さなボストンバッグが彼女の荷物。

その程度しかないともいえるし、 それしか持てないとも、 それ以上持つ気がないとも言える。

とにかく。手に持った紙切れと、赤ん坊程の重さも無いカバンだけが彼女の持ち物だった。

あと20分もすれば出発ロビー。

それで終わり。

それから諸々済ませて飛行機に搭乗。

それで終わり。

あと30分足らず。

それで、終わり。

次はどこにいこう。

次は、どこで、償おうか。

草臥れたチケットに記された出発時刻は9時と少し。

これでもう、本当に、本当におしまい。

「ねぇねぇ、これ」

「アァン?・・・・ブゥッ!!まじかよすぐそこじゃん!!」

「今正にやってるって、チョー見たいんですけどぉ!!」

柱を挟んだ後ろの席のカップルが騒がしい。

「おいマジかよ」

「出所的に間違いないぜ!」

「帰って来たのか?!」

「不動遊星も一緒らしいぞ」

「しかもデュエルしてるって!!」

「間違いねぇよホラぁ!」

「ハイウェイがデュエルプライムモードになってるぞ!」

「どこぉ!?ドコォ?!!」

気づけば周囲の喧騒がその色を変えていた。

皆一心不乱に手元の端末と窓の外を交互に見ている。中には、窓に張り付いて何かを見ようとしている人までいた。

何か嫌な予感がして、女はカバンを抱え上げるとふらふらした足取りで出発ロビーに向かって行った。

が、ゲートを目前にして、パスポートを取り出そうとカバンを持ち直した瞬間ひらりとチケットが手を離れてしまう。

はあっと乱暴に息を払って手を伸ばした先、チケットはまた逃げてしまう。

誰かの手に拾い上げられて。

「あのっ、すいませ・・・・」

チケットを拾い上げたのは大柄な男性だった。

しゃがみ込んでチケットを拾い、むくりと立ち上がるまでの時間が、女にはいやに長く感じた。

「オオイっ!ロータリーに不動遊星がいるぞぉ~!」

誰かが大きな声を上げると、皆が一斉に窓に張り付いていく。

一瞬気を取られた女は、不意にぐいっと引かれる力に抵抗できなかった。

「ぁあァッ――」

脚が縺れて倒れそうになって、硬くて大きな男の胸に飛び込んでしまう。

熱く、汗とオイルの匂いがした。

「静かにしろ」

頭の上で低い声がする。

「来い」

有無を言わさず、男は女の手を引いてずかずかと歩いて行く。

握られた手首は痛まなかったけれど、手を引かれる度に鉄の手錠かと思うほど、固くしっかと握られていて、振り解けそうになくて。

女は、男の金色の襟足が揺れるのを只見つめていた。

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