ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている 作:七海香波
夏の熱さに負けて太陽にキスを迫られていたからです。つまり熱中症です。
みんなも気を付けようね、猛暑に〇指を立てるお兄さんお姉さんとの約束だゾ。
サラが吹かせたオラリオ側にとっての神風は、確かに侵攻する
しかし、本来救われる運命になかった大勢の者が救われた、その一方で。
救われずに失われた少数の命が存在するのもまた、誤魔化しようのない事実だった。
彼女の尽力があってもなお、冒険者たちの手から零れ落ちてしまった
――何故、あれだけ多くの
周りでは、運よく救いの手が間に合った人々が無事や再会を祝して抱き合っている。
ああ、それは確かに素晴らしいことだろうさ――でも、
その輪に加わることの出来なかった彼らは自然、手を取り合う相手のいない孤独に苛まれ、幸運に恵まれた他人の空気には加われないことの疎外感を抱いて。
心中に底知れず湧く、負の衝動を向けるべき先を探して……その暗い瞳の向かう先に、
アストレア・ファミリア。
正義の剣と天秤を掲げる、誰もが認める公的な民衆の守護者。
――そして、自分たちの平穏を
その黒く塗り潰された激情を、一休みしようと帰路についていた彼女たちを取り囲んだ彼らは、喉の奥から迸らせる。
「なんで私たちの大切な子を救ってくれなかったの!? あの子を、あの子を返してよっ……!」
「どうして、僕のお母さんは
「俺の妻は、お前らの手が届かなかったからッ……! なんなんだよ、冒険者ってのは、俺たちみたいなどうでもいい一般人には手を差し伸べてくれないってのか!?」
――自分たちは……自分たちの隣人は、助けてもらえなかった!
――他の連中は、助けられたのに!
滾る感情を、どうしても抑えられなくて。
弱い
被害者たる彼らは次から次へと、噴出する悲嘆を憎悪の炎へと転化して、アストレア・ファミリアの面々にぶつける。
それどころか、彼らは叫ぶだけ叫んで喉を痛めたかのような素振りを見せたかと思えば、そこで追及を止めることなく、今度はそこらに転がっていた石を拾って、彼女たち目掛けて腕を振りかぶる。
その八つ当たりを、ファミリアの
「――ごめん、なさい……貴方たちの大切な人を、守れなくて」
年若い彼女自身、まだ整理のついていない悔恨の念と。
その他諸々の私情を押し殺して、これで少しでも自分の責任が果たせるのならば……と。
彼女は自ら進んで頭を下げて、救われなかった民衆の
だが、彼女の身に降りかからんとしたそれら一切の物理的な責め立ては全て、突如としてその場に姿を現した影によって撃ち落とされた。
「間一髪のところでセーフじゃな。まったく、そこまで自己犠牲を尽くすのは逆効果じゃぞ。あまり他人を甘やかすでない」
かけられた、呆れを含んだ言葉にアリーゼは顔を上げる。
彼女の前に盾のようにして立っていたのは、フィンとの仮眠の場からこっそり抜け出してきていたサラだった。
彼女はちょうど、未だ避難所に辿り着いていない民衆にも食事を分け与えるべく奔走しようとしていたところだった。
そこで偶然にも民衆とアストレア・ファミリアとのひと悶着の場面を捉えてしまい、続く暴挙を見過ごせないと出張ってきたのであった。
「貴女は……えっと」
「サラ・ブラッドルーラー。『豊穣の女主人』の、ただの一ウエイトレスじゃ。そして」
サラはアストレア・ファミリアを守るように立って、彼女らに非難と怒りを向ける民衆たちに向けて口を開く。
「話は聞こえておった。その上で、妾が問おう。――お主らの中で、真に「この娘らが悪い」と思う者はおるのか?」
「……」
「……」
「……」
「己の悲しみが、怒りが。……己に降り注いだ不運の責任が、この娘たちにこそ帰するのだと。本当にそう思っている者だけが、その手に持った石を投げてみせよ」
彼女の言葉を受けて、それ以上石を投げようとする者は果たして。
民衆は互いに顔を見合わせ――そして、メドゥーサの石化攻撃を食らったかのように、石を投げる腕を止めた。
「そうじゃ。お主らも分かっておるのじゃろう? この娘たちは昨晩から今この時に至るまで、文字通りその身を削って奮闘しておったのだとな。この泥だらけで血塗れな姿を見れば、全身全霊を尽くしてこの都の端から端まで必死に駆けずり回って、一つでも多くの命を拾うべく戦っておったことは一目瞭然じゃろうて」
諭すような口調のサラに、彼女らを取り囲んでいた民衆の中からそれでも、と声が上がる。
「娘はっ……! 一度はこの人たちに救われてっ……それでも結局、助けられなくって……!」
「なるほど、お主が失ったのはやや子か。――それで。「だから石を投げる」、と。そう、言うんじゃな?」
ゆっくりと、その言動の正当性を問い直す彼女。
それを受けて、母親はうっ、と言葉を詰まらせて……泣き崩れた。
――そう、本当は分かっているのだ。
いくらアリーゼたちを責めたところで、娘が戻ってくることはないのだと。
目の前の乙女たちを含む冒険者たちは誰もが、全霊を賭して戦いに身を捧げているのだと。
――それなのに、無意識のうちに
「その様子からして違うようじゃな。良かったのぅ、後に後悔を呼ぶ行為に及ばずに済んで」
長きを生きるサラは、彼らの心を彼ら以上に理解していた。
「努力の結果、救われないものがあったのは紛れもない事実。
そこに瑕疵や手抜きがあったのであれば、責任を問うのも然るべき行為と言えよう。
しかしそれが、最善を尽くしたものであるのならば、それ以上を求めようとするのはお門違いなのだ」と。
この場に集った彼らは、心の底では理解しているのだ――と。
――だが、それでも言わずにはいられない。
発散せずにはいられない、この感情はどうすれば良いのか?
彼らの間に漂う、向けるべき先の分からない気持ちについて、サラは介入したものの責務として答えを示す。
「――さあ、食うのじゃ」
側にいた夫に支えられる母親に、サラがどこからともなく取り出したシチュー入りの器を差し出す。
彼女は首を横に振り、素振りで「要らない」と訴える。
娘を失った今は、とてもじゃないがそんな気分にはなれないと。
しかしサラはそんな彼女の固く閉じられた口を強引に開いて、その中に具を乗せた匙をぐいっと突っ込んだ。
「はむっ!? ――
とろみのついたミルクコンソメと、ちょっとばかり焦げ目のついた肉団子。
湯気を立てる熱々のそれを口の中に押し込まれ、母親は慌てながらはふはふと噛んで、ごっくんと呑み込む。
いきなりの暴挙に彼女はサラへと怒りを露にしようとするが……その前に、シチューの熱が胃から次第に身体の芯に伝わって、悲しみに暮れて冷たくなった彼女の心を溶かすように温める。
昨晩の襲撃によって子を失い、既に涙が枯れかけていたと思われていたその瞳から……頬にかけて、一筋の小さな軌跡が零れた。
「――美味しい……」
「そうじゃろう。悲しみで腹は膨れぬ。まずは食え、食べて腹を満たすのじゃ。さすれば、己が今後取るべき未来も自然と見えてくるはずじゃ。――お主らもな」
「はぐっ!?」
「むもっ!?」
「んごっ!?」
その光景を眺めていた他の民衆もまた、気づけば石の代わりに器を握らされて、その口の中で旨味を味わっていた。
肉と野菜と香辛料……様々な味が溶けだした、母のぬくもりのように柔らかな味わいのシチュー。
それがゆっくりと、されど着実に。
彼らの罅割れた心に染み渡って、石を投げることなんかよりも大きく深く、そして優しく、傷を慰めていく。
「……ねぇ、今の動き、誰か見えた?」
「生憎と。私には見えませんでしたねぇ」
「アタシの眼にも一切捉えられなかったんだが……団長でさえ無理ってなると、最低でもレベル5の上位以上だぞ。それでやることがアレかよ……いや、確かに凄ぇが、どうにも締まらねぇ気分だぜ……」
サラの見せた
そんな彼女らの様子もお構いなしに、サラは民衆へと語り掛けた。
「どうじゃ皆の者。美味かろう? ――美食は怒りを鎮め、目に見えぬ心を癒してくれるもの。そして次なる自分を導くエネルギーを、その内に蓄えてくれる。いかに食欲が失せようと、それだけは覚えておいてくれると妾は嬉しい」
最初は無理矢理食べさせられた食事に、彼らの手は自然と次を求めて伸びる。
そして食べていく内に、彼らは自覚する――目を逸らしていたもう一つの事実に、改めて向き合わされる。
彼らが知っている者の命を救われなかったことを嘆くその目の前で、手が届かなかったことに嘆きの光を写す彼女たちの瞳があったことを。
必死に手を伸ばしても、それでも届かなくて。
失った命に対してその場で嘆きたい気持ちを懸命に堪えつつ、それを押し殺して次の現場へと向かう、彼女らの強い覚悟の灯った瞳を、彼らは確かに知っていたのだ。
そんな彼女たちに過剰な責任を問うてしまった恥を噛み締めながら、彼らは腹を満たす。
その光景を見守っていた彼女たちの口にもまた、いつの間にか匙が突っ込まれていた。
「何を他人事のようにしとるか。お主らもじゃ、食え」
「えっ、ちょっ――!?」
「なにを――!?」
「うおっ――!?」
旨味の暴力が、否応なしに彼女たちの舌にまで襲いかかる。
サラはそこにしれっと塩コショウを一つまみ増やして、疲労困憊の舌にも味が伝わるよう細やかな配慮をしていた。
しかしそんなことはもちろん知る由のない彼女たちは、まさか自分たちに向けられると思っていなかった口の中の熱さに慌てながらも、それをなんとか味わい呑み込む。
「――っ、美味しいわね!」
「――むぅ、この大胆かつ繊細な味わい……故郷の料理人にも勝るとも劣らない腕前か……!?」
「――へぇ、こりゃイケるな!」
素直に称賛を口にするアリーゼ、輝夜、ライラ。
民衆と同じように、疲れ切っていた彼女たちの心身にもサラのシチューは染み渡っていく。
それは、いつの間にか口元を覆う布を下げられて匙を咥えさせられていたリューも同じだった。
「……これは……温かい――っ」
ほろりと涙を流し、一口目を呑み込んだ後、彼女の身体が崩れる。
張りつめていた緊張の糸が緩んで、追い付いてきた疲労に肉体が耐え切れなかったのだろうか。
すかさず彼女の分の器をサラが回収し、輝夜がその身体を受け止める。
「ふん、青二才め。ここへ来て限界が来たか……すみませんねぇ、お恥ずかしい所をお見せして」
「構わんよ。気絶するほど美味かったということじゃろう? ならば良し、じゃ。」
「ええ、本当に美味しいわ! アストレア様にも食べさせてあげたいくらい!」
「む? アストレアとな? その女神にならばもう食べさせたぞ。避難所で食欲の湧かぬ当初の民草に向けて、ここに旨い飯があると見せつけるサクラとしてな。無論次のご来店の約束も取り付け済みじゃ!」
そう良い笑顔でサムズアップするサラの手を、アリーゼがぎゅっと両手で挟み込むように握る。
「それならせっかくだし、私たち全員で予約するわ! この戦いが終わった時の打ち上げ先として、盛大に祝勝の花火を打ち上げるのに相応しいって私の直感がたった今そう叫んだもの!」
「ちょっ、団長? それはあまりにも性急に過ぎるというか……第一、戦いがいつ終わるか――」
「うむ、承ったのじゃ! いつでも来るが良い、その時には妾のフルコースで以てもてなしてくれよう。お待ちしておるぞ?」
「フルコース!? うーん、良い響きね! 今から俄然楽しみになってきたわ!」
「そうじゃろうそうじゃろう! 妾の積年の食念、特別にお主らに明かしてやろうぞ!」
「あははははははっ!!」
「ふははははははーっ!!」
とんとん拍子に話を進めていくアリーゼとサラの意気投合した様子に、置いてきぼりにされた輝夜の肩をライラが叩く。
その顔にはかすかな笑みと共に、諦めが浮かんでいた。
「……駄目だ輝夜、こいつらアレだ。同類と言うか、自分の言動をとことん曲げない猪突猛進馬鹿……こっちには、止められねぇ」
「そのようでございますねぇ……もはや止められない暴走機関車というやつですか、これが」
輝夜もまた、ライラや他の面々とあわせて薄く笑う。
ただし、そこに浮かんでいたのは彼女がよく使う敵方へ向ける嘲笑ではない、大切な仲間を重んじる年相応の少女らしい可憐なものだった。
ここ最近は
《Tips》
前回のに書き加えるのを忘れていたのでここで触れておきますが、サラちゃんのレベルは18~19相当です。ざっくり基礎アビリティ熟練度1000=1レベル分相当で計算しています。
そろそろここに書く分についてネタ切れしてきたので何を書こうか悩み中です。
どうしようかな。