ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている   作:七海香波

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 お疲れ様です、作者です。
 夏の熱さも落ち着いてきたので投稿しちゃいます。
 皆様のご要望にお応えして、久々のクレスくん無双ターンです。
 設定もりもり伏線もりもり、やらかしもりもりの三大欲張りセットをどうぞ。

 ただし大最悪(テルピュネ)、お前は死ぬ。


神意を食らう悪意、それを食らう熱意

 

 ――迷宮(ダンジョン)が哭いている。

 その狂わしくもどこか愛おしい嘆きの声を、第201層の拠点にてクレスは聞いていた。

 次なる冒険へ向けて支度を整えていた彼の耳が捉えた、言葉にならない迷宮(ダンジョン)の絶叫。

 

「この声、久々に聞くな。それに先ほど感じた力の波動とくれば……神が迷宮(ダンジョン)に侵入したか」

 

 迷宮(ダンジョン)は、生きている。

 地上では嘘や幻と呼ばれ、一笑に付されるその言説を、彼女(・・)の中で長年過ごした経験からクレスは事実だと悟っていた。

 そして、迷宮(ダンジョン)が神々を執拗に恨んでいることも知っている――連中が己が体内に侵入を果たそうものならば、決して取り逃がすことなく喰い殺して、あわよくば取り込んでやろうと、殺戮を司る子供(モンスター)を抗体の如く産み出して差し向けるほどに。

 

 胎動する迷宮(ダンジョン)の悪意。

 それが発露した暁には、迷宮(ダンジョン)は神を殺害し得る絶死の牙を即座に孕み、そして刹那の内に産み落とす。

 聞こえないまでも、クレスは確信した――その産声を。

 同時に彼は、それまで荷物を詰め込んでいた背嚢(バックパック)を置いて、拠点の一角に目を向ける。

 

「……そう言えば、切らしていたな」

 

 クレスの視線の先に安置されているのは、それを地上(オラリオ)の者たち……特に鍛冶師や魔道具作成者が目にすれば、一瞬で目が灼けてしまうほどの金銀財宝――すなわち、『深々層』産の素材たち。

 その中で残量が心許なくなっている一部の棚に目を向けた彼は、思い立ったが吉日とばかりに、用意していた荷物とはまた別の武器を取りに向かった。

 

「ちょうどいい、未攻略域に取り掛かる前の肩慣らしだ」

 

 普段であれば、上層で何が起きようが彼の与り知ることではない。

 モンスターによる大量虐殺が起きようが、はたまた悪派閥(イヴィルス)による大規模破壊が起きようが、彼の攻略する階層にはなんら影響がないから。

 

 だが、迷宮(ダンジョン)が産んだ、神さえ殺し得る異形の力(モンスターの素材)――それは彼にとって数少ない、上層に目を向ける理由に成り得た。

 

 埃を払った武器が覗かせる、朱色の穂先。

 その刃に錆び付きがないことを確認して、軽く振り回し調子を確かめる。

 

「……さて、一狩り行くか」

 

 

 

 

 

 悪派閥(イヴィルス)側につく災神ルドラによって招来された迷宮の悪意――『大最悪(テルピュネ)』。

 盟友たる邪神エレボスの提案を受けて彼が眷属と共に人造迷宮(クノッソス)より侵入し、第37層にて神意を解き放ったことで、怒れる迷宮(ダンジョン)が誕生させた『終焉の黒き蛇』。

 

 それは(ダンジョン)の命令を受けて、神を喰い殺すべくほぼほぼ一直線に地上を目指し邁進していた。

 堅牢な壁を容易く突き破り、分厚い天井に豆腐の如く穴を開け、母より与えられた純粋なる漆黒の意志を全身に漲らせながら、尋常ならざる速度で瞬く間に階層を踏み越える。

 

 そしてフィンの思惑通り、第18層『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』において、アストレア・ファミリア及びロキ・ファミリアの連合軍に迎え撃たれる。

 ――そのはず、だった。

 

 しかし、ここにモンスターの知らぬ例外がいた。

 

 現状のオラリオの最高戦略たる【勇者(ブレイバー)】が、己より強いと評したサラ・ブラッドルーラー。

 その彼女が「主様(あるじさま)」と呼称する、迷宮(ダンジョン)の最先端を走る者。

 

 『禁忌(アンタッチャブル)』たるクレスが、悪派閥(イヴィルス)英雄の都(オラリオ)、そして神々の――全ての思惑を狂わし覆す。

 

『――オオオオオオオオオオオォォォォォォッッ!!』

「見つけたぞ」

 

 自身の存在を隠そうともせず爆走爆進する、蛇とも人ともつかない異形の怪物。

 同じく迷宮(ダンジョン)の怒りの具現たる『破壊者(ジャガーノート)』とは異なり、俊敏性や魔法反射能力(ミラーコート)は持ち合わせてはいないが、それらを補って余りある膂力を与えられた化物。

 

 その目の前に転移したクレスが、宣言する。

 

「悪いが時間をかけるつもりはない。一撃決殺、加減は無しだ」

 

 突如として進軍先に出現した矮小な存在(ニンゲン)を、『大最悪(テルピュネ)』はその体格を以て一息に圧し潰そうと襲い掛かった。

 しかし、それより一手早く彼が放った左手の緋々色金の槍が、的確にその左目を貫いていた。

 

『オオオオオオオオオオォォォォォォォォッッッ!!!???』

 

 (ダンジョン)より与えられし破格の肉体(からだ)。その性能を以てでさえも捉えられないクレスの左腕の動きによって片目を潰され、『大最悪(テルピュネ)』は激痛に思わず足を止めてその場でのたうち回った。

 その身に母の囁きが伝わる――案ずるな、その身はすぐに治るのだと。

 『自己回復』。

 迷宮(ダンジョン)が特別に産み落とした個体であれば大抵所有している能力を、この個体もまた当然のように保有している。

 ならばと『大最悪(テルピュネ)』は暴れるのを止めて、眼球に突き刺さる小癪な、その巨体からしてみれば爪楊枝のようにも見える槍を引き抜いて回復に備えようとする。

 

 しかし、抜けない。

 かつて幾度となく『大最悪(テルピュネ)』と交戦した経験のあるクレスの施した仕掛け――穂先が得物に食い込んだ瞬間に数十の鏃となって分裂し、返しとなる機能によって、槍は『大最悪(テルピュネ)』の眼に深く食らいついていた。

 

『オオオオオオオォォォォォッッ!!??』

 

 それならば仕方がないと言わんばかりに、眼球の再生を諦めた『大最悪(テルピュネ)』が歩みを再開しようとする。

 己の眼に走る痛みなど二の次。そんなものよりも、永きに亘って母を虐げる神どもを抹殺する崇高な使命こそが重要だと。

 母によって与えられた神々への殺意が、左目を苛む激痛を凌駕する。

 

 ――嗚呼、なんと健気な息子だろうか。

 母を愛する子の献身、それは例えモンスターのものであろうと、確かに称賛されるに相応しいものだった。

 最も、それがクレスの攻撃の手を緩める理由にはならないのだが。

 

 そうして再び前を向いた『大最悪(テルピュネ)』は、クレスが残る右手に構えた『朱槍』を見た。

 

「視を穿ち、死を穿つ――」

 

 クレスがその手に持つ朱色の槍は、《ネガ・ファトゥム》と並ぶ超特殊武装(ハイパー・スペリオルズ)だった。

 迷宮第200層、階層の九割を占める赤海『厄束の死海(カナン)』に住まう海の覇王(リヴァイアサン)の亜種《レヴィアタン》。その遺骸を削り鋳溶かし、各種超希少金属を混ぜ合わせて精製した至極の呪槍。

 

 その切っ先から漏れ出すは、死してなお虎視眈々と所有者の命を付け狙う『深々層』の呪い。

 それに構わず、『大最悪(テルピュネ)』はクレスに迫る――地上においてミアがサラの真の実力を捉えられていなかったように、『大最悪(テルピュネ)』もまた槍の性能、及びそれを握るクレスの実力を認識出来ていなかったのだ。

 

 前に出る『大最悪(テルピュネ)』、対してクレスも躊躇なく前方に踏み込む。

 彼の身体を殴りつけようと怪物は前肢を振り被り――それは狙いを外れて、クレスの右後方に着弾した。

 隻眼による影響で、遠近の距離感がうまく掴めていないようだ。

 

 そして、それが齎す弊害はもう一つ。

 両眼であった時には相互に視界を補完しあうことで埋められていた、『死角』の存在。 

 

 そこに狙って潜り込んだクレスの右腕、及びそこに握られていた槍が『大最悪(テルピュネ)』の視界から消失する。

 ――これにて条件は整った。

 

「――『シュレディンガー』……」

 

 此れより放つは、奇しくも『大最悪(テルピュネ)』の目的とする神殺し(・・・)の偉業を成し遂げた一撃。

 

 彼の唱えた転移魔法(シュレディンガー)、その手元に小さな魔力の火花が散る。

 魔力暴走(イグニス・ファトゥス)――死角に潜ったことで魔法の対象となった朱槍の、存在の約半分だけ(・・・・・)が『大最悪(テルピュネ)』の後方に転移される。

 魔法の失敗? ――否。

 

 今の朱槍は、クレスの握る『大災悪(テルピュネ)』の前方側に49%、そして『大災悪(テルピュネ)』の後方側に51%ずつ存在する状態となっている。

 一つの物体が二つに分かれて存在する現状――それを、世界(・・)は許さない。

 ありえてはならない異常(バグ)を修正しようと、ちっぽけな迷宮(ダンジョン)の意志を超えて、今彼らが生きる世界そのものの意志が働く。

 

 クレスの握る49%が、残る51%へ向けて、一つになるべく収束を始める。

 

 世界の修正力が莫大な力の奔流となって、彼の槍をあるべき形へ戻そうと――『大最悪(テルピュネ)』の後方に槍がある形へ、つまりは「槍が『大最悪(テルピュネ)』の身体を前から後ろへ貫き終えた」という結論へ向けて、辻褄を合わせるべく押し流し始める。

 

 後は、その力の流れを乗りこなす形で右腕を振るうのみ。

 

「影の叡智は我に在りて――行くぞッ!」

『オオオオオオ――――――――――――オオオオオオオオォォォォォォォォォォォッッッッッッッッ!!!!!?????』

 

 直線状に解放された、世界によって因果の紐づけられた槍の一閃。

 その強烈な一撃は、その軌跡上に存在する『大最悪(テルピュネ)』の身体を問答無用に突き破って。

 

「『奔り穿つ影葬の槍(ゲイ・ボルグ・アシッド)』!」

 

 かかった負荷によって世界が僅かに捩れ、傾き――そして戻る。

 一瞬崩壊しかけた(モザイクがかった)光景の向こう側には外宇宙の存在(名状し難き真なる邪神)が垣間見えたが、幸か不幸か、クレスの眼がそれらを捉えることはなかった。

 彼の視線の先に映るのは、無慈悲にも存在の八割(・・)を血煙として消し飛ばされた『大最悪(テルピュネ)』。

 

 無論魔石など残っていようはずもなく、神殺しの魔物の身体はゆっくりと崩れ落ち……息絶えた。

 

 その後方に残された槍が付与効果(エンチャント)によって、クレスの手元に戻る。

 少々あっけないが、これにて『大最悪(テルピュネ)』の討伐は一件落着を迎えたのだった。

 

 ――彼が師の教えと、自らの魔法に潜む危険性(バグ)を最大限応用した、世界を犯す概念的な毒の槍。

 この世界(テクスチャ)に生きる限り防御不可となるそれは、彼はそう呼ばれることを心底毛嫌いしているが――エレボスに言わせれば、まごうことなき『英雄』の御業だった。

 

「……たまには使わんと怒られるからな。腕の方も鈍っていないようで良かった良かった。さて、楽しい素材回収の時間を始めるか」

 

 『大災悪(テルピュネ)』の残骸に近づき、クレスは剥ぎ取りを開始しようとする。

 

 一時期、彼は神を連れ込んでは神意を強制的に(脅して)発動させ、出現した『大最悪(テルピュネ)』等を狩る周回行為を行っていた。しかし残念なことに老神(ウラノス)によってそれらの行為は一律に禁じられ、素材(ドロップアイテム)の残量も心許なくなっていた。

 そこへ降りかかった予想外の幸運に、彼は喜びながら解体用のナイフを取り出す。

 ――俺が召喚したのではないのだから、ウラノスも怒ったりしないだろう、と。

 

 しかし、いざ回収に取り掛かろうとした段階で、彼の他に足音が響く。

 

「……どういうことだ、何故『大最悪』が倒れている?」

「それは俺が倒したからだが」

 

 怪訝な声に振り向いてみれば、そこには一人の少女が立っていた。

 喪服にも似た漆黒のドレスを身に纏い、灰色の髪を揺らす淑女。

 

「誰だ貴様は? ――いや」

 

 彼女は『大最悪(テルピュネ)』と違い、クレスの力量を正確に読み取って、閉じていたその目を開いた。

 そこに見えるのは……彼と同じく、左眼を灰色とするオッドアイ。

 

「ヘラより聞いたことがある。私たちには、遠く、そして近い家族がいるのだと。お前が――いや、貴方がそうだな。クレス・テラティアリエ、偉大なる太古の英雄よ」

 

 その見覚えのある(・・・・・・)瞳と、その背中より感じる懐かしい気配、そして何よりその言葉に、クレスは何百年ぶりかに人との対面で驚愕を覚えた。

 

「そういうお前は、そうか。ヘラ・ファミリアとなれば……」

「そうだ。我が名はアルフィア」

 

 彼女はそこで言葉を区切り、一息置いてクレスと視線を交わす。

 

「そして、秘されし家名はテラティアリエ(・・・・・・・)。御身の後塵を拝する元冒険者であり、かつて異端と恋に堕ちた、()君の血を継ぐ者だ――」

 

 




《Tips》
・英雄橋
 オラリオに存在する、かつての英雄の偉業を称える三十一の彫像が設置された橋。
 中央に聳える大英雄アルバートの正面には唯一空の座が置かれており、「黒竜を撃退して古来より続く英雄譚を完結させた者」がそこに称えられるのだろうとまことしやかに噂されている。

 ――作成者の真意を知る一柱の神は、薄く笑う。
「この橋は過去を祀るためのものに過ぎず、今を征く者たちが腰を落ち着ける場所ではない。あの席が空いているのは、未だ終わっていない英雄譚があるからだ。奴が死して、ようやくあの過去の象徴は完成する……最も、それもだいぶ先の話になるだろうがな」
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