ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている   作:七海香波

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 おはようございます、更新のお時間です(※現在時刻午前4時半)。
 今回のお話では主人公が割とロクでもないムーブをしますが、前回のお話が大丈夫ならたぶん今回も大丈夫だと思います。
 それでは、どうぞ。


最善を目指す『正義』と最短の『外道』

 

「――ダメだ、君みたいな子供がこんな悪い大人たちの言うことを聞いちゃいけない! 武器を捨てて! 私たちと一緒に来よう?」

 

 ガネーシャ・ファミリア所属、【象神の詩(ヴィヤーサ)】アーディ・ヴァルマは語りかける。

 貴き精神性の持ち主である彼女は、たとえ大事な殲滅作戦の最中だろうと、そこに救いが与えられるべき子供がいるなら当然のように手を伸ばす。

 その刃を向ける小さな身体が、悪派閥(イヴィルス)を示す白濁色のローブを纏っていても。

 その隠れた背中に、悪しき神の恩恵が輝いているとしても。

 ――その心が、邪神と交わした契約に抱擁されて(縛られて)いたとしても。

 

 人は一度『悪』に落ちたとしても、誰かの優しさで再び『善』に戻れるのだと信じているから。

 己が信念に基づいて片手剣(セイクリッド・オース)を下ろし、闇に堕ちた幼き悪派閥(イヴィルス)の少女を再び光の道へ連れ戻そうと、親身になって言葉を投げかけた。

 

 しかし、彼女は気づかなかった。

 邪神が親を喪った少女に齎した心の安寧は、如何に優しい冒険者(アーディ)の言葉であろうとも、容易く覆せないほど強固に魂に染み付いていたことに。

 

 彼女は知らなかった。

 『冒険者を道連れに死ねば、あの世で父母に会わせてやる』という……邪神と少女の間で秘かに交わされていた、耳を蕩かすような甘く柔らかな約束を。

 

 アーディのかけた優しさに一瞬、少女の瞳が潤むように揺れて――その懐に手が伸ばされる。

 

「……かみさま」

 

 胸の辺りに隠された、盗品である火炎石と撃鉄装置から作られた簡易自爆装置。

 最後に脳裏によぎった邪神(かみさま)との約束が麻薬のように少女の頭を犯して、その手を動かす。

 

「おとうさんとおかあさんに、あわせてください……」

 

 その様子を傍から眺めていた【殺帝(アラクニア)】ヴァレッタ・グレーデが、これから起こるであろう悲劇(祭り)の幕開けを未来視して秘かに嘲笑する――『善』の失墜、『悪』の喝采。これよりオラリオに地獄の窯が開く、その華々しい幕開けがここから始まるのだと。

 

 少女の孤独に惑う瞳を受けて、アーディが硬直する――相手の眼から、一歩先に自分の死が待ち受けているのだと悟ってしまいながらも。それでも少女を救いたいと思って……その場から、逃げ出せなくて。

 

 動く少女の指が、そして。

 今まさに神と結んだ契約を履行するべく、爆弾の起爆スイッチに吸い込まれる――。

 

「会いたければ一人で会いに行くんだな」

「――え?」

 

 光が、走った。

 己の死を予感して動きを止めてしまったアーディの横を、閃光が通り過ぎる。

 その上級冒険者(レベル3)の眼では一切を捉えられない光は、彼女と相対していた幼い悪派閥(イヴィルス)の姿を一瞬のうちに視界からかき消して――遥か空高くから、何かが炸裂したような轟音が響く。

 突然の衝撃を受けて建物が揺れ、誰もが咄嗟に倒れないよう踏み止まらなければならなかった。

 

「くっ、なんだ――!?」

「爆発? でも、なんで真上で急に……っ!?」

 

 剣戟が一時的に鳴り止み、誰もが爆音の正体を探そうと周囲を見渡す。

 そして彼らは、アーディの目前に新たに姿を現していた一人の異物へ目を止める。

 その視線の中で、光の正体だったフード姿の男――立ち止まったクレスは、背後で動けないでいる後輩(アーディ)へと忠告を送る。

 

「何を呆けている。たった今死にかけたんだぞ、お前は。狂信者を相手取る時に自爆や道連れの可能性を忘れるな」

「あ、えっと……え?」

 

 アーディは今目の前で何が起きたのか、すぐには呑み込めなかった。

 気づけば自分が救おうとしていた少女が消えていて、そして爆発音が鳴り響いて。

 見慣れない人影が立って、自分に言葉をかけている。

 何がどうなっているのか――頭がうまく回らず、反射的に彼女の口をついて出た言葉は、自分のことではなく今の今まで相対していた悪派閥(イヴィルス)の少女のことだった。

 

「今の、()は……?」

「死んだ。今の爆発がそれだ。お前を巻き添えに死のうとしたあの娘は、空高く俺に蹴飛ばされて死んだ――もうどこにもいない」

 

 彼女が彷徨わせる視線の、向かうべき先。

 たった今起きた現実を指し示すかのように、クレスはその指先を真上へと掲げた。

 天井に空いていた、ちょうど少女一人分の穴――その向こう側から偶然か、焼け残った少女のローブの切れ端がゆっくりと落下してくる。

 それは己が救おうとした少女の死を、明確に示していて。

 その事実を自覚してアーディが呆然とする中、最も早く自意識を取り戻したヴァレッタが叫んだ。

 

「――オイオイオイ!? 何だってんだよ今のはァ!? なんでその女が生きてやがる!?」

「下らん問いだな。俺が間に合ったから、この女は生きている。それだけだ」

 

 気持ちのいい企みを潰されて怒りを露にするヴァレッタに、お前の気分なぞ知ったことかと淡々と言い放つクレス。

 罪悪感の欠片も含まれていない彼の声に、事実をようやく察した他の者たちは皆、冒険者も悪派閥(イヴィルス)の構成員も等しく唖然とする。

 

「はッ、冒険者サマを救うために簡単に悪派閥(こっち)を切り捨てるたぁちっと驚かされたが……その冷血ぶり、テメェまさかアバズレ(フレイヤ)んところの隠し玉か? ヒャハハッ、まさかこんな奴がまだ隠れていたとはなァ!? 大事な大事な作戦、いよいよ奥の手を投入する気に――」

「勘違いするな。俺はお前の言うどこぞの女神の眷属じゃない。だが、お仲間を殺されたのがそんなに不思議なことか? 『悪神の眷属は見かけ次第即斬り捨てよ』くらい、今の時代も普通に標語としてあるかと想像していたが……」

「……はァ? なに言ってんだ、テメェはよ? んな野蛮な価値観、今のオラリオのお優しい冒険者どもとは到底思えねぇな……何時の時代の人間だ、あァ?」

「無論、お前たちと同じく今を生きる人間だが。しかし、そうか。他者を平気で害する連中などいくら雑に扱ったところで非難されることなどないと思っていたが……そうでもなくなったのか。覚えておこう」

 

 ヴァレッタに対して敵意を持つことなく語らいあい、率直に「悪なぞいくら殺しても問題ないと思っていた」とさえ言い切ったクレス。

 

 人の命を天秤にかけて片方を選ぶ……その辛い偽善に対して、自問自答自虐自嘲を重ねつつ真っ向から向き合ってきた者たちも。また、その覚悟を嘲笑ってきた者たちも。そのあまりに端的な彼の態度に、どこか自分たちとは違うものを見て――共通の恐れを抱かされる。

 

 ――なぜああまで、何の躊躇もなく。

 ――貴いハズの……それも、未来ある幼き命を簡単に手にかけて平然としていられる!?

 

 数多の恐怖の視線を受けながらも、その中心にいるクレスに委縮する様子は見られなかった。

 

「亡き親に会いたいと願う子の心を利用する悪派閥(イヴィルス)。かつての知り合いどもなら「許せんッ!」と即刻弾劾しにかかるところなんだろうが、俺は別にそうは思わん。

 むしろお前たちの描く悪辣さには、割と感心させられることが多いよ。――人の悪に終わりなどなく、煮詰め凝縮された闇はやがて神を凌駕する一つの星となる。その力もまた、迷宮(ダンジョン)攻略の糧に出来るからな。とはいえ今回のは正直、微妙だが」

 

 身内の呆気ない末路を受けて、嫌に良く響くクレスの独り言を聴いて、周囲の悪派閥(イヴィルス)の雑兵たちはどうすれば良いのか迷い、動けないでいた。

 大した訓練も受けていない、ヴァレッタ曰く「ただ恩恵を刻まれただけの捨て駒ども」は思う。

 ――あのような、幼い少女ですら躊躇なくぶっ飛ばす怪物を前に、自分たちの願いが叶えられるのか? と。

 

 冒険者たちの優しさや甘えを前提とした無理心中作戦ががらがらと破綻する音を聞いて、彼らはどう動けば良いのか分からなくなっている。

 そんな様子の連中を見渡して、クレスは溜息を吐いた。

 

「さっきの娘の遺言からして、どうせお前たちも「愛する者と冥府で再会したい」などと邪神に願ったクチか? ……図星だな。なら止めておいた方が良い。どうせあの連中にはそんな、七面倒臭いことに手を煩わせるような気概はない。

 断言しよう。邪神どもはただお前たちの耳に気持ちの良い嘘八百を並べ立てて、自分の思い通りに命を捧げるお前らの妄信を見て、「可愛いな(愚かだ)ハッハァー!」などと仲間内で下品に笑い転げたり自慰してるだけだぞ」

 

 ただ流石にその暴言は聞き逃せなかったのか、一人の邪神信者が憤りを覚えて前に踏み出る。

 冷たいクレスの視線を受けながらも、彼は反骨的に己が胸中に燃える信心の暗い熱を昂らせて声を張り上げた。

 

「――何を知ったかぶりに、嘘をつくな! あの方々は確かに我々に約束されたのだ! 『冒険者を巻き添えに死した暁には、あの世で(私の愛)に再会させてくれる』と!」

「いいや無理だよ。あの連中に神としての誇りがあるのなら、なおさらな。……だって、よく考えてもみろ。自分の望みのために他人を殺すようなお前たちの魂と、お前たちの愛する恋人や家族みたいな無垢な魂。それらが死後、同じところに送られるわけがないだろうに。

 連中は無駄に職務に忠実だからな、そう言ったところだけキチンとして「ゴメンなーお前たちと約束したけど仕事の方が大事だからナー」とかなんとか言って平気で約束なんか破るぞ。

 そっちのお前たちの絶望した顔で二度美味しいなー、とか考えながらな」

「そ、そんなっ……! いや、そんな訳がっ……!」

 

 クレスは澱みなくつらつらと男性邪神信者の希望を否定し、更に相手が膝を震わせ始めたのにも関わらず続ける。そこには嘘を述べているような軽薄さはなく、ただ淡々と事実を語る確信だけがあった。

 ――そこまで言うか? という周囲の冒険者たちの視線は残念ながら、フードに遮られているせいで届かない。

 

「覚えておけ。神だからと無条件に信じて、奴らの薄っぺらい言葉に簡単に流される愚かな信者など、あいつらの一番好き(嫌い)な餌に過ぎないとな。

 唆されただけで簡単に動く人形なんて、道楽者の連中からしたら面白みがなさ過ぎる。すぐに存在を忘れて、約束もほっぽりだして次の玩具を探しに行くだろうな」

 

 否定、否定、否定。

 邪神の信奉者たちが抱いていた今際の理想を、クレスはボロクソに叩いて砕いて踏み躙る。

 お前らの絶望なんて知らないし、どうでもいいのだと……。

 

 そう、自分たちからしてみれば大切な希望を平然と軽んじられたという怒りが、折れかけた男性信者の思考を最後に奮起させた。

 

「く……くそっ! くそっ! くそぉっ! ふざけるなっ、ふざけるなぁーっ! 貴様がどこの誰かかは知らんが、我らが神を、我らが理想をことごとく侮辱するなど――その思い上がりがどういう事態を招くか、我が命を以て教えてやる!」

「いや結構だが」

 

 クレスのずけずけとした言い分に怒髪天を突くといった様子の男性信者が、すかさず自らの胸元に手を伸ばす。

 しかし、この時の彼の頭からは怒りのあまり、完全に先ほどの光景が吹っ飛んでいたのだろう。

 ――彼()が自爆するよりも早く、目の前の異端者(クレス)は動いてしまえるというのに。

 

「……まあ、なんだ。どうせ爆発するのなら、最後くらい人々の心を和ませて散れ」

「――ダメ、待っ……!」

 

 これからクレスが何をしようとするのか、察したアーディが引き止めようと声を上げる。

 しかし、彼女の望みが全て言葉になるより早く。

 

「――がっ!?」「――ぐわっ!?」「――きゃっ!?」

「――どぅおっ!?」「――ぎゃっ!?」「――なぁっ!?」

「――うわぁっ!?」「――げっ!?」「――ひぃいっ!?」「――くっ!?」

「――いやぁっ!?」「――あぁっ!?」「――そんなっ!?」

「――えっ!?」「―なっ!?」「――ひぐぅっ!?」

「――げふっ!?」「――どぅわぁっ!?」「――ぴぎゃぁぁぁっ!?」

 

 再び閃光となったクレスが、全てを終わらせた。

 周囲で揃って白濁色の装束を着ていた連中の胸ぐらを、足首を、腕を。

 握り潰す勢いで掴んで、地上約500(メドル)の高さにまで腕力ただ一つでブン投げる。

 幸いだったのは、あまりの勢いに撃ち上がる道中で彼らの意識が絶たれてしまっていたことか。

 彼らは痛みを感じることなく、焼けつく大気との摩擦熱によって懐の火炎石を着火させて――。

 

 ――連爆。

 

 咲き誇る怒涛の連続花火が、天井に開いた風穴の向こうで紅蓮色の炎を吹かしながら派手に散っていった。

 

「……惜しむべきは夕方だったのと、色の種類がそんなになかったことか。花火としては微妙な出来だったが、しかし人殺しにはならずに済んだのだから、まだあの世で望みの相手と出会える確率も上がっただろう。恨むのなら、まずそこまで堕ちた自分の心の弱さを恨むんだな。それでもまだ足りないのなら、また来世で喧嘩を買ってやらんでもないが」

 

 残るのは、自爆装置を唯一持っていなかったが故に見逃された【殺帝(アラクニア)】一人。

 それ以外のここにいた全ての悪派閥(イヴィルス)が、彼らを止めようと奔走していた冒険者たちの目前から……そしてこの世から、姿を消した。

 

 あまりに乱暴で、それでいて至極単純な解決策。

 たった今目の当たりにした光景を、それでも「誰も死ななかっただけマシなのかもしれない」と成熟した冒険者たちは愕然としながら葛藤してしまう。

 ただその中で、唯一未熟故に現実を認めようとしなかったエルフの少女だけが彼に詰め寄った。

 

「――貴様ッ! なんという非道を! 何を考えていればこのようなことが出来る!? 人の命を『花火』などと、玩具のように批評して……こんなことが許されるものか!」

「非道であることは認めるが、これが遺恨を断つのに一番手っ取り早いからな。そんなに生かして捕まえた方が良かったのか?」

「当たり前だ、そうに決まっているだろう! それだけの力があるのなら、連中の自爆装置だけ解除してしまうことも出来たはずだ!」

「ああ、それなら出来たな」

「ならば何故! 救えるはずの命を救わないなんて、そんな『正義』が有り得るものか!」

「別に俺は『正義』を掲げたつもりはないんだがな……」

 

 責める【疾風】リュー・リオンの言い分について、クレスは先の悪派閥(イヴィルス)とのやり取りのように正面切っての否定という手段を取ろうとはしなかった。

 

 彼女の仲間(輝夜やライラ)に言わせれば、青臭過ぎる『正義』。

 ――しかしそれは『悪』に立ち向かうべく剣を取った人が最初に抱く原風景にして、穢れなき純粋無垢な想い。

 人々の根底に共通して宿る彼女の気高き志は、彼の嫌いな愚かさを持ち合わせていなかったから。

 

 であればこそ。

 今の彼女に足りないものについて、クレスは純真な心を持つ後輩へ向けて語る。

 

「だが、俺のやり方がお前たちを救ったのが事実だ。俺がいなければ、お前たちの幾人かは自爆の犠牲となっていた」

「……っ! それは、そうだがっ!」

「お前の言うことは正しい。お前の理想に比べれば、俺の手法など下賤にして下種。下策にして外道だ。連中を生かし更生に導く『最善』を面倒だからと放り投げ、冥府の神々に魂の漂白をさせる『最短』を選んだからな。

 しかし結果的に多くの人命を救ったのは、お前の正義ではなく俺の外道だ。――それは、お前に『力』が足りなかったからだ」

 

 悔しさに歯を食い縛る彼女に、彼は親切心から説明する。

 クレスが最も嫌うこと、それは他人の下らない思惑で自分の意志を歪められること。

 もしこの後輩が、自分と同じだけの強い信念を持とう(『正義』を掲げよう)としているのなら……そこに激励の一つくらいは与えてもいいと、彼は思っていた。

 

「力の伴わない『正義』は偶像に過ぎん。『正義』は語るものではなく、その背中で示すものだ。俺は示した、お前は示すだけの力がなかった」

「……!」

「強くなるための道はそこ(迷宮)にある。先達(ゼウス・ヘラ)による舗装(知識の積み重ね)もあろう。ならば積み重ねろ。そして至れ。如何なる『悪』をも屈服させられるだけの、絶対的な『力』に……それが、お前の語る『正義』に足りないものだ。

 ――「清濁を知れ」などという雑音もあろうが、惑わされるな。

 強くあることだ、名も知らぬ後輩。その白き『正義』を最後まで貫き通したいのならな」

 

 その善意100%の助言には、悪意や皮肉は欠片も混じっていなかった。

 フードの下に覗くクレスの瞳に宿る光を、リューは見てしまった。

 疲れや諦めを眦に滲ませながらも、それでも強く前に向かって突き進む意志の輝き。

 

 それは人の可能性(たましい)を突き詰めた先に遥か遠き神へと至る、夥しい昇華(レベルアップ)の歴史であった。

 

 その瞳の持ち主は、いつの間にかぽんぽんとリューの頭を撫でていた。

 クレスの眼に一瞬呑まれてしまっていた彼女は一泊遅れて事態に気づき、彼の気さくな手を振り払って射殺すような視線で睨みつけた。

 

「っ、私に触れるなァ!」

「……ああ、エルフはそうだったな。すまない、どうも昔の知り合いの姪に似ていてな。なにぶん久々に決まりきった相手以外と話しているものだから、距離感が分からなかったんだ。謝罪しよう――と。どうやら他でも自爆が始まったみたいだな」

 

 話の終わりを告げるかの如く、遠くから聞いたばかりの爆発音が順に鳴り響く。

 同時に叫ばれる、民衆と仲間の冒険者たちの悲鳴。

 阿鼻叫喚の地獄が繰り広げられているらしい外のあちこちから、連鎖的に爆発の音が響いてくる。

 

 それを聞いて、すっかり蚊帳の外に置かれていたヴァレッタが思い出したかのように哄笑を上げた。

 

「ははッ――そうだ! ここは失敗しちまったが、外ではまだ祭りは終わっちゃいねぇ! 連中は皆そいつの言った通り『花火』! オラリオ中で爆ぜて、このクソくらえな平穏を吹き飛ばす! ひゃはははっ、そんな奴と話してる余裕がお前たちにあんのかァ!?」

「そうだな。俺を睨んでいるよりも、外の仲間の応援に向かわなくて良いのか?」

 

 他人事のようにリューへ語るクレスに、ヴァレッタは少しばかり目を丸くする。

 

「なんだよ、テメェは行かねぇのか、えぇ!?」

「俺とて暇じゃない。元々ここには別の用事で来ていたんだ、目の前に困る連中を助けるくらいはするがわざわざ遠くにまで手を伸ばすつもりはない」

「は? ……ははっ、とんだロクデナシだなお前! 平気で自己都合のために他人を見捨てやがるたァ、なんで冒険者(そっち)側に立ってるか分からねぇな!」

「見知らぬ他人のために時間を使うほど、俺の心は高貴じゃないものでな……さてと」

 

 クレスは当初の目的を果たすべく、近くにあった箱に歩み寄ってその中身を確認し始める。

 作業の邪魔となる特攻隊はもうこの場所にはおらず、もはや一対多となった現状、残った上位格らしき(ヴァレッタ)もそのうち素直に退散するだろう。冒険者たちもそれを追いかけて出ていって、探索の邪魔をされることはなくなるに違いない。

 そう踏んで動き始めた彼に、リューはまたもや近づいて手を引っ張ろうとする。

 

「何を言っている! 人の命がかかっているというのに――」

「――無理だよリュー。たぶんあの人、本当にそういったことに興味がないみたい。今は説得するよりも、外へ出て皆を助けに行かなきゃ」

 

 しかし、この短期間で何となくクレスの人となりを掴んだアーディがそれを制止した。

 

「アーディ! ですが彼の力があれば、もっと多くの人が……!」

「いい加減にしろ青二才! 貴様には分からんだろうが、あの類の人間は他人の言うことなどまったく聞かん破綻者だ! 拘おうとするだけ時間の無駄、いいから行くぞ!」

 

 和装を纏う【大和竜胆】ゴジョウノ・輝夜に叱咤され、彼女は半ば無理矢理外へと引きずり出されていった。

 他の冒険者たちもクレスを勧誘することは不可能と理解したのか、悲鳴の止まない外への対処へ次々と向かう。その中で、残ったアーディがクレスに頭を下げる。

 

「あの、ありがとうございました! 貴方のおかげで私は死なずに済んだから!」

「気にするな、次から気を付ければいい。今回のことで懲りただろう……連中に情けをかけたいなら、まず連中のことを一通り知れ。仲間を捕まえたら一度身に纏っているものを全部引っぺがしてから、口から尻の中まで一通りさらって妙なものを隠し持っていないか確認しろ。本人が自覚していなくても、周囲の手で妙なものを仕込まれている可能性もあるからな。

 敵を知り己を知る、そのためにやれることは全て行うよう徹底する。でなくては、代償として自らの、時には他者の命を支払うことになるぞ」

「は、はい! 分かりました! ……あの、じゃあ私ももう行きます。でも、出来れば最後に貴方の名前だけでも教えてもらえませんか? 私はアーディ・ヴァルマ、ガネーシャファミリア所属のレベル3! 二つ名は【象神の詩(ヴィヤーサ)】なんだけど……」

 

 その言葉に、一瞬手を止めてクレスは考える。

 ここで実名を晒したところで、あとで厄介ごとが舞い込むのは目に見えている。

 とはいえまったく名乗らないのも彼女からしたら困るだろうし、何かしらの呼び名がある方が良いだろう。

 とすればここは適当な仮の名を教えるに留めておこうと、彼は昔懐かしい己の初期の二つ名を頭の奥から呼び起こした。

 

「それは無理だが、呼びたければ俺のことはこう呼んでくれ。読みは忘れたが、こう書いたはずだ……【烈日卿】とな」

「【烈日卿】……はい、それじゃあまたいつか! 今度会えたら、お礼をさせてくださいね!」

 

 ばびゅーん、と素早く先に出て言った仲間たちの元へアーディは飛んで行った。

 それを見送ることもなく、いつの間にか消えていたヴァレッタのことも忘れて、クレスは安全な場所に一時避難させていたカオスを連れてきて捜索を続けるのだった。

 

 




《Tips》
・IFルート~暗黒郷譚~
 クレスの語る、滅私奉公を突き詰めたリューの正義実現チャートの向かう先。
 『彼女が絶対的な正義(暴力)として存在し、万の悪を白日の下に晒して徹底的に取り締まる、一見して理想郷(ユートピア)に限りなく近い暗黒郷(ディストピア)となったオラリオ』のこと。折れず曲がらず歪むことなく、愚直に突き進んだ原初の『正義』は果てに全ての悪を滅ぼし、弱き者を救いきる。
 それはヒトには有り得ない究極の『正義』の実現――人々はやがて救済機構と化した彼女に甘えるように堕落して、社会は緩やかな破滅に至る。
 それを後世の人々は、一つの『巨悪』による災害……すなわち『人類悪』と呼ぶだろう。
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