ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている 作:七海香波
ここからしばらくはサラちゃんの独壇場じゃよ。
お馬鹿で劇物な主人公君は
というわけでどうぞ。
【
【
ゼウスとヘラの残した昔日の亡影が、邪神の意に倣ってオラリオを打ち砕く。
その他
戦いの趨勢は今や完全に、『悪』を語る者たちの手に落ちたと言えよう――そんな中で。
「――ぬわぁぁぁっ!?」
「――うぎゃぁあああっ!!!」
「――ひでぶっっっ!!!???」
全域が戦場と化したオラリオにおいて踏み鳴らされる、醜い悲鳴の
逃げ惑う民衆及び、それを守る冒険者たちの喉笛からのみ奏でられていたはずのその中に――徐々に、
それまでは正しく狩人であったはずの彼らの中に、いつの間にか狩られる側に回る者が出始める。
その小さな戦場の変化において台風の目となっていた存在こそは、クレスが
「御機嫌よう皆の衆――妾、参上なのじゃ」
「ハッ、酒場の給仕まで駆り出すとはな! いよいよ貴様らも万策尽きたと見える! 今だ同志たちよ、畳みかけ――みぎゅっ」
『豊穣の女主人』の制服のままにどこからともなく現れた彼女に、それまで戦場を支配していた邪神の使徒たちはせせら笑う。
本来ならば戦えぬ存在であるひ弱な給仕さえ駆り出すほどの、オラリオ側の人手不足。これこそまさに我らが優位を示す、蹂躙における絶好の機会だと彼らは嘲る。
そしてその口は最後まで嘲笑を完結させることなく、喉奥からせり出た血の杭によって貫かれた。
「騒々しいのじゃ。食を分かち合えぬ口などいるまい? ならば塞がれたとて文句は言うまいな」
「はっ? えっ……あっ、ど、同志っ!?」
戦場に有り余る
彼らは語る――「強き者が弱き者を蹂躙して、何が悪いのだ」と。
ならばそれ以上の強者が現れた先に――彼らが平らげられる側になろうと、文句を言える筋合いはない。
「何を慌てておるか。そら、貴様たちも仲間入りじゃ。
あっけなく自らの末路を記す墓標となった同胞の骸に、その場にいた
その明確な隙をサラは見逃さず、指揮棒のように魔槍を一振り。
絶対なる支配者として彼らの血液に下知を与え、瞬く間に体内より咲く数十の赤十字架を量産した。
「あ、えっ……は?」
状況がすぐに呑み込めなかったのは、それまで劣勢に立たされていたその場の冒険者たちも同様だった。
突如として目の前に現れた給仕姿の美女によって、本来自分たちが果たすべき役割を全てあっけなく終わらされてしまったという事実。
いかに絶望に打ち克とうと奮起し諦めないでいた彼らであっても、理解の遠く及ばない光景を前にしては、「なんだこれは」と思考を彼方に飛ばしかけてしまうのも無理がなかった。
「無事かお主ら。
サラのかけた心配の声に、咄嗟にこの場を仕切っていた一人の男性冒険者が気を取り直す。
「あ、ああ……大丈夫だ。今生きている連中に、そこまで大きな怪我を負ってる奴はいないはずだ」
「ならば良し。疾くバベルまで下がれ、今は大半の者がそうしておるようじゃ」
「確か【
「すまんがそれは出来ん約束じゃ。妾は他の連中も急ぎ仕留めねばならんのでな」
その言葉に彼女と話していた冒険者は思わず「無茶な!」と叫びかけたが、すぐに思いとどまった。
彼らが手を焼いていた
それは自分たちの護衛として遊ばせるよりも、遊撃として好きに振るわせる方が遥かに大きな価値となる。
このいつ死ぬか分からない時代において今日の今日まで無事生き抜いてきた彼の計算は、弱い女は男が守るものと言う
「いや、すまない。そうだな、他の連中をよろしく頼む。それと、俺たちを助けてくれて感謝する」
「うむ。この戦いを生き抜いた暁にはどうぞ我が『豊穣の女主人』を御贔屓に、じゃ。感謝はその時の金払いで示してくれれば、
サラは別れを告げると同時に、とぷんっ、と己の足元の陰にその身を沈ませる。
「――ぐぴゃあっ!?」
「――ほぎょぉぉぉっ!?」
「――ぎゅごっ!?」
「――すまん、助かった!」
「――今後も主神共々『豊穣の女主人』をよろしくなのじゃ!」
今にも冒険者たちを葬り去ろうとしていた彼らの前に、影から颯爽と姿を現すサラ。その髪が弧を描き、月の如く閃いたかと思えば――全てが終わる。
嘲笑と剣戟が消え、失われゆくはずだった命が呼吸を繋ぎ、深紅の十字が聳え立つ。
それらを為す今の彼女はまさに、神出鬼没。
影を媒介として転移に近しい高速移動を行い、縦横無尽に戦場を駆けては
懐の六文銭を確かめる間もなく彼岸に渡された
救われた側の冒険者も、何が起こったのかすぐに呑み込める者はいなかった。
――見目麗しい女給仕に目を奪われた次の瞬間には、血の十字架が立っている。
それがサラの現れた戦場の全てで、それだけで報告を完結された【
そんな冒険者側の混乱もつゆ知らず、クレスに似て好き勝手にサラが
「――くそっ、主神の馬鹿野郎が送還されて力が……っ!」
「ふははっ、神を失った冒険者なぞ恐れるに足ら、うぎゃぁあああっっっ!?!?!?」
「注意を怠った阿呆なぞ格好の的よ、愚か者め」
その過程で恩恵を一時的に封印された冒険者たちが慌てて隙を生んでしまい、
トドメを確信した時にこそ敵は弱くなる……クレスに負けず劣らずの経験を積んでいる彼女はその学びを良く活かして、釣られた連中を悉く始末する。
「そら、
ついでとばかりに、叶わぬ現実に屈して膝を折ろうとする冒険者がいれば激励を送って次の戦場に発つ。
全ては明日の食事で彼らの胃と心を満たさんがため――サラは己の『正義』を以て戦場に舞う。
『――聞け、オラリオ』
やがて響く
むしろ、その宣言に陶酔するあまり判断力の弱まった
翻るはウエイトレスの証たる深緑のスカート、振るうは武骨な
月下の女中が暗雲を裂くように戦場を荒らし、『悪』の根を枯らしていく。
『……滅べオラリオ――我らこそが『絶対悪』!』
都合九つ、長きオラリオの歴史を見ても類のない多くの神の送還を背景に邪神は嘲笑を湛える。
されどそれを冷静に俯瞰する視点を持つ者にとって、その在り様はこれ以上ないまでの
「終わったか。ならば
サラの感想はただ一つ、「
では、ここで演説を終えた邪神エレボスの現状を書き起こしてみよう。
――自分こそが諸悪の根源である、と態々姿を晒して自己紹介してくれている
「――邪悪も暴力も静寂も、なべて等しく煮炊きの薪となれ」
手元に握られる魔槍、【86式
それが担い手の意志の下にありったけの
赤き鮮血の極大槍を構えたサラが力任せに放つ、その一撃の名は――!
「崇高なるもの、汝の名は『食』なれば。――プレリュード・フィナーレ!」
『
火は小さな内に消せ――戦いは本格化する前に終わらせてしまえ。至極単純な大技で以て、争いの種火そのものを燎原へと派生する前に消し飛ばしてしまおうという、ある種の面倒臭がり屋の極致。
それがありったけの
「ちぃ、しくじったか。
とある理由により、彼女の戦場における必殺技は魔法もスキルも乗らない場当たり的な一撃に過ぎない。
その自覚があったからこそ、サラは邪神の側に侍る二人の冒険者が放った炎と音の双撃によって攻撃が天高く逸らされても思考を止めたりはしなかった。
代わりにすぐさま手元に引き戻した槍に次弾を装填して、こうなれば仕留められるまでぶっ放してやろうと意気込むのだが……残念なことに、彼らは衝突の際に生じた爆炎に紛れてとうに姿を消していた。
「一般市民に紛れられれば巻き添えにしかねんしのぅ。まあ良いわ、今はあっちは諦めて、兎角雑魚狩りに集中するのじゃ。主様曰く、侵略的外来生物は卵一つ残さず駆除せねばならんらしいからのー」
ここで主犯格を討てなかったのは残念だが、釘を刺すことくらいは出来ただろうとサラは思う。
――【巨悪】だとかなんだとか、
まあ一泡くらいなら吹かせられたじゃろうと、過ぎ去ったことは忘れて。
今は撤退の様相を見出しつつある
※なおサラちゃんが賢くて大人しいとかは一言も言ってないものとする。
《Tips》
・『冥洞一灯伝』
【人知未踏の大穴にて灯を掲げる青年】クレス・テラティアリエ。
【人界に製鉄技術を齎し、自らも戦馬を駆る精霊】ユーリ・??????。
これは、『未知』を解き明かさんとする男と、彼に救われた
誰よりも早く魔物の根源へと辿り着き、多くの『未知』を暴き続けた彼だったが、やがて後からやってきた一部の者たちにその知識を狙われて襲撃をかけられ、一部の手記を残しあっけなく奈落に散ったという。
残された精霊は後に復讐を遂げ、彼の残した記録を編纂し、後にかの『傭兵王』も愛読したと言われる最初期の