その花が咲く場所   作:紅絹の木

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その日はやってきた

 

 西暦二一三八年。

 DMMO-RPGという物がある。

 仮想空間で現実のように遊べる体感型ゲームのことである。つまり、ゲームの世界に入り込んだように遊べるということだ。

 その中にユグドラシルという、ゲームがある。

 

 私と弟が、最高の友達を見つけた場所である。

 

 

 始まりはいつだっただろう。

 弟が、悟くんが生まれた時かな?

 私がお姉ちゃんだという事を自覚した時かな?

 私は、私なりに今日まで頑張ってきたつもりだ。

 ――それが終わる。

 

 

 

 

 

 ヘロヘロさんがログアウトして、モモンガことモモちゃんは黙った。

 ひたすらにヘロヘロさんがいた場所を見つめている。

 ――でも、浸っている時間はない。

 だから声をかけて、重い腰を上げてもらった。

 

 ――いつかなんて言わなくても、こんな日が来る事はわかりきっていた。

 

 皆それぞれの人生がある。

 ナザリックは、ギルドはただの通過点でしかない。

 でもモモちゃんにとっては……悟くんには大切な友達との遊び場で……。

 初めてできただろう、心から安らぎ楽しめる場所だったのだ。

 

 その場所が、今日をもって無くなる。

 ユグドラシルがサービスを終了するから。

 だから私と仲間たちとの思い出も終わる。

 

「――姉さん?」

「あ、ごめん。何?」

 

 いつの間にか、ギルドを象徴する杖を持っていたモモちゃん。

 かっこいいなあ、本当に魔王様みたいだよ。

 

「これから玉座の間に行く。そこで姉さんをギルドメンバーに登録するよ」

「――皆さん、許可してくれたんだね」

「うん。反対派はいなかったよ。今日だからこそ、特別に許してくれたんだと思う」

「そっか……いつか会えたら、お礼言うね」

「うん」

 

 そんな日は、来てくれるだろうか?

 答えに目を背けて、私たちは第十階層にある玉座の間に向かう。

 

 

 玉座の間に向かう途中で、家令であり執事であるセバスと、彼の部下のメイドたちと会った。

 モモちゃんは彼らを従えて歩き出す。

 

 私たちの間に言葉はない。

 今日より前にたくさん交わしたから。

 ナザリック地下大墳墓の一つ一つを、モモちゃんが自ら案内してくれた。説明して、そこにいるNPCたちを紹介してくれて、私と散歩してくれた。

 

 ナザリック地下大墳墓を拠点とするギルド――アインズ・ウール・ゴウン――は、異形種のみで構成されるギルドである。

 モモちゃんをギルド長とし、ユグドラシルのサービス終了日の今日まで維持されてきた。

 

 モモちゃんのユグドラシルでのアバターは、骸骨である。魔王と呼ばれるのに相応しい黒の豪華なローブを着ている。

 レベル百で、MPがとんでもなく高くて、魔法をいっぱい覚えていて、オーバーロードらしいビルドを心がけた存在。

 私とは五歳差の可愛い――立派な大人なんだけど――弟である。

 

 私のユグドラシルでのアバターも、アンデッドだ。真っ白な骸骨だけど、体をスキャンさせているので骨が歪んでいたりする。――モモちゃんはスキャンさせていないので、綺麗な歪みのない骨格をしている。

 そして、ドラクエという作品に出てくる水の羽衣というアイテムを装備している。

 レベル百で、MPがいちばん高くて、ユグドラシルでも珍しい救世主の職業に就いた私。

 ――私がいたギルドはもうない。

 だから、最後にアインズ・ウール・ゴウンに入れたのだ。

 

 

 

 ――――――

 

 

 

 玉座の間に到着した。

 セバス達を脇に下がらせて、モモちゃんは玉座に座る。私はモモちゃんの隣りで作業を見ていた。反対側の隣りにはアルベドというNPCがいる。とっても美人で、それでいてサキュバスなんだって。

 

「……これで、良し。姉さんの登録終わったよ」

「ありがとう。えへへ、モモちゃんと一緒だ」

「はいはい」

 

 同じギルドに所属できた喜びを素直に伝えるけれど、モモちゃんに軽くあしらわれてしまった。

 素直じゃないんだから。

 私はちらりと、玉座の傍に侍る守護者統括を見る。

 モモちゃんと何でもいいから話したくて、悲しみを紛らわせたくて声をかけた。

 

「ねえねえ、アルベドのテキスト見ようよ」

「え?いいけど」

 

 モモちゃんがアルベドの設定が書かれたテキストを表示させる。

 私ははしゃいだ声を上げた。

 

「凄いねえ。タブラさんだっけ?設定書き込んでるね」

「そうだね。……これコピーしておいてあげるから、今読むのやめない?」

「テキスト読んでサ終を迎えるの嫌だもんね……じゃあ最後の文章だけ見せて」

「わかった」

 

 文章の頭文字を読むようにスクロールさせる。

 最後の一文が目に入った時、びっくりした。

 モモちゃんもびっくりした様子だった。

 

 ちなみにビッチである。

 

「びっち、だって」

「多分、罵倒の意味の方だよね」

 

 じーっと、モモちゃんがテキストを見てる。

 この感じは……。

 

「変更したいの?」

「…………」

 

 この沈黙は肯定だと思った。

 私はアルベドのテキストから背を向ける。

 

「見てないよ」

「…………うん」

 

 こういう時、私はいつも見ないフリをしてあげた。

 今日もそうするだけだ。

 少しだけ時間がたって、モモちゃんが「もういいよ」って言った。

 振り返ると、アルベドのテキストは既に閉じられていた。

 

「後で見せてね。変更する前のテキスト」

「わかった」

 

 そして、私はアルベドの反対側――モモちゃんから見たら左――に、移動した。

 あと数分でこの世界は終わる。

 モモちゃんは真っ直ぐ、天井から垂れ下がる大きな旗を指さす。

 

「俺、たっち・みーさん……」

 

 ゆっくり、一人ずつ名前を上げていく。

 四十一人の旗を指さして、最後に隣りにいる私を指さした。

 

「――最後に、姉さん」

「ふふ、そこはアバター名で呼んでよ」

「ああ……なんだっけ?」

「もう、忘れるなんて酷いわ」

 

 そう言っても、本気で怒っている訳じゃない。モモちゃんはいつも「姉さん」呼びしかしなかったし、忘れられても不思議じゃない。

 私は笑って言った。

 

「――ハイラントよ」

「そうだった。ハイラント」

「なあに」

「これからもよろしく」

「――もちろん!」

 

 ――23:59:23

 

 ああ、泣くまいと決めていたのに。

 目頭が熱くなる。

 どうしても声が震える。

 

 あー、終わらないで欲しかったな。

 モモちゃんと私の夢。生きがい。思い出。

 さようなら。

 すべては記憶の海に沈む。

 

 ――00:00:00

 

 

 

 

 

「――あれ?」

 

 

 涙が頬を伝う。

 ――はずだった。

 目元を触ると硬い感触がある。それにアバターの手が動いた。

 

「あれ??」

 

 おかしいな。なんで感触があるんだろう。

 わからなくて、涙を拭っただろう手を見る。

 濡れていない。

 

「姉さん?」

 

 これはモモちゃんの声。

 モモちゃんの方を見る。いつものアバター姿のモモちゃんがいる。

 

「――どうかなさいましたか?」

 

 知らない声。

 それはアルベドから聞こえてきた。

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