命知らずだねえ、あんた。
あ? おれ? オレか?
オレはいいんだよ。ジャーナリストだからな。
スクープのためなら命だって賭けるさ。
何せ巷を騒がせているランカーの………。
B-9のスクープを書き上げるって使命があるからな。
─失踪したフリージャーナリストの発言より抜粋─
バトルフレームの暗視機能を切断する。大規模地下水道は既に抜け、作戦エリアが目前にまで迫っていたからだった。
先頭のレールスター社製M.B.F《R/135-ANIMA》がチャフメーカーをパージし、後続の四機もまた、それに続く。その装備から、身を隠しつつ接近する必要があったのだろう。
バトルフレームが五機、暗がりで目立たない場所にいる理由。それは、彼らが見る先の施設……少なくとも先頭のM.B.Fにとっては雇用主であるはずの、レールスターの工場にあった。
先頭にいる、赤と黒のストライプパターンの迷彩で自機を染め、両の手にアイアンロッド……それよりもより細く、先鋭化された実体ブレード
『徹底的にやれ。手段は問わん』
『イエス、ミスター』
ランクその返答を皮切りに、散り散りに散っていく四機。隊長機と思わしきHOMURAを持つM.B.Fが、レッグブースタに点火し動き始めた。
「SAMURAI。自由にやっていいって話だったが」
その隊長機のパイロットはSAMURAIという名で知られていた。その所以は、レールスター社の専属傭兵でありながら同社のM.B.F実働部隊のリーダーとしても名を馳せていたからだった。
それがなぜ、レールスターに刃を向けるのか。それは誰も知らず、本人は語ろうとしなかった。ただ二言を発するに留めて。
『三度は言わん。徹底的にだ』
「……了解」
女パイロット……SAMURAIに雇われたアリーナランク20のエレン・アードリヒは、悪態をつきつつも応える。彼女にとってSAMURAIは、金払いの良い変人としか思えない男だったが、それでも良い雇用主には違いなかった。
───集まってもらった君たちなら、引き受けてくれるだろうと確信している。私の、レールスター社からの離反を助けてもらいたいのだ。
そう切り出したSAMURAIは、かつてない野心を胸に秘めていることはもはや明白だった。小勢のM.B.F小隊程度が企業に挑む。それは誰がどう、どの観点で考えようと自殺に等しい。
しかし彼には勝算があるのか、それとももっと違う何かを目標に定めているのか、少なくとも自分の目的は果たせると……そう確信しての笑みを湛えていた。
編隊から離脱し、各々定められたターゲットへと向かうさなか、エレンは自分が引き受けた依頼よりも、SAMURAIという男に興味を惹かれていた。
エレンもまた、傭兵としてかなりの場数を踏んできた女である。だからこそ勝てる戦い、負ける戦いというものを何となく感じ取れていた。この仕事は失敗すると、彼女の直感は自身にそう告げていた。
『(何を考えている……?)』
自身のバトルフレーム、リッターを駆りながらエレンは考えるが、しかし答えは依然として浮かびそうにはなかった。
破壊目標は、工場施設の生産能力、及びその防衛に当たっている廉価フレームである。作戦内容だけで判断すれば、何の変哲もない破壊任務である。しかし問題は、ここがレールスター社のお膝元であるという点。
接近できただけでもよくやったほうだと言うべきもので、こんなところで交戦すればあらゆるレールスターの部隊がここに来ると容易に想像できる。実際に、とある工廠に侵入した武装テロリストグループが、それを上回る数のM.B.Fに攻撃されて五分も持たずに壊滅した、という話があるほどだ。
たった五機のM.B.Fで何ができるだろうか? せいぜいが、いくつかの施設の破壊程度。本隊が来れば、成す術も無いだろう。
───面白い。
エレンは微かに笑う。
もとより、アリーナには飽きてきていた。たまには生死を賭けて戦うのも、悪くない。
工場が迫る。数百メートル先では
「攻撃開始」
『了解。派手にやれ』
雇用主からの返答を受け、いよいよもってリッターの持つ火力を解放する時が来た。
ボディフレーム後部のライトジョイントから、三基のオービットタレットを展開する。敵を自動で識別し、個別に攻撃可能なオービットタレットは、その銃口を真っ直ぐI.Fへと向け、レーザーライフルによる射撃を始めた。
タレットに接続可能な武装は、せいぜいが手持ち可能な小型武器に限り、燃料タンクの容量という都合上で長時間の飛行も不可能だが、それでもM.B.Fに搭載する銃器をそのまま流用できるという点は、非常に評価されている理由の一つだ。
レーザーの光条が、四機のうち二機をつらぬく。
上々、そう呟きながら、ライトアームの大型バトルライフルを向けて前進する。脚部の移動性能が高ければ、それはつまり制御しやすいということであり、より人間に近しい動きも可能となっていく。
ダイオニクス重工製フレーム《MF6A/1近接仕様》でならばそれが可能なのである。
近接戦闘用フレームで固めたリッターは、まるで陸上選手がするような軽快な走りを見せた。
そのまま膝を曲げ、レッグブースタで飛行するため跳躍する。ブースタに火をつけ、飛び上がった勢いのまま急加速する。
そして高速を維持しながら残る二機の廉価フレームへと接近し、片方をバトルライフルで狙い撃つ。ライフルから撃ち出された58mm弾が四発、それぞれレッグスに二発、ボディに二発ずつ撃ち込まれ、ジェネレータが爆発したのだろう、レールスター製廉価フレームが四散する。
これで、残るは一機。
レフトアームの兵装……新鋭技術の粋を集めた《レーザーブレード》を振るう好い機会であると判断する。
アームをボディフレームの前側に曲げ、接近と同時にフレームを横にずらして一気に振り抜く。
すれ違うタイミングで放たれた高出力の光の刃は、碌な対熱装甲を持たない廉価フレームではコンマ秒でさえ耐えられない。コクピットごと溶解していく廉価フレームを放置し、破壊目標の工場施設へ向かう。
小隊一つだけで警備をしていたとは考えにくい。この区画にはまだ他に戦力があるものと想定した方が無難だろう。敵が来れば対処可能、来なければ杞憂。警戒をしておくに越したことはない。
閉じられたシャッターを、レーザーブレードを使ってこじ開ける。四角を描くように溶断し、脚部で蹴り抜いて内部に侵入する。機械で昇降させるだけの薄いシャッターだったので、比較的容易に侵入できたことをエレンは不審に思う。
「(レールスターの工廠が、こんな簡単に入れるのか)」
「(……いや、これは)」
果たしてその違和感は的中した。
意図的に暗くされていたのだろう。ボディライト点灯よりも先に、リッターが光で照らされ、カメラが凄まじい光量を浴びて少し焼ける。
すぐにリカバリーが始まり、エレンは焦らずシャッターを背中から抜けるように、もう一度飛び出す。そのままサイドブースタを起動して壁を盾にし、システムの回復を急がせた。
『逃げたぞ!』
『回り込め! 生かして返すなァッ!』
廉価フレームの足音が聞こえてくる。
カメラはもう回復した。バトルライフルを、破壊したシャッターへ向けつつ後退、前方への警戒と奇襲を想定して、ターゲットから一時距離を取る。
バトルフレームの視覚は全てカメラが担っている。それ以外の情報は、頭部内蔵センサや、ショルダーレーダーで補う。
リッターにはそれらは搭載されていない。カメラ性能の高さと自身の直感を信じるのみだと、エレンは考えていた。
そしてその直感は外れなかった。
シャッターから目を背け、工場の壁面、その裏側に銃口を向けて引き金を引いた。ちょうど頭を覗かせていたI.Fのボディフレーム中央、コクピットを58mmが撃ち抜く。
衝撃で後ろに仰け反りながら爆発したのを見て後続のI.Fは今頃警戒しているだろう。オービットタレットを展開する。残るエネルギーは、後二射分が限度といったところだ。
『見られている!』
『…………………』
指揮官機と思わしきバトルフレームが飛び出し、その周りを走っていた廉価フレームの部隊がエレンを取り囲むように展開する。
バトルフレームのカラーリング、フレーム構成。それらには見覚えがあった。武装こそ違えど、そのフレームは───
「たしかランク48……B-9か! なぜ、ここに……」
『………』
最近現れて凄まじい活躍を見せている新鋭気質のイケイケ系ランカー……と、
だがこの奇襲に関して情報が漏れていたなどということは有り得ない、何も無いのに防衛戦力としての傭兵を雇う理由はどこにも無い。それは自社戦力のみで事足りるからだ。
この動きを察知していた?
だがそんな事は、どのような情報網を持っていたとしても不可能だ。そもそもここはレールスターの工廠で、B-9はダイオニクス重工業の専属傭兵という話だったはず。ここにいる理由が無いのだ。
下手に他者の依頼を受けたり契約するなどしては、元の契約企業から切られることだってある。
そんなリスクを侵すとは思えなかった。
隣の廉価フレームのパイロットがスピーカー越しに警告してくる。
『貴様は完全に取り囲まれている。大人しく投降しろ!』
「……フン。役立たずは黙っていれば良いのに」
廉価フレーム相手に、もうオービットタレットを使おうとは思えなかった。目の前に実力が未知数な得体の知れない大物がいるのだ。雑魚に構っていては屠られかねない。
スピーカーモードを有効にし、向こうが拾える大きさで声を上げた。
「おい、お前B-9だな? ダイオニクスはどうした。なぜレールスターにつく?」
『…………』
向こうからの反応は無い。カメラだけが妖しく光っている。
「だんまりか……。 …?! ───くっ!」
そう呟いた時にはサーマルライフルの銃口が既にこちらを向いており、気付いたらロックオン警告を聞いた瞬間に反射的に動いていた。最新の技術が用いられ、操縦系統がまどろっこしい旧型でなくパイロットの動きをトレースするトラッキングタイプだったからこそ、咄嗟の動きを出せていた。
少し反応が遅れれば、ボディを撃ち抜かれていただろう事は想像に難くない。それも、コクピットが強固に守られているとは言っても、フレーム的には致命傷だ。
問答無用。そう言っているように思えた。
反撃のためにバトルライフルで撃ち返す。向こうもそう来るのは読んでいたらしく、簡単に回避してしまうと、的を絞らせないよう複雑な回避機動を繰り返しつつサーマルライフルを撃ってくる。熱を溜め込んだ、リング状のプラズマ弾を放つ超高燃費の通称
B-9の攻撃に合わせてマグショットガンを撃ちながら向かってくる廉価フレームをライフルでシールドごと撃ち抜き、ボディのレフトジョイントにあるクラスターキャノンで薙ぎ払う。
「雑魚が、構うな!」
ブースタを最大効率で燃焼させつつ、時折切り返すような動きで致命的なダメージを躱す。こちらのターンを交えた回避機動に、向こうは恐ろしい精度で着いてくる。
向こうは攻め方を変えようと、飛び上がりながら背部のランチャーを構える。 ──構えるとは言いながらも、なんの制御もなくただ砲身だけをこちらに伸ばし、向けてくるだけの瑣末なもの。
そんな状態で撃てば、普通は反動で姿勢制御に不備が生じ、立て直す数秒もの間隙を晒すだけだ。
「ッ!? ……ばかな」
しかしそれを躊躇いなく撃ったB-9は、何もエラーが発生することなく着地する。着弾時爆発に対してはジャンプして上空に避難することで躱したが、それよりも精神的に重たいショックに襲われていた。
それは、間違いなく人の技では無い。武器というものには殆どの場合、反動がある。背部重火器の中でも最も重量、スケール、そして反動があるランチャーを撃っておいて、ほぼ無反動で姿勢を制御できる。
そんな芸当ができるのはごく一部の上位ランカー……そして、トップランカー《フューリアス》だけだ。
それは何故か。そう聞かれようとも、人外の技と呼ぶ他ないからだ。機械に頼らず、マニュアルで反動に合わせて姿勢制御を補う。そんな技を最初に考えついた阿呆が実現してしまったせいで、機動しながら超高火力を乱発可能という番狂わせが起きてしまった。
その時代はまだランカーではなかったが……。 それでもそんな裏ワザじみた真似をする様なやつに、まともな精神の人間はいない。
「分の悪い
『そうか、まあいい。帰投しろ。報酬は翌日支払う』
『《プラック、貴様余所見とは! 殺すッ!!》』
『おっと! クク…』
MUSYAとの連絡が遮断されたが、撤退許可は降りた。あんな化け物と張り合うには、少し技量が足りなさ過ぎる。上はまだまだ遠く、そしてこいつは
悔しいが、逃げる。
あれと戦ってはどうしようも無い。
作戦エリアからの去り際、B-9からごく短い声明が届いた。
ボイスメッセージだったそれの中身は、驚くべきことに少年、あるいは少女とも取れる幼い声で、しかし教養と落ち着きのある大人のように冷静、そして冷酷な声でもあった。
恐る恐る再生したその内容は、風呂上がりの私にもう一度風呂に入る口実を与えるには充分だった。
『死にたくなければ、探るな、話すな』
……冷や汗を流したくなった。
Railstar Armory Works(レールスター社)
機械工学を主軸にM.B.F産業に乗りつけた、新参企業。開発歴は浅いながらも開業時の初期メンバーが持ち寄ったハイレベルな技術性で成果を挙げており、技術力や知識から成る高い開発能力で既にトップクラスの他社と並んでおり、だが奇抜な製品も多数生み出すことで変態扱いされることも多い。
傭兵識別ID・B-00964
パイロットコード:エレン・アードリヒ
搭乗M.B.F《リッター》
ランク20
デビュー当初はその高い操縦適性からぐんぐんとランクを伸ばしていた、注目株だった。しかし中堅ランクに辿り着いたと同時にその勢いを急速に失い、上位ランカーの仲間入りを目前に失速、ランクを更新することなく数年が経過している。彼女が再燃することを望むファンの声も多く、今後注目したいランカーの一人として雑誌に紹介されている。
傭兵識別ID・A-81107
パイロットコード:SAMURAI
搭乗M.B.F《カルネイジ・プラック》
元レールスター専属傭兵→指名手配逃亡犯
かつてレールスターの最上役員から直々に
傭兵識別ID・B-00009
パイロットコード:N/A(該当なし)
搭乗M.B.F《N/A(該当なし)》
ランク49
その由来を調べてはいけない。