ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている   作:七海香波

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・一人くらい英雄譚ガン無視で迷宮する馬鹿がいてもいいよね?
・原作のレベルバランスなんて知ったことかの中二全開主人公最強が書きたい!
 この作品は上記の作者の欲望を混ぜ混ぜこねこねした挙句出来上がった単発モノです。
 それでもよろしければ、どうぞ。


『深々層』攻略編
ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている


 

 誰が呼んだか、死線を超えた死線(オーバード・デッドライン)――『深々層』。

 第一級冒険者でさえ気軽に潜ることを許されない深層域の、更なる先。

 迷宮都市オラリオにおけるかつての二大双傑、ゼウスとヘラのファミリアでさえ手の届かなかった、人知の及ばぬ迷宮の奥深くを示すそのような言葉がある。

 

 だが、それも考えれば可笑しな話だった。

 この名称の存在を一般人が知れば、彼らは「ただ一括りに『深層』と呼称してしまえば済む話だろう」と首を傾げるに違いない。

 されどこの名は、確かに誰かが存在意義を認めたからこそ生まれたのだ。

 かつての最強さえ届くことのなかった、未知(アンノウン)

 それと既知の領域とを明確に区別すべき理由があったからこそ。

 

 そう……公には決して語られることがない、秘匿されし冒険(・・)がそこにあったから。

 

 

 

 

 

 天より鳴り響く無数の轟雷と、見渡す限り大地を占有する灼熱の溶岩。

 阿鼻叫喚の振動が空間を絶え間なく震わせて、焼け爛れ歪まされた大気が蜃気楼を生みだす。

 空前絶後の災厄に挟撃された悪環境、未だ公的な名のない『雷火祭天(フェスティバル)』――迷宮(ダンジョン)238(・・・)層。

 その辛く険しい世界を、かの冒険者はただ独り、己の葬ったモンスターの遺した素材(ドロップアイテム)を足場に()く駆けていた。

 

 外見上は、20代後半ほどの男子。

 揺らぐ炎の如く明滅する金と朱の外套を羽織り、背中に多種多様な武装が顔を覗かせる巨大背嚢を負っている。

 周囲に満ちる高熱から身体を守るためか、一切の素肌を見せないよう外套と同じ素材を由来とする布を顔面にまで巻き付けており、その表情は分からない。

 しかし、唯一外に出した両の灰瞳だけが、注意深く世界を観察していた。

 

 ぴり、と彼の肌に伝う僅かな刺激。

 それを感じるや否や、反応が神経を伝って脳に届くより早く、彼は足場にしていた炎竜『バハムート・ルティヤ』の鱗から飛びのく。

 刹那、落雷――眩い光と衝撃が、つい一瞬前まで彼の居た座標目掛けて降った。

 

 それに目もくれず、彼は即座に撃ち落とした怪魔鳥『ガルーダ・フェノメノン』の落下中の身体を足場にして、少し離れた位置で溶岩に沈みかけていた炎竜(バハムート)の頭骨に飛び乗った。

 文字通りの『雷雨(スコール・ライトニング)』、怒涛の雷が雨粒の代わりに(・・・・・・・)降り注ぐ地獄絵図。されどこの程度は彼にとっての日常茶飯事であるが故に、慌てることもない。少なくとも十数層前の、一面が鏡張りの階層『鏡面世界(ミラー・ワールド)』にて虹色の光線をやたらめったらに放ってきた難敵を前にした時に比べれば楽な方だと、彼は内心思っていた。

 

 そんな彼の隣に、また別の炎竜(バハムート)の個体が溶岩から姿を見せる。

 その目は煌々と赤く血走っており、嘴をカチカチと打ち付けながら、目前の小さき狼藉者に対して怒りを露にしていた。

 

「……メスか。番の敵を取りに来たと見える」

 

 先に葬り去っていた個体(オス)との僅かな違いを看破し、クレスは察する。

 彼女は襲撃者(クレス)によって殺された夫の、敵を討ちに来たのだと。

 モンスターの抱く復讐心。地上を闊歩する人間と何ら変わらぬその感情を前に、彼は同情より早く己が武器を引き抜き様に振るう。

 敵は溶岩を鎧代わりに身に纏う竜。這い出たばかりで熱を保つその鎧は柔らかく重く、斬撃より打撃の方が効率的と見える――となれば。

 彼は背嚢から選んだ名もなき大槌……地上の鍛冶師が見れば卒倒するほどの高級(レア)素材を惜しみなくつぎ込んだ金属塊を、口から熱線(レーザー)を吐こうとしていた炎竜の横っ面目掛けて叩きつけた。

 ――雷鳴と同等の重さを誇る衝撃が、空間に罅を入れ、竜の頬骨を粉微塵に砕く。

 グギャ、と悲鳴を上げて溶岩に倒れかけた竜だが、それでも竜種らしい頑丈(タフ)さで構わず口腔にため込んだエネルギーを解き放たんと、ヒレのような脚で溶岩の海をしっかと踏みしめ体勢を立て直す。

 だが、すでにクレスは彼女の目前から姿を消していた。

 果たしてその姿は彼女の背中にあり、次なる攻撃への準備を終えていた。

 

「――《プロメテウス》」

 

 無詠唱(ノー・コード)

 加えて背後に展開した四重の魔法円(クアトロ・マジックサークル)を経て発動した炎が彼の指先に凝縮・装填され、極小の太陽が出現する。それを彼は一本貫手の要領で、冷えかけていた炎竜の背ヒレの溶岩鎧目掛けて解き放った。

 溶岩に住まう炎竜(バハムート)の鱗は当然、高い炎熱耐性を持つ。されど彼は魔法で、冷めて頑丈になっていた鎧を吹き飛ばせればそれで十分だった。

 既に槌をしまった右手に改めて握った純緋々色金(ヒヒイロカネ)製の槍を、生み出した弱点目掛けて滑り込ませる。

 幾重にも重なった鱗と肋骨を潜り抜けた切っ先が、核たる魔石を穿った。

 そうして炎竜(バハムート)の雌はあらゆる魔物の例にもれず息絶え、発達部位であった嘴を残して黒い塵となり消えた。

 

「……ふむ」

 

 地上にあればあらゆる魔道具作成者にとって垂涎の的となるそれに、クレスは只の足場としての価値しか見出さなかった。炎竜(バハムート)の嘴を踏んづけて着地したクレスは、それが溶岩に沈むのを放っておいて、次なる足場目掛けて跳ぶ。

 そうして辿り着いた先で周囲を見渡し、またつられてやってきたモンスターを撃破して仮の足場を作る。

 それがここ一か月近くの、彼のここ238層における探索(冒険)だった。

 彼が探しているのはむろん、下層へと続く階段。

 しかし、この階層全体を覆う高熱による陽炎と蜃気楼がそれを妨げているのだ。

 見渡す限り溶岩の平地、されど熱により光が歪められているせいで、正確に遠くを見通すことが難しい。

 一歩間違えれば溶岩へドボンということもあって彼の攻略は遅々とせざるを得ず、そのおかげで半年近くその存在を発見できず足止めを強いられているのが現状なのだった。

 

「……ちっ」

 

 舌打ちを漏らしたクレス。

 再び肌を襲った先走りの電流(落雷の前触れ)から身を翻した彼の眼には、上階237層の足場たる黒鉄雲(アイアンクラウド)からぬるりと降り立った積嵐蛇『サンダース・スリザリン』の群れが映っていた。

 無数の鉄粒子が互いに擦れあうことで静電気をまとい、磁力を帯びて宙に漂う。それが積み重なって形成された雲の中を悠々のごとく泳ぐ彼らもまた磁力を纏っているのは自明の理。

 あれらを敵にするには、金属製の武器は邪魔になる。

 彼らの周囲に浮遊する鉄粉が刃に纏わりつき、切れ味が落ちてしまうが故に。

 よって、クレスはまた別の武器を取り出した。

 

 生物由来の素材を糧に生み出された『呪武器(カース・ウェポン)』、魔剣【ネガ・ファトゥム】。

 己が生存の可能性を代償に目前の勝利を手繰り寄せるという、異質な魔剣。

 しかしもとより、冒険者とは黄泉路に張られた蜘蛛糸よりもか細い勝機をつなぎ渡る者。

 そのように考えるクレスは、必要とあらば躊躇なくこの剣を振るう。

 

 【ネガ・ファトゥム】の効果は運命属性(フェイタリティー)、斬った相手の運命を敗北に収束するというもの。

 その力を開放して一振りで五十の群れを黒塵と化した彼の身体が、今度は強い横からの衝撃に押され吹き飛びかける。

 

「ぐっ――!?」

 

 ちらりと見えたその攻撃の正体は、金剛石(アダマンタイト)の巨兵『オベリスク』の拳。

 その質量と速度を過剰に伴った一撃がクレスの身体を弾丸の如く階層に端まで吹っ飛ばしかけるが、そうは問屋が卸さなかった。

 残心からすぐさま剣を納刀したクレスはその強固な腕を回避するとともにむんずと掴み、武の理を以てその巨体を投げ飛ばした。

 溶岩に背を打って倒れ込んだ巨兵(オベリスク)、対して背負い投げの反動を利用して宙に飛んだクレスは再び大槌を取り出し、重力の勢いと更に縦回転を加えてその心臓部目掛けて衝撃を打ち込む。

 敵の膂力を利用し隙を生み、残った余剰の力を注いで弱点を打ち据える。

 その必殺技の名は。

 

「《グラウンド・ゼロ》」

 

 破砕。

 超高密度の鉱石の身体を豆腐のごとくひしゃげさせ、内部の魔石を槌の柄より伝えた浸透勁により粉々に打ち砕く。

 素材(ドロップアイテム)も残さず消え去った魔物巨兵だが、残った所で足場にしかならないので大した落胆もない。

 適当に近くを泳いでいた炎魚(バハムートの幼体)を次なる足場にして、一休みする。

 そうしてしばしそれが泳ぐがままに身を任せていると――突如、彼の眼が色めき立つ。

 彼の視線の向かう先に存在していたのは、溶岩流の流れ込む滝壺だった。暴力的なまでに水飛沫が、否、溶岩飛沫が飛び散り舞う火炎の大瀑布。

 

「……あれは」

 

 その淵に立ったクレスが目を凝らすと、流れ込む溶岩流の僅かな隙間に、ちらりと色の異なる黒い穴が見え隠れしていた。

 それはようやく見つけたこの灼熱世界の異物にして、恐らくは次なる階層へと繋がる出口にして入り口に違いない。

 そう考えたクレスは何の躊躇もなく、紅蓮の滝壺に自ら飛び込んだ。

 

「……!」

 

 この階層に潜るに相応しいステータスを以てすれば、大気を蹴るのも訳はない。

 まるで大砲のような音を鳴らしながら何もないように見える空中を二歩ほど踏みしめ、彼は見えていたその場所へと立った。

 そしてそこに存在していたのはやはり、階段であった。

 本来ならば躊躇なくそこを下るつもりであったクレス――だが。

 そろそろ主神より命じられている帰還の時であることを体内時計で察した彼は、ここでキリ良く冒険の中止を決定した。

 

「戻るか」

 

 『深々層』においては、あまりに深すぎるが故に神の恩恵(ファルナ)の繋がりによる感知が困難となる。だからこそ、彼は己の生存を知らせるため、一年に一度は地上へ戻らなければならない。

 それが彼に自由な探索を許している主神との、数少ない約束の一つだった。

 

「【我は此処にありて、尚あらざる者なり】――【シュレディンガー】」

 

 その名を詠うとともに、彼の輪郭が徐々にぼやけていく。

 存在が希薄化し、虚ろのように宙に溶け、やがてこの階層から完全にクレスの姿が掻き消えた。

 

 

 

 

 

 

「――という訳でようやく次への階段を見つけた。ロイマン、次からは239階層の探索を開始する」

「ぁぁぁふざけるな貴様というやつはまた! 聞こえんぞ、私には何も聞こえんかったからなぁ!」

 

 迷宮都市オラリオにおいて冒険者たちを統括するギルド、その実質的な支配者とはすなわち都市の長とも呼びかえられる。

 しかしその肩書きに似つかわしくないほど醜悪に肥満化したエルフ族のロイマンは、かろうじて己が種族の証拠として残っている長耳を必死に両手で押さえつけ、目の前の常識外の言葉を記憶から忘れ去ろうとした。

 

 しかし彼からして目と鼻の先に座り呑気に茶を啜っている件の冒険者及び、その身に纏う今のオラリオには縁の遠すぎる素材たちの放つ圧倒的な存在感が、彼の優れた知能にどう足掻こうと現実逃避を許さなかった。

 

「おまっ、お前、お前というやつは! いったいいくら私に胃薬を買わせれば良いのだ!? ゼウスとヘラのファミリアがいなくなって停滞しつつある今のオラリオにて、平然と一歩どころか二百歩も前を歩いておいて! まだ先へと平然と進んでいくんじゃない!」

「知らん。冒険者とは冒険するものだ。ならばダンジョンを攻略する俺のどこが間違っている?」

「時代を先取りしすぎなところがだ【禁忌(アンタッチャブル)】!」

 

 【禁忌(アンタッチャブル)】。

 それが彼、クレス・カタストロフ――過去現在、そしておそらく未来に至るまで比肩する者のいないであろう、現オラリオ最高にしてレベル21(・・・・・)の冒険者であった。

 

「まーた貴様のせいで秘匿しなければならなくなった情報が増えた! これもそれもあれもどれも第一級冒険者どころか神々にさえ隠し通さなければならないものばかり! こんなもの一々持ち帰ってくるなこの迷宮狂い(ダンジョン・ドランカー)が!」

「何故だ。『深々層』の情報を持ち帰れと言ったのはお前だろう、ロイマン」

「持ち帰られても今のオラリオでこれを活用できるのが貴様だけな以上、その存在価値は無どころか(マイナス)だからだ! それが分かって以降余計なものは何一つ持ってくるなと言ったはずだが――」「ちゃんと言われた通り、余計そうなものは捨ててきたが」「―—まだ配慮が足らんのだと分かれ! 良いか、今の停滞しつつあるオラリオにとってお前とそれに付随する全ては劇物でしかないのだ!」

 

 クレス・カタストロフの名とその偉業は、徹底的に隠蔽されている。

 彼の存在を知るのは彼本人と彼の主神、ギルドの真の長たるウラノス、そして他のファミリアへの情報漏洩を完璧に防ぐために他のギルド員を使うことができず、否が応でも彼の担当にならざるを得なかったロイマンのみである。

 ロイマンはクレスの提出した書類を全て読んだ後、彼の(プロメテウス)によって焼却させている。後は口頭でウラノスにその内容を伝えて、これで彼らの頭の中にしかクレスという冒険者の情報は残らない。

 こうでもしなければ、どうなるか。

 次なる覇権を求めるロキとフレイヤのファミリアの両方は彼を取り込もうとするだろうし、そしてクレスがそれらに対して反応する――それは控えめに言って、オラリオの終焉である。

 ロキはまだいいだろう。天界での評判はともかく、今の彼女はクレスに断られれば表立っての勧誘を諦めるほどには穏当な女神だからだ。

 しかしフレイヤ・ファミリアはそうもいかない。アポロンほどではないにせよ、あの女神の見せる執着心は並々ならぬものだ。そんな彼女がひとたび彼にちょっかいをかけ、誤って逆鱗にでも触れてみれば……これまでの秩序がドミノ倒しの如く崩れ去っていく。

 そんなことが容易く想像できてしまうがゆえに、これまで通り甘い汁を吸い続けていたいロイマンはなんとしてでも現状を維持すべく、全てを己一人の身体に抱え込まなければならなかったのだ。

 そりゃあもう、肥満体になるのも無理はないストレスだった。

 そしてそれを顧みることなく、今度は『深々層』から持ち帰ったのであろう未知の果実をお茶請けとして悠々とかじる馬鹿(クレス)

 

「ぱくぱく……ごっくん……ふぅー。……そうか」

 

 ロイマンはこの礼儀知らずな冒険者に、いつも通り内心で当たり散らした。

 ――これだから冒険者(愚か者ども)は!

 

「そうか、ではない! 貴様はいつもいつも……自分が地上に与える影響を考えろ!」

「そうは言われてもな。俺は冒険をするだけだ。俺と同じだけの熱を迷宮(ダンジョン)に注げばこれほどのこと、他の誰でも出来よう。それをしない連中の怠慢の責任を俺に押し付けられても正直……困る」

 

 今のオラリオに蔓延っている空気のことを、クレスは主神づてに聞き及んでいる。

 そのどれもが、彼にとっては些事(どうでもいいこと)だった。

 

「【英雄(オラトリア)】、【伴侶(オーズ)】、【名声(フィオナの代替品)】。【正義(星屑)】、【混沌(イヴィルス)】、【出会い(ハーレム)】。そんなものを目的としている限り、迷宮(ダンジョン)の攻略はいつまで経っても終わらない。冒険者(俺たち)は本来、ただそこにある迷宮(ダンジョン)を攻略する者だ。その過程でついでに拾えるものを目的として、冒険者の意味をはき違えている限り、連中が俺に追いつくことはない。……それで、悪いのはどちらだ?」

 

 これで報告は終わりだと言わんばかりに、クレスは飲み切った湯呑を置いて席を立つ。

 その背をロイマンは引き止めない。引き止められない。

 何故ならギルドの権威を笠に着て言うことを聞かせられる相手ではないのだから。

 今のギルドが率いることのできる最大戦力を、クレスは片手間に蹴散らすことが出来るのだから。

 三大冒険者依頼(クエスト)すら「面倒だ」の一言で断ることを許される、傲慢。

 それこそが触れてはならぬ(アンタッチャブル)クレス・カタストロフという存在だから。

 

「ふんっ!」

 

 ロイマンが一つ瞬きをした次の瞬間、クレスの姿は彼の前から完璧に消え失せていた。

 どうせ来た時と同様に転移魔法(【シュレディンガー】)で姿を消したのだろうと、鼻息荒く椅子に背中をぎしりと沈み込ませたロイマンは、愛用の胃薬を飲み込みながら今日も毒づく。

 

「好き勝手しおって。……誰もが貴様ほど真面目になれるわけではないのだ、【禁忌(アンタッチャブル)】」

 

 これほどのストレスに晒されているのだから、やはりちょっとくらいの不正など許されてしかるべきだ。

 そう考えて手慰みに帳簿上の数値を弄びながら、ロイマンは次に彼が帰還することになる一年後に備えてひと時の安寧に精神を委ねるのだった。

 

 なおこの後の主神との適当な約束で半年後に突然戻ってきた彼の面会に不意打ちを受けることを、今の彼はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 ギルドが存在するバベルには、その利便性から数々の神が居を構えている。

 クレスの主神もまた、その例に漏れなかった。

 ただし彼女は「馬鹿と煙はなんとやら」と言い放ち、その他大勢が好む高層階とは真逆の地下20階をファミリアの本拠地として指定していた。

 ウラノスの祭壇のほぼ真上に存在する、通常の昇降機(エレベーター)操作では辿り着くことが出来ない階に降りたクレスは、一年ぶりにようやく己の家たる『時空の狭間(アラモス)』へと帰還した。

 

 そこにあるのは、こじんまりとした二階建ての家だ。

 彼が迷宮(ダンジョン)から持ち帰ってきた疑似太陽(アナザー・サン)によって、地上と変わらない明るさが広がる地。

 その中を家へと向けて歩を進める彼を、恩恵の近づく気配を察した主神が出迎えた。

 

「おかえりだね、クレス。今回も五体満足で帰ってきてくれて嬉しいよ」

「ただいま、我が主神カオス。幸いにして貴女の恩恵を上回るモンスターに出くわさなかったからな」

 

 漆黒の長髪に波打つ青と赤の摩訶不思議なグラデーションが特徴的な、女神カオス。

 彼女が地上に初めに降り立った原初の神々たちの一柱にして、クレスの主神だった。

 

「では恩恵の更新を」

「ええ……それより先にご飯にしない? 私の手作りだよ。冷めちゃうともったいないじゃないか」

「いや、先に更新だ。更新後のステータスに慣れるための時間は、一刻でも惜しい。それに、以前買った魔道具があれば元通り温めなおすこともできるだろう」

「そうだけどさ……出来立てを食べてほしいのは神も人も変わらないんだからね。それでも君の我儘を優先してあげるんだからさ、もっとこの寛大な女神に感謝を捧げなよ」

「いつも感謝しているとも。だから俺がいない間に贅沢をするだけのお金をちゃんと残していっているだろう」

「そういうことじゃないんだよ! ホント、どこで育て方を間違えたんだか……」

 

 ぶつくさ言いながら、地べたに座り込んだクレスの背中にカオスが神血(イコル)を垂らす。

 女心をまるで知らないド畜生だがそれでも愛してやまない眷属を前に、彼女はパパっと恩恵を更新する。

 

「……はい、終わったよ」

 

 神聖文字(ヒエログリフ)を転写した紙を受け取り、クレスはざっと流し見る。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 クレス・カタストロフ

 

 Lv.21

 

 力:B767 耐久:C650 器用:S989 敏捷:B788 魔力:B701

 耐異常:A 精癒:B 回避:B 暗視:A 耐■:S

 適応:C 心眼:A 合気:B 魔導:C 神秘:B

 鍛冶:D 集中:B 耐魔:C 挑戦:D 節睡:E

 

 『スキル』

 【斬打巧撃(アルミギア・ミリプレクス)

 ・適正属性による近距離攻撃威力上昇。

 ・弱点特攻

 【強魔弱人(ダンジョンアタック)

 ・迷宮(ダンジョン)産魔物との戦闘時、能力(ステイタス)の大幅な上昇。

 ・地上における人間種との戦闘時、能力(ステイタス)の大幅な低下。

 【寡黙不語(カタラヌモノ)

 ・魔法の詠唱破棄可能。

 ・詠唱破棄時、魔法威力の減衰。

 【深淵踏破(オデュッセイア)

 ・未知の環境を冒険する時限定で、幸運アビリティを一時発現。

 ・既知の環境を冒険する際、幸運アビリティを一時喪失。

 【孤高独学(ソロ・アタッカー)

 ・仲間の不在時、迷宮攻略における能率超上昇。

 ・同じ信念(おもい)を背負う真の友を得た時、このスキルを喪失する。

 【■■■■(???・????)

 ・???

 

 『魔法』

 【プロメテウス】

 ・火属性。

 詠唱式:『原初の火よ、人理の歩みを照らせ。大神より磔刑を受けし貴神(あなた)に敬意を捧ごう。精神(こころ)在る限り我が歩みは終わることなどなく、やがて英知の指し示す果てへと至らん』

 【シュレディンガー】

 ・非被観測時限定転移魔法。

 ・魔力消費量の多寡により移動可能距離変化。

 詠唱式:『我は此処にありて、尚あらざる者なり』

 【■■■■】

 ・??????

 詠唱式:『??????』

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

「相変わらず無茶苦茶なステイタスだねェ君は。神会(デナトゥス)で下らない言い争いをしている連中に見せてやりたいよ。本当は私の眷属はこんなにすごいんだー、ってね。まあそんなことはしないけど」

「そうか。まあ、俺の関知するところじゃないし好きにすればいい。したところで俺の冒険は何も変わらないしな」

「ははっ、まさか。冗談さ。君の邪魔をするところは私の本意じゃないからね」

 

 顔を揃えてステイタスを写した紙を見ながら、カオスは思案する。

 クレス・カタストロフは彼女にとって最初にして最後の眷属だ。

 それは他の子どもたちを彼という劇薬に触れさせないため――そして彼という神時代の異物を誰よりも近くで見張るため。

 クレスの恩恵(ファルナ)は最初期に作られた、試作型(プロトタイプ)にして実験体(テスト)。最近の洗練されてきた恩恵と比べて複雑かつ、一歩間違えば子供を壊しかねない粗悪な設計となっている。

 神々さえ意図しなかった不具合(バグ)も多く含まれており、それが下界に存在する未知の可能性と運よく噛み合った結果が今の彼を形作っている。

 四百年ほど前から不老にほぼ等しい存在となった彼は今、段々と地上(ヒト)の生き物の枠組みを超えて天上(カミ)の領域に近づきつつある。

 そんな彼に対して抱いている胸の重みは、罪悪感か、それとも愛に由来するものなのか――自身の感情を図りかねながら、彼女は彼の腕を自らの胸中に絡めとり立ち上がった。

 

「さ、用事も済んだしさっさと食事にしよう! 年に二度の、大事な眷属との時間なんだ。これ以上削られるといくら温厚な私でも怒っちゃうよ?」

「ああ、すまない。それで、今日は何なんだ?」

「ふふん、驚きなよ。今日はタケミカヅチから教わった極東料理さ。何しろあそこの子どもたちは食に関しては人一倍うるさいからね、きっと君も気に入ること間違いなしだよ!」

「なら楽しみだ。なにしろ我が主神の飯はどれをとってもうまいからな。それと元々うまい文化が合わされば、よりうまいことには間違いあるまい。それが楽しみで戻ってきているところもあるからな、たっぷり一年分味わわせてもらおう」

「……! そうそう、こういうことなんだよ!」

「なにがだ?」

「さーてね? ふんふーん、ふふーん!」

 

 それでも、こうして馬鹿正直に主神の手作りの料理を褒め称えられるあたり、彼はまだひねくれた(自分たち)とは違って人間なのだろう。

 ――残念なことに、まだまだ彼は人間()としては失格に等しいけどね。

 そんなことを想いつつ頬を緩ませながら、カオスはクレスとともに愛しの我が家に戻るのだった。

 

 

 これは青年が潜り、女神が引き留める、【迷宮攻略記(ライブ・ダンジョン)】。

 

 

 

 




 ……たまには脳みそを空っぽにして、これくらいさっぱりした主人公最強モノが書きたかったんです。
 これも現代社会の闇が生み出したストレスによるものなのです……大人は決して原作を軽んじたいわけではないのです……。
 大森藤ノ先生、誠にごめんなさいでした。

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