ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている   作:七海香波

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 こんにちは、作者と申します。
 この虹捜索を呼んで下さり、皆様いつもありがとうございます。凶も夏の熱さにグタグタになりながらも、うだうだ元気に(?)投降してまいります。
 今回のお話はある意味でタグ通りの無いようとなっておりますのでご了承ください。
 よろしくお願いします。


クレス・■■■■■■■と古の英雄紀行

 

 最終的に商会の廃館からそれなりの成果を得たクレスは、重くなった鞄を引っ提げてカオスと共にバベルへと向かっていた。

 一日の終わりが近くなり、いよいよ彼が迷宮(ダンジョン)に戻る時がやってきたのだ。

 

「悪くない収穫だった。次にシーラック商会の連中と顔を合わせたら、礼を言わねばな。流石の品揃え、九割がたが駄目になっていようと残りは価値のあるものばかりだった」

「うぅ……まさか私のような神が泥棒に手を染めてしまうなんて。クレス君の手で汚されてしまったなぁ……あはは」

「人聞きの悪いことを言うな、有効活用と言え」

 

 よよよ……と鳴き真似をする女神の口を嗜めながら、彼は常に彼女の前に立って、周囲の喧騒から降りかかる火の粉をその辺で拾った剣で払い道中の安全を確保する。

 

「――誰か、助けてよぉぉぉっ!」

「――死ねぃ衆愚共、我らが神の栄光を示さんがため!」

「――やらせるな! 民衆を守れェ!」

 

 先の連鎖爆発を発端として、オラリオはいよいよ地獄の様相を呈していた。

 響き渡る、親の亡骸に抱き縋る幼子の悲鳴。

 積み重なる、栄華の象徴であった雅な建築の瓦礫。

 打ち捨てられた、抵抗虚しく命を散らした冒険者たちの遺体。

 

 崩落した歴史の残骸が地を満たし、燃ゆる破滅の炎が天を舐めんと盛り吠える。

 それは冒険者たちの『作戦』の失敗をこそ雄弁に物語っていた。

 

「本当に騒がしいな……悪派閥(イヴィルス)の連中め。狂犬の方がまだ理性を感じさせるぞ」

 

 次から次へとひっきりなしにくべられる怨嗟と言う名の薪を燃やして、憎悪の業火が猛る。

 無論その炎はクレスたちの元へも這い寄り迫り来るが――彼は全てを払い除ける。

 建造物の破片が降ってくれば、剣圧を放ってオラリオの外壁の向こうまで吹き飛ばして。

 襲い来る闇派閥(イヴィルス)がいれば、足元の煉瓦を蹴り飛ばし頭部に命中・爆散(エキサイティン!)させて。

 立ち塞がらんとするありとあらゆる障害を屈服させて、彼らは(バベル)へと進む。

 

 ――その歩みが、不意に止まった。

 

「止まれカオス」

「クレス君? どうした――」

 

 先に足を止めた眷属に、思わず前につんのめりそうになりながらもすんでのところで立ち止まったカオス。

 彼女はなんなんだよ一体、と文句を言いたそうにしながらクレスの見ている方向に目を向けて。

 

 そこに、迸る『悪』の源流を見た。

 

 崩れ、煤けた建物の隙間。

 日が落ちて光の届かなくなった裏路地にありありと覗く、黒く蠢動する神意(・・)

 ゲラゲラと醜悪なる嘲笑を金属の軋むような耳障りな音と共に響かせて、突如としてその闇はぐわりと大口を開けるように彼らの下に襲来して――。

 

「あれはっ――待て、殺すんじゃない!」

 

 カオスがそう叫び、金属同士の衝突した音が弾ける。

 闇の中に潜む黒銀のナイフを、瞬時に抜き放たれたクレスの魔剣【ネガ・ファトゥム】が刃の向かう先を切り替えて(・・・・・・・・・・・・)打ち払った。

 押し返されて裏路地に戻った形なき闇を注意深く見やりながら、彼は剣を握る腕を下げることなく闇の向こう側に問いかける。

 

「随分な挨拶だな、()ともあろうものが。カオスの言葉がなければそのまま送り還すところだったが……何用だ?」

 

 【ネガ・ファトゥム】――運命に介入するその属性刃(フェイタリティ―)は、振るい方によっては神にさえ届く(・・・・・・)

 その切っ先を何の躊躇いも遠慮もなく向けた彼に神殺しの本気を見たのか、蠢く闇の一部が次第に輪郭を為して口を開く。

 

「……嘘じゃないな。本当に()を手にかけるつもりだったのか、下界の人間風情が」

「人様の庭を踏み荒らす強盗風情が無礼を語るかよ。犯罪者に貴賎なし、人も神も俺の邪魔をするなら容赦はしない。斬り捨てる、もしくは俺の糧にするのみだ――此奴のようにな」

 

 ふとその時、クレスの構える黒紫の刃にゆらりと朧げな光が映る。

 そのちかちかと輝く微かな明滅は、何らかの意思を持っているようにも見えて――陰に潜む襲撃者の正体である神は一瞬漏れ出た気配に射竦められたかのように、纏う常闇のローブの端を揺らめかせる。

 

 漂う、一瞬即発の雰囲気。

 それを止めたのは、前に歩み出て一人一柱(ふたり)の間に立ったカオスだった。

 

「いや、だから待ちなさいと言っているだろうに。剣を下げろとは言わないけど、逸るんじゃあないよ。彼と少し話をさせてくれ。……それで、私を殺して何をするつもりだったのかな? 我が子(・・・)エレボス」

「――決まっているだろう、我が母(・・・)カオス。なんてことはない、ただの俺たちの気まぐれさ。この身の司る『原初の幽冥』の通り、下界に破滅を齎そうと思って絶賛暗躍中でね。その過程で、悪いが貴女には死んで(送還されて)もらいたかった。……この通り、失敗してしまったがね」

 

 彼女の呼びかけを受けて、いよいよ闇の中から一人の男神がその全貌を見せる。

 一見して、冴えない青年のような立ち姿。灰を被ったように艶を失った黒髪は所々が跳ねており、その外面は没落貴族を出身とする情けない優男のようにも見える。

 されど、その瞳に映る仄暗い情念は本物だった。

 只神と見るにはあまりに悍ましい、有り余る邪な情念を存分に湛えた陰を映し出す眼。

 

 常人の精神であればすぐさま呑み込まれてしまいそうなドス黒い視線をクレスたちに向け、エレボスと呼ばれた神は、たった今彼が母と呼んだカオスに突き立てようとしていた黒銀のナイフを懐にしまい、ヘラヘラと嗤う。

 そうして多少大げさな身振りを以て降参を示すかのように両手を上げながら、何時でも彼を討てるようカオスの守護に立つ眷属のことを称賛してみせた。

 

「それにしても驚いたよ、またとんでもない忠義者を見出したものだ。神をその手にかける禁忌さえ一切厭わない破綻者。()以外の眷属を取るつもりがないとかつて公言していた貴女がまさか二人目の眷属を作り、しかもそれが更には前任者と同じイカれ具合を兼ね揃えているとはな。よくもまあ、ここまで同じ資質を持つ人間を見出せたものだ。もしかして子孫かい?」

 

 興味深そうに様子を伺う彼に、カオスは「そう言えば」と手を打つ。

 ――数百年ぶりに姿を現したこのどら息子は今のカオス・ファミリアについて何も知らないのだった、と。

 

「ああ、まだお前には話したことがなかったっけね。……悪いけど、勘違いしてくれるなよ我が息子。この私に二言など無いさ。我が眷属は過去数千年に渡って、そして未来永劫、彼一人だよ――見せてあげるんだ、あの子になら構わない」

「そうか」

 

 カオスの指示を受けて、クレスは目深に被っていたフードをおもむろに脱いだ。

 鼻まで引き上げていたスカーフも下ろして、眼を隠していたサングラスを外し、完全なる素顔を外界に晒す。

 ――現れたその相貌に、エレボスの目が限界まで見開かれる。

 

「は――嘘だろう……ッ! まさか、君が生きていただなんて!?」

 

 脈動する溶岩のように黒く、また燻る炉のように灰色に、そして沈まぬ恒星のように白く、光の加減によって灼けるように三様の色を映し出す赤髪。

 永年の歴史を累積させてくすんだ灰色の左眼と、その中で希望の行く末を見抜く金色の右眼。

 

 その、とうの昔に失われたはずだと自身が思い込んでいた顔に、彼は大きく身を仰け反らせて驚嘆を露にした。 

 

「俺を知っている神は限られる。……貴様、古き神の一柱か」

「ああ、ああっ……そうだとも! 知っているぞ――【†獄火の使徒†(ブレイザー)】、【烈日卿(ライズ・オーダー)】、【電火崩刀(ベルセルク)】、【活火戟伐(グランアルマ)】、【噴炎装(ボルメテウス)】、【光焔皇(ウリエル)】、【朱き紅の緋なる赤(フォース・レッド・フォース)】……

 そしてかの偉業、【影葬王冠(ラストスカイ)】と【黄昏を超え征く者(カタストロフ)】!

 新しき神時代の到来を告げた英雄!

 かつ最も古かりし英雄の一人でもある、『冥洞一灯伝』の主人公!

 鉄と勝利の精霊『ユーリ』を従えた【冒険家(シーカー)】、クレス・テラティアリエ(・・・・・・・)!」

「ふん、懐かしい……その名はくれてやった。今の俺はクレス・カタストロフだ」

 

 エレボスからの賛美を下らないと断じるかの如く、クレスは冷たく切って捨てた。

 遠き歴史の塵と消えたはずの過去。

 それを今更未練がましく高らかに語る男神を、その二色の眼(オッドアイ)がじろりと睨む。

 そこに込められた純粋な殺意に、エレボスは心底分からないといった風に首を傾げる。

 

「なぜ機嫌を損ねる? 英雄と呼ばれたことがそんなに嫌か?」

「嫌だよ。その呼び名にお前らは勝手に期待を抱いては、勝手に失望して石を投げる。俺にとっては邪魔以外の何物でもない。俺は俺のやりたいようにやるだけだ」

「そうか……分かったよ、先の軽率な称賛は詫びよう。しかし、こうなれば我が母をこの英雄都へと生贄に捧げる計画は本格的に取り止めだな。本人を目の前にこう言うのも良くないが、なにせ君はマジのマジで()たちを殺しにくる真正の気狂いだ。だけどまだ俺は死ぬわけにはいかないものでね。確か、手を出さない分には襲ってこないんだろう?」

「さあな」

「辛辣だな。……え、大丈夫だよね?」

 

 突き放すようなクレスの回答に、エレボスは思わず不遜な態度を崩してその主神たる母を見る。

 

「あー、流石に()の前でその子を殺すほど非道ではないと思うけれど、完全な保証は出来ないかな。だってたった今殺()未遂を犯したばかりだろう? あまりうっかりしてると、つい彼の刃が滑っちゃう可能性も無きにしも非ずってやつだねェ」

「いやいやいや、勘弁してくれって。誓ってもいい、もう俺にはそちらの邪魔をするつもりは微塵もないんだってば。信じてくれよー? ほら、信じる者は救われるっていうジャン」

「信じる者が馬鹿を見るのが世の常だ、嘘をつけ。やはり殺すか」

「だから待ちなさいってばクレス君。……とまあ、こんな調子だからね。死にたくなかったらこれ以上変な動きは見せないようにねエレボス」

「えぇ……いや、うん。分かったよ」

 

 今の自分が割と真面目に崖っぷちに立っていると理解した漸くエレボスには、カオスからの忠告に従うほかなかった。

 思わず彼の考える『計画』を破綻させかねない怪札(ジョーカー)を引いてしまったことを嘆きながら、エレボスはガシガシと頭をかく。

 

「はー、まさか君がまだ生きていただなんて、この俺の眼をしても見通せなかったよ。何年にも渡って下準備をようやく終えたってのに、どうしてここで驚愕の新事実が判明しちゃうカナー。クレス君さ、寿命とかどこへほっぽっちゃったのさ?」

迷宮(ダンジョン)を攻略するまでは死んでも死にきれん、そう考えている内に今日まで来ただけのこと。理屈については知らん、カオスに聞け」

「とまあ、なんかこんな調子でいつの間にか不老を獲得しちゃってさー……試作恩恵(ファルナ)の中で出来た混沌(バグ)のかけらが無茶苦茶に組み合わさって奇跡的に調和(バランス)が取れた結果というか、ぶっちゃけ本当はとうに崩壊してるはずなんだけど、どうしてかうまく機能してるんだよね。つまり私にもよくは分からないんだ、彼の(こころ)に聞いた方が良いんじゃないかな」

「うははっ、なんだそれ。主神と眷属揃って仲良すぎだろ。だけど恐ろし素晴らしいなぁ、まったく俺たちの愛する『下界の可能性』というやつは。――だからこそ、試したくなるってものだ」

 

 一瞬、エレボスの瞳に先ほどまでとは色の異なる感情が過った。

 それを受けて、察したかのようにカオスが問う。

 

「……もしかして、それだけのためにこんなことを?」

「おや、我が母上様には気づかれてしまったか。……そうさ。他の連中はともかく、俺はそのためにこの惨劇を引き起こした」

 

 ばっと両手を広げ、今のオラリオを抱擁するかの如く彼は深い笑みを浮かべる。

 

「英雄は惨禍の中からこそ生まれ出づる。だからこそ、この最も英雄の卵が集う都を地獄へと変え、新たな英雄候補が孵る揺り籠にする。それが、この邪神エレボスの描いた英雄設計図さ」

 

 その壮大に見える宣言に、神々の中ではどちらかと言えば良識派だと自称するカオスは眉を顰めた。

 下界を救うために、下界を犯す。

 本末転倒、盛大なる矛盾に満ちた、自己中心的なふるまい。

 今そこに生きる住人たちの意志を侮辱すると言ってよい、大罪中の大罪。

 しかしエレボスはどこまでも本気で、下界の子どもたちを想うからこそその非道を為そうとしている――だからこそ、なおのことたちが悪い。

 

「本当に、そんな都合の良いことが叶うと思っているのかい」

「思う思わないじゃない、やらなければならないのさ。迷宮(ダンジョン)は今か今かと時を待っている。我々も下界の人間もちんたらしていられないんだ。革命が必要なんだよ。俺たちの用意する地獄くらい軽く乗り越えてくれて、世界を救うに至る立派な英雄を生み出すためにはな。――いくら貴女に言われようと、俺はこの計画を止めるつもりはないぜ。俺は俺なりのやり方で、英雄を呼び起こす」

 

 カオスの向ける非難の目線を意に介さず、ここでエレボスはクレスに目をやった。

 

「そこで問いたい、参考までにな。なぁ、クレス・カタストロフ。最も俺たちの理想に近くて遠い君にとって、『正義』とはなんだ?」

「己が意志を貫き通すこと」

 

 一切の逡巡なく返す彼に、神は重ねて問う。

 

「では、『悪』とはそれが出来ない弱者のことを指すのか?」

「違う。『悪』とは、『正義』に向かおうとする誰かの勇気を己がために虐げることだ。人の夢を嗤い、努力を踏み躙り、足を引っ張るような、そんな行為を平気で行う真正の屑をこそ俺は救いようのない『悪』と呼ぶ。そして、そういった連中が俺はいっとう気にくわない」

 

 彼はエレボスへ向ける視線の圧を強め、語気を強める。

 隠すつもりのない軽蔑と敵意を腹の中に滾らせて、クレスは断じる。

 

「つまり貴神(きさま)は紛れもない『悪』だ。世のため未来のためと謳い、現在(いま)を切り捨てる極悪神。何の瑕疵もない誰かの意志を、平和を、大義のためと進んで踏み躙る屑。果てには彼らの犠牲は無駄ではなかったなどと言い放ち、勝手に罪を背負ったつもりでいようとする傲慢な輩。俺の最も嫌いな神種(じんしゅ)だ」

「酷い言われようだな……だが、否定はしない」

 

 三日月のような凶笑を浮かべるエレボスに、反省の色はまるで映っていなかった。

 しかし、そこにはもはや相手に自分たちの前に立ち塞がるつもりも見えない。

 ならば、クレスは剣を引いた。

 

「――俺の邪魔をしないなら、知らん。好きにしろ。ただ一言だけ……疾く死ね」

「ありがとう。ここは君の寛大な心に見逃されて、俺はみっともなく尻尾を巻いて逃げ帰るとしよう。実はそろそろ次の所に行かなくてはならないからな、あまりちんたらと昔話に花を咲かせてもいられない身なんだ。――では、さらばだ我が母とその眷属よ」

 

 エレボスは影に呑まれるような形で姿を消し、波が引くようにその影も奥に消えていく。

 遠ざかる彼の気配――その先で、極大の光の柱が立つ。

 神々の送還が連続して行われ、オラリオに響く悲劇は更なる加速の一途を辿る。

 

「神の送還……しかも、あんなに。エレボス、それほどまでに君は……」

 

 長生きしようとめったに見られないその光景に、しばしその場に足を止めて二人は様子を見守った。

 その中で、戦火を瞳にぼんやりと映し出すクレスは呟いた。

 

「英雄作成か、馬鹿馬鹿しい。そんなものは理想ですらない、妄想の類に過ぎん」

 

 誰かが言った――人の手によるものを、人に破れないわけがないと。

 ならば何者かの仕組んだ神為的な悲劇にも、必ず打ち崩される切っ掛けとなる瑕疵はある。

 そのような易しき悪意程度によってなぞ、彼ら(神々)の望む英雄が見出されるものかと彼は鼻で笑った。

 

「英雄なぞ誰かが意図して作るものではない。ただ敵わない現実に立ち向かうことを諦めなかった愚か者がいて、それを後の世の誰かが勝手にそう呼ぶようになるだけのこと。……俺程度でも分かるその簡単な理屈を、俺より長生きしていて何故分からないのか。哀れだな」

 

 目と鼻の先で好き勝手にふるまう邪神たちとその眷属のことについて、それ以上思考を割く余地はないと彼はカオスの手を引いて再びバベルに向けて歩きだす。

 

「――ああ、言った通り俺の方から手を出すつもりはないさ。しかし、あの娘についてはどうかな?」

 

 あえて先ほどは話題に出さなかったサラのことを思い浮かべて、クレスは最後に小さく笑う。

 

お前(エレボス)の立ち振る舞い、盛大にやつの地雷を踏んでるぞ。精々ご自慢の崇高(笑)な考えをブチ壊されて、悔し涙に憤死するがいい」

 

 

 

 

 

 『豊穣の女主人』前には、惨劇が広がっていた。

 この暗黒の時代に安穏と飯を食らう平和ボケした(生贄)を、血祭りにあげようとした悪派閥(イヴィルス)たち――彼らはその愚かさの代償として、自らの血肉でこの場所にお望み通りの屍山血河を刻むことになった。

 

「――聖なる食卓を汚さんとする痴れ者どもめ。せめてその命を以て、己が罪を贖うがよいのじゃ」

 

 砕けた石畳の上に突き立つ、数多の墓標。

 その正体は全て、内側から飛び出した自らの()に身体を十字に縫い留められた悪派閥(イヴィルス)だった。

 肉と皮膚を喰い破って姿を現した鮮血が、主人の肉体を串刺して磔刑に処する。

 その光景を返り血一つ浴びずに成した酒場のウェイトレス――【神々の給仕(ゴッズプライド)】サラ・ブラッドルーラーは、クレスによって授けられた三叉の魔槍を一振るいして周囲の熱波を裂き、(バベル)まで続く避難経路を作る。

 

「師匠よ、これで客を安全地帯まで連れて行けよう? さぁさ、早く行くがよい」

 

 その手を汚させるまでもないと、後ろで店の客を守らせていたミアにサラは首を振って合図する。

 店の外に広がる地獄絵図――数多の邪神の眷属の死体によって彩られた百の十字標に、ミアはようやくクレスの残していった言葉の意味を知るのだった。

 

「あの女神の連れの男が言った通り……ここまでとはね」

 

 ミアは背中に冷や汗を流しながら、目前の惨劇を改めて見渡す。

 酒場を取り囲んでごちゃごちゃと前口上を喚いていた悪派閥(イヴィルス)のリーダー格は、今やその口から血の杭を生やして息絶えている。ミアの記憶が正しければ、ギルドの手配書(ブラックリスト)に載っていたその顔は元オシリス・ファミリアのレベル4の猟奇殺人鬼だった。

 上級冒険者すら抵抗を許されず命を捧げさせられる、サラの理不尽さ。

 それを開店前の店前の掃き掃除と何ら変わらぬように為した彼女の態度は、明らかにミアの常識から外れるものだった。

 しかし今という非常事態において、その常識外れは心強くもある。

 

「分かったよ。アタシはこいつらを連れていく。だが、アンタの方はこれからどうするつもりだい?」

「妾はこれより、この食事の尊さを知らぬ野蛮で下劣な人間どもに等しく誅伐をくれて回る。止めてくれるでないぞ? 食を軽んずる者に生きる価値無し――奴らはこれ以上にないほどまでに、妾を怒らせたのじゃからな」

 




《Tips》
 サラ・ブラッドルーラー。
 とある特殊な環境の出身であり、クレスと出会うまでは料理と言う概念さえ知らないでいた。それ故に舌の喜びを知った彼女は豊かな世界の食文化をこよなく愛するようになり、ミアの腕に惚れ込んだ際には思わず彼と同じように土下座してまで弟子入りしてしまうほどとなった。
 また、そのような過去があるからこそ、麗しきウエイトレスという側面とはまた別に、食を冒涜することを人一倍良しとしない過激派の顔を持ち合わせている。(モデルの一人は「この○○を作ったのは誰だぁっ!?」の人)
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