カランコロン、というドアチャイムの音にハッと目を覚ます。
頭を振って意識を無理矢理起こして時計を見る。
(どれくらい眠っていた)
思考の堂々巡りに疲れて不意の睡魔に襲われてから、大凡2時間といったところだった。
(まったく、本当に酷い有様だ)
店内は変わらず閑散としているが、いくらなんでも長居しすぎた。その内人が来て、ジャックがお忍びで帰郷している事が露見しても困る。
せめてホテルで休もうとキャッシュカード取り出した時、店主の声が聞こえた。
「お?どうしたんだこんな時間にぃ、昼にゃ遅ぇが帰るにゃ早いだろ」
「あぁ、実は3日前から缶詰だったのが研究室の部下にバレてな。帰って寝ろと叱られた」
「バッカだなぁおめぇも、働きすぎだぞ?」
「氷室は暇そうだな。コーヒーをくれ」
「本当にバカなんじゃねぇのか?帰って寝るのにコーヒー飲んでどうすんだよ、ミルクにしとけ」
思わず立ち上がった。
膝がぶつかってテーブルがガタリと音を立てると、カウンターにいる二人と目が合う。
一人はアチャーと額を抑え、もう一人は呆然とジャックを見つめた。
「ジャック」
見紛うはずもない。
ジャックにとって不倶戴天のライバルであり、同時に苦楽を共にし、互いを高め合いながら何度も何度も苦難を乗り越えたかけがえの無い仲間。
終生の友にして、未だもって超えざる壁。
「・・・・遊星」
喉の奥から、絞り出すように声を出すまでに、幾許かの時間を要した。
「ジャック、ジャック!帰っていたのか!いつからだ?連絡くらいよこせばいいだろ!」
遊星が駆け寄ってきて肩を叩いた。
ジャックは顔を背け何も言わない。
「そうか、この間の大会で王座防衛に成功したんだったな。おめでとうジャック。マーサやゾラにはもう報告したか?まだならーー」
再会が余程うれしかったのだろう、連日の徹夜明けで気分が高揚しているのかも知れない。
一方的に捲し立てる遊星と黙りこくるジャックという光景をカウンター越しに観察していた店主ー氷室も、遂に耐えかねて口を挟んだ。
「ぉおいおい遊星、その辺にしとけよ。ちっとは落ち着け、そんで考えろ」
「? どういうことだ氷室」
きょとんとして振り返る遊星に、氷室が特徴的な頭をガシガシ掻いて困ったように溜息をつきながらその素朴な疑問に答える。
「昼下がりくらいか、こいつ死にそうな顔して入ってきてな、それからずっと黙りこくって難しい顔してじっとしてやがったんが」
ジャックはフンと鼻を鳴らすとどっかり音を立ててソファに座り直した。
「まぁなんだ、遊星。本当に凱旋のつもりならよ、おめぇはともかくこいつが龍可や龍亜にも何も言わずに帰ってくるなんて考えられるか?」
あの二人に連絡があったなら、少なくとも龍亜は龍可に連絡するし、龍可も口止めされない限りはすぐに全員に伝えることだろう。
そこまで考えてハッとジャックを見る遊星。
「なんかマジぃ事なりなんなり、帰ってきてるのを知られたくなかったって事だろ。違うか?」
「ジャック・・・・」
ジャックは腕組みをしたまま動かない。
それもそのはずだろう。ジャックは、特に今回の帰郷の目的という点で、特にこの男だけには顔を合わせたくなかったのだ。
「そうかジャック、すまなかった。だがこればかりは偶然だ。あまり気を悪くしないでくれ」
「フン。貴様は相変わらずのようだな」
そう、かつてのようにやりとりをしている、つもりのジャック。だが、その気勢に些か覇気が無い事に遊星はすぐに気がついた。
向かいの席に座ってじっとジャックを見る。
何も答える気はない、とばかりに黙って目を閉じているジャックだったが、次第に絶え間ない視線にイラつき始め、遂に爆発する。
「えぇえい!なんのつもりだ!言いたい事があるなら言え!」
「いや、ジャックが話してくれるまで待とうと思ったんだが」
拳をわなわなと振るわせるが下ろす先もなく。
短く太い溜息を吐くとすっかり冷え切ったコーヒーをさっと飲み干して立ち上がる。
「店主、勘定だ」
「待てジャック、どこへ行くんだ」
「ホテルに帰って寝る!お前もとっとと帰れ!」
「何か予定があるのか?」
「貴様の知ったことではない!」
「そうか、暇なんだな」
「なぁんだと貴様ぁ!!」
遊星も立ち上がり出口へと向かった。
「ならウチに来い。俺も久々のオフでな」
「人の話を聞いているのか貴様は!?」
「話を聞きたいからだ。お前、本当に酷い顔してるぞ」
ぐぐぐ、とジャックが答えに窮する。
確かに遊星なら事情は把握している、誠実でもある。相談相手としては申し分ない相手だ。
しかし、それはそれとして、殊女絡みの話で遊星に相談するなど言語道断の屈辱だった。
「その様子だと随分思い詰めてるんだろう。せっかく何年振りの再会なんだ、たまには派手にやろう」
そう言うと、遊星は氷室にコインを指でピンと弾いて渡すと店を出ていった。
「お、コーヒー一杯分か。毎度ー」
「なーぁーー!」
遊星を追ってズカズカと店を出ていくジャックの背を見送りながら掌でコインを転がす氷室だけが店内に残された。
「ったく、サインぐらい置いてけってのに」
夕方に差し掛かり、客が入り始める前にとカフェからバーへの模様替えを始める。
やがて、近隣の企業から客が殺到するのだから。
氷室仁の一日はこれから始まると言ってもいい。
店を出て左右を見ると、遊星はスタスタと住宅街の方へと歩いていってしまっていた。
それをドタドタと追いかけ隣に並ぶ。
「遊星!貴様まさかコーヒー代」
「あぁ、王座防衛記念のご祝儀とでも思って受け取ってくれ」
「相変わらずせせこましい、ではなく!このジャック・アトラスに施しを与えようというのか!」
「ははは、マーサハウスに送ってる額に比べれば些細なものだろ?」
「ええい!払う!貴様の施しは受けん!」
「じゃあ家に着いたら適当に何か頼もう。それ、払ってくれジャック」
「はぁー?!」
「もちろん割り勘でも構わない。今日は再会を祝って飲もう。実はアキの両親から高い酒を貰ったんだが、一人ではどうにも開けるに開けられなくてな」
「あー、ぁぁあぁぁぁあああーー!!!それだ!これだからお前には相談したくないんだ!」
「なんだ、やっぱり相談したい事があったんじゃないか」
「お ま え に は!話したくない事なんだ!」
「うるさいぞジャック、近所迷惑だから静かにしてくれ」
「誰のせいだ!」
「それに、お忍びの里帰りがバレるのはマズイんじゃないのか?」
「むぐぐぐぐぐぐ・・・・」
騒がしい。喧しい。鬱陶しい。
遊星に嗜められてムカムカしながら黙って着いていく中で、ジャックは不思議と心が軽くなっている事に気がついた。
煩わしい。馬鹿らしい。懐かしい。
チーム5D'sとして駆け抜けたあの日に少しだけ立ち戻ったような、悪くない苛立ち。
認めたくはない。認めたくはないが。遊星、この男の物言いに釣られてついあの頃に戻ったようなつもりで声を荒げてしまった。
あれから5年。すっかり大人になっても、知己の仲とはそういうものなのかもしれない。