ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている 作:七海香波
それは
焼け落ちた紅色の空。吹き荒ぶ黄土色の砂風。そして、
かの『
次層への階段は何一つ隠されることなく、沈黙を貫きながら平野の中央に窪みのように鎮座している。
では、そこへの道程を隔たる障害とは?
語るまでもない。
無限に戦い、争い続ける、
『『『ォォォ――ヲヲヲヲオオオッ!!』』』
『『『キェェエエエ――ッ!』』
東西に分かれた、
この地を攻略する冒険者は、彼らの勢力が衝突しあう
肉を持たない骨の身体ゆえに疲労を知らない彼らは、永遠に戦い続けることで経験を延々と蓄え続けている。そのようなモンスターたちによる左右からの挟撃を耐え忍びつつ、階層中央の階段を目指すのが、この階層における正当な攻略法だ。
そして、そこにふらりと訪れた
「今日も元気だなお前らは。では、俺も混ざるか」
下層からの階段を昇ってこの階層を訪れたクレス・カタストロフは手始めに、目の前で真っ向から骨剣で鍔迫り合いを演じていた二体の『スパルトイ・シニアエリート』の魔石をその緋槍で以て穿ち砕いた。
その断末魔は、普段であれば戦場の剣戟の音に紛れて消えていく些末な
されど今回のそれは、教会の天辺に据え付けられた鐘の音のように戦場の末端まで届き――それまで争いあっていた全ての兵力が動きを止め、その視線をただ彼一人に向けた。
モンスターの怨敵である
この場に存在する自分以外の全ての敵意が己に向いたのを自覚しつつ、その光景を睥睨しながら、クレスは己が武装を構える。
「収穫の時だ。そろそろ前の乱獲の損害も癒えてきたな? 育ったお前たちの
その一言を切っ掛けに、再び古戦場の空気が爆ぜた。
乾ききった死の大地にて、
正面から迫る骨槍の連続刺突を掻い潜り、懐に迫ったのち左手に握る剣を一閃。
同時に背後から斬りかかってきた骨長剣の一撃を接近前に右手の緋槍で薙ぎ払い、肋骨の隙間に除く心臓部を寸分たがわず突く。急所を穿たれた
すかさず迫る別個体の群れに相対しながら、両手の剣と長槍を構える。
それがこのような人型モンスターとの乱戦時における、俺、クレス・カタストロフの最適解だ。
『キィィィッ!! ――グコッ!?』
『クカカカカカ――ッ!! ――ガキュッ!?』
『キキッ、クケケケケェェ――ゲキッ!?』
言わば、井の中の蛙。
発展や応用を行う知性こそあれど、まったく趣の異なる分野を学ぼうとする理性はない。
だからこそ、連中が己に残したままの弱点をつける
剣や槌、もしくは発達した鉤爪を振るう接近戦主体のモンスターについては、槍を以てその攻撃が届かない位置から牽制しつつ迎撃する。
それはモンスターには不可能な、
【
『ガキャキャッ!』
迫る短柄の骨槌を持った
確かに、落下のエネルギーを加算した強打撃は『深々層』相応の膂力を伴って凄まじい威力を生むに違いない。
しかし空中に跳んだとなれば足の踏ん張りがきかず、自然と攻撃の軌道は固定されるものだ。
迫る槌の一撃から目を逸らさず、俺は相手の攻撃が完了するより早く、その魔石を槍で突き壊した。モンスターの摂理に従い、その身体は灰となって
それを拾う間もなく迫るのはまた別の、巨大な
『キェアアアッ!!』
金切声にも似た猿叫を上げながら迫る
槍を引き戻す間もなく宙を舞う塵となった敵からは、発達部位である上腕骨が残った。
そこへ降り注ぐ、骨の
「ふん」
槍の柄の中央付近を持ち、指先の動きで回転――疑似的な
それを隙と見て襲い掛かってきた連中の獲物の軌道を、残っていた剣を用いて軽く誘導してやって相打ちにもっていかせる。互いの矛先で互いの魔石を貫いた骨兵らは、思わぬ同士討ちをさせられたことに苦悶の声を漏らして消滅していった。
そうして時折降り注ぐ矢雨の中を駆け抜けつつ、縦横無尽に戦場を駆ける。
切り裂き、貫き、薙ぎ払い、打ち砕く。
一撃必中。魔石という鍛えようのない明確な弱点をひたすらに、執拗に付け狙いながら。
軍と呼べどもその実態は単なる個の寄せ集めにすぎず、連中には訓練された連携など存在しない。協力、それの出来ない軍勢などむしろ互いの足を引っ張るだけにすぎないということを、彼らは知らない。
隙間だらけの波状攻撃を俺という異物に喰い破られ足並みの乱れた彼らの一部には、互いに足を絡ませてすっ転んでしまい、知恵の輪のように骨の凹凸が噛み合って動けなくなってしまったものさえ見受けられる。それは俺にとっての絶好の的であり、足元に落ちていた骨片を戦いの最中に蹴り飛ばしてやれば、奴らは抗う術を持たないまま新たな素材を残して二体同時に消えていった。
戦いの趨勢は、どう見ようとこちら側に転がっていた。
俺が乱入するまでに骨勢が轟かせていた鬨の声は既に、蹂躙されるだけの悲鳴の重奏に変化している。
地面にまき散らされる数々の骨の欠片。やがて地を満たさんとする朋友の墓標の上に、新たな骸が次から次へと積み重なっていく。
その光景にはいくらモンスターと言えど、畏怖の念を抱かずにはいられなかったのか。
奴らの中に怯えの空気が醸成され、徐々に及び腰になりつつある輩が生まれてきたのを見て取って、
「……そろそろ頃合いか」
打倒したのは三百と少し。これ以上の素材は、今回は不要か。
ならばあとは回収するだけなのだが、それを邪魔されると鬱陶しくて仕方がない。
続けて剣での立ち合いを挑んできた威勢のいい
「――【原初の火よ、人理の歩みを照らせ】」
振り下ろされた斬馬刀を踏みつけてその上を駆けあがり、一瞬獲物の自由が利かなくなって硬直した相手の魔石を肋骨ごと蹴り砕いて。
「【大神より磔刑を受けし
「【
飛来してきた投げ槍をすかさず弾いて下から上へ跳ね上げ、宙でくるくると弧を描きながら落下してくるそれの尻を右足の甲で蹴り飛ばし相手先へと送り返して――。
「【やがて英知の指し示す果てへと至らん】――【プロメテウス】」
解き放たれるは、人に扱うことを許された規模の小太陽。
この古戦場の上空に満ちる陰の落ちた紅色を白く塗り替える、極光の顕現。
それは間を置かず地上へと向けて隕石の如く落下する。向かう先に存在しているのは東方の勢力だった。
彼らは慌てて矢を射かけ槍を投げつけて太陽を打ち崩そうとするが……それは叶わなかった。
接地した巨大火球は瞬く間に炸裂し、その場にいたモンスターらを余すことなく焼き払った。
更におまけとばかりに、余波たる熱波が西側勢力の一部をも溶融させていった。
「こんなものか」
上級冒険者を超えた、言うなれば超級冒険者の長文詠唱から生み出される戦略級魔法。
地上であればまず放つ機会の訪れない【魔法】は、一応
――それだけには留まらず。
「何を呆けてる?
長年の宿敵を刹那の間に失って唖然としていた西方の骨兵たちを、天に浮かぶもう一つの疑似太陽が睥睨していた。
そうして顕れた二つ目の落陽が、今ここに永年の戦争の終焉を告げた。
爆裂、そして砕震。
火と光の交わりあう二度目の大爆発が階層を満たし、それまでに骨々が軋み奏でていた戦慄の歴史の一切を無に帰した。
「よしよし、今日もそれなりの
階層は変わり、第201層。
『深々層』の
これらの骨には極微量な
次はこれを精製する段階であり、というわけでこれまた別の階層から獲ってきた加工道具を
『――グギャガァッ!?』
「やかましい」
捕まえる時に一度懲らしめたはずだがまた暴れようとしていたので、殴りつけて黙らせる。
このモンスターは通称――とはいえ俺くらいしか呼ぶ者はいないが――光金龍『ゴールデン・ワイアーム』。
翼のない代わりに黄金の鱗を持ち、そして生まれ持った
「そら食え」
『アギャオッ!? ……ウグゴォォォオオオッ!?!?!?』
拘束具で無理矢理顎をこじ開け、そこに今回集めてきた骨を放り込んでいく。
喉奥に存在する
後はこいつが勝手に体内で素材を鋳溶かして、生まれた不純物を
【プロメテウス】でやってもいいのだが、いかんせん、火力の調整に失敗すると
その点、絶妙な火力を吐ける
「よし、全部食ったな。後は二週間ほど放置して、取り出すだけと……」
間違っても眼の届かないところで吐き出さないよう開口具をきつく締めた後、連れてきた時と同様のわずらわしさを覚えることのないよう、先に殴って気絶させてから拘束部屋に放り込む。
後できっと怒りを覚えて暴れ散らかすだろうが、そうしようとすればするだけ竜の体内温度は上がり、より早く素材が出来上がる。
恐らくこの光景をガネーシャ・ファミリアなどに見られればその残虐さに問い詰められたり
「……さて、次の攻略に備えて携帯食料も作っておかないとな」
龍のことはさておいて、他の準備へと思考を巡らせる。
新たに潜ることになる第239層になにが待ち受けているのか、俺は当然知らない。
故に、想定されるあらゆる障害を乗り越えられるだけの準備を済ませておくのは冒険者として必然のことだ。
先ほどの行為についてもその一環で、238層の攻略中に破損した武器を修復するために必要なことだった。決して無意味な虐待を行っているわけではない。
そして栄養の補給について考えることもまた、俺が生き物である以上は避けては通れない課題だ。いくらレベルが上がっても、根本的な欲求を捨て去ることはできないのだから。
更には
他にも
「急ごう」
必要な攻略準備の全てを、俺は自分一人で済ませなければならないのだ。
そのために求められる知識は昔、他のファミリアの主神らに頭を下げて回って叩き込んでもらった。
武具の修繕から薬品の精密な調合まで、彼らから受けた恩恵は今も変わらずこの身で覚えている。
なればこそ。
「より深く、底へと潜るために」
彼らからの恩により生じる感謝もまた、
その行為から外れた雑念を抱くつもりはない。それらは、いざというときに迷いを生んでしまう厄介ものだから。
俺は冒険者だ。だから
何かを斬るのは心地よい。だから
昨日の夢は山登りだった。だから
最近の
雨は嫌いだし雪は大嫌いだ。だから
なんか
明日もきっと良い一日になるだろう。
だから今日も、俺は
それが俺、クレス・カタストロフの人生哲学であり行動論理。
「ふぁーあ……少し眠いな。じゃ、攻略準備の続きといくか」
身に纏っていた第238層『
眠気をこらえて薬剤の調合を始めようとするが――その前に、中にいた影から声を掛けられる。
「おかえりなのじゃ、主殿。待っておったぞ?」
「……帰れ」
人一人訪れない『深々層』の仮拠点。
そこで勝手に棚から取り出した高級茶を啜りながら俺を出迎えたあまりに図々しい客人に、俺は思わず脱いだばかりの外套を投げつけた。
《Tips》
本来は伸縮自在の特性を持った武器を作れるけども、クレスくんは本業の鍛冶師ではないから今のところ「なんか頑丈な金属」としか考えていないぞ。
地上の真面目な鍛冶師が知ったらブチギレ案件だね。