ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている   作:七海香波

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 こんばんは、作者の七海香波です。
 ついに評価バーが赤色になったので、改めて皆様に感謝を。数々の高評価、誠にありがとうございます。
 そして今回はオリキャラ3人目にして、数話前に存在だけチラつかされたあの娘の満を持しての登場回です。
 みんなもホントはこんなイカレぽんちの主人公より、可愛い可愛い美少女ヒロインちゃんの活躍の方を見たいですよね? そうに決まってる(偏見)そうだよなぁ?(圧力)そうだと言え(強制)嘘です(多分)
 そんなわけで、どうぞ。


神々の給仕(ゴッズプライド)

 

「へぇ、驚いたよ! ここは君が来るようなところじゃないだろうに、よく知っていたね?」

 

 まるで『豊穣の女主人』を予め知っていたかのようなクレスの口ぶりに、カオスは驚く。

 それもそのはず、彼が迷宮(ダンジョン)以外のことに興味を見出すのは並々ならぬ一大事であり、カオスにとってそれは天変地異にも等しい衝撃(ショック)であったからだ。青天の霹靂にして前代未聞、明日はクロッゾの魔剣でも降るのではなかろうか……などなど、ついつい失礼な印象すら思い並べてしまうほどに。

 

「てっきり君が地上(オラリオ)に帰ってきて足を運ぶなんて、精々がゴブニュかディアンケヒトのところか、後はいくつかの商業系ファミリアくらいだと思ってたんだけど……」

「いや、それは間違いなく正しいさ。ただ、ここはあの騒がしい馬鹿(・・・・・・)仕事(バイト)先だと聞き及んでいてな。なにせ迷宮で顔を合わせるたびに「また連れていけ」としつこく連呼してくるものだから、流石に覚えてしまったんだ」

「……あー、彼女(・・)の影響か。そういえば、ちょくちょく噂にもなってたっけ。そういうことか」

 

 クレスの語る理由に、カオスは先ほどまで抱いていた驚愕とは裏腹にすんなりと納得した。

 ――なぜなら、彼女以外にクレスに影響を与え得るその存在は、カオスもよく知るところだったから。

 恩恵こそ与えていないものの、自身の眷属(かぞく)に等しい()

 カオス・ファミリアがウラノスにさえ存在を秘している、謎多き下界の『未知なる可能性』の一つ。

 主神を除けば最もクレスと触れ合う時間が長い、あの子の影響ならば……と、カオスは七光に瞬くその虹の瞳(セプテクロミア)に理解の色を示す。

 

「せっかくだ、奴のここで働いてる様子も見ていくか」

 

 開かれている入り口から中に歩を進め、クレスは主神に先んじて酒場全体の様子を伺う。

 彼らを出迎えたのは果たして――静かな外からは想像も出来ないほどの大盛況ぶりだった。

 行き交う喧噪、むせかえる酒精の匂い。その隙間を忙しなく往来するウエイトレス。

 悪派閥(イヴィルス)の脅威による経済的委縮が嘘であるかのような活気が、そこには満ちていた。

 

「はーい、いらっしゃいませー! と、予約のお客様ですね! カオス様と、その……お連れ様? どうぞあちらの席へお進みください!」

 

 ちょうど出来立ての料理を運んでいた獣人のウエイトレスの一人が彼らの姿を認め、『予約』の札が置かれていた席に案内する。

 どうやら顔を覚えられる程度には、カオスはここに足繁く通っているようだ。

 一方、店内に入ってもフードを脱ぐ様子を見せないクレスにウエイトレスは時期もあってか一瞬顔を顰めるものの、常連である彼女の知り合いならばと特に問い詰めてくることはなかった。

 

「ご注文は適当なウェイトレスを捕まえてお願いします! それとこちらがお冷になりますね! それではどうぞごゆるりとお過ごしください! ――あ、いらっしゃいませー!」

 

 すかさず案内を引き継いだ別のウエイトレスがさっと説明を済ませて、流れるように次なる客を出迎えに小走りで入り口に向かう。

 その背中を見送って、他の客の奏でる騒々しさから離れた壁際の席に座らされた二人はテーブルに置かれたメニュー表を揃って覗き込んだ。

 

「こほん、それでクレス君。何が食べたい? ここは季節にもよるけれど、古今東西大概の料理が揃っているんだ。メニューになくても言えばたぶん出してくれるし、好きなものを頼みなよ」

「なんでも良い……と言うと、こういう時は困るんだったか。ならばとりあえず肉と炭水化物系統のものを希望しておこう」

「オッケー! うんうん、やっぱり男の子だねェー。よーしそ・れ・な・ら・ばっと……あっ、ちょうど彼女がいたよ! おーい、サラ君! こっちこっち!」

「――はーい、なのじゃ!」

 

 カオスが手慣れた様子で呼びかけた一人のウエイトレスが、ちょうど相手をしていた男神の下を離れてクレスたちのテーブルに近づいてくる。

 

 腰まで伸びる穢れなき銀髪を最後にリボンで纏めた少女。

 前髪の隙間からは鮮血のように赤い瞳を覗かせており、染みのない肌は新雪のように白く、またその四肢は神々から見ても思わず感嘆の息を漏らしてしまうほどに均整が取れている。

 そして、現在着用している女中の制服から溢れ出る雰囲気(オーラ)は素朴な町娘のそれよりも、流離する亡国の貴族に近いものを連想させ、ドレスと宝石で飾り立てられて豪奢な椅子にふんぞりかえっていた方がよりらしい(・・・)のではないか――見る者によってはそのような感想を抱くこともある、可憐なウエイトレス。

 

 そんな彼女は素早く二人の席に近づいたかと思えば、クレスの方を見て意外そうに目を丸くする。

 

「待たせたのじゃカオス様よ! それと……我があるモゴッ!?」

「ここでその呼称を使うな、目立つだろう」

 

 すかさずクレスがグラスの中から飛ばした氷が喉奥に見事命中して、少女は刹那の苦悶に喘ぐ。

 やや少し経って喉の調子を落ち着け、改めて彼のことを「いらっしゃいませなのじゃ、クレス様……けほけほっ」と彼女は涙ぐみながら呼び直した。

 それから彼女は『男と女の二人が仲良く席を同じにしてここにいる』という揺るぎのない事実から、主にカオスの方を見ながら察したかのような素振りで手を打つ。

 

「何故ここに来たんじゃ、と思うたがアレか。カオス様に誘われてきたんじゃな、となれば逢引き(デート)の最中かの?」

「ふふん、そうだよサラ君。君は実に見る目が良い、まさにその通りだとも。という訳で今日は私たちのことをそのようにもてなしてくれたら嬉しいな」

「分かったのじゃ。だがのぅ、しかし……」

 

 と、サラと呼ばれた少女はちらりとクレスのことをもう一度見る。

 その疑るような視線を受けた彼はとりあえず、思った通りのことを素直に口にした。

 

「なんだ? ……ああ、随分とここに馴染んでいるみたいだな。その制服もよく似合っているぞ。その様子で今後も頑張ると良い」

「……やはり、そういうことかの」

「……うん、そういうことさ」

 

 ――駄目だこりゃ(この朴念仁め)

 二人揃って溜め息を吐くその様子に、クレスは不可解そうに首を傾げた。

 

「どうした二人とも、そんな呆れたように首を振って。幸せが逃げるぞ」

「なんでもないよ」「なんでもないのじゃ」

「そうか、ならば良いが」

「いや良くないのじゃ! どうしてそう変なところで鈍いんじゃか……というか、その、じゃな。なんでもなくとも一応伝えておくが、あれじゃ。正直妾はお主より世間知らずで、そんな身で語るのもおかしな話じゃが……女の服を褒めるのは時と場所を選んだ方がいいと思うのじゃよ」

 

 彼女らの言葉を真に受けてさらっと話を進めようとした彼に待ったをかけるサラ。

 詳細はカオスの名誉のために伏せつつも、善意で「気づけ」と念を送るようにジト目でクレスに助言を送ろうとする。

 しかし、迷宮馬鹿に女の心は分からない。

 

「ん、今はなにか拙かったのか?」

「拙いのぅ。拙い、拙過ぎる。ぶっちゃけ絶品のチョコレートケーキにいきなり醤油をかけるくらいの冒涜的なことをしたという自覚を持った方が良いのじゃ、今のは」

「……? よく分からんが、気分を害したようですまなかった。それはそれとして注文をしたいんだが、口頭で伝えればいいのか?」

「あー、うん。そうだね……しようか、注文。ありがとうねサラ君、私のことを気遣ってくれて。クレス君の方はもうそれで良いよ。とりあえず、私は季節の魚料理を頼むね。彼の方は肉とご飯や麺系統をご所望とのことだから、ひとまずメニューの……ここからここまでで」

「カオス様がそう言うのなら妾は構わんが。――はいはい、奈落(・・)と変わらずクレス様は大食漢じゃの。承りましたなのじゃ! そうしたら妾の腕によりをかけて作ってくるからの、楽しみにしておれ!」

 

 ささっと手元に注文内容を書き留めて、サラは厨房へと引っ込んでいく。

 しかしその様子に待ったをかけるかのように、他の席から大きな悲鳴が上がった――主に、うだつの上がらない男神どもから。

 

「あ、サラちゃん!? その前にこっちに来てくれよぉぉぉっ!」

「サラちゃん!」

「サラちゅわぁぁぁん!!」

「あー、申し訳ないがこれから妾はしばらく調理に入るのじゃ! 皆の者、すまんのぅ!」

「「「そんなぁー!?!?!?」」」

 

 手を振って消えていった彼女を見送った情けない彼らから響く、見苦しい嘆き声の数々。

 だが、それも仕方のないことなのかもしれない。

 

 なにせ、見目麗しい彼女からの酌を受けられなくなった今、周りにいるのは同じような目的で集まった馬鹿どもばかり。

 そのむさ苦しい空気から目を逸らすようにひとしきり泣いた後、彼らは揃って手元の酒を浴びるように呷り始めた。

 

 どうやら彼女という存在は本当に、ここの酒場で愛される存在であるようだ……それがいい意味か悪い意味かは別として。

 欲望に忠実な神々の無様な姿をよそに、二人は水で口を潤わせながら銀髪の少女について話す。

 

「騒がしいな。しかし、ここまでうまく溶け込めているとは思ってもいなかった。連中、あいつの正体(・・)には一切気が付いていないのか?」

「うん、まあね……ほら、男神連中ってタケミカヅチみたいな一部の生真面目な連中を覗いて基本馬鹿ばっかりだし。非公式で【神々の給仕(ゴッズプライド)】なんて二つ名で呼ばれてもいるらしいよ? なにせ私たちみたいな『美』の権能を持たない一般女神の容貌に軽く並んでくるくらいには綺麗だし、なにより一年に一度しか現れないってまるで誰かさんみたいな(・・・・・・・・)物珍しさが、彼女の価値を彼らの中で最大限高めているみたいだね」

 

 サラの消えていった厨房へと熱い視線を向ける男神たちの様子を伺えば、彼らは一転して先ほどの泣きっ面はなんだったのかと言わんばかりの様子でやんややんやと酒杯を片手に騒いでいる。

 

「くそぅ、早く戻ってきて俺にあーんってしてくれー!」

「ずるいぞ! 俺にもケチャップでオムライスに『愛しの神様へ♡』って書いてくれ! そしてラブ注入してくれェー!」

「気持ち悪いぞお前たち……はぁ、愛しのサラたん。こんな馬鹿どもの相手なんかしてないで、早く俺の拠点(ホーム)へ来て俺だけの給仕になってくれればいいのに」

「「「は? テメェは今ここで処す!! サラちゃんの笑顔は俺の物だ――ああァん!?」」」

「――やかましいよお前たちィッ! 飯食わずに騒ぐだけならとっと勘定済ませて出ていきな!」

「「「サーセンっしたぁーっ! あと酒お代わりでお願いしまーすっっっ!」」」

 

 雷鳴一喝。

 馬鹿騒ぎしている男神たちを、厨房の奥から姿を現した大柄な女性が一声で封じ込めた。

 

「……ほぅ、旨そうな匂いだ」

 

 その彼女は逞しくも麗しい腕にたくさんの皿を載せて、クレスらのテーブルの元へ近寄ってくる。

 

「はいよ、注文の品さ! たぁーんと召し上がりよ!」

 

 酒場にしてはらしくない、繊細な盛り付けのされた魚の煮つけ定食をカオスの前に。

 そして逆に頭の悪そうな(ジャンキーな)、いかにも冒険者ウケしそうな挽肉たっぷりの山盛りパスタと巨魚の丸揚げをクレスの前に。

 それぞれ並べた彼女こそは、この酒場の主人ミア・グランドだった。

 

「そっちの女神サマの注文通り、残りの皿も今あの娘(サラ)が作ってるけど。本当に食べ切れるのかい? こいつはまだ序盤で全体の一割にも満たないし、ウチは持ち帰りとかやってないからね。お残しは許さないよ」

「分かっている。俺も素材を無駄にすることは嫌いだ」

 

 初見の客であるクレスを探るような眼で見る彼女の前で、彼は一緒に置かれたフォークとナイフを手に取ってさっそく食事を始める。

 最初に手をつけたのはパスタ。人の頭一つ分はあろうかという山の、その三分の一を軽く一回で団子状に巻き取ってまるっと頬張る。

 次に魚の揚げ物をざっくりと三等分に切り分けて、骨やヒレごと構わずばくんっ! と喰らう。

 勢いの良い食べっぷりは一見して野蛮に見えるものの、汁の一つも飛ばしてはいない。

 

 そこには確かな目の前の料理に対する礼儀と、それを平らげるだけの旺盛な食欲が店員の問いに対する答えとして映し出されていた。

 

「――へぇ、面白いじゃないか。良いだろう、じゃんじゃん持ってきてやるよ!」

 

 その様子はどうやら彼女のお目にかなったようで、ミアは鼻を鳴らして厨房へと戻っていく。

 それから少し遅れて、他のウェイトレスが立て続けに注文した通りの料理を運んでくる。

 ハンバーグにステーキ、牛すね肉の煮込みから、魚介スープ、激辛麻婆豆腐などなど多種多様な料理が彼の前に並ぶ。そしてそれらはまた順番に、彼の胃の中に消費されていく。

 

 まるで海の大食らい(カリュブディス)のように皿の中身を次から次へと頬張っては呑み込んでいくその様子に、お代わりを運んでくるウエイトレスは空いた皿を回収しながら目を丸くしていた。

 

「……よく食べますねー、お客さん」

「ああ、美味いからな。それに作り手(サラ)からの心配り(・・・)もある。こういう気配りも出来るようになったか、成長しているようだな」

「気配り、ですか?」

 

 ちょうど今ある皿を開け切って一息ついたところで、クレスは側にいた鈍色の髪をしたウエイトレスの疑問に答えた。

 

「そうだ。持ってこられた中にあったトマトクリームパスタ、巨黒魚(ドドバス)の稚魚の南蛮漬け、ボルシチ。これらには共通して、通常のレシピより酸味が足されている」

「ええと……それにどんな意味があるんですか?」

「酸味には食欲増進の効果がある。それで俺の胃がもたれないようにしているんだ。こうした小さな心遣いが客にとっては店を選ぶ際の決め手にもなるくらいには、大切なことだな」

「なるほどなるほど、よくご存じなんですね!」

「まあ、自分でも作ったりするからな……それより良いのか? あっちから「出来上がった次の料理をさっさと持っていけ」と目で言われているが」

「はっ! そうでした、すみません! では私はこれで!」

 

 サラや他のウエイトレスからの「サボるな、〇すぞ」という視線に射抜かれて、彼女は颯爽と己の戦場に戻っていった。

 ――それにしても、とクレスは去り行く彼女の内に潜む気配を見て思う。

 

「珍しいものを見たな」

「なにが?」

「気づいていないのか、貴女ともあろう神が。……いや、なんでもないさ」

「そう言われるとなおさら気になるんだけど!?」

 

 そんなやり取りを挟みつつも注文した分を一通り胃袋に収めて、クレスは口元をナプキンで拭う。

 その満足げな様子を見て、厨房から出てきていたミアは呆れたような声を漏らすのだった。

 

「ははっ、まさか全部食べちまうとはねぇ! 驚いたよ、見覚えはないがアンタも冒険者かい?」

「まあそんなものだから、これくらいは訳ないさ。今日の所はひとまず健康のために腹八分目と言ったところだ。本音を言うとまだ食べ足りないが、これ以上厨房の稼働率を上げて他の客の邪魔をしても悪いからな」

「本気で言ってるのかい? たまげたね! とんだ健啖家じゃないか、【暴喰】の奴を思い出すよ……」

「【暴喰】?」

「知らないのかい? 最近オラリオ(こっち)に出てきた新人だったか……ならどのみち気にしなくていいよ。それよりも、こいつはあたしからの面白いモンを見せてもらった礼さ!」

 

 最後に彼女が持ってきた皿がドン! と二人の間に置かれる。

 クレスとカオスの注文した記憶のないそれは、たっぷり一ホールの林檎パイだった。

 じっくり砂糖で煮詰められた黄金色の林檎が所狭しと敷き詰められ、さらにはその隙間を埋め尽くすように濃厚なカスタードが注入されている。

 上には網目状にかけられた蜂蜜が煌びやかにその存在を主張しており、焦げた糖分の香ばしさがぷぅんとクレスの鼻をつく。

 

「と、出しておいて今更だけど甘いものは苦手だったかい?」

「いや。大好物だ」

「大好物もなにも、クレス君は基本なんでも喜んで食べるからねー。あ、私にも一切れくれよ」

「もちろん。美味いものは共有した方がより美味くなるからな。……ああ、世の中の大抵の食べ物はありがたくいただくさ。他の連中が嫌悪するような臭みや苦みも見方を変えれば旨味の一つ、俺は食らわない気にはなれん」

 

 主神の下命に従ってパイを切り分け、小皿に分けて渡す。

 その流れを滑らかにこなしながら、「ただ、しかし」と前置きをつけてクレスは後半の台詞を続ける。

 

「さすがに素材を無駄に捏ね繰り回した挙句不味くするような、料理とは名ばかりの奇天烈なモノが出てきたらキレることもあるかもしれないがな」

「あー、そんなこともあったねェ。ディーテったら、肉付きのいい尻を百回も叩かれた挙句みっともなく普段の二倍近くに腫らして泣き喚いてたっけ……」

「あれはせっかくの新鮮な生野菜をくたくたになるまで煮込んだりウナギを下処理も味付けもせずゼリー寄せにしたりして、結果魔女の暗黒儀式みたいなフルコースを出してきたからだ」

「……なるほど、そいつは確かにアタシでも拳骨を落としたくなるね」

 

 隅っこで様子を伺っていた鈍髪の少女がなぜかびくっと身体を震わせる謎の光景をよそに、クレスはさっそくパイを切り分けて口元に運び、よく味わったところで一緒に持ってこられた紅茶を呑む。

 茶特有の渋みが残っていた林檎の甘さを引き立てると共に洗い流して、また舌が次の甘さを求める。その癖になる味わいに、彼の手は立て続けにパイへと伸ばされた。

 

 そうしてクレスが自分用に残した8分の7を別腹に収め切ったのは、ちょうどカオスが分け与えられた8分の1の最後の一口の余韻を紅茶で流しきった所だった。

 食った食ったと彼が腹を撫でおろしていると、注文を全て運び終えたはずなのにまだミアが側に残っていた。

 

「お粗末様。……ところで一つ聞きたいんだが、良いかい」

「なんだ?」

「サラとアンタ、どういった関係性だい? それなりに深い繋がりがあるんだろうが、それがアタシには分からなくてね」

「む……流石に雇い主ともなれば誤魔化せないか」

「当たり前だよ、あんだけ熱烈な視線を送りあってたらね。厨房のあの娘とアンタとでちらちら互いに様子を伺いあってたことくらい、こっちにはお見通しだよ」

 

 彼女は側にあった空き椅子に腰かけて腕を組み、クレスと向き合う。

 サラが厨房から出てくる時を待って酒を呑み続けていた男神たちはつい先ほど財布の中身が消え、泣く泣く帰っていった。

 その他の客もいったん途切れており、店の中は落ち着いている。

 

 その余裕の中で、ミアはこの短時間で観察したクレスとセラの関係性を並べた。

 

「男と女の関係性じゃあなさそうだ。見てた感じだと、あの娘は自分よりそっちの女神さまの方を優先してたしね。とすれば、それ以外の関係で男と女がくっつく理由が思いつかない。じゃあ一体なんなのか、って気になっちまってね」

「そうだな……では聞くが、貴女はあいつのことをどこまで知っているんだ?」

「サラ・ブラッドルーラー。出身不明年齢不詳、種族は自称只人(ヒューマン)の女。あとは初めてアタシの料理を食べた後に突拍子もなく「弟子入りしたいのじゃ!」なんて頭を下げてきた馬鹿娘、ってことくらいだね」

「であればそれだけで十分だろう。俺とあいつの関係を貴女に語る必要性が見当たらないな」

 

 ミアの問いかける視線に、カップに残っていた紅茶を呑み切ったクレスはすぱっと断言する。

 ――単に酒場の経営者とその従業員として見るならば、それ以上の深入りは不要だ。

 彼女の事情を知る者としてそう回答したクレスに、されどミアは引き下がらなかった。

 

「……そうだけどね。アタシだって普段ならこんな野暮な真似はしないさ。だが最近はどうも世間が騒がしいのをアンタらも知ってるだろう?」

悪派閥(イヴィルス)か」

「そうさ。そして、そいつらを含めた一部の色ボケ共があの娘を狙ってるって噂がある。一年に一度しか現れない、神をも魅了し得る謎の店員。使い道は色々あるだろう。それをアンタが守るのか、守らないのか。アタシが知りたいのは率直に言ってそれだけだよ。まがりなりにも弟子入りを認めた師匠として、覚えのいい意欲のある娘の安全を気にするのは当たり前さ」

「そういうことか、では答えよう。俺はあいつを守らない」

 

 すんなりと放たれたクレスの言葉は、ミアの予想とは完全に真逆のものだった。

 一瞬呆気にとられながらも、すぐに持ち直して彼女は理由を問うた。

 

「……それはどうしてだい?」

「その心配が無用だからだ。そもそもの勘違いを正しておくと、サラ・ブラッドルーラーという生き物(・・・)は貴女が予想しているような弱者ではない。そして美味かった食事の礼としてもう一つ教えておこう。それに気づけないのは、貴女自身があいつを恐れるが故に(・・・・・・・・・・)本能的に目を逸らしているからだ」

「……!」

 

 彼の有無を言わさぬ物言いは、それ以上ミアの耳を近づけさせない。

 一切の陰りのない言葉。心の底から疑うまでもないとサラを信じ切っている、クレスの眼。

 そこから放たれる圧力は、上級冒険者(デミ・ユミル)の心配を真っ向から否定してのけた。

 

「詳しく知りたいのなら、まずは正しくあいつと向き合うことだな。――以上、もういいだろう。会計を頼む」

「……そうかい。分かったよ、よく分からない(・・・・・・・)ってことがね。だが今はアンタのその、真面目腐った態度に乗せられておいてやる。――サラ、交代だよ! こちらのお客様がお帰りだ、おあいそして見送って差し上げな!」

「はいはーい、今行くのじゃ!」

 

 厳しい顔で厨房に戻っていったミアと入れ替わりで、手についた水分を拭きながらサラがぱたぱたと駆け寄ってくる。

 

「えーと、合計で10万と8千ヴァリスなのじゃ! また随分と食べたのー。それで、さっきまでお師匠となにを話してたのじゃ?」

「保護者と師匠との内密な世間話さ、気にするな」

「ほーん……まあ、後でお師匠に聞けばいいだけの話じゃな。で、勘定はどっちが持つんじゃ?」

「それはもちろん、私が誘ったんだしここは」

「俺が持とう」

 

 財布を取り出そうとした主神を差し置いて、クレスが懐から取り出した金貨をサラに手渡す。

 

「クレス君? ふっ、やっぱり君ってやつは――!」

「間違えて単位の大きい貨幣を持ってきてしまっていたからな、後で商店を回る時のためにこういう所で少し崩しておきたかったんだ。助かるカオス、この不測の事態にも対応できるよう予定を組んでいてくれて。やはり貴女は最高の主神だ」

「――君ってやつはァ……! ホントに親孝行過ぎて困っちゃう息子だよッ!」

「主様ぁ……少しはその口を閉じた方がよいと妾は思うぞ? いやマジで」

「なぜだ。これ以上ないまでの感謝を示しているというのに」

「そのロクすっぽ考えずに口を開く癖を止めろと言うとるんじゃ! 人を褒めるならなんでもそのまま言えばいいと思っとるんなら大間違いじゃからな!?」

 

 呆れた顔でお釣りを持ってきたサラに見送られ、酒場を出る。

 なぜかその際、疲れた様子のカオスの肩を彼女が支えていたのだが……その姿に、クレスは首を傾げるより他になかった。

 どうしてただ食事をしていただけで疲労してしまう事態になり得るのか、彼には心底さっぱりだった。

 

「それではありがとうございました、なのじゃ。また来てくれると嬉しいぞ」

「ああ、また来よう。ここの味は気にいったからな。それと」

 

 立ち去る直前。

 クレスは周囲には聞こえない小さな声で、サラへ囁いた。

 

「後で裏に荷物を置いておく。見つからないうちに回収しておけ」

「――分かったのじゃ。しかし、良いのかの?」

「構わん。あと、場合によっては迷わず封印(・・)を解け。カオスに傷をつけさせるような事態には決してさせるな」

「ほぅ……それは血が滾るのじゃ。あい分かった、事態はそれだけ切迫しているということじゃな。地上は妾に任せよ。主様はいつも通り、存分に迷宮(ダンジョン)に集中するがよいぞ」

「無論。……あと、飲食店は衛生管理が第一だ。ゴミ処理をしたら、最後まできちんとやっておけ」

 

 そう言い残し、一人と一柱は去っていく。

 その姿を見送ったサラは、店の中に戻る前にちろりと舌なめずりをした。

 

「此度の主殿は随分と気前が良い。まさか封印を解いてもよい、とはの。よほどの何かが起きるということか――面倒ごとは妾も嫌いなんじゃがの。それよりも旨い飯で腹を満たしておる方が、よっぽど楽しかろうに。のぅ、お前もそうは思わんか?」

 

 いつの間にか手先に止まっていた、黒き小翼へと彼女は微笑む。

 

 その美しき支配者の姿を、側の路地裏にてこと切れていた狂信者の虚ろな瞳だけが見ていた。

 

 




 あと、次回からはいよいよ『死の七日間』が始まる(予定)です。

 ちなみにこの作品も最初は青色バーの時期とか普通にあって、「マジで青とかつくんだなwwwどーせこれより下には振り切れないんだしいっそこのままこっちが振り切れるべwww」などと笑いながら見てました。日々のストレスが吹っ飛ぶ場を提供してくれた皆様につきましても、ありがとうございました。そっちが嫌いでもワシは大好きじゃよ♡

《Tips》
 異端児(ゼノス)。理性を宿し、人の言葉を解するモンスターたちのこと。
 ギルド上層部やガネーシャ・ファミリアなどが協力して秘かに保護しているが、クレス率いるカオス・ファミリアにその情報は開示されていない。
 理由は①深々層では異端児(ゼノス)について気にする余裕が皆無であると思われているから、②そもそも馬鹿に何を言っても無駄だから。

 なお、クレスからの印象は以下の通り。
「人語を話すモンスターがいたらどうするか? どうもしないさ。出くわした連中が殺そうが仲間にしようが……それこそ互いの間に愛を育もうが、そいつらの勝手だ。ただ、俺さえ巻き込まなければそれで良い。それよりも俺はむしろ、こんな些事すら知れば利用しようと企む神々の気まぐれの方がよほど厄介でたちが悪いと思うね」
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