そいつの名は、誰も知らねぇ。
名乗りもしねぇし、話すらしねぇ。
素性だって、探りを入れようが誰も帰ってこねぇ。
不気味? ふん、やはりそう思うか。
だからこそああいう奴に賭けたくなんのさ。
─賭場の頭目のインタビューより抜粋─
傭兵ナンバー、A-999。
それは、とある時期に突如アリーナに出没した、素性も知れぬ傭兵の名……正確には識別番号であった。逆に言えば
誰もその素性を知らず、当初は最低ランクのランカーにさえ苦戦していたものだったのだが、最終的に奴の残した成績は、誰も超えることができないとまで言われた。
姿を消したA-999の跡を継ぐ誰かが現れることを願って、今日もアリーナは熱狂する。
……この状況を語るには、まず前提条件から話す必要がある。それは、アリーナランカーたちはこぞってある戦闘メカに搭乗している、ということ。
《マルチロール・バトル・フレーム》
それぞれの頭文字から通称M.B.Fと呼ばれるこれは、様々なパーツを揃えた汎用戦闘機械で、歩兵用強化外骨格の延長線上に存在する兵器である。
そしてM.B.Fに乗る傭兵たちがあらゆる理由で集うその地こそ、アリーナ。トップを巡り争う闘争の縮図だ。
そんなアリーナにあるひとりの新参が参入する。
そいつの名は《傭兵識別ID/B-9》
名前は無いらしく、巷では伝説のトップランカーA-999の模倣だなんだと噂が流れた。多種多様な、それでいて一貫している罵倒を見物人どもは浴びせる。
だが、俺にはわかった。こいつは二人目の伝説になると。
『B-9選手、入場!』
円状の平坦なアリーナの選手用入口から、一機のバトルフレームが姿を見せた。
ダイオニクス
40mmライフル、アイアンロッド、小型ミサイルポッドと、武装も変哲のない標準そのもので、その機体から読み取れる情報は、彼、または彼女がダイオニクスINDから雇われた広告塔のような存在であることだけだった。
そしてそんな自分を誇示しない者に対し、アリーナの見物客は大抵良い目を向けない。勝利に貪欲な人間にこそ
『続いて、サイファー選手の入場です!!』
B-9のあとにアリーナへ足を踏み入れた、ランク50のアリーナランカー《サイファー》は、B-9とは対照的に観客からの熱い声援を受けている。予選を勝ち進み、小さな依頼をコツコツと達成して積み重ねた実績から、それなりのファンを獲得しているからだ。
このアリーナ界隈にはファンという存在が一定の価値を持っている。どれだけ腕が良かろうが戦績が良かろうが、人気が無ければファンからの金銭援助が受けられない。援助が受けられなければアリーナでは勝利時に得られる賞金でしか稼げない。
逆に言えば、どのように無様に敗北しようが戦績が低迷していようが、ファンを獲得していれば、資金援助は得られるのだ。
その点、サイファーは上手いことファンの心を掴み、それなりに良いフレームパーツを購入出来ている。
基礎フレームはトライアングル社製《第六世代型M.B.Fブルーム》で固め、25mm
特に、傷が目立たず購入してすぐということが容易に伝わるのは、その背部に備え付けられたバックパックから伸びる高熱粒子砲である。いわばビームキャノンであり、トライアングル社の傑作エネルギーキャノンだ。
『B-9選手は素性・腕前その他一切不明の謎のルーキー! 対するサイファー選手は苦境にも臆せず立ち向かう強かさに惹かれるファン多数! 装備を新たに購入した搭乗機《クロークスクリュー》の姿も心做しか嬉しげです!!』
その紹介に合わせてサイファーのバトルフレーム・クロークスクリューが、マシンガンを持つ手を掲げて観客席に手を振る。それは彼にとってのファンサービスの一環らしく、カメラアイと目が合ったファンたちは喜色の声を挙げている。
対するB-9を応援する観客は皆無と言ってよい。今後に注目する奇特な客は少数存在するものの、世俗的な一般客のほとんどにとっては、実績や人気を持つランカーの方がいわゆる
その後もサイファーの事を事細かに説明する実況解説者の言葉を聞き流しながら、もはやぼろぼろで買い替え
時刻は19:59。もうすぐ本日二回目のアリーナバトルが開催される時間だ。
短針と長身が重なって動いた。
アリーナ全体を歓声が覆い始める。そしてそれを上書きするかのように、三度ブザー音が鳴り響く。バトルが始まる合図だ。
スリーカウントの後、一際大きく、高いブザーが会場を包んだ。
二機が見合う。一方は何の変哲もないMF6。もう一方はブルームのカスタム機。開幕すぐにサイファー機、クロークスクリューが腰を落とし、二足で踏ん張って高熱粒子砲を射出する。
アリーナの観客席は強靭な装甲板で固めた障壁で守られているので安全だが、MF6は戦闘メカとして機動性と戦闘能力を両立させるために装甲などは重視されなかった。
だからB-9は回避する選択をした。脚部のブースターが強く火を噴き、機体を浮き上がらせたかと思うと、肩のブースタユニットが閃光を発してMF6が大きく横に逸れる。
サイファーも初撃が命中するなどとは考えていなかったのか、立ち上がってブースタ移動を繰り返して距離を縮めつつ、マシンガンのトリガーを引き続ける。
飛翔し続ける25mm高射砲弾の雨がいくつもMF6へ叩きつけられるが、B-9はものともせずライフルによる反撃を始める。40mm砲がサイファー機へと着弾し、装甲を大きく削っていく。
それに対してブースタを切って着地したサイファーは、出力を上昇から側面移動へと切り替え、回り込むような移動をしながら機関銃を向けた。
B-9はなおも機銃の弾を受け続けているが、機体へのダメージ蓄積に怯むことなくミサイルポッドを展開し、二発のミサイルの矛先をクロークスクリューへと向けた。
クロークスクリューは飛翔し迫り来るそれに注視し、十全に引きつける。着弾の瞬間、肩部のサイドブースタを瞬間的に点火し、機体の軌道を真反対へ向けることで回避する。
更にマシンガンによる反撃を続けようとしたサイファー。
だが、その目には
続けて後退しつつ敵を探すサイファーが最後に思い至ったのは、上。危険を感じたか急いで左方向に逸れたのが功を奏し、B-9からの攻撃をどうにか躱した。
サイドブースタを吹かして方向転換したサイファーが見たのは、自分が立っていた場所に深々とアイアンロッドを突き刺すB-9の姿。上部から急降下し、勢いよくロッドを突き刺そうとしていたのだ。
それが当たれば、いくら隔壁を重ねて補強しているコクピットだろうが、問答無用で貫かれ、死。
その光景に戦慄したか、否か。ともかく高熱粒子砲を構えて発射するが、ロッドを放棄して高速で回避機動を取ったB-9には当たらなかった。
会場がざわめく。それなりに戦果を挙げているランカーであるはずのサイファーが、こうまで追い詰められているなんて、と。
しかし試合は無情にも進んでいく。それもサイファーの不利という形で。
サイファーのクロークスクリューは、ミサイルのような二発三発も貰えば戦闘不能か、良くても重篤な損傷を負うような武装をこそ躱してはいるものの、ライフルによる着実なダメージの蓄積によって、かなり際どい状況に追い込まれていた。
B-9のMF6は逆に、ただでさえ貫通力に優れないマシンガンの攻撃を的確に回避していくために損害を最小限に抑えており、戦闘の継続は容易である事が窺えた。
サイファーがどうにか一転、逆転勝ちを狙うべく更にマシンガンを乱射しつつ突進する。その際にバックパックをジョイントからパージすることで、機体のスピードを確保しつつ。
そして速度が上昇したブルームからの射撃を嫌い、B-9は身を翻してボディフレームのブースタを点火した。
ボディに搭載可能なブースタはメインブースタと呼ばれ、燃費を度外視して出力に特化したものばかりが採用される傾向にある。
逆に言えばそれほど低燃費型メインブースタは好まれないのである。その理由のひとつにメインブースタによる急接近や急速後退は、戦況をリセットしつつ自身のペースにもつれ込ませる事ができるからだ。
そして御多分に漏れずB-9の採用するものもまた、高出力タイプのメインブースタであったらしい。
超高速で飛び上がったMF6は、天井スレスレまで高度を上げたのち、ボディを下に向けて急降下しつつミサイルとライフルを同時に構え、同時に撃ち出した。
サイファーはそれをどうにか躱しつつ、反撃を狙う。MF6はクロークスクリューへ一直線を描くように突進している。相対的にマシンガンの衝撃力や貫通力は向上しており、それら全てが直撃すれば大ダメージは確実、それどころか一瞬で無力化される可能性さえある。
強襲降下によって弾速に機体速度を乗せた高速の攻撃は、その幾つもがサイファーのクロークスクリューを貫くが、サイファーも負けじと返したマシンガンの打撃でMF6のボディフレームを大きく歪ませた。
わっ、と会場が湧く。サイファーの反撃でダメージを受けたMF6と、細かな損傷の蓄積で所々が破損しているクロークスクリュー。それは外側から見れば確かに互角の勝負であった。
何があるか分からないから、M.B.F同士のぶつかり合いと、それをスポーツ感覚で観戦できるアリーナは民衆から多大な人気を誇り、支持を得ていた。
高速で距離を詰めれば当然、双方の交戦距離も必然的に狭まることになる。距離が近くなれば、長射程から攻撃可能なライフルよりも短距離でより濃密な弾幕を浴びせられるマシンガンの方がより強い。
B-9にはクロークスクリューへと接近する理由がなかった。それなのにリスクを犯し、実際に大打撃を受けたのには、わけがあったのだろう。
トドメを刺さんとクロークスクリューがレフトアームのショートブレードを振る。
だがショートブレードが実際に穿ったのはボディフレームではなく、ライフルを保持していたライトアームフレームだった。サイファーも困惑していたが、直ぐにその理由に思い至ったのだろう。
ブレードを持つレフトアームフレームのジョイント……つまり肩部が大きく破損しており、狙った位置に曲げられなかったのである。
そのためにボディではなくライトアームへと狙いが逸れ、勢いだけのブレードはアームを斬り落とすまでにも至らなかった。
そして逆に、MF6は射撃武器を失い、近接武器を持たず、この近距離ではミサイルも敵バトルフレームの頭上を跳び越すので使えず終い。どう戦うか聞かれれば、普通はミサイルの有効距離まで離れてからミサイルポッドによって攻撃すると答えるはず。
だがMF6はおもむろに足元に左手を伸ばす。そこにあったのは、ビームを受けて半ば溶けかけているアイアンロッド。
距離を縮めたり離したり、戦闘の駆け引きをしていたのは自身の得意な距離で撃ち合うためではなかった。すべては、トドメを刺せなかったあの場所……アイアンロッドの突き刺さっていた場へと誘導するための布石だった。
ロッドを勢いに任せて引き抜いたMF6は、そのボディとレッグのジョイント部を正確に狙い、突き刺した。
そして左方向へ振り払い、ジョイントを完全に切断すると、クロークスクリューは轟音を挙げて倒れる。その時点で戦闘継続不可能と判断され、審判から戦闘終了の合図と同時に、両機の火器管制装置にロックが掛かる。
MF6が余裕とばかりにクロークスクリューに背を向け、自身がアリーナにエントリーした入場口へと戻っていく。
その背に賞賛と、そしてブーイングが織り混ぜられた声が嵐のように投げかけられるのを、B-9は意にも介さなかった。
B-9。
期待の新星たる新ランカーの活躍が続くのか、アリーナ広報はその一点に注目が集まると報じ、B-9は瞬く間にその名を界隈に轟かせた。
サイファー選手へのインタビュー記事が、とあるひとりのランカーの目を引いた。今日の二試合目は新参と最低ランカー同士の、くだらない争い。基本的に上位ランカーのほとんどは、そんな低ランクな戦いには見向きもしない。
彼以外は。
ネット記事に載っていたURLから、ホームページに掲載されているインタビュー動画を開く。簡単な前口上を述べたところで本題が映った。
『───といったところで、本日はサイファー選手へのインタビューを行いたいと思います! サイファーさん、よろしくお願いします!』
『よろしく頼む。聞きたいことはわかってるがな』
サイファーが腕を組みながら答える。本人へのインタビューというよりは、彼が戦った相手……全てが不詳の新ランカーB-9の情報を少しでも公にしようという意図だろう。それを早めに汲み取っていたサイファーは見るからに不機嫌そうだが、インタビュアーは鈍感なのかそれに気付く様子も無い。
『善戦でしたが、惜しくも敗退してしまいましたね。B-9さんの戦い方に関してどうお考えでしょうか!?』
『ハァ……。 アレは正気で出来る動きじゃない。
パイロット経験があったり、技能研修を少しでも齧ったやつなら知ってると思うが《バトルフレームが感じた情報は全て
奴が最後にやってきた、急降下強襲。アレは恐怖を克服した人間ができるものだ。それこそ上位ランカーか、そもそも感情がないとかな。いずれにせよ狂気の沙汰だぜ。 ……もういいか?』
サイファーが腕時計を見る。どうやら時間が押していた中でのインタビューだったらしい。離席するサイファーを見送ったインタビュアーが急いで切り上げた。
『え、あっ! ………と、との事です! サイファーさん、ありがとうございました! さて、新ランカーとなったB-9さんには今後も注目が集まることでしょう! 今後の活躍に期待したいところですね! 来週の《THE SPOTTERS of ARENA》ランカー特集もお楽しみに!』
動画は終わった。部屋に沈黙が流れる。やがてそれを断ち切ったのが、動画を再生していた
「はぁ、待ちきれないなぁ……楽しみだ……うくくくっ…」
妖しい笑みはそのまま闇の中に消えていった。
DIONIX HEAVY INDUSTRIAL(ダイオニクス重工)
大戦争以前から開業されていたM.B.F製造メーカーのひとつ。実弾を用いる質量兵器を製造する傾向にあり、フレーム性能もどちらかといえば安定重視志向であり、ピーキーさよりも安定感を求めるユーザーに好まれる。総じて、一定の性能を保証する優良企業。
Triangle's M.B.F Company(トライアングル社)
ダイオニクス重工と祖を同じくするM.B.F製造メーカー。ダイオニクス重工のライバル的立ち位置であり、対抗するように実弾を用いた兵器を多く発売するが、試験的兵器を発売することもある。自社の顧客に試験フレームを貸与する事も多く、リピーターも多い。
THE SPOTTERS of ARENA(ザ・スポッターズ)
アリーナ選手の情報を一纏めにし、それを売り物とする有志連合の打ち立てたメディア企業。彼らが存在する限りプライベートなどあったものではない、とランカー達から不評な一方、憧れのランカーの情報を得られるためファンからは好評。
傭兵識別ID・C-19634
パイロットコード:CIPHER(サイファー)
ランク50→ランク外
ランカーの中では若手。複数の依頼から生還し、補充アリーナを勝ち抜いた事で、晴れてアリーナの土を踏む事になった。ランカーとしてはまだまだ途上だが、傭兵としてはある程度腕も立ち、上位ランカーとの交戦を生き延びた経歴も持っているため、企業からの評価は平均よりかなり高い。
搭乗バトルフレーム:Cloak screw
25mmマシンガン、ショートブレード、ビームキャノンと、安定感と攻撃能力を両立しつつ火力の底上げを狙った武装構成の、
操縦面の観点から見てもかなり扱いやすく、パイロットを選ばない。代わりに交戦距離は少し短く、射程の長い武装を持つ相手は不得手とし、また自身よりも機動力が高い相手との削り合いも苦手としている。
逆に、重装甲のM.B.F相手は得意。