「俺、今は見ての通り配達やってんだがよ」
「貴様の近況などどうでもいい、 カーリーについてだけ話せ」
所変わりマーサハウスの一室。
長い話になりそうだと気を利かせたマーサに導かれ、三人はそれぞれ席について向き合っていた。
ツメテェやろうだなぁ、とカップに口を付けてからムクロは記憶の映像を見返すように宙へと目を泳がせた。
窓の外に停まったトラックを見遣って、 それから二人に向き直りとつとつと語り始めた。
「最近よ、 この辺で炊き出しやっててな」
「炊き出し?」
「食えない連中の為にシティからご飯を配ってんのさ。 只じゃないよ?辺りの掃除とは荷運びとか、 簡単な仕事の報酬って体裁で週1で温かい飯を食ってもらおうって、セキュリティの治安維持施策なんだとさ」
補足するマーサによれば、いくら街が良くなってもそこからあぶれる連中は出てくるのは避けられないとのことだ。 この辺りは今でも、そんな弾かれ者の受け皿なんだという。
「でな、炊き出し側は基本セキュリティの連中なんだが、 一部、っつうか半分は一般のボランティアなわけだ」
「その中にカーリーがいた」
「分からん」
ジャックが拳を握って立ち上がる。
「バカおめぇちっとは落ち着いて聞けねぇのか!俺だって直接面識ねぇしおめぇと一緒に居るのをテレビで見ただけだからよ!ほらアレ!デカい城がシティの上に出た時の中継とか!」
確かに、あの時は中継中にカーリーが。
とにかく、 と、 ムクロが咳払いして話を続ける。
「俺も卸値で買った食材とか一部寄付してんだけどな、 そん時に荷物に受け取りに来た女がな?やたら顔顰めてっからてっきりガンつけられてんのかと思ったら、途中からすげぇ分厚い眼鏡掛けはじめて、 そこでアァ、なんか見たことあんなって」
そこで一度口を湿らせるとまた記憶を掻き出すように額に指を当てて語る。
「まぁ髪はバッサリ切っててよ、俺もテレビでちらっと見ただけだったから確信は無かったんだが、せっかくだしお前の話振ってみたんだけどよ・・・・」
そこでまたカップを取ってゆっくりと傾ける。
無意識に上下し始めた膝をマーサに制されてハッと我に返るが、何やらあーうーと言い淀むムクロに徐々に我慢が利かなくなる。
「それで!その女がカーリーなのか?!」
「いやだからよぉ!・・・・まぁ、ぶっちゃけ聞いたんだよ。 アンタ、 ジャックの知り合いなのかって、世間話程度にな?そしたら」
『いえ、もう関係ないので』
そう言ったんだという。
「いや、その物言いがよ、 なんつうの?しどけないっつうかしおらしいっつうか・・・・なんかタダ事じゃねぇなって思ったんで、ウチと同じように炊き出しに寄付してる得意先のカフェの子に聞いたら 「もしかして振られちゃったのかな」なんて言うからよ。 だからオレぁてっきり」
じっと聞くジャックの表情は硬い。
(関係無い、だと・・・・?)
仮にその娘がカーリーだとして、いったいどういう意味なのか。
我知らずシャツの胸元を握り締めるジャックの腕が取られる。
「ちょっとジャック、 立ちな」
「は?」
隣で難しい顔をしていたマーサが立ち上がってジャックの二の腕を掴んでいた。
呆気にとられるジャックを「ホラ」と無理やり立たせると、水平にした掌を何度かジャックの肩口に当て、 ある地点で手を止めると、
「ムクロや、その子ってのはこんくらいの背丈じゃなかったかい?」
と問う。
言われたムクロも立ち上がって、うーんうーんと記憶と目の前のジャックとマーサの手とを見比べてしばらく。
「まぁ、そんくらいだな」
「髪はこんくらい」
今度は自分の方の辺りに水平に手を翳す。
「おうそうそう、 ロングボブってぇの?」
「目が悪いんだね?」
「あぁ、相当分厚い眼鏡だったしな。 眼鏡してないときなんか箱の商品名も碌に見えてなかったみたいだったなあ」
「で、ボランティア参加なんだね?」
「そうだけど、 なんだマーサさん、 知ってんのか?」
「?! マーサ!」
ジャックが思わず声を荒げるが、 マーサは深く考え込む様に顎に手を当てて唸り声を上げている。
そのまま棚の方に行くと、 引き出しの中の書類をガサゴソと捲って、 やがて一枚の紙を取り出した。
「うーん、まぁ隠してた訳はじゃあないんだよ」
そう断ってから机に差し出された紙を見てジャックは目を剥いた。
それは履歴書だった。
「昼間に言ったろ?人を雇う余裕ができたって」
履歴書には名前しか書かれていない。 住所も、経歴も空欄。 ただ、 何故か当然のように顔写真だけは貼られていた。
そこに映し出される女性の面立ちは、確かにカーリーのように見えた。
長かった髪は肩口でざっくりと切り揃えられている。 少し痩せただろうか。 眼鏡を外している。 目が落ちくぼんで頬は扱けて、随分と窶れているように見える。
「その子はアンって名乗ってたよ。 なんでもいいから、 タダでもいいから働かせてくれって、特段身なりが汚いわけでもないのにだよ?訳アリなんだなって思ったけど、働いてもらうからには金を払わないとだろう。 だからさ、デタラメでもいいからってこれ渡して、一応雇用の体裁だけは取っといた方がいいって雑賀がねぇ」
いつ、どこで、今は、 どうして。
ジャックの中で聞かなければならないことが渦巻いて喉まで上るが、 彼の意識は別の場所に吸い寄せられてその心を囚われていた。
写真に映るカーリーと思しき女性、 その瞳。
暗く、 何年も流れの滞った沼のように淀み切ったソレは、かつての溌剌として覇気に溢れたあの眼とはかけ離れた印象を受けた。
確かに容姿には幾分かの変化はある。
しかし、何よりもその瞳の色が余りにも違うがために、 ジャックをして 「思しき」と言い淀む程に、以前の人物像との差異を生じさせていた。
「マーサ。 次にこの女が来るのはいつだ」
「うーん、予定じゃあ来週の月曜日だよ。 なんでも他でもボランティアをいくつも掛け持ちしてるとかでね、ウチで働くのは週1ってことになってる」
「・・・・そうか」
4日後。
それまでここで待てば、 カーリーに会える。
(しかし)
どうしても気にかかる。
気が急く。
どうしようもない胸騒ぎが突き抜けて背中を押す。
嫌な、嫌な予感が確信に変わりつつある。
「ジャック」
「おい、顔色悪いぜ」
二人の声に気を取り直して、すっかり冷めてしまったコーヒーを流し込むと深く息をつく。
ジャックが鋭い目つきでマーサを見た。
「マーサ」
「明日は埠頭だってさ」
機先を制されて目を瞬くジャックに構わずマーサは腰に手を当てて続ける。
「明日は埠頭のゴミ掃除、 明後日は別のトコの炊き出しで次の日は廃品回収の手伝い。 だいたい決まってるみたいだけどそれ以上はわかんないね」
「マーサ!」
期待以上の情報に思わずマーサの肩を掴む。
力強く微笑むマーサはジャックの腰をバシンと叩いて笑い、 そしてキッとその瞳を真っすぐに睨みつけた。
「何がしたいか知らないけど、 あの子の抱えてるもんは相当なもんだよ。 目を見りゃ判る。ほっといたら、ふらっといなくなっちまうんじゃないかって思うほどだ」
大きく分厚いジャックの胸に拳を押し付けてグイっと押す。
「男ならビッと決めなっ!いいね?!」
僅かにたたらを踏んだジャックだが、 胸に渦巻いていたモノが、 マーサの拳に追いやられて鳴りを潜めたように感じた。
「あぁ。 俺はキングだからな」
マーサに押された場所に自分の拳をぶつけるジャックの表情は、先ほどの強張った物よりも随分と活力に満ちていた。