ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている 作:七海香波
ここからは宣言通り、皆様お待ちかねのクレスのターンじゃよ。
相変わらずマイペースな彼のことを今話もよろしくね。
「妹の血筋か。……千年も経てばいつかは絶えるものだと思っていたがな。孫や曾孫が生まれていたことまでは知っていたが、それ以降は関わらなかったからな。神ヘラと話題にすることもなくなったし、とうに途絶しているものだと思い込んでいた。
しかし、今は昔と違って村や街が容易く壊滅する時代でもない。そう考えれば、一つの血が十年百年、千年続くのもさほど不思議な話ではないか……そうか、そうか」
顎に手を当て、クレスは昔日の記憶を掘り起こす。
彼の妹、テティシア・テラティアリエ――それは神々の時間にして一瞬、そして人間にとっては千年も前の人物である。
彼も生きていた『
そんな、己と源を同じくする血族の子孫を前にして。
いくら普段は
「確かに面影がなくもない。――まあ、それはそれとしてだ」
だが、それも一瞬のこと。
今を生きるクレスにとって過去はあくまでも、ふとした折に懐かしむ程度のものであって、それに浸るほどのものではない。
数秒と立たずに視線を過去から
「この『
「そうだ。神をも殺す
しかし、その言葉とは裏腹にアルフィアの口調は落ち込んでいなかった。
むしろクレスの耳の調子が正しければ、弾んでいるようにさえ聞こえた。
というのも――元より意図せぬ
そこへ今更『
それよりもむしろ、彼女はクレスという理想の先達と出会えた望外の幸運に目を向けていた。
ヘラ・ファミリアである彼女は当然、
クレス・テラティアリエ――自らの祖先と血を同じくする者にして、
――ならばきっと、今の自分が抱いている失望も分かってくれるだろうと。
「しかし、『大最悪』がいなくなろうと構うものか。クレス・テラティアリエ。御身にも是非、力を御貸し頂きたい」
「何のためにだ」
「貴方も分かっているのだろう? 今のオラリオの
「……なんだ、つまりお前もあの神エレボスとやらのお仲間か」
「
「神をアレ呼ばわりか。その図太さは嫌いじゃない。……まあ、つい昨日ちょっと
しかしアルフィアの期待とは裏腹に、クレスが彼女の意見に同調することはなかった。
彼はそれ以上は話すことはないと言わんばかりにしっしっと追い払うような素振りを見せ、それから背を向けて粛々と『
取り付く島のない、いっそ清々しいほどの拒絶の態度。
対して彼女は、そっと右手をクレスの背中へ伸ばして――。
「――【
「おっと」
背後から迫る不可視の音撃。
それを気配から察したクレスは危なげなく回避し、振り向いて下手人たるアルフィアに非難の眼を向けた。
「なんだ、危ないな」
「私の魔法を見向きもせず避けるか……御身が勝手に話を打ち切ろうとするからだ。それに、馬鹿げているだと? 何故だ。御身はかの栄光の時代と今の堕落した時代を比べて、その落差に何も思うところはないのか?」
「別にないが」
そうあっさりと言い切ったクレスに、彼女は愕然とした面持ちを向ける。
なんなら心底面倒くさそうに溜息さえ吐いてみせる彼に、アルフィアは更に顔を顰めた。
――彼女が
『冥洞一灯伝』において、
彼の知識と精霊を付け狙う連中に襲撃され、追い込まれ、下層に繋がる奈落に堕ちる寸前で、彼は襲撃者たちに向けて厳かに呟いた。
『俺の知識に群がる
そう言い残して彼は自ら
後に残された襲撃者たちは主人公の遺した知識を売り払って利益を得たが、後に彼の精霊に導かれた『傭兵』たちによって、四肢を引き千切られ五体を『要塞』の五方に晒されて終身の不名誉を受けることになったのだった――と。
当時のクレスはさぞ、襲撃者たちの愚かさを恨んだことだろうと彼女は思っていた。
――そして、今のオラリオや冒険者が安穏と平和の空気を吸って停滞に甘んじていることもまた短慮。世界には未だ『災厄』が残っているというのに、ゼウスとヘラの眷属を外に追いやってなお進歩の兆しも見せない連中のことを、かつて彼に襲撃をかけた者たちと同じく『愚者』と称して忌み嫌うのが当然ではないのかと。
だというのに、当人はそれを意に介さず、アルフィアの訴えに耳を貸そうとしない。
ましてやこうも軽んじられるなどとは、彼女は露ほども思っていなかった。
「であれば、誰があの『隻眼の黒竜』ジズを討つと言う? 神時代最強と謳われた私たちでさえ叶わなかった『終焉』を、このままでは誰も打ち倒せまい。『
「阿呆」
アルフィアの語る、切実な『想い』。
それを、クレスは残酷なまでに切って捨てた。
「やりたければお前が自分でやれ。地獄が必要というのなら、自らそこに身を置け。誰かをお前の願いに巻き込むな。叶えたければ他人に委ねず、自分で掴み取れよ」
――他力本願など笑止、『
そう淡々と正論で殴るクレスに、アルフィアは首を横に振って否定した。
「私には無理だった。そして、これからも……この身は【
「なんだ、それは?」
「この身に巣食う忌々しい病気だ。一度発作が起きればレベル
「……ふむ」
クレスの瞳に映るのは、悲痛な覚悟を決めたアルフィアの顔。
自らの命を投げうってでも次代に継ごうとする、消えゆく老兵が輝かせる最後の灯。
それはなんと
神々が好みそうな、ありきたりでつまらない『覚悟』だと彼は鼻で笑った。
「だからなんだ? そんな自分勝手な理由が他人を巻き込んでいい道理になると思うなよ」
今のアルフィアの顔は、クレスがその永い人生の中でとうに見飽きたものだった。
彼がこれまでに幾度となく見送ってきた――都合の良い言い訳で自らの力に勝手に見切りをつけて、『理想』を諦めた『敗残者』の顔。
「年を重ね過ぎたから」、「安心して『夢』を託せる後継者が見つかったから」、「自分の能力ではここが限界だから」、挙句の果てには「もう頑張ることに疲れてしまったから」などと。
ああ――まったくもって馬鹿馬鹿しい、下らない。
夢を追うことを諦めた者たちの口から吐かれる戯言なぞ耳を傾ける価値さえないのだと、彼は彼女の
「一つ教えてやろう、後輩。……お前は随分と自分の価値を高く見積もっているらしいが、勘違いも甚だしいぞ。悪性のスキルがあるから出来ないだと? 甘ったれるなよ。そも、たかだが己の運命も超克できない者の安い命一つを捧げたところで、お前の言う『黒竜』討伐が叶うものか」
「……っ!」
アルフィアの言う『計画』に隠された真意を、クレスの老獪な目は見抜いていた。
神でなくとも、同じ『冒険者』だからこそ分かる彼女の『
それは……既に己の限界を見定めてしまった自分への『諦念』。
そして、現実を前に膝を屈してしまった自らへ向けた『後悔』。
だが、そんなもので形作られた人造の『英雄』とやらに世界の命運が担えるわけがないと彼は
「俺の『
「……」
「クソくらえ、だ。お前らの丁寧に考えたご立派な脚本なんざ、そこらの素人が妄想を膨らませながら書きなぐったご都合主義塗れのチラシの裏書きにも劣る駄作に過ぎん。上から目線のご高尚なお説教、それも世間に大迷惑を振りまく問題作なんかよりも自己中の
それだけ言ってもなお、目前に佇む
そんな彼女の見せる、取り澄ますような表情が。
「所詮世の中などこんなもの」と言わんばかりの達観した風な責任転嫁面が気に入らなくて。
クレスはそこへ向けて――千年経ってなお薄れるどころかなお強く燃え盛る己の熱情を叩きつける!
「――『諦め』も! 『悔い』も! 自分のものなら徹頭徹尾最後まで自分で背負え! 自分の『弱さ』を他人に投げるな! お前の『
厳しい目を向けるクレスに、「それでも」とアルフィアは臍を噛む思いで口を開く。
「出来るのならば……とうにやっている」
「出来ると分かってからやるのか、お前は。はっ、随分と甘やかされて育ったらしいな。
「っ……」
「悪性の『
「……それは」
「【
確固たる自信を以て、クレスは情けない顔を晒す後輩に断言した。
――なにしろ、彼自身がそうして執念深く
寿命だとか老化だとか、そうした一般人にとっての『絶対的な運命』は冒険者にとって乗り越えられる『壁』でしかない。
そう言ったものを尽くブチ破るための万能鍵こそが『
後は全て、担い手の意思次第に他ならないのだと彼の存在が証明している。
――だが、ここまで言っても通じないのであれば仕方がない。
「とはいえ、そこまで求めるのが通常酷なことは知っている。仕方ないよな、アルフィアと言ったか? お前も所詮、
「……なんだと?」
「普通の人間は限界に直面した時、超えられないと諦める。お前もそんな奴らの一人なんだろう? お前は
アルフィアの精神の根本が只人と変わらないものに過ぎないのなら、それも仕方がなかったのだろう――ただし、
限界を突破する『資格』を持ちながら有効活用しようとしない……奇しくも、彼女もまた彼女の蔑んだ英雄都市の罪の一つに過ぎなかった。
それだけの
それでこの話はもう終わりだと、絶句するアルフィアを置いて彼は今度こそ『
「【
「またか? いい加減にして欲しいんだが……」
ただし、その気配があからさまに先ほどまでとは異なっていた。
「……言うことに欠いて、私が『弱い』とは。災禍と謳われたこの身を明確に『弱者』だと……これまで誰も、そんなことを言ってくる奴はいなかった」
全身に魔力を滾らせたアルフィアの顔からは、これまでの超越然とした様子が消え失せていた。
その代わりに滲み出ていたのは――彼女の心の奥底に封じられていた悔しさ、そして怒り。
「――そこまで言ってくれるのなら、このままご教授願いたい。御身の語る、『強者の在り方』というものをな! 今、ここで!」
逆鱗を撫でられた竜の如き、強大な覇気が炸裂する。
八つ当たりのようなそれには、依然として『
ここまで不機嫌に近い不愛想面を向けていたクレスの頬が、極僅かに緩む。
「ハ、ここまで言われてようやく少しは見られる顔になったか? ……良いだろう、獲物を掠め取った謝罪ついでだ。先輩として『冒険者の心構え』、その初歩くらいは教えてやろう」
直後、猛火と轟音の激突が
迷宮「ナンデ……ドウシテ……タスケテ」
せっかくの『
可哀そうだね。
【Tips】
・『悲劇』について、クレスととある芸術神との語り合いより
「壮大な
そんなものよりもっと単純に、腹が捩れるくらい笑える『喜劇』や胸がドキドキするような『
……あ? 「そんなのはド三流、三門芝居に過ぎない」?
別に良いだろ。
例え劇中の人物だろうと誰かを泣かせなきゃ人を感動させられないような一流より、誰も泣かない三流の方がよほど上等だと思うぞ」