わーかってねぇなあ、アンタ。
サイファーはランクこそ低いが、実力は中堅クラスだ。
そんなサイファーでさえ、油断したら即やられてんだ。
こりゃ、あの伝説のトリプルナインの再来かもなあ。
あ? トリプルナインはなんだって?
そんなことも知らねぇのかよ……って。
お嬢ちゃん、まだ若ぇのか、じゃあ知らねえか。
伝説さ。アレは。
─自称・アリーナ通の発言より抜粋─
ある日、アリーナを代表する全てのランカーたちは、たった一人の《伝説》に敗れた。
何も分からない、素性も年齢も性別も。その目的や、掲げる目標など以ての外。誰もあった事さえないとまで噂された、伝説のランカーA-999。
彼、あるいは彼女は、トップランカーの座に立ってから僅かひと月で姿を消し、それは人々の憶測に次ぐ憶測を呼んだ。
依頼を失敗し死亡したのではないか。高齢だったか病だったかで死んだんじゃないか。ある出会いを経て戦いを辞めたのでは。
無論それらは本人の口から語られたものではなく、くだらない予測から来るものであることは周知の上だったが、それでもトップランカーの突然の失踪という特ダネは、アリーナ界に波紋を起こした。
結局その後、A-999が発見されることなく時が過ぎて二十余年。人々が既にA-999の姿を再び拝むことなど諦めていた時、彼、あるいは彼女は現れたのだ。
傭兵識別ID・B-9。
A-999ことトリプルナインの模倣、とされる存在。
伝説は、再来なるか。
人々は新たなる予感に、またも熱狂しようとしていた。
アダムはある日まで、普通の青年だった。ただ変わったことがあるとすれば、それは人並み以上に恐怖心が薄い事だった。
死という概念がよく分かっていなかったとも言う彼の言葉に偽りがない事は、彼の戦いを常に見ていたファンならばよくわかる事だろう。
フェイントなど通用せず、自分がやりたかったアクションをそのまま次の行動に移す。それは、初めて補充アリーナで初戦を突破した時からずっとそうだった。依頼をこなしていく時でさえ、時に死という恐怖を忘れているかのような振る舞いを見せるのである。
だからこそ、普通とは違う戦いを見せてくれる彼に惹かれる者は多い。
『アダム・ロック選手の入場です!!』
会場を歓声が包む。ザ・スポッターズのランカー特集にも好んで出演する数少ないランカーの一人であるアダムを祝福する声は多い。それだけファンも多く、彼を推す人々は彼の好青年たる姿を知っている。
アリーナ入場口の陰から、一つの機影が浮かぶ。それの後ろが眩く輝き、機体に一瞬の後光が差したのち、爆煙を挙げながらアダム機のM.B.F、プレジデントの姿がアリーナのフィールド中を駆け巡り、飛び回る。
プレジデントは重装甲タイプながら、武装を絞っているためスピードにも優れており、だからこそアリーナ中を飛ぶというパフォーマンスが可能なのである。それは単に機体性能が良いというだけでなく、それを御する腕もあるということでもあった。
声援がアダムを出迎える。そして二人目の選手がその姿を見せた。悠々と歩いてエントリーするその姿を、一度目は怪訝な視線が襲ったものだが、今は多くないながらもそのIDを呼ぶ声が挙がっていた。
『続いてB-9選手の入場です!』
プレジデントが120mmバズーカとアイアンロッドを装備しているのに対し、B-9のバトルフレーム、MF6/2標準仕様は、武装を一新している。
ライフルとミサイルポッドはそのままだが、レフトアームに繋いだ武器がアイアンロッドではなく25mmマシンガンになっており、またボディフレーム背部に接続されたバックパックからは、ダイオニクス重工製ではなくトライアングル社製の高熱粒子砲がその砲身を覗かせていた。
それはB-9が先日に倒した相手であるサイファーのバトルフレームの武装を奪い取ったような新しい姿であり、そう《奪ったと》受け取ったサイファーのファンから非難の声が挙がる。もちろんB-9はそんな事を気にする様子もなく、プレジデントがパフォーマンスを終えたあとの会場に立った。
プレジデントの基礎フレームは、ボディと両アームこそダイオニクス重工製だが、レッグスフレームがトライアングル社製の
重装甲高機動、プレジデントを説明するのにこれ以上の言葉は必要なかった。
目の前のバトルフレームを見る。サイファーさんは、実力も経験も俺以上のものだった。それが一瞬のやり取りの後に敗北した、あれはそれほどの実力者なんだ。気を引き締め、バズーカのグリップを握る手に力が篭もる。
『アダム、緊張しているの?』
「大丈夫だ。俺はワクワクしてるんだよ」
普段オペレータを務めてくれるアリシャからの言葉で、少し息を整えることが出来た。
……緊張しているのか、俺が?
なにか冷たいものが鼻筋を伝う。それは汗だった。冷や汗をかいている。怖いわけではない。むしろこれから始まるだろう戦いに心震えてさえいる。
この冷や汗の正体がプレッシャーから来るものだと気付くのは結局、試合が始まる五秒前だった。
カウントダウンが始まる直前、目の前の……といっても、三百メートル前後は離れているのだが、B-9から感じられる威圧というものがふと消えた。しかし、プレッシャーが楽になったわけではない。むしろより一層恐ろしくなってきている。
「……死ぬ?」
呟いた一言に、自分が驚いた。
馬鹿な、そんなはずはない。怖いわけじゃない。アリーナで行われるこのバトルは俺にとって胸の踊る一大イベントなのだから。
始まる。
その瞬間、プレッシャーはさらに重くのしかかってきた。そして俺はそこで理解した。これは勝負じゃない。
奴にとってのパフォーマンスなんだ。
試合開始の合図と同時にプレジデントが動いた。バズーカを牽制のように撃ちつつ、外周を大きく回って壁に背を向けつつ撃ち合い、回り込ませないことで隙を晒さないようにするというものだ。
アダム・ロックが補充アリーナを勝ち抜いた中で生み出した戦法であり、これを敗れる相手は多くない。
だが、大番狂わせとなる可能性を持ったビームキャノンが、MF6にはある。B-9が粒子砲を当てる腕があるのなら、この戦いは早々に決する可能性が高い。
しかしアダムに付き合うように、B-9はライフルとミサイルを同時に用いた射撃戦を展開する。
もちろん同じ土俵に立てば、手数よりも一撃の威力が高い方がより優位であることは間違いない。
だが敢えてそれに同調するように、そしてそれを上書きしてしまうかのように。同じ戦法を執り、より卓越した操縦技術で上回ってくる。アダムの得意なはずの中距離射撃戦は、周りの観客にとってはどう見積ってもB-9の手のひらの上で転がされているようにしか見えなかった。
垂直に打ち出されたMF6のミサイル二基が上方から、そしてMF6の持つライフルやマシンガンの弾幕が正面から、それぞれ攻撃してくる。
アダムはマシンガンを回避することを諦め、ライフルやミサイルによる致命的なダメージにのみ注力して回避する事で、ダメージを抑えようと動く。機体重量の軽量さのために、スピード自体は良好で、装甲の重圧さが功を奏してマシンガンのダメージも大したものでは無い。
細かな損傷の蓄積も、目を瞑れば倒れるまでに致命的な一撃を与えて無力化する猶予はある。
プレジデントが大ダメージを負いかねない攻撃を全て避けきったあと、攻勢に転じた。バズーカによる射撃は、そのどれもがMF6にとっては一撃で戦闘不能に追い込まれかねない危険なものだ。
だからこそ、MF6は回避を徹底しつつ射撃する。三種類の武装を同時に使用するなど、大抵は精神的負担が大きいものだ。
しかし、B-9にそのような影響は感じられない。動きを緩めることなく、プレジデントの攻撃に対して的確な回避をしつつ、着実と損傷を与えていく。
プレジデントのライトアームフレームの装甲が、避けきれなかったライフル弾を受けて破損する。駆動制御に直ちに影響は無いものだが、次被弾すれば使い物にならなくなることは、誰の目から見ても明らかだった。
そうすると、アダムはバズーカの射撃を繰り返しつつもメインブースタにエネルギーを充填した。最高出力型ブースタを装備したプレジデントがその一瞬で到達したスピードは、凡そ重量型二脚が持つスピードとは到底思えなかった。
フィールドを高速で飛びつつも、バズーカの砲口を向けて弾頭を撃ち続ける。MF6はそれを軽々と交わしつつ、微小な、しかし確実なダメージの蓄積を続けている。
重量級フレームの利点は、なんと言ってもその装甲の厚さにある。多少の被弾をものともせず、敵弾の嵐の中を恐れず突き進む、そんな勇猛な性格のパイロットに好まれる。
ただデメリットとして、足が遅くなるというのも広く知られている。対重量級では、機体速度の劣悪さという隙を突いて戦うのがセオリーだ。
しかし、アダム・ロックはプレジデントの機体フレームをアセンブルする際に、武装を減らして積載量の限界に余裕を持たせ、速度向上を実現している。
つまりプレジデントの敵対者に求められるのは、高火力の攻撃を躱しつつ逃げる相手の装甲を貫ける重武装をぶつける、という技量の高さである。
B-9には、それが既に備わっていた、と言うべきだろう。
サイドブースタを駆使した切り返し、スピードの緩急の調節、武装に合わせた適切な回避。
それほどの複雑な操縦をこなす技量を持ち、実際にそれを応用してみせているのだが、それに対しB-9はライフルを着実に命中させていく。既にリーチがかかっているライトアームへの被弾を嫌ってアダムは、プレジデントのアイアンロッドを持つ左腕を前に出してカバーする。
それでも被弾は逃れられず、遂に致命傷となりうるボディフレームの装甲が剥がれた。本来ならば試合の終了処理となるところだが、白熱したバトルを熱望する一部のスポンサーがそれを邪魔していた。
続くライフルの追撃で、プレジデントのレフトアームフレームまでもが破壊される。アイアンロッドが、フレームごと中空に放り投げられる。
しかし、ただで倒される男ではないのがアダムだった。アダムはプレジデントのライトアームを守るのをやめ、一か八かの攻守一転を仕掛けた。高速で接近し、体当たりの容量で、中距離からプレジデントを捕捉していたMF6のボディフレームに、自身のレッグスフレームを叩きつけた。
アダムはそれによって制御を失って地面に墜ちゆくMF6を捉え、バズーカを撃つ。
その動作の一つ一つから、トドメだという台詞が聞こえてきそうなほどの、勇ましい猛攻撃。ほぼ一方的だったアダムが得た反撃、そして勝利の好機に、観客が沸く。
バズーカのトリガーが引かれる。凄まじい質量弾が、ボディフレームへと吸い込まれていく……。
その瞬間、会場は二度沸いた。
それはなぜか。
B-9はバズーカの弾道を予測したか、既のところでマシンガンを投げつけ、その上で貫通してくるバズーカの弾道の位置に使わなくなったレフトアームフレームを
B-9が、その流れを殺さず反撃に転じた。ライフルを向け、レッグスフレームに集中して弾丸を浴びせた。
プレジデントは既にジェネレータ内余剰電力を使い切っていたため、細かく動けず、大雑把な回避ではその攻撃のほとんどが避けられないことは明白だった。
そうしてB-9、アダム・ロックの双方がフィールドへと墜ちた。その様子を見るに、二人ともクラッシュという訳ではなさそうだった。
アダム・ロックのプレジデントは、倒れる最後まで抵抗したものの、レフトアーム、レッグス、及びボディフレームに重大な損傷を受けて再起不能。
対するB-9のMF6は、レフトアームフレームの完全破損というものではあったが、代わりにその他のフレームには一切のダメージを負わず、落下中に回復したエネルギーでゆっくりとフィールドに降り立つという余裕まで見せた。
勝者はもはや、明白であった。
これまで補充アリーナでは負け無しだったアダムが気落ちしているだろうと、トライアングル社の派遣オペレータのアリシャは考えていたが、自信家でもあった彼の挫折についてどう慰めるべきか、かける言葉を決めあぐねていた。
まるで自分の事のように申し訳なさそうにアリシャは、新品同様に修繕されたバトルフレームのコクピットによじ登り、装甲板の隙間から覗くカメラに顔を見せた。
「アダム? 大丈夫?」
担当ランカーのケアも自分の仕事だと自負していたアリシャは、意を決して話しかけた。
のだが。
『ああ、アリシャか。すまないが、緊急の用以外では話しかけないでくれ。あの凄腕を倒す策を練ってるんだ』
その言葉と共に、アダムからの返答は止まる。アリシャは自身の髪をかき上げながらクスリと笑った。
どうやらプライドの高い彼にとって強敵による敗北は、自身の心に火をつける着火剤でしか無かったらしい。
120mmバズーカ
正式名称、CN120-BULL
質量弾を高速射出する、小型の携行用キャノン砲。弾体が大型のため、予備弾倉が無いと装弾数に不安が残るが、弾速・着弾精度共に高水準。威力にも優れ、命中箇所次第では、バトルフレームの一撃破壊も十分可能。
ライフル
正式名称、RF40-SERPENT
回転する小型弾頭を継続的に発射し、また装弾数にも優れ、命中精度や威力など総合的に高い攻撃性能と共に、汎用性にも富む傑作ミドルレンジライフル。トライアングル社実働部隊の制式採用品。
マシンガン
正式名称、KASTO1-ARMMG
25mmの炸裂弾を高速連射する機関銃。その威力の都合のため、対バトルフレームよりも対空兵器として用いられる。マシンガンとしては小型ながら威力に富むが、装弾数は多くない。
ビームキャノン
正式名称、REV6-BCN
超高熱の金属粒子を凝縮し、直線上に照射する、規格外の熱エネルギー兵器。攻撃力に重きを置き、装弾数四発、低弾速と運用の幅が狭い。しかし、実弾キャノン砲を数発以上も耐えるヘビーボディフレームを容易く撃破することも可能てある。
アイアンロッド
正式名称、IR-RAVENS
ショートブレードよりも破壊力に長けた近接武器というコンセプトのもとダイオニクス重工が生産した質量兵器。単に殴るだけの武器であるため、新兵にも扱いやすいが、取り回しが悪く、また隠密作戦にも適さない。