「辞めているだとぉぉ!!!!?」
応接室から轟く怒号と打撃音に、 各々の机に向かっていた職員たちは思わず肩を竦ませた。
ここはとある総合出版社。
政治経済は勿論のこと、デュエルエンタメ関連も積極的に取り扱う、比較的長い歴史を誇るちょっとした老舗である。
当然、目の前の人物の事はこの数年間で取り上げる事も度々のお騒がせスター。今や世界のキングとして名を馳せるジャック・アトラスを報じ続けてきた、 ある種のビジネスパートナーでもある。
そんな彼の突然訪問し、 何事かと問えば社員を一人出せという。
どんな
「どういう事だ!説明をしろ貴様ぁ!!」
「そそそそそそそうおっしゃられましてもぉ〜!」
机をぶち破らんばかりにジャックの拳が叩きつけられ、 用意されたお茶は悉くひっくり返って一面水浸しになってしまった。
世界的VIPの突然の訪問。それだけでも脂汗の止まらない編集室長は紅茶まで浴びせかけられて上から下までびしょびしょの濡れ鼠になっていた。
「辞めたとはどういうことだ!一体何が有った!!!」
「いえぇそのぉ、 一応個人情報といいますか社内事情と申しますか」
「他人の個人情報を切り売りしている連中が一丁前にふざけたことをぬかすな!今奴は何処にいる?!」
「そ、それは・・・・申し訳ないのですが存じ上げませんで・・・・それこそ個人情報ですので・・・・」
「このキングを相手に隠し立てをする気か貴様ぁあ!」
いよいよボルテージの上がり切ったジャックが編集室長の襟首に掴みかかった時、 応接室の扉が控えめにノックされた。 吊り上げられて慌てふためく編集室長は救いの手が伸びたとばかりに大声で入室を促し、 ゆっくりと開いた戸の向こうから恐る恐るという様子で現れたの年若い女性社員であった。
「あ、あの畏れながらキング様、本日は御日柄もよく・・・・」
「今大事な話をしているんだ!くだらん挨拶をする暇が有ったら要件を言え!」
「は、はいぃ!」
ふんと鼻を鳴らして乱暴に手を離したジャックが椅子に座り直すと、 女性はおずおずと話し始める。
「その、 カーリー渚の事でよろしかったでしょうか」
「何度も説明する気は無い。 辞めた事も今聞いた」
「し、失礼しました。 その、私はカーリーさんと仕事をしていたのですが」
沈んだ面持ちで話す女性の言葉を、 ジャックはつい先ほどとは打って変わって静かに聞いている。
「辞める直前のカーリーさん、 本当に、 なんていうか、暗く沈んでて・・・・。ホント、普段のカーリーさんを知ってたら信じられないくらいでした。はじめは身内の方に不幸でもあったのかと思ったのですが」
「そんな話は聞いてないよぉ。 それに、 無断欠勤したかと思ったらその日の内に退職願まで送られてきたからねぇ。 そういうわけで我々も困っていたわけなんですよ。 彼女は優秀でしたから」
「本当、ある日突然でした。 仕事も全部やりかけで」
「カーリーが仕事を投げ出したと?」
そう訝し気に問い返してすぐ、 ジャックは何か考え込む様に口許を隠すと、 二人の話が終わる前に席を立った。
「あ、あの」
「もういい。 ここに奴はおらず、 貴様にもどこにいるのか分からんというのなら長居する気は無い。 邪魔をしたな」
そのままつかつかと応接室を出ていくジャックを、二人は静かに胸を撫でおろしながら見送り。
「あぁそうだ」
ぴたりと止まった背中にぎくりと背筋を伸ばす。
「今回の詫び代わりにKRGP後の独占インタビューを許可しておく。 ここに連絡してスケジュール調整をしておけ」
ぴっと胸元から取り出したカードが飛んで机の上を滑る。 零れて水たまりとなった紅茶の縁で止まったそれにはチームの連絡先が書かれていた。
思わぬ大仕事に小躍りする二人に振り返りもせず、 ジャックは出版社を後にする。
社の前でタクシーを拾ったジャックは、一言二言ドライバーに告げるとそれきり先ほどのように深く考えこむ。
少しだけ思いつめた様子でもあった。
(あのカーリーが仕事を辞めて行方をくらました・・・・? 考えたくはないが・・・・)
流れていく車窓からの景色にじっと視線を投げかけるジャック。しかし、ジャックからは既に郷愁を愉しむ余裕は消えている。
覚悟はしていた。
だがどこか楽観的に考えてもいたをこと否めないと、その眉間に深く皺が寄る。
(わからん。 しかしこうなっては一刻も早く見つけなければ)
それからタクシーを待たせては様々な場所を訪れた。
カーリーの、かつてほんの僅かな時間生活を共にしたアパート。
カフェ(ステファニーはいなかったが念のため店の外から観察した) 、公園、 スタジアム、復興して雑居ビル群になった地域、建て直された病院。 そして、遊園地。
それでも足取り一つ掴めず、 手詰まりに近づく中で既に夕刻に差し掛かろうとしていた。
行く先を告げずに黙り込むジャックを怪訝な顔で見るドライバーに、最後の行き先を告げてジャックは押し黙った。
黄昏の近づく街並みは、背の高いビル群からやがて雑居ビルや一軒家の多い区画に代わり、 そこを通り抜け更に見通しのいい地域に差し掛かる。
(さすがに変わらんか。 この辺りは)
旧サテライト地域 。
シティとサテライトが統合されて随分と経ち、あの頃にはもう目覚ましく整備されたこの辺りだが、 それでもスラムのようだった街並みの一部はそこかしこにいくらも残っている。
本当の意味でも帰郷。
とある街角で支払を済ませると、 ジャックは平家の、 他よりも少しだけ広く大きめの建物に近づいていく。
門扉の内側、開けた運動場の砂を踏み、戸を叩くと、少しして浅黒い壮年の女性が顔を出した。
「はいはいはい、どちらさま――ジャック・・・・ジャックかいッ?!」
「あぁ、ただいまだ」
昔から少しも変わらない。 年月相応に刻まれた苦労の後こそ増えてはいるが、その声の張りも、ふくよかな体型も覇気もまるで衰えていない。
この孤児院マーサハウスの主たるマーサであった。
「なんだい急に、連絡くらいよこせないもんかね」
「すまんな、日帰りのつもりだったんだが予定が変わってな」
「まったく、 世界一のキングになっても向こう見ずなとこは変わんないねぇ。 ほおら、お上がりよ」
マーサに導かれて入った孤児院は随分と綺麗になっていた。
散乱する子供たちのおもちゃや勉強道具こそ以前のままだが、 いたるところが整備されて洗練された施設に生まれ変わっている。
「随分とこぎれいにしたものだ」
「どこの誰だか知らないけどね、寄って集って寄付してくる連中がいるもんだからねぇ。
感謝して使わないと勿体ないだろ? 最近じゃお手伝いまで雇えるようになったよ 」
マーサが意地悪気に微笑み、 ジャックもどこか照れくさげに顔を背けながらも、その口の端が上がる。
「マーサぁだれぇ?」
「ねぇねぇさっきジャックって・・・・え――」
「えー!!キングだぁ!」
「キングだ!凄い!本物だぁ!!」
部屋の大きな扉から溢れるように子供たちが押し寄せてきて、ジャックをあっという間に取り囲んでしまった。
「すげぇ!本物!本物!」
「れぇねぇレッドデーモンみせてェ」
「Dーホイールみたーい!!」
「なんで?!ねぇなんで?!」
「はいはぁい!みんな!ジャックは遠くから来てくれて疲れてるんだよ! だからー」
子供たちを鎮めようと声を張り上げるマーサをジャックが手で制する。 既にジャックの腕
に子供が1人抱きかかえられ、二人ほど腰にしがみ付きよじ登っている。
「かまわんさ。 一晩世話になりたいんだ。 これくらい宿代にもならないだろう」
そう言って子供たちを引き連れて外へ出ていく。
嬌声を上げてそれに続く子供たちを見送ってやれやれと肩を竦めるマーサは手早く部屋の
片づけを始めた。