ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている 作:七海香波
・原作のレベルバランスなんて知ったことかの中二全開主人公最強が書きたい!
この作品は上記の作者の欲望を混ぜ混ぜこねこねした挙句出来上がった単発モノです。
それでもよろしければ、どうぞ。
ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている
誰が呼んだか、
第一級冒険者でさえ気軽に潜ることを許されない深層域の、更なる先。
迷宮都市オラリオにおけるかつての二大双傑、ゼウスとヘラのファミリアでさえ手の届かなかった、人知の及ばぬ迷宮の奥深くを示すそのような言葉がある。
だが、それも考えれば可笑しな話だった。
この名称の存在を一般人が知れば、彼らは「ただ一括りに『深層』と呼称してしまえば済む話だろう」と首を傾げるに違いない。
されどこの名は、確かに誰かが存在意義を認めたからこそ生まれたのだ。
かつての最強さえ届くことのなかった、
それと既知の領域とを明確に区別すべき理由があったからこそ。
そう……公には決して語られることがない、秘匿されし
天より鳴り響く無数の轟雷と、見渡す限り大地を占有する灼熱の溶岩。
阿鼻叫喚の振動が空間を絶え間なく震わせて、焼け爛れ歪まされた大気が蜃気楼を生みだす。
空前絶後の災厄に挟撃された悪環境、未だ公的な名のない『
その辛く険しい世界を、かの冒険者はただ独り、己の葬ったモンスターの遺した
外見上は、20代後半ほどの男子。
揺らぐ炎の如く明滅する金と朱の外套を羽織り、背中に多種多様な武装が顔を覗かせる巨大背嚢を負っている。
周囲に満ちる高熱から身体を守るためか、一切の素肌を見せないよう外套と同じ素材を由来とする布を顔面にまで巻き付けており、その表情は分からない。
しかし、唯一外に出した両の灰瞳だけが、注意深く世界を観察していた。
ぴり、と彼の肌に伝う僅かな刺激。
それを感じるや否や、反応が神経を伝って脳に届くより早く、彼は足場にしていた炎竜『バハムート・ルティヤ』の鱗から飛びのく。
刹那、落雷――眩い光と衝撃が、つい一瞬前まで彼の居た座標目掛けて降った。
それに目もくれず、彼は即座に撃ち落とした怪魔鳥『ガルーダ・フェノメノン』の落下中の身体を足場にして、少し離れた位置で溶岩に沈みかけていた
文字通りの『
そんな彼の隣に、また別の
その目は煌々と赤く血走っており、嘴をカチカチと打ち付けながら、目前の小さき狼藉者に対して怒りを露にしていた。
「……メスか。番の敵を取りに来たと見える」
先に葬り去っていた
彼女は
モンスターの抱く復讐心。地上を闊歩する人間と何ら変わらぬその感情を前に、彼は同情より早く己が武器を引き抜き様に振るう。
敵は溶岩を鎧代わりに身に纏う竜。這い出たばかりで熱を保つその鎧は柔らかく重く、斬撃より打撃の方が効率的と見える――となれば。
彼は背嚢から選んだ名もなき大槌……地上の鍛冶師が見れば卒倒するほどの
――雷鳴と同等の重さを誇る衝撃が、空間に罅を入れ、竜の頬骨を粉微塵に砕く。
グギャ、と悲鳴を上げて溶岩に倒れかけた竜だが、それでも竜種らしい
だが、すでにクレスは彼女の目前から姿を消していた。
果たしてその姿は彼女の背中にあり、次なる攻撃への準備を終えていた。
「――《プロメテウス》」
加えて背後に展開した
溶岩に住まう
既に槌をしまった右手に改めて握った純
幾重にも重なった鱗と肋骨を潜り抜けた切っ先が、核たる魔石を穿った。
そうして
「……ふむ」
地上にあればあらゆる魔道具作成者にとって垂涎の的となるそれに、クレスは只の足場としての価値しか見出さなかった。
そうして辿り着いた先で周囲を見渡し、またつられてやってきたモンスターを撃破して仮の足場を作る。
それがここ一か月近くの、彼のここ238層における
彼が探しているのはむろん、下層へと続く階段。
しかし、この階層全体を覆う高熱による陽炎と蜃気楼がそれを妨げているのだ。
見渡す限り溶岩の平地、されど熱により光が歪められているせいで、正確に遠くを見通すことが難しい。
一歩間違えれば溶岩へドボンということもあって彼の攻略は遅々とせざるを得ず、そのおかげで半年近くその存在を発見できず足止めを強いられているのが現状なのだった。
「……ちっ」
舌打ちを漏らしたクレス。
再び肌を襲った
無数の鉄粒子が互いに擦れあうことで静電気をまとい、磁力を帯びて宙に漂う。それが積み重なって形成された雲の中を悠々のごとく泳ぐ彼らもまた磁力を纏っているのは自明の理。
あれらを敵にするには、金属製の武器は邪魔になる。
彼らの周囲に浮遊する鉄粉が刃に纏わりつき、切れ味が落ちてしまうが故に。
よって、クレスはまた別の武器を取り出した。
生物由来の素材を糧に生み出された『
己が生存の可能性を代償に目前の勝利を手繰り寄せるという、異質な魔剣。
しかしもとより、冒険者とは黄泉路に張られた蜘蛛糸よりもか細い勝機をつなぎ渡る者。
そのように考えるクレスは、必要とあらば躊躇なくこの剣を振るう。
【ネガ・ファトゥム】の効果は
その力を開放して一振りで五十の群れを黒塵と化した彼の身体が、今度は強い横からの衝撃に押され吹き飛びかける。
「ぐっ――!?」
ちらりと見えたその攻撃の正体は、
その質量と速度を過剰に伴った一撃がクレスの身体を弾丸の如く階層に端まで吹っ飛ばしかけるが、そうは問屋が卸さなかった。
残心からすぐさま剣を納刀したクレスはその強固な腕を回避するとともにむんずと掴み、武の理を以てその巨体を投げ飛ばした。
溶岩に背を打って倒れ込んだ
敵の膂力を利用し隙を生み、残った余剰の力を注いで弱点を打ち据える。
その必殺技の名は。
「《グラウンド・ゼロ》」
破砕。
超高密度の鉱石の身体を豆腐のごとくひしゃげさせ、内部の魔石を槌の柄より伝えた浸透勁により粉々に打ち砕く。
適当に近くを泳いでいた
そうしてしばしそれが泳ぐがままに身を任せていると――突如、彼の眼が色めき立つ。
彼の視線の向かう先に存在していたのは、溶岩流の流れ込む滝壺だった。暴力的なまでに水飛沫が、否、溶岩飛沫が飛び散り舞う火炎の大瀑布。
「……あれは」
その淵に立ったクレスが目を凝らすと、流れ込む溶岩流の僅かな隙間に、ちらりと色の異なる黒い穴が見え隠れしていた。
それはようやく見つけたこの灼熱世界の異物にして、恐らくは次なる階層へと繋がる出口にして入り口に違いない。
そう考えたクレスは何の躊躇もなく、紅蓮の滝壺に自ら飛び込んだ。
「……!」
この階層に潜るに相応しいステータスを以てすれば、大気を蹴るのも訳はない。
まるで大砲のような音を鳴らしながら何もないように見える空中を二歩ほど踏みしめ、彼は見えていたその場所へと立った。
そしてそこに存在していたのはやはり、階段であった。
本来ならば躊躇なくそこを下るつもりであったクレス――だが。
そろそろ主神より命じられている帰還の時であることを体内時計で察した彼は、ここでキリ良く冒険の中止を決定した。
「戻るか」
『深々層』においては、あまりに深すぎるが故に
それが彼に自由な探索を許している主神との、数少ない約束の一つだった。
「【我は此処にありて、尚あらざる者なり】――【シュレディンガー】」
その名を詠うとともに、彼の輪郭が徐々にぼやけていく。
存在が希薄化し、虚ろのように宙に溶け、やがてこの階層から完全にクレスの姿が掻き消えた。
「――という訳でようやく次への階段を見つけた。ロイマン、次からは239階層の探索を開始する」
「ぁぁぁふざけるな貴様というやつはまた! 聞こえんぞ、私には何も聞こえんかったからなぁ!」
迷宮都市オラリオにおいて冒険者たちを統括するギルド、その実質的な支配者とはすなわち都市の長とも呼びかえられる。
しかしその肩書きに似つかわしくないほど醜悪に肥満化したエルフ族のロイマンは、かろうじて己が種族の証拠として残っている長耳を必死に両手で押さえつけ、目の前の常識外の言葉を記憶から忘れ去ろうとした。
しかし彼からして目と鼻の先に座り呑気に茶を啜っている件の冒険者及び、その身に纏う今のオラリオには縁の遠すぎる素材たちの放つ圧倒的な存在感が、彼の優れた知能にどう足掻こうと現実逃避を許さなかった。
「おまっ、お前、お前というやつは! いったいいくら私に胃薬を買わせれば良いのだ!? ゼウスとヘラのファミリアがいなくなって停滞しつつある今のオラリオにて、平然と一歩どころか二百歩も前を歩いておいて! まだ先へと平然と進んでいくんじゃない!」
「知らん。冒険者とは冒険するものだ。ならばダンジョンを攻略する俺のどこが間違っている?」
「時代を先取りしすぎなところがだ【
【
それが彼、クレス・カタストロフ――過去現在、そしておそらく未来に至るまで比肩する者のいないであろう、現オラリオ最高にして
「まーた貴様のせいで秘匿しなければならなくなった情報が増えた! これもそれもあれもどれも第一級冒険者どころか神々にさえ隠し通さなければならないものばかり! こんなもの一々持ち帰ってくるなこの
「何故だ。『深々層』の情報を持ち帰れと言ったのはお前だろう、ロイマン」
「持ち帰られても今のオラリオでこれを活用できるのが貴様だけな以上、その存在価値は無どころか
クレス・カタストロフの名とその偉業は、徹底的に隠蔽されている。
彼の存在を知るのは彼本人と彼の主神、ギルドの真の長たるウラノス、そして他のファミリアへの情報漏洩を完璧に防ぐために他のギルド員を使うことができず、否が応でも彼の担当にならざるを得なかったロイマンのみである。
ロイマンはクレスの提出した書類を全て読んだ後、彼の
こうでもしなければ、どうなるか。
次なる覇権を求めるロキとフレイヤのファミリアの両方は彼を取り込もうとするだろうし、そしてクレスがそれらに対して反応する――それは控えめに言って、オラリオの終焉である。
ロキはまだいいだろう。天界での評判はともかく、今の彼女はクレスに断られれば表立っての勧誘を諦めるほどには穏当な女神だからだ。
しかしフレイヤ・ファミリアはそうもいかない。アポロンほどではないにせよ、あの女神の見せる執着心は並々ならぬものだ。そんな彼女がひとたび彼にちょっかいをかけ、誤って逆鱗にでも触れてみれば……これまでの秩序がドミノ倒しの如く崩れ去っていく。
そんなことが容易く想像できてしまうがゆえに、これまで通り甘い汁を吸い続けていたいロイマンはなんとしてでも現状を維持すべく、全てを己一人の身体に抱え込まなければならなかったのだ。
そりゃあもう、肥満体になるのも無理はないストレスだった。
そしてそれを顧みることなく、今度は『深々層』から持ち帰ったのであろう未知の果実をお茶請けとして悠々とかじる
「ぱくぱく……ごっくん……ふぅー。……そうか」
ロイマンはこの礼儀知らずな冒険者に、いつも通り内心で当たり散らした。
――これだから
「そうか、ではない! 貴様はいつもいつも……自分が地上に与える影響を考えろ!」
「そうは言われてもな。俺は冒険をするだけだ。俺と同じだけの熱を
今のオラリオに蔓延っている空気のことを、クレスは主神づてに聞き及んでいる。
そのどれもが、彼にとっては
「【
これで報告は終わりだと言わんばかりに、クレスは飲み切った湯呑を置いて席を立つ。
その背をロイマンは引き止めない。引き止められない。
何故ならギルドの権威を笠に着て言うことを聞かせられる相手ではないのだから。
今のギルドが率いることのできる最大戦力を、クレスは片手間に蹴散らすことが出来るのだから。
三大
それこそが
「ふんっ!」
ロイマンが一つ瞬きをした次の瞬間、クレスの姿は彼の前から完璧に消え失せていた。
どうせ来た時と同様に
「好き勝手しおって。……誰もが貴様ほど真面目になれるわけではないのだ、【
これほどのストレスに晒されているのだから、やはりちょっとくらいの不正など許されてしかるべきだ。
そう考えて手慰みに帳簿上の数値を弄びながら、ロイマンは次に彼が帰還することになる一年後に備えてひと時の安寧に精神を委ねるのだった。
なおこの後の主神との適当な約束で半年後に突然戻ってきた彼の面会に不意打ちを受けることを、今の彼はまだ知らない。
ギルドが存在するバベルには、その利便性から数々の神が居を構えている。
クレスの主神もまた、その例に漏れなかった。
ただし彼女は「馬鹿と煙はなんとやら」と言い放ち、その他大勢が好む高層階とは真逆の地下20階をファミリアの本拠地として指定していた。
ウラノスの祭壇のほぼ真上に存在する、通常の
そこにあるのは、こじんまりとした二階建ての家だ。
彼が
その中を家へと向けて歩を進める彼を、恩恵の近づく気配を察した主神が出迎えた。
「おかえりだね、クレス。今回も五体満足で帰ってきてくれて嬉しいよ」
「ただいま、我が主神カオス。幸いにして貴女の恩恵を上回るモンスターに出くわさなかったからな」
漆黒の長髪に波打つ青と赤の摩訶不思議なグラデーションが特徴的な、女神カオス。
彼女が地上に初めに降り立った原初の神々たちの一柱にして、クレスの主神だった。
「では恩恵の更新を」
「ええ……それより先にご飯にしない? 私の手作りだよ。冷めちゃうともったいないじゃないか」
「いや、先に更新だ。更新後のステータスに慣れるための時間は、一刻でも惜しい。それに、以前買った魔道具があれば元通り温めなおすこともできるだろう」
「そうだけどさ……出来立てを食べてほしいのは神も人も変わらないんだからね。それでも君の我儘を優先してあげるんだからさ、もっとこの寛大な女神に感謝を捧げなよ」
「いつも感謝しているとも。だから俺がいない間に贅沢をするだけのお金をちゃんと残していっているだろう」
「そういうことじゃないんだよ! ホント、どこで育て方を間違えたんだか……」
ぶつくさ言いながら、地べたに座り込んだクレスの背中にカオスが
女心をまるで知らないド畜生だがそれでも愛してやまない眷属を前に、彼女はパパっと恩恵を更新する。
「……はい、終わったよ」
―――――――――――――――――――――
クレス・カタストロフ
Lv.21
力:B767 耐久:C650 器用:S989 敏捷:B788 魔力:B701
耐異常:A 精癒:B 回避:B 暗視:A 耐■:S
適応:C 心眼:A 合気:B 魔導:C 神秘:B
鍛冶:D 集中:B 耐魔:C 挑戦:D 節睡:E
『スキル』
【
・適正属性による近距離攻撃威力上昇。
・弱点特攻
【
・
・地上における人間種との戦闘時、
【
・魔法の詠唱破棄可能。
・詠唱破棄時、魔法威力の減衰。
【
・未知の環境を冒険する時限定で、幸運アビリティを一時発現。
・既知の環境を冒険する際、幸運アビリティを一時喪失。
【
・仲間の不在時、迷宮攻略における能率超上昇。
・同じ
【
・???
『魔法』
【プロメテウス】
・火属性。
詠唱式:『原初の火よ、人理の歩みを照らせ。大神より磔刑を受けし
【シュレディンガー】
・非被観測時限定転移魔法。
・魔力消費量の多寡により移動可能距離変化。
詠唱式:『我は此処にありて、尚あらざる者なり』
【■■■■】
・??????
詠唱式:『??????』
―――――――――――――――――――――
「相変わらず無茶苦茶なステイタスだねェ君は。
「そうか。まあ、俺の関知するところじゃないし好きにすればいい。したところで俺の冒険は何も変わらないしな」
「ははっ、まさか。冗談さ。君の邪魔をするところは私の本意じゃないからね」
顔を揃えてステイタスを写した紙を見ながら、カオスは思案する。
クレス・カタストロフは彼女にとって最初にして最後の眷属だ。
それは他の子どもたちを彼という劇薬に触れさせないため――そして彼という神時代の異物を誰よりも近くで見張るため。
クレスの
神々さえ意図しなかった
四百年ほど前から不老にほぼ等しい存在となった彼は今、段々と
そんな彼に対して抱いている胸の重みは、罪悪感か、それとも愛に由来するものなのか――自身の感情を図りかねながら、彼女は彼の腕を自らの胸中に絡めとり立ち上がった。
「さ、用事も済んだしさっさと食事にしよう! 年に二度の、大事な眷属との時間なんだ。これ以上削られるといくら温厚な私でも怒っちゃうよ?」
「ああ、すまない。それで、今日は何なんだ?」
「ふふん、驚きなよ。今日はタケミカヅチから教わった極東料理さ。何しろあそこの子どもたちは食に関しては人一倍うるさいからね、きっと君も気に入ること間違いなしだよ!」
「なら楽しみだ。なにしろ我が主神の飯はどれをとってもうまいからな。それと元々うまい文化が合わされば、よりうまいことには間違いあるまい。それが楽しみで戻ってきているところもあるからな、たっぷり一年分味わわせてもらおう」
「……! そうそう、こういうことなんだよ!」
「なにがだ?」
「さーてね? ふんふーん、ふふーん!」
それでも、こうして馬鹿正直に主神の手作りの料理を褒め称えられるあたり、彼はまだひねくれた
――残念なことに、まだまだ彼は
そんなことを想いつつ頬を緩ませながら、カオスはクレスとともに愛しの我が家に戻るのだった。
これは青年が潜り、女神が引き留める、【
……たまには脳みそを空っぽにして、これくらいさっぱりした主人公最強モノが書きたかったんです。
これも現代社会の闇が生み出したストレスによるものなのです……大人は決して原作を軽んじたいわけではないのです……。
大森藤ノ先生、誠にごめんなさいでした。