陰キャコミュ症よわよわトレーナーにメジロマックイーンが惚れるまでのお話   作:砂糖と蜂蜜の牛乳割り

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3部構成は嘘でした
次でラストにするので、許してクレメンス。
読まれないことに、2ポンド賭けてもいいよ


中後編 ドナドナマックイーンの危機

 

 

 

 ゴツゴツと硬く、ヒンヤリ冷えた感触。

 寝心地の最悪な地面の上。

 体の節々に走る痛みで私は目を覚ましました。

 

 

「うぅっ……ここ、は?」

 

 ぼやける頭を振り払い、周囲を窺う。

 しかし視界は薄暗く、未だ目が慣れていないせいかここが何処であるかハッキリしません。

 確か、私達はあの後連れ去られて……。

 

「ようやく目を覚ましたか」

 

「!」

 

 突然、後ろから聞き覚えのある低い声。

 それに振り返れば、私達を連れ去った男性がいました。

 暗くてもわかるほど近くに。

 

 まさかここまで近づかれて気づかないなんて……。

 いえ、今そんなことを考えている暇はありません。とにかく早く逃げなくては!

 

 咄嗟に、私は立ちあがろうとして——しかし、上手く立ち上がれずに転んでしまいました。

 

 

「いっ!?」

 

 重力にしたがって再び地面へと打ち付けられる。

 不意の重い衝撃と、足首への違和感。

 

 まさかと思い、おそるおそる足元の方を見てみれば、やはり私の手足は縄のようなもので固く縛られておりました。

 

「言い忘れていたな、暴れられると面倒だから拘束させてもらったぞ」

 

「こんなものっ……!」

 

 ウマ娘の膂力に任せて引き裂こうと、四肢にめいっぱい力を入れます。

 こんな縄ぐらい、すぐに解いてみせますわ!

 

「やめろやめろ、無駄だ。その縄は10トンの荷重にも耐え得る特別製だぜ。ウマ娘の膂力でも解けねぇよ」

 

 男性の言う通り、どれほど力をかけても一向に解ける様子がありませんでした。

 むしろ、力を入れたこちらの手が痛いほどで。

 

「そんな、ビクともしないなんて……」

 

 

 どうやら、自力で抜け出すのは難しいようです。

 残ったのは疲労感と、すこしの諦念。

 護衛の方々も捕まっていたので、すぐに助けが来るとは思えません。

 確実に、誘拐犯たちの有利な方向に事が進んでしまっている。

 

 

「リーダー、周辺に異常なしです」

 

 そこで声が一つ増えました。

 

 リーダー。

 おそらく目の前の男性のことでしょう。

 その部下らしき人物の声には、彼に対する多大な尊敬が滲んでいましたから。

 

「そうか、わかった。

 引き続き警戒にあたれ。

 異変に気づいたメジロ家から追手が来るかもしれん」

 

「了解」

 

 そう言い、駆ける足音が徐々に遠ざかっていきました。

 

 すると再び、静かな暗闇に包まれる。

 その暗さは、心にだんだん不安な気持ちを巣食わせてくるかのようでした。

 

 

 これから私はどのような目に遭うのでしょうか……。

 

 

 このまま助けが来なかったら?

 そのとき、私はきっと……。

 

 

 いえ、いけません! パニックになっては。

 こんな時こそ、気持ちを強く持たなくては!

 

 幸いにも、徐々に目がこの暗闇に慣れてきました。

 心を落ち着かせるためにも、私は周囲を見回します。

 

 

 全体的に薄暗く見えにくいですが、どうやらここはどこかの倉庫のようです。

 辺りには散らばった木の箱と、鉄製の貨物。

 それと見上げれば建物の高い位置に設けられた窓枠が。

 

 周囲には目の前の男性と同じく黒い装束を纏う、おそらくは彼の仲間達。全員顔の途中まで黒い布で覆っており、顔を判別できません。

 

 顔が分かるのは、この集団の中でリーダーと後ろに控えている不機嫌そうな太った中年男性のみ。

 

 いくら探しても護衛隊長さん達の姿はありませんでした。

 別室に監禁しているのでしょう、逃げたとしても一人ずつなら対処できると踏んで。

 

 明らかな計画的犯行です。

 少なくとも愉快犯ではない。

 となると、やはり。

 

「何が目的なのですか……? 身代金、でしょうか? それともメジロ家への恨みで」

 

 

 

 私の問いに反応したのは、リーダーでした。

 彼は淡々と、否定します。

 

 

「違ぇな、どれも違う。金が欲しいわけでも、メジロ家に恨みがあるわけでもねえ」

 

 

 それでは、なぜ。

 

 再度問うまでもなく、彼は大きく、それでいて狂い猛りそうな信念をもって語り出しました。

 

 

「俺達は、ウマ娘が憎い。憎くてしょうがねえ。

 今この瞬間でさえ、ウマ娘がのうのうと生きてると思うと吐き気がするんだよ」

 

 吐き捨てられる言葉は、より悪辣となって続く。

 

 

「だからお前を利用して、政府要人に強い影響力のあるメジロ家を脅し、ウマ娘に関する法案を全て白紙に変えさせてやる。

 そうすりゃあ、お前らはそこら辺の獣と同じ扱いになるよなあ?」

 

「っ、正気なのですか、貴方は……! そんなことをすれば、ウマ娘は社会のどこにも居場所がなくなってしまいますわ! いったいどれだけのウマ娘が亡くなると思って……!」

 

 獣と同じ、いえそれよりも酷い扱いです。

 人権が剥奪され、ヒトがウマ娘に対する行為が全て許されてしまうのですから。

 

 

「そうだ、それが目的だ。ウマ娘をこの世界から一匹残らず消し去るまで気が収まらねえんだよ、俺たちは」

 

 

 その目に映るのは、ふかく底知れぬ憎悪。

 どのような障壁があろうとも、彼らは止められないでしょう。

 世界中を敵に回そうとも、どこまでもウマ娘を害そうとする、そんな悍ましい覚悟が垣間見えさえします。

 

 

 そのあまりにも身勝手な主張に、沸々と怒りが湧いてきました。

 

 

「……私達が何をしたと、ウマ娘が貴方達にそこまで憎まれることをしたというのですか……!」

 

 

「それは——

 

 

 

 

「ちょっと待ってください」

 

 突然、横から静止するような声が上がりました。

 会話を遮られたリーダーは不機嫌そうに眉を寄せ、振り返り、声の人物に凄みます。

 

「あぁ゛? 誰だお前」

 

「いやいや、ほら、俺ですよ俺、ほらあそこにいらっしゃる方の部下で」

 

 男が指差したのは、今も流れる汗を拭くのに手一杯の脂肪の塊——ではなく中年の肥満男性。

 それを聞いてリーダーは途端に眉を寄せた嫌そうな顔をしました。

 

「ちっ、あの豚野郎が連れてきた奴か。今取り込み中だ、引っ込んでろ」

 

「そう言わず、実は折り入ってお願いしたいことがありまして」

 

「なんだ、言うならさっさと言え」

 

「いえね、大したことじゃないんですけどねぇ。これから俺たちはこのウマ娘を交渉の道具にするわけじゃないですか」

 

「そうだが」

 

「でもそうすると交渉が始まるまでの間は俺たちも人質のウマ娘も暇ってことになるわけですよ。それはお互いにとって損ですよね、勿体無いとは思わないです?」

 

「……つまり何が言いたい」

 

 中々結論を出さない男に、リーダーが怪訝そうな顔持ちで問うと、途端に男はニチャニチャと粘着質な笑みを浮かべました。

 生理的嫌悪感を覚える、そんな気持ち悪い笑み。

 

「ぐふふっ、いやちょっとですね。いきなり連れ去られて哀れなウマ娘に、最後ぐらいは熱く燃えるような楽しい思い出をと思いましてねぇ。ですから、ちょ〜っとばかし、そこのウマ娘を貸していただけないかなぁ〜と」

 

 ぎょろり。

 その目が私の方に向けられて——

 

「ひっ……!」

 

 そのおぞましさに、喉の奥から短い悲鳴がせり上がる。

 

 その視線は、つま先から太ももを、太ももから臀部を、臀部から胸、胸から顔へと私の全身を舐め回す粘っこいもの。

 心底気持ち悪く、恐怖に全身を支配されてしまいそうでした。

 

 リーダーはウンと頷いたかと思うと。

 

 

「そうか、なるほど……そいつは良い案だな」

 

 

 その言葉に、私はぞっとします。

 絶望とは、こういうものなのだと初めて自覚しました。

 

「そうでしょうそうでしょう。

 では許可も頂けたので、ふひ、さっそくぅ」

 

 下卑た笑みを浮かべる男の鼻息は荒く、徐々に私ににじり寄ってきます。

 一歩、二歩と着実に少しずつ私へと手を伸ばして。

 

「いやっ……近づかないでくださいまし……!」

 

 男が一歩近づけば、私は一つ後ろに退いて。

 どうにか逃れようとするも、しかし無慈悲にもついに壁に打ち当たってしまいました。

 

 もう、逃げられない。

 

「フゥーッフゥーッ……だいじょうぶ、大丈夫。最初はやさぁしくするからねー。怖がらないでいいんだよぉ〜」

 

 その手が私に触れようとした瞬間、何かに弾かれるようにして手が外側に逸れました。

 

 

「は、なんだこれ」

 

 男もよく理解できず、自身の手を見つめていると——

 

 

「『おい』」

 

 よくドス効いた声が響きました。

 それは静観を決めていたリーダーのもの。

 その圧迫感に先ほどまで貼り付けていた男のゲスな笑みも消え、困惑していました。

 

「へ? ど、どうしま——

 

 男の声が最後まで続くことはありません。

 リーダーは無造作とも言える動作で半歩右足を後ろに下げ、全身を捻らせ、男の顔目掛けて円弧を描くように渾身の蹴りを放ったからです。

 

「ぐげえぇぇぇっ……!!」

 

 直撃し、勢いよく後方に吹き飛ぶ男は受け身もとれず壁に背中を打ちつけバウンド。そのままうつ伏せで地面に倒れました。

 

 

 仲間割れ……!?

 

 突然のことに、私は状況を飲み込めませんでした。

 

 

「カハッ! ハァッハァッ……!!」

 

 押し出された肺の空気を取り戻すがごとく、男はパクパクと忙しなく口を動かし、体はピクピクと痙攣を始めていますが、それでもまだリーダーはさらに足を振り上げ——

 

「や、やめっ、ぶべぇっ!」

 

 容赦なく男の顔面を踏みつけます。

 踏みつけながら、吐き捨てる。

 

 

「誰がやっていいと言った……あ゛ァ?」

 

「で、でも、良い案だって」

 

「良い案だとは言ったが、許可をだしたつもりはねえ。

 いいか、そのミニマム脳みそにも分かるように教えてやる。俺たちはくだねぇ犯罪を起こす有象無象のチンピラとは違う。

 憎悪と執念、そして誓いに反することはしない。何があろうと決してな」

 

「お、おい! 何をやっている! その男は儂の連れてきた私兵——」

 

「黙ってろっっ!!!」

 

「ひぃっ、ひぃぃぃっっ!!!」

 

 リーダーの一喝に、抗議しようとした中年の太った男は顔を一気に青ざめさせ、ついには足の力が抜けてしまい尻もちをつく。

 それを一瞥した後、リーダーは再び足を振り上げて男の頭に照準を合わせ、最後に底冷えのする声で告げました。

 

 

「——俺たちの組織に『ゲス野郎』はいらねぇんだよ」

 

 

 そして容赦なく足が振り下ろされる。

 響いた鈍い音。舞い散る粉塵。

 

 まともに喰らえば顔面はグチャグチャ。

 それほどヒトの身に余る凄まじい膂力。

 けれど、そこに鮮血が飛び散ることはなく。

 

 しばらくして土埃が晴れれば、現れたのはピクピクと痙攣しながら失神した男と、その頭のすぐ横にできた円状にヒビ割れた地面のみ。

 

「度胸もないか。つくづく使えん」

 

 汚いものでも踏んだように足を何度か払ってから、その醜く気絶した姿を一瞥し、なんとも下らなそうにリーダーは言う。

 

「おい、そいつを柱に括り付けておけ」

 

 

「「「了解です、リーダー」」」

 

 

 

 彼の指示を受け、構成員たちは縄を手に取り、気絶する男を柱にぐるぐるとキツく縛りあげていきます。

 

 助けられた……のでしょうか。

 攫われているため、そう表現するのはおかしいですが。

 

 リーダーは私を一瞥したと思えば「ふん」と鼻を鳴らして構成員の一人にさらに指示を出しました。

 

 

「興が覚めた。おい、お前はメジロの娘を見張ってろ。俺は裏で少し休む。何かあれば叩き起こしてでも呼べ。いいな?」

 

「了解です、リーダー。ずっと出ずっぱりでしたからね、ここは私たちに任せてよくお休みください」

 

「ああ」

 

 

 短い返事のあと、リーダーは倉庫の奥へと向かいます。

 どうやら、まだメジロ家とは交渉を始める気はないようです。よくあるドラマの展開であれば、攫ってすぐに電話をかけるイメージがあるのですが。

 

 タイミングを窺っている、のでしょうか。

 夜間の方が昼間よりもずっと暗く人手も少なくなるため、攻められにくく、発見しにくい。

 となると、ここからは長丁場となるでしょう。

 

 

 すぐに私をどうこうする訳ではないのは、先程までのやり取りでわかりましたので、私も少し休んで——

 

 

 そこまで考えたところで、リーダーはピタリと。

 歩いていた足を止めました。

 

 

「なんだ……何かおかしい」

 

 

 そう呟き、辺りをよく観察しだしたリーダー。

 

 何かあったのでしょうか?

 彼は、ふとある一点を見つめて眉を寄せていました。

 

 

「……おい、あいつはどうした。ここに配置したはずだが」

 

 

 彼が指差す方向——倉庫入り口には、がらんと誰もいません。

 他の場所には等間隔に構成員が配置されているのに、そこだけガランと空いているのです。

 

 リーダーの問いに、部下の一人が不思議そうに「あれ?」と首を傾げました。

 

「先ほどまでは居たはずなんですが……トイレ、ですかね」

 

 

「……まさか」

 

 

 そして一瞬。

 それが起こったのは、意識を思考に回したその一瞬でした。

 

 

「——ぎゃっ!!」

 

 

 

 リーダーのすぐそばに居た構成員が短い悲鳴をあげ、次に視線を向けた時にはその姿を消しておりました。

 消えた瞬間は見えませんでした。他の構成員も、リーダーも、私も、誰も。

 

 けれど不可解なこの事象に、確信をもったリーダーは眦を決して叫びます。

 

 

「ちっ、敵襲だ! すぐ近くにいる、探せ!」

 

 

 そう叫んだ瞬間、組織の構成員たちは倉庫内を駆け回り、不審な物がないかチェックしていく。

 

 

「左方異常なし!」

 

「右方も問題ありません!」

 

「前後に敵影なし!」

 

 

 

 

「前後左右とも違う……下もコンクリで固めて掘り進めるのは不可能……ということは——上か!」

 

 

 リーダーを上を見上げ、それに釣られて私も上を見上げます。

 

 

 一見、そこは鉄骨の梁がいくつか交差しただけの何の変哲もないただの天井。

 しかし、よく注視すればその違和感に気づきます。

 僅かに、天井に吹く風によって歪む小さな『空間』があるのです。

 

 

 意識してなければ強制的に意識の外へと追いやられてしまうような、背景と完全に同化した見事な『カモフラージュ』。

 

 そして一瞬、その揺らいだ隙間が開いたかと思うと。

 

 

「うわあぁぁぁ! な、なんだこりゃあ!」

 

 

 突然、構成員の一人がフワリと宙に浮かび上がりました。

 いくらか抵抗するも、あえなく天井へと高速で引っ張られ、その姿を完全に消し去る。

 

 そしてその暴威は終わることなく、立て続けに他の構成員にも振るわれていく。

 

 

「ぎゃあああぁぁ!!!」

 

「ひ、引っ張られる……!」

 

 

 阿鼻叫喚。

 混乱の極みの中、次々と構成員が上に引っ張られていき、その姿を天井の空間に消しました。

 

 

 瞬く間にリーダーと数人を残して、ほぼ全滅。

 

 

 いったい何が起こって……!?

 

 

 

「あいつらが吸い込まれた場所からして……天井の中央らへんか」

 

 

 リーダーは懐からナイフを取り出し、振りかぶり投擲。

 

 けれど、キンッと甲高い音が響くとその『空間』にナイフは弾かれてしまいました。

 

 

 

「ちっ、効かないか。おい、こっちに来い!」

 

 

 人質の私を手元に置こうと、腕を掴もうとしますが。

 直前で彼の手は見えない壁に阻まれます。

 先程も私を救った、周囲を球体状に取り囲む見えない壁。

 いえ、透明に見えるほど細く、幾重にも重ねられたそれは——

 

 

「なんだこれは……壁? いや、『糸』の結界か」

 

「ご名答」

 

 

「「!」」

 

 すぐ真上から降ってきた声が降ってきた瞬間、弾かれたように後方へと跳び退くリーダー。

 そのコンマ数秒後、彼のいた場所にギリギリ目視できるほどの細い糸が突き刺さります。

 

 糸の飛んできた方向を見れば、天井から糸を伝い降下する人物の姿がありました。

 

 

「——『勝敗は、戦う前に決まっている』。確か孫子の言葉だったかな」

 

 

 スタッと、私の側に軽快に降り立った彼の口ぶりには余裕が含まれている。

 一切の澱みなく、自身に満ち溢れて。

 

 オドオドとした自信のない、あの姿からあまりにかけ離れていて誰であるのか一瞬、判別できないほど。

 けれどそれは、紛れもなく。

 

 

 

「僕はもう、遠慮も尊敬もしない……おまえら、タダじゃおかないぞ」

 

 

 烈火の如き怒りを迸らせる、トレーナーさんの姿でした。

 






 次回、トレーナーはカッコよくなる。
 読んでくださると、毛穴中から水が出ます(汚い)
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