今日の私様は、外に出て走り回っていた。
一人で走るのはつまらないので、見かけた小学生の子供たちを誘ったのだ。そしてどうせならと鬼ごっこすることになった。
「遅いぞ小童どもー! 走れ走れー!」
「くっそ速ぇあの姉ちゃん!」
「ぜぇ……ぜぇ……も、無理……」
「タ、タッキー! 死ぬなー!」
「男子がんばれー」
「が、がんばれー……」
見学に回った女の子たちは声援を送っているが、私様を捕まえようと走る男子たちはそろそろ限界のよう。
しかし、最近の男子はなっていない。私様を追いかけ回せるくらい速くて体力がなくてはこの先困るぞ。いや本当。ないよりあったほうがいいからね、今の世の中。
「姉ちゃんさぁ! なんでそんな速いんだ!?」
「鍛えてるから! 辛いなら呼吸に気をつければいいよ! 大きく吸って吐いてを繰り返してたら多少は楽になるから、さ!」
「うわまた速くなりやがった!」
今日の私様はすごく調子が良い。なんてったって休日だからね。見たい漫画も見終わったから外に走りに来たけど、正解だった。
ただ、流石に体力の限界が来たようだ。男子たちはぜーはー息を荒くして大の字に寝転がっている。
「軟弱だなぁ」
「姉ちゃんが凄すぎるんだって……あ~疲れたー」
「おつかれー」
「おつかれさまです……」
終わったのを見計らって女子たちが近づいてくる。小学生高学年くらいか。あと何年かすれば中学生の仲間入りだ。子供の成長は良いものだ。
……でも、この中の何人がウィッチに憧れ、成ってしまうのだろうか。ならないでほしい、と思う心と、成っていたほうが良いかもしれない、という相反する考えが浮かぶ。
……やめやめ。こんなこと考えててもしょうがないよね。未来を選ぶのは、いつだって当人たちなんだから。
「全滅したみたいだし、今日のところは帰るね」
「えぇー! 勝ち逃げかよズルいぞ姉ちゃん!」
「わははー! 私に勝てるようになってから言うが良いぞー! ではさらば!」
「ばいばーい!」
「次は勝つかんなぁ!」
ダッシュで公園から脱出する。男子と女子の声が聞こえなくなったところで走りを歩きに変えて、そのままゆっくりと帰宅していく。
子供たちとの鬼ごっこは楽しかった。私だけが勝ってたけど、わざと負けるとか私のプライドが許さない。
こんな平和がずっと続いてほしいと思う。子供も大人も笑顔で溢れる、そんな平和。
だから、これ以上誰かが犠牲になってほしくない。ウィッチも、それ以外の人も。
そして、心の明暗を切り替える。インクブスを殺す、ウィッチとしての私に。
「フロッグマンは」
「ナンバー13、ナンバー8が対応するようです」
「彼女が? なんでまた」
「ナンバー8が最初に交戦、逃げたインクブスはナンバー13のエリアに入り込んだようです。それをナンバー8が……」
「追いかけた、か。まったく、いらない世話を」
どうやって知ったのか、ということについて知る必要はない。大方、パートナー間でのテレパシーで情報交換しただけだろうから。
問題なのはナンバー8の行動。彼女に任せておけばいいものを、適材適所という言葉を知らないのか。プライドの問題か、それとも……。
どちらにしろ、このままだと
そして、インクブスは馬鹿じゃない。一度退いた相手でも挑んでくる時は必ず勝ち目がある時だ。
「最悪、連れ去られるかもね」
「刀華」
「大丈夫だよ。ナンバー13ならしくじらない」
「……なぜ、それほどまでに信じることが出来るのですか?」
パートナーがそんなことを聞いてくる。珍しいこともあるものだ。ナンバーズがやられる可能性があることを危惧しているのか。
……それ以上に心配しているのは、私のナンバー13への盲目的な信頼か。そこまで盲目的になった覚えはないけど……とりあえず答えておこう。
「私が助けられたからだよ」
「ですがそれは、」
「直接会ったことはない。相手からすれば面識もないだろうね。けど、ファミリアを見ればわかるよ。あれは───」
インクブスを殺す。ただそのためにある。インクブスを糧にして、さらなる進化と成長を遂げる。それがあのファミリアたち。
だからこそ、わかることがある。
「あんなにインクブスに対して憎悪を覚えることが出来るなら……きっと、それだけ優しい人だと思うんだ、私」
「……」
「まぁでも、そんなに心配なら行くだけ行ってみようか。もちろん、邪魔にならないように行くだけね」
「おねがいします」
パートナーの心配するようなことは起きないとは思うけど……他ならぬパートナーの願い。叶えてしんぜようこの私様が。
ないとは思うけど万が一のこともある。幸いにも他のインクブスを見たという話は聞かないし、何より他のナンバーズもいる。多少の穴は埋めてくれるはずだ。
「それじゃあ、今日は早めに寝よっか。夜に備えて、ね」
◆
結末は、予想通りになった。
「ほら、私の言った通りになったでしょ?」
「……そのようですね」
遠くから眺めているだけだったが、風に乗って流れてきた感情の匂いでどのようなことが起きたのかは把握できていた。
余裕、不満、殺意、悪意、そこから焦燥、欲情、恐怖……気味が悪いくらいに考えていた通りになった。
最後には安堵と心配、それにインクブスの死臭が漂ってきたから無事に終わったのだろう。
「ですがフルールラム。分かっていたのなら介入し協力する手もあったのではないですか」
「出来たよ、もちろん」
パートナーからの苦言を、素直に受け取って肯定する。確かにパートナーの言う通りのことは出来ただろうし、無理矢理にでもサポートすることは出来た。
けれど。
「駄目なんだよ、それじゃあ。余裕があるときに負けておかないと、いつか取り返しの付かない失敗をする。ナンバーズだって無敵じゃないことを、ナンバー8はわかっていなかった。もしわかっていたというのなら……ナンバー13と協力してたはずだよ」
だから、敢えて見過ごした。人間、言ってもわからず直さないことなんてざらにある。実際に体験してみなければ事の重大さを理解できない。今のうちに、取り返しの付く失敗は経験しておくべきだと私は思っているから。
「かつての貴女のように、ですか。フルールラム」
「……そうだよ」
かつての過去。もう思い出したくもないけど、初心を忘れないためにも忘れてはいけない。経験した敗北、あと一歩遅れていたら取り返しが付かなかった失敗。それを忘れてはいけない。
「……さ、もう終わったみたいだし、そろそろ帰ろっか」
「ナンバー8が未だに校舎にいるようですが……」
「毒を使われて解毒中なんでしょ。ナンバー13のファミリアもいるし、心配いらないよ」
欲情の匂いは、雄と雌の両方から匂ってきた。恐らくナンバー8が罠に掛かって毒を取り込んでしまったのだろう。
解毒するにも時間は掛かるだろうし、なにより解毒中の接触は何が起こるかわからない。このまま去った方がいい。ナンバー8だって、自分が弱っている姿を見られたいとは思わないはずだしね。
……けれど本当に、
「今日は、運が良かった」
「フルールラム……?」
口に出して、その危機感を再認識する。
ナンバーズは無敵ではない。それは、下手をすればナンバーズが敗れる可能性があるということ。ナンバー13でさえも例外ではない。
もしも、ナンバー13が敗れてしまったら……この国は、一体どうなるのだろうか。
内側から崩壊するのか。インクブスの玩具になるのか。それとも─────あぁ、考えるだけ無駄か。
そんなことをさせないために、
「インクブスを殺そう。いつかあいつらがいなくなるまで」
「……無理はしないでくださいね」
「大丈夫」
世界からインクブスがいなくなるまで、戦いは終わらない。
もしかしたら、
一先ず、インクブス全滅をゴールと考えよう。
そうでなければ、未来のことを考えることすら出来ないだろうから。
ちょっとした尊ぶべき日常と、外側から眺めるナンバーズの戦い。