ダンジョンで〈英雄〉を追い求めるのは間違っているだろうか?   作:ネマ

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反響大きくてビビった……
嬉しさのあまり一日で書き上がっちまったぜ。

今回は【怪物祭】までの繋ぎ。それではどうぞ


第2話 師匠、弟子

 

 

遠征が終わったからと言ってはいそうですか。とは終われないのが現状だ。

倒したモンスターからドロップされる“魔石”の換金、そして使った物資の補充。遠征の時に頼まれた“クエストおつかい”の精算、そして今回特に損害が大きかったのは武器類である。

 

アミラの主武装である片手剣も結構傷ついてしまったと言う事で製作者であるゴブニュ・ファミリアに渡してきた所なのだ。というわけで今のアミラは手ぶらである。今回、任されていた物資の補充を早々に終えたアミラは街の中の小さなカフェで1人、優雅に寛いでいた。

 

そう。優雅に寛げていたのだ。ついさっきまでは

 

「ここのお茶も中々美味しいわね」

 

「………………………」

 

「あら。バタークッキーサンドですって。頼まないかしら?」

 

「…………………あのですねぇ……」

 

優雅に紅茶を楽しめていたのは束の間。アミラの前にはいつの間に座っていたのか白にも緑にも見える不思議な髪色にアメジストのような瞳をした1人の美女がいた。

“神秘的”なまでに美しいその美貌。その姿にアミラは1人だけ知っていたのだった。

 

「何用ですか?神フレイヤ」

 

それは【フレイヤ・ファミリア】の主神フレイヤその人である。

アミラが所属する【ロキ・ファミリア】とは犬猿の仲でありながらもここ“オラリオ”での最大手探索系ファミリアの双璧である。本来なら相容れる事のない2人だがこうして同じ席に着き話すのには一つの理由があった。

 

「あら?私はただ世間話をしに来ただけよ?」

 

「………ならそれ相応の“ガワ”で来てくださいよ。神フレイヤ」

 

考えとくわ〜と一言、メニューからバターサンドクッキーを頼むあたり全く懲りないなこの女神と思いアミラは紅茶を呷る。一応周囲には気遣ってローブを羽織ってきてはいるがそれでも美の女神であるフレイヤは否が応でも人目を引く。

 

「いやよー。……それに今日は休みだもの」

 

「はぁ…………面倒事にだけはならないでくださいね」

 

まあまず無理だろうな。とアミラは思う。

神というのは基本的に享楽家で自由気ままな存在だ。ウチの主神ロキでさえも飲兵衛の助平親父。ならフレイヤはどうかと言われると……一言でいうなら“魂の輝きフェチ”である。

 

「ファミリアの鞍替えはしませんよ」

 

「あら……先に言われちゃった」

 

昔からアミラの前に現れては“フレイヤ・ファミリアに入らないか”と勧誘する神フレイヤ。それだけなら迷惑行為で済むのだが、まだまだ駆け出しの頃に何回か“フレイヤ・ファミリアの団員”に手助けだったり師事してくれた事もあり、あまり大きくその元締めである神フレイヤに出れないというのが現状である。

 

「貴方は間違いなく英雄の器。……だというのに添え物扱いは悲しいじゃない?」

 

「……………心。読まないでくださいよ。」

 

昔から神フレイヤはアミラに言い続ける。貴方は英雄の器だと。その魂の輝きは類い稀なるモノであり“私の英雄”にも勝らずとも劣らないと。神フレイヤは仲の悪いロキの目を掻い潜ってアミラを支援しているのである。

 

「ねえアミラ。本気で私のモノにならない?」

 

私の元なら、貴方を英雄に。貴方の望む英雄の背に立つ英雄にさせてあげる事が出来る。…神フレイヤはアミラに熱烈な視線を向ける。けど数年前からアミラの心意気は変わらない。何故なら……

 

「お生憎様。俺には俺の“英雄”がいます。」

 

「【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン…ね」

 

そうだと言わんばかりにアミラは一度頷く。アミラにはあの日の“約束”を忘れたことはない。【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインは間違いなくアミラが決めた“英雄”なのだから。と。

 

だけどそんなの神には関係ない。どれほどその関係は尊いモノだとしてもだ。

 

「私のモノになるなら。貴方は英雄を選び放題よ?それこそ【剣姫】を超える様な英雄候h……」

 

「なあ。神フレイヤ」

 

自分は、どれほど何言われようと構わない。だけどその矛先が“アミラの英雄”に向かうというのならアミラは黙っていられるほど誇りを捨てたわけではない。とアミラは右腕に水の渦を纏い神フレイヤに向ける。

 

「俺の英雄を貶すなら。それ相応の代償は払ってもらおう」

 

「あら。ごめんなさい。でも事実よ?」

 

貴方があの少女に“従い”続ける限り、“貴方は決してあの少女より強くなることは出来ない”。そう神フレイヤは微笑みのまま害そうとするアミラを見る。神フレイヤには見えているのだろう緑色の鎖がアミラの蒼く光輝く魂を縛っていることが。

 

そんな神フレイヤを見てアミラは表情をキツく縛ったまま右腕を下す。

確かに神フレイヤの言っている事に間違いはない。“とあるスキル”の影響で自分はレベル5から上がる事は出来ないのは事実だしそれでアミラも『納得』しているのだから。

 

「下ろすのね。その腕」

 

「……俺がもし神フレイヤを害したとなるとそれで神フレイヤは主神ロキに喧嘩を売って俺を合法的に手中に収めるでしょう。」

 

「あら。そんな事はしないわ」

 

ただ少しばかり“お話”して借りるだけよ?と神フレイヤは満面の笑みで微笑む。

それに…とアミラは言葉を繋げる。アミラにはどうやら感じ取れているのだろう。

 

「貴方ほどの神が1人でに歩く事はない。……居るんでしょう【女神の戦車】が」

 

今も尚、2人を監視し続ける一つの影が。アミラが神フレイヤに手をあげそうになった時一瞬だけその気配に殺意が混じった事をアミラは解っていた。そしてその殺意の持ち主が誰であるという事を。

 

それは【女神の戦車】アレン・フローメルであるとアミラは断定した。

アレンはフレイヤ・ファミリアに所属するレベル6でオラリオ最速の猫人。

 

「アレン?……あの子、着いてきちゃったのね」

 

「自由に出歩く貴方を心配してるんでしょうね」

 

檻にいれてでも縛り付けるべき。とはアレンの言葉だ。

それを思い出したのかアミラは少し思い出し笑いを含めながらアレンのいる方向にアミラは視線を寄越す。“傷付けるつもりはない”という意味を込めて。

 

「ああ。そうそう。今日来た理由はね?」

 

思い出したかの様に声を弾ませる神フレイヤにアミラはまた面倒事になるのでは無いかと渋面を隠さずに神フレイヤを見る。何かと言いながら死にかけるレベルの面倒事を持ってくる事は少なくないから。

 

「あの子の事。頼んだわよ」

 

「あの子というと……ベル・クラネル?」

 

アミラの関わる人の中で神フレイヤが気に入りそうとなるとベル・クラネルしかいない。アイズ?……こうあまり神フレイヤは好ましく無いらしい。と今までを考えるとそうだろう。

 

「そう。まだ未熟だけど光輝き始めた魂……とても素晴らしいわ」

 

「………やりすぎない様に気をつけてくださいね」

 

注意だけしておくけどまあ間違いなくベルの行く末は苦難に満ちるモノだろうな。とアミラはベルに同情した。古来から…神に目をつけられた人間の末路など総じて“生優しい”ものでは無いと知っているからこそ。

 

 

 

 

 

時間は移り、とある日の朝。人気も少ない中オラリオ郊外の平原では鈍い打撃音が響いていた。勇ましい掛け声と共に打撃音だけではなく剣と剣がぶつかり合う甲高い物音も響かせていた。

 

「──────────ぁぁぁああああ!!」

 

「掛け声は勇ましいがまだまだ振りが甘い」

 

朝のひばりでさえも驚いて逃げる様な血と汗が滲む中で2人の少年がナイフを交えていた。白い髪の少年が金髪の少年に飛び掛かる様に襲い、それを金髪の少年はナイフを使うことなく徒手空拳でいなし続ける。

 

「はぁ…はぁ……はぁっ!もう一回お願いしますアミラさん!!」

 

「ああ。何処までも付き合ってやろうベルッ!」

 

次第に体力が尽きたのか白い髪の少年…ベルが地に手を付けるが一度息を吐いたと思えば滂沱の汗を流しながらも金髪の少年…アミラに突貫する。そんなベルの様子にアミラは内心酷く高揚しながらナイフを受け止める。

 

こうして別のファミリアの2人が訓練しているのかと言うとそれは数日前に遡る。

【ロキ・ファミリア】が深層から帰ってきた後、アミラは手持ち無沙汰になったとは言え護身用のナイフ(それでも第二級品である)を片手にダンジョンの上層に潜っていた。

レベル5であるアミラはこの辺りのモンスターなど眠っていても倒せるぐらいだが、それでも身体を鈍らさないぐらいなら適当にモンスターを十匹単位で呼び寄せてバラバラにするぐらいでいい。

 

そうして適当に数えるのも惜しくなるほど倒した後、ダンジョンから出ようとするとそこには見知った白い影がモンスターと戦っている姿を見た。

 

『ベルか?』

 

『あっ……ア、アミラ…さん……』

 

露骨に目を輝かせた後、ベルはまるで罪悪感がある様に目を逸らした。

そしてアミラがその意味を理解できないほど無知では無い。ベルに近づきなんとアミラから頭を下げた。

 

『すまなかったな。ベル。あれは俺らの落ち度だ』

 

『!?……いえ、いえいえいえいえ!!本当に!言い返せない自分も自分ですから!!』

 

そんなアミラにベルは赤面しながら両手を振る。この前のベートの言い方はどうであれ【こちら側】の落ち度であり、何よりミノタウロスは自分達がけしかけたモノだと一通りの意味を込めてアミラはベルに頭を下げる。

 

『そうか……ありがとう……』

 

『いっ…いえ……』

 

『そういえば…君の主武装はそれか?』

 

許してもらえたと見てアミラは次にベルの様子を見る。アミラはその瞬間、驚愕に目を見張る事になる。アミラはスキルの影響で物理的な人の内面まで見れる。そう肉つきだとか体の可動域だとか。それでベルを見ると数日前に見た時より“明らかに成長”しており、その速度はまさに“進化”と言っても過言では無い。

 

『はっ、はい!』

 

『確かに…体格を考えるとそうか……うん……』

 

驚きながらもベルの手にあるナイフを見る。それこそアミラの主武装とは品質には天と地の差があるのが当たり前だがそれでも駆け出しが持つには中々良質なナイフだと分かる。それにベルの小さめな体格を考えればナイフによるヒットアンドアウェイ戦法はハマるだろうと戦術的にもベルの武器選びは理にかなっていた。

 

…………ナイフなら教えられるな。とアミラが一瞬判断した時にはもうこうして口にしていた。

 

『もしよければ君に戦い方を教えてあげたい』

 

『……………ぇ?』

 

これはある意味【ロキ・ファミリア】からの賠償である。モンスターで冒険者を危険に晒した賠償。腐っても一級冒険者であるアミラがその冒険者に戦い方を教えるだけでも十分賠償になるだろうとアミラは脳内で算盤を弾く。………そこにもしベルが戦い方を学べば何処まで行けるのだろうかと言うアミラの“好奇心”が混ざっていないかと言われると嘘になるが。

 

『い、い、い、いいんですか!!??』

 

『ああ。もし君が良いなら…教えてあげようと思う、けど……』

 

嬉しそうに目を輝かせるベルを見てアミラも喜ばしい。今まで色んな人から戦い方を学んできたが(その殆どが物理的に身体に叩き込まれたが)こうして自分が教える立場になると“受け継がれる”事というのは胸の奥から温かいものが溢れてくる。

 

『……じゃ、じゃあ!よろしくお願いします!アミラ師匠!!』

 

『師匠………いいね。うん。行こうベル』

 

そしてアミラとベルの師弟関係が出来上がった。アミラも物理的に叩き込まれたというだけあって実践形式が殆どだがそれでもベルが“今のままではギリギリ見切れない”程度で刃を潰したナイフで身体に直接叩き込む。

 

『ナイフというのは基本的に連戦に向かない』

 

『だからこうしてっ!!こっちがっ!動いてっ!相手を撹乱していくんですねっ!』

 

『理想的にはな。そして……隙ができたら』

 

『その隙に相手を倒すっ…ですねっ!!』

 

普通に振るうナイフだけでなく、逆手からの切り落とし。そして更には狙うべき場所までアミラは余す事なくベルに叩き込んでいく。……日によっては傷を癒せるポーション(アミラ持ち)を使いながらも身体に叩き込まれる戦い方は次第にナイフだけでなく徒手空拳にまで及んだ。

 

『ステイタスだけに振り回されるな』

 

『は、はいっ!!』

 

ベートほどとまでは言わないが手足に水を纏いながら打撃をする事もあるアミラはその辺りも強い。ベルとアミラの体格の差というのは大きいがベルはアミラから習った基本とアミラがダンジョンで見せてくれた戦い方を元に1つの戦い方を編み出していく。……そうその戦い方は見る人が見ればアミラを踏襲している事がわかる様な戦い方を。

 

幸か不幸か。アミラとベルの鍛錬は早朝に行う事が多かったからかそこまで大きな話題になる事は無い。……ただまあバベルの最上階からたまに貞操の危機の様な嫌な予感がするのにアミラは冷や汗を流した事はあるが。

 

「はー……はー…はーっ!」

 

「ベルお疲れ様。明日は休むといい」

 

「え゛……師匠もう……」

 

疲労困憊の満身創痍なベルにアミラは持ってきていたポーションを満遍なく振りかける。ベルの事だ。どうせこの後ダンジョンに潜って復習するのは目に見えているからか生傷や打撲の痛みは消してやろうとポーションを奮発する。

ほぼほぼ毎日してきたこの鍛錬を明日は休みにしようと言うと、ベルはまるで見捨てられた子犬の様にアミラを涙目で見上げる。どうやらベルは勘違いしている様だとアミラは苦笑し告げる。

 

「明日は…怪物祭モンスターフィリア。お祭りだ」

 

そう。明日は怪物祭モンスターフィリアというオラリオで年に一度のお祭り。アミラにとっては毎年のモノだがまだオラリオに来て一月も経っていないベルは初めてのお祭りだ。その日ぐらいは楽しんでこいとアミラはベルに発破を掛けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナイフの細い剣線が白銀色になって自分を襲う。ギリギリ僕が見える程度に調整されているその剣線は一切のブレがなく僕の四肢を狙う様に調整されている。

 

「(まず左足っ!そして右手っ!!)」

 

どうにかそのナイフをいなし自分の逆手持ちのナイフで相殺し、“作られた隙”に僕は同じ様に体を、肩を、手首を活かし師匠を襲う。けど師匠はこちらの剣先を見ることもなく最も容易くいなし、無効化してくる。

 

「(っ!!?)」

 

瞬間、師匠のナイフは逆手持ちから順手持ちに変わり、この戦いが始まってから1番の悪寒が背筋を走る。ナイフの突きだ。幾ら刃を潰しているとは言え当たればタダでは済まない。確実に汚いモノを吐きながら悶絶する。……だっていつぞやかでそんな感じになったから。

 

「避けるか。キチンと身体に覚えてきてるな」

 

「手、加減されて言われても、ですねっ!!」

 

本気でやってほしいか?という師匠の言葉に全力で首を横に振りながらナイフ片手に師匠の周りを駆け回る。確実に後ろを取れたと思った攻撃も簡単に相殺されてしまう内に自分の体力が尽きた。

 

「…………はー……はー……はーっ!!」

 

「……では、先ほどの反省会をしようか。ベル」

 

師匠に水筒を片手に渡されながら僕は地面に倒れながら水を飲む。冷えた水がとても美味しい。そうして息を整えていると隣に座った師匠に起き上がり顔を向ける。

 

「はい。無駄な動きが多かった…ですかね?」

 

「そうだな。格下…同格相手にはあれでもまだ通用するだろう」

 

最後の周りを駆け回ったあれ。今思えば自分でも無駄が多いしずっと師匠の背中を狙っていた。あれではフェイントを作りやすいだろうし僕もフェイントに引っかかりやすい。

 

「次は上手くフェイントを織り交ぜる様にしないとな」

 

「はーい……」

 

師匠の言う通りだ。師匠は第一級冒険者であるレベル5。それに引き換え僕はまだ冒険者になりたてのレベル1だ。本来なら師匠の攻撃なんて見えないはずのレベル差も師匠が最大限ギリギリ分かる程度に手加減されているのだ。

 

「ここからもよろしくお願いします!アミラ師匠!!」

 

「ああ。行くぞベル」

 

 

拝啓。空に旅立ったお爺ちゃんへ。オラリオでハーレムというのはよく分かりませんでしたがお爺ちゃんの言ってた“英雄”みたいな人と出会い、何の運命かその人のたった1人の弟子にしてくれました。

 

どうしてそんな事になってしまったのか。話は数日前に遡る。

 

あの日強くなりたいと〈豊饒の女主人〉から飛び出した後、殆ど毎日ダンジョンに篭りっぱなしだった。強く、強くなれる様に。あの憧れた“英雄”の背に少しでも近づける様に僕はがむしゃらにダンジョンを駆け巡った。

 

『ベルか?』

 

ある日の事。いつものようにダンジョンで戦い終えた後、後ろから僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。僕の名前を知っている人なんてこのオラリオでは一握りしかいない。そう考えて振り向くとそこには“とても見覚えのある金髪の人”が立っていた。

 

そう。彼こそが僕の“憧れ”【水剣けんき】アミラ・フォンディアスさんだ。どうやらアミラさんもダンジョンに潜っていてあの日見た片手剣では無く、ナイフ1つでダンジョンに挑むアミラさんをカッコいいと思ってしまった。

 

『もしよければ君に戦い方を教えてあげたい』

 

何故、アミラさんが僕に頭を下げるのか。

その理由がベルにはいまいち理解できていない。いやまあミノタウロスに襲われた原因がアミラさん…【ロキ・ファミリア】であろうともアミラさん個人が頭を下げる必要は無いはずだとベルは少し腹を立てた。……まあその実、全部アミラの独断である事にベルは気が付かなかったが。

 

それでもその怒り以上にベルの内側では歓喜の感情が湧き上がってきた。

夢でも見ないような展開。まさか、まさか“憧れ”の人に稽古をつけてくれるなんて。とベルは今日の出会いをヘスティア様に感謝した。

 

『……じゃ、じゃあ!よろしくお願いします!アミラ師匠!!』

 

『師匠………いいね。うん。行こうベル』

 

まあそう言う理由でベルはアミラの弟子になったのだ。

しかもアミラ師匠が言うには僕が一番弟子だという。

でも、日に日に稽古つけてもらえる中で僕の心にほんの少しだけ、罪悪感が溢れ出てきたんだ。

 

 

「師匠。……1つ僕の話を聞いてくれませんか?」

 

鍛錬後。体を休めるのも十分鍛錬の一つという師匠の言葉通りに平原の原っぱに身体を投げ出す。吹き付ける風は鍛錬して熱った身体を覚ますのにとても気持ちがいい。師匠も瞳を閉じて…瞑想?って言うんだっけ。それの隣で僕はふと師匠に問いかけた。“僕がオラリオに来た理由を”……女の子との出会いを求めてやってきたという事を。

 

「………そうか………」

 

「………………………はい」

 

今考えればとても不埒な考えだ。迷宮に潜る〈冒険者〉は自分の命の危険があるのにそれでも迷宮に潜る。その意味が、その誇りが。アミラ師匠と共に迷宮について学べば学ぶほど。師匠の戦い方を知れば知るほど。自分の甘い心算が嫌になってくる。

 

師匠はなんて言うだろうか。破門だろうか。

怖いけどそれでも師匠に相談したかった。

 

「ベル」

 

「はい」

 

重く苦しい言葉と共にアミラ師匠が口を開く。

なんて言われるだろうか。恐怖するまでもなくアミラ師匠が口に出す。

 

強くなれば女の知り合いも増えるぞ

 

「………!?…師匠!?」

 

いつもの表情でサムズアップする師匠に何でか僕の肩と今まで感じていた罪悪感が落ちていくのを感じた。なんかそうやって師匠と女の子の話をする事なんて無いと考えていたから。こうしてアミラさんとそんな話を出来るとは考えてもいなかったから。

 

「じゃあまあベルの“出会い”のために強くならないとな!」

 

「はいっ!胸をお借りしますアミラ師匠!!」

 

今日もまた、僕はダンジョンに潜る。

いつか、いつか…あの背と隣り合わせで戦えたら良いな。なんて考えながら。

 

 

『明日は…怪物祭モンスターフィリア。お祭りだ。』

 

そういえばそんな祭りがあるんだっけ?

師匠も楽しむらしいし僕も明日だけはお祭りに行ってみようと思います!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

異常事態ということで新種のモンスターが出現したのはいいものの、そのモンスターの特性は溶解液だった事もあり多くの武器が劣化、破損そして融解。“一級品”とも言われる最上位(値段的にも品質的にも)武器がそんな感じといえばどれほどの激戦だったのか分かるだろう。

【大切断】ティオナ特徴的な武器であるクソデカ両刃剣…【ウルガ】は見るも無惨に溶け落ち、アイズの【デスペレード】も溶け落ちるとまで言わないが今回の異常事態で劣化が激しいという事で製造元である“ゴブニュ・ファミリア”に持っていく事になった。まあそこでつい前日作ったばかりだった【ウルガ】が溶け落ちていた事に職人たちが倒れたりしたがそれはまた別の話。

 

 

「………何しに来た。」

 

「剣の整備を頼みに来ました」

 

そんなティオナたちを横目にアイズは奥の扉に吸い込まれる様に入っていく。

そこには白髭を生やしているというのにとても筋肉質な1人の老人が嗄れたそれでも覇気のある声でアイズに問う。そんな老人に臆する事なくアイズは目的を一言簡潔に言い、剣を渡したのだった。

 

「………ふん。【ティアペレード】も歪んでいる所を見るに中々激戦だったのか」

 

「……………!!」

 

【ティアペレード】。それはアミラの主武装であり、アイズの【デスペレード】の双子剣である。

形状は両方とも同じサーベルであり【不壊属性】付きという一級品武装。それでも壊れないだけであって切れ味などは落ちやすいし、特に武器にそのまま魔法を付与するアイズの魔法は更に武器の寿命を短くする。

 

では逆に属性は違えど同じ魔法であるアミラの魔法はどうかと言うとこれもこれで鍛冶屋泣かせである。というかそもそも水を纏う魔法な時点で剣とは相性最悪。剣は錆びるだろうし錆びてしまえば切れ味どころの話ではない。それでもアミラは度重なる剣の屍(比喩にあらず)を重ね、そして剣の作製者である神ゴブニュの何度も配分を変えた合金でようやくアミラの魔法でも錆びず、そして威力を殺さないアミラの愛剣である【ティアペレード】が誕生した……という話だ。

 

「はい。………お願い、します」

 

「……また後で取りに来い」

 

そんな鍛冶屋の涙の記憶とアミラの苦い過去なんて関係ないとアイズは並べてある【ティアペレード】の隣に自分の【デスペレード】を置く。こう見ると2本とも本当に差異が無いほどに同じ剣に見える。

 

「……………………」

 

ふと、アイズは【ティアペレード】を撫でる。常に水が渦巻いている様なこの剣からは、まだ持ち主の魔力を感じられる。この剣はある意味でアミラの半身だ。そして私の【デスペレード】も私のある意味で半身だ。その半身が同じ双子剣であるそれだけで小さい頃の私は今でも尚喜び剣を頬擦りする。

 

 

 

(………何処に行ったんだろうアミラ……)

 

ふと1人になった街中でアイズはアミラを探すように歩き出す。

ダンジョン明けのロキ・ファミリアは忙しいがやるべき事を終えたら自由だ。アイズは所在なく周囲を見渡しながらアミラの人影を探す。

これはアイズとアミラだけだが、この2人においてアイズはアミラの居場所を“なんとなく”の精度で探す事が出来る。“本契約”を交わしたのならそれこそ居場所だけでなく考えている事も分かりあうが今はまだ“それ”をしたくなかった。

 

そうして歩いているとカフェの椅子に腰掛けていたアミラの姿を見た。

いつものように紅茶を嗜むアミラの姿に1つだけ強い違和感をアイズは覚えた。

………どうして、アミラの席の前の椅子が人1人分空いているのだろう?と。ただの偶然かも知れない。アミラの前に座った人がそのままにしたのかも知れない。それでもアイズの内心では強い警笛を鳴らしていた。

 

 

そしてその“悪い予感”は覆される事なくアイズの目の前に現れる

 

 

「お久しぶりね。【剣姫】」

 

底冷えするほど恐ろしいほど冷め切った声とは裏腹に言葉一つ一つに意識全てが持っていかれそうなほど強い“魅了”。アイズはこれを十分よく知っていた。

 

「神、フレイヤ」

 

一言呟く視線の先には灰色のローブを被った人影がある。

あれだ。そうアイズは断定する。あれが、あれこそが【ロキ・ファミリア】と争う【フレイヤ・ファミリア】の主神。フレイヤ。そしてアミラを個人的に狙い続けるアイズの明確な“敵”。

 

「そこまで気を苛立てないで。今日は何もしないわ」

 

「………………………………」

 

どうやら知らず知らずの内にアイズは臨戦態勢で構えていたらしい。

そりゃそうだ。アミラを狙い続けて、ある時は私と共に居たのにアミラを抱きしめて奪おうとしたそれも何度も。アミラは親切な神様かと思ってるかもしれないがアイズにとって神フレイヤという存在は怨敵というのに相応しいのかも知れない。

 

「貴方には、ね?」

 

その瞬間、アイズの周辺に緑色の暴風が舞った

 

「アミラに何をしたっ!」

 

今持っている剣が【デスペレード】ではなく“ゴブニュ・ファミリア”から貸し出されたモノであろうとも、もうアイズは風を抑えられるほど穏やかではいられない。

私には何もしない…けどアミラには何かしない訳じゃない。そう考えると最初の違和感や嫌な予感はこれだったのだ。アミラに神フレイヤが近付くという事が。

 

アイズの暴風は吹き荒れ、周囲の軽い物を飛ばす。

神フレイヤのローブも風に煽られたなびくがそれでも顔まで下ろされたフードを開けることは敵わない。仕舞いには神フレイヤに飛び掛かるのではないかというほど目を細め剣を引き抜こうとしたその瞬間。アイズの首筋に無機質な穂先が構えられた。

 

「そこまでにてしてもらおう。【剣姫】」

 

「………ぁ………【女神の戦車】……!!」

 

いつの間にアイズの背を取ったのか、アイズの背からは1人の猫人の男性がアイズの首筋を捉えていた。【女神の戦車】…それは【フレイヤ・ファミリア】のレベル6。レベル5であるアイズではそもそも素のステイタスで差が出る。そのたった1つのレベルの差は大きいのだ。

 

「ありがとう。アレン」

 

「はっ。この身に代えましても」

 

もうアイズに戦う気がないと分かったのかアレンは大人しく槍を下ろしフレイヤの前に跪く。一度アレンを褒めた神フレイヤは直後アイズを見下したように見る。

 

「それは……そうと」

 

「…………………っ!」

 

「やっぱりダメね。」

 

アミラなら対処できただろうにという視線にアイズは苦虫を噛み潰したようにフレイヤを睨む。図星だったから。きっとアミラなら出来ただろう。とアイズ自身も小さい私も満場一致で認めている。

 

「強くなりなさい。【剣姫】」

 

「貴方が強くならないと…あの子がいつまでも強くならないわ」

 

そう一言だけ視線を介さずに残すフレイヤの言葉にアイズの内心は穏やかではいられない。神フレイヤのいう事は間違いではないからこそ。アイズは何も言い返せない。

 

「……そんなのっ!私が誰よりも分かって……っ!!」

 

小さな嘆きは皮肉にも風に絡め取られて消えていったのであった。

 

 

 

 

(………今日もやってる)

 

アイズは眠気眼を擦りながらオラリオ郊外の物陰に隠れて二つの影を見る。

アイズの視線の先では…いつぞやかの白兎とアミラがナイフを交えている姿。どうやらアミラはあの白兎に指導をしているらしい。それも数日前から毎日。

 

ロキ・ファミリアの寝床は基本的に指定制である。不思議とアミラとアイズは隣の部屋同士という事もあってか(何故かそこの部屋の壁だけ薄いというのは内緒)物音がすれば意外と分かりやすいものだ。そんなこんなで数日前からまだ朝早いのに武器を持って家を出るアミラの姿を何度かアイズはドアの隙間から見ている。ここまで早朝に出歩いている人もファミリア内には居らず、アミラは誰に咎められる事なく出ていっているようだ。

 

それが数日続いたある日。アイズの中で好奇心が疼いた。

“アミラはこんな朝早くから何処にいってるんだろう?”と。

そうしてアイズは後ろから尾行する事にしたのだった。尾行する事数分。アミラが向かった先はオラリオ郊外の平原。ここに一体どんな用事があるんだろうと首を伸ばした瞬間だった。

 

『おはようございます!アミラ師匠!!』

 

『今日も精が出るな。ベル』

 

そこには、少し前アミラに助けられた白兎…アミラの言う“期待”している子とアミラが会っていたのだ…………は?……は?………えっ??どうして?なんでアミラがあの子とあってるの?どうして?ねえなんで?

アイズの脳内で盛大に“何か”が破壊されるような音がして、直後に小さい私が泣き叫びながら地団駄を踏むのが分かる。……なんで?どうして?どうしてアミラはそんな楽しそうにあの白兎に稽古をつけてあげてるの?

口の内側で鳴るガリッという嫌な音と共に私はもう自分を抑えきれないんじゃないかとアイズは黒く澱んだ瞳で2人の鍛錬を見る。

 

鳴り響くナイフとナイフが交差する音は違和感しか感じない。

アミラが持つべき武器は【ティアペレード】だ。断じてあんなチャチなナイフなんかじゃない。認めない、決して認めないと小さい私も滂沱の涙を流しながらアミラを見る。

 

………ああ。そうだ。アミラは手加減してるんだ。あのレベル1が分かりやすいように。しばらく見ていると違和感の正体に気がつく…アミラの攻撃がやけに見切りやすいのだ。それはつまりわざわざあのレベル1のために手加減している事以上の何物でもない。

 

「………やっぱり」

 

そうして眺めていると2人の鍛錬は終わりらしい。

あのレベル1が疲労困憊だというのにアミラは涼しい顔して立っている。そんなアミラもカッコいいと小さい私も両手を振って喜んでる。

 

「アミラには……私しかいないんだね……」

 

アミラの“期待”してるレベル1は到底アミラには追いつくはずがない。

アミラに追いつくまでに私が強くなってアミラもレベルアップしたらいい。どれほどアミラがあのレベル1を気に入ってるか知らないが。

 

アミラは私だけの………なんだから。

 

 

 

 






ヒント:本契約というのは『屈服』という事です。



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