ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている   作:七海香波

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 おつおつー、です。作者でございますよ。
 ここからは宣言通り、皆様お待ちかねのクレスのターンじゃよ。
 相変わらずマイペースな彼のことを今話もよろしくね。


他力本願なぞクソくらえ、『運命』なぞ超えてなんぼの冒険者道 by迷宮馬鹿

 

「妹の血筋か。……千年も経てばいつかは絶えるものだと思っていたがな。孫や曾孫が生まれていたことまでは知っていたが、それ以降は関わらなかったからな。神ヘラと話題にすることもなくなったし、とうに途絶しているものだと思い込んでいた。

 しかし、今は昔と違って村や街が容易く壊滅する時代でもない。そう考えれば、一つの血が十年百年、千年続くのもさほど不思議な話ではないか……そうか、そうか」

 

 顎に手を当て、クレスは昔日の記憶を掘り起こす。

 

 彼の妹、テティシア・テラティアリエ――それは神々の時間にして一瞬、そして人間にとっては千年も前の人物である。

 彼も生きていた『英雄の都(オラリオ)』の創成期においてヘラ・ファミリアに所属し、最終到達レベルは6。それは当時としても破格の才能であり、とある事件(・・・・・)で若くして世を去らなければまだ上に行けたとさえ言われていた。

 

 そんな、己と源を同じくする血族の子孫を前にして。

 いくら普段は迷宮(ダンジョン)以外に関心を持たない彼と言えど、まったく感慨を抱かないということはなかった。

 

「確かに面影がなくもない。――まあ、それはそれとしてだ」

 

 だが、それも一瞬のこと。

 今を生きるクレスにとって過去はあくまでも、ふとした折に懐かしむ程度のものであって、それに浸るほどのものではない。

 数秒と立たずに視線を過去から現実()に引き戻した彼は、アルフィアが溢した先の台詞の方に触れる。

 

「この『神獣の触手(テルピュネ)』のことを知っているかのような口ぶりだな。もしや、お前が意図して何処かの神に召喚させた個体だったか?」

「そうだ。神をも殺す迷宮(ダンジョン)の『牙』――それで以て地獄(ダンジョン)の蓋を開け、地上を再び渾沌と混迷に満ちた、かつての英雄時代に逆行させる我々の『計画』。その核たる『大最悪』として、神ルドラの(アルカナム)の下に招来していた。……残念ながら、御身によってあっけなく討伐されてしまったようだが」

 

 しかし、その言葉とは裏腹にアルフィアの口調は落ち込んでいなかった。

 むしろクレスの耳の調子が正しければ、弾んでいるようにさえ聞こえた。

 

 というのも――元より意図せぬ地上側の追加戦力(サラ・ブラッドルーラー)のせいで、当初彼女らが目論んでいた『計画』の形は既に破綻しかけていた。

 そこへ今更『神獣の触手(テルピュネ)』が討たれたことが加わったくらいで、何が変わるというのか?

 それよりもむしろ、彼女はクレスという理想の先達と出会えた望外の幸運に目を向けていた。

 

 ヘラ・ファミリアである彼女は当然、拠点(ホーム)に遺されていた記録から知っている。

 クレス・テラティアリエ――自らの祖先と血を同じくする者にして、迷宮(ダンジョン)に関わる多くの謎を解き明かし、現在の冒険都市オラリオの礎を知識面から築いた紛れもない『英雄』。

 

 ――ならばきっと、今の自分が抱いている失望も分かってくれるだろうと。

 

「しかし、『大最悪』がいなくなろうと構うものか。クレス・テラティアリエ。御身にも是非、力を御貸し頂きたい」

「何のためにだ」

「貴方も分かっているのだろう? 今のオラリオの脆弱性(つみ)を。平穏というぬるま湯に頭の天辺まで漬かり切った『冒険者』の惰弱(つみ)を。――これを正すためには今一度、世界には『立ち向かうべき強大な危機』がなくてはならない、と」

「……なんだ、つまりお前もあの神エレボスとやらのお仲間か」

アレ(・・)を知っていたのか?」

「神をアレ呼ばわりか。その図太さは嫌いじゃない。……まあ、つい昨日ちょっと顔を合わせて(襲撃されて)な。で、あの邪神の関わる企みに乗れと言ったな? なら答えは当然断る(ノー)だ。あんな馬鹿げた考えに興味はない、そっちで勝手にやってろ」

 

 しかしアルフィアの期待とは裏腹に、クレスが彼女の意見に同調することはなかった。

 彼はそれ以上は話すことはないと言わんばかりにしっしっと追い払うような素振りを見せ、それから背を向けて粛々と『神獣の触手(テルピュネ)』の剥ぎ取り作業に戻ろうとする。

 

 取り付く島のない、いっそ清々しいほどの拒絶の態度。

 対して彼女は、そっと右手をクレスの背中へ伸ばして――。

 

「――【福音(ゴスペル)】」

「おっと」

 

 背後から迫る不可視の音撃。

 それを気配から察したクレスは危なげなく回避し、振り向いて下手人たるアルフィアに非難の眼を向けた。

 

「なんだ、危ないな」

「私の魔法を見向きもせず避けるか……御身が勝手に話を打ち切ろうとするからだ。それに、馬鹿げているだと? 何故だ。御身はかの栄光の時代と今の堕落した時代を比べて、その落差に何も思うところはないのか?」

「別にないが」

 

 そうあっさりと言い切ったクレスに、彼女は愕然とした面持ちを向ける。

 なんなら心底面倒くさそうに溜息さえ吐いてみせる彼に、アルフィアは更に顔を顰めた。

 

 ――彼女が記録(英雄譚)から見た『英雄』ならば、決してそんなことは言わないはずだった。

 『冥洞一灯伝』において、主人公(クレス)は散り際にこう残したと語られる。

 

 

 彼の知識と精霊を付け狙う連中に襲撃され、追い込まれ、下層に繋がる奈落に堕ちる寸前で、彼は襲撃者たちに向けて厳かに呟いた。

 『俺の知識に群がる死肉喰らい(ハイエナ)ども。目先の利益につられて三歩先の未来を見ようともしない愚か者どもめ。良いだろう、今は一時の享楽に精々浮かれるが良いさ。しかしその短慮さが将来、自分の首を絞めることになるのだ』

 そう言い残して彼は自ら迷宮(ダンジョン)の奥に飛び込んだ。

 後に残された襲撃者たちは主人公の遺した知識を売り払って利益を得たが、後に彼の精霊に導かれた『傭兵』たちによって、四肢を引き千切られ五体を『要塞』の五方に晒されて終身の不名誉を受けることになったのだった――と。

 

 

 当時のクレスはさぞ、襲撃者たちの愚かさを恨んだことだろうと彼女は思っていた。

 ――そして、今のオラリオや冒険者が安穏と平和の空気を吸って停滞に甘んじていることもまた短慮。世界には未だ『災厄』が残っているというのに、ゼウスとヘラの眷属を外に追いやってなお進歩の兆しも見せない連中のことを、かつて彼に襲撃をかけた者たちと同じく『愚者』と称して忌み嫌うのが当然ではないのかと。

 

 だというのに、当人はそれを意に介さず、アルフィアの訴えに耳を貸そうとしない。

 ましてやこうも軽んじられるなどとは、彼女は露ほども思っていなかった。

 

「であれば、誰があの『隻眼の黒竜』ジズを討つと言う? 神時代最強と謳われた私たちでさえ叶わなかった『終焉』を、このままでは誰も打ち倒せまい。『救世(マキア)』は成されず、世界が滅びの路を辿ることは目に見えている。なればこそ、この温室の世界を一度破壊し、かつてあの黒竜の瞳に疵をつけた『傭兵王』ヴァルトシュテインのような、神時代到来前の傑物が生まれる魔境が必要――」

「阿呆」

 

 アルフィアの語る、切実な『想い』。

 それを、クレスは残酷なまでに切って捨てた。

 

「やりたければお前が自分でやれ。地獄が必要というのなら、自らそこに身を置け。誰かをお前の願いに巻き込むな。叶えたければ他人に委ねず、自分で掴み取れよ」

 

 ――他力本願など笑止、『救世(マキア)』とやらを叶えたくばあくまでも自助努力を以て為せ。

 そう淡々と正論で殴るクレスに、アルフィアは首を横に振って否定した。

 

「私には無理だった。そして、これからも……この身は【才禍代償(ギフ・ブレッシング)】という決して拭うことの出来ない『病毒(スキル)』に冒されているのでな。もう数年と保てば上等とさえ言われている」

「なんだ、それは?」

「この身に巣食う忌々しい病気だ。一度発作が起きればレベル下降(ダウン)さえ伴う不治の呪い。生まれながらにして背負ったこの病のせいで、もはや『黒竜』を滅ぼすだけの力をつける時間的余裕は私には残されていない。――故に、たとえ世界から千の恨みを買おうとも、この身を次の世代の贄として新たな『英雄』の歴史を紡がせる。それが私に残された、最後の役目に他ならない!」

「……ふむ」

 

 クレスの瞳に映るのは、悲痛な覚悟を決めたアルフィアの顔。

 自らの命を投げうってでも次代に継ごうとする、消えゆく老兵が輝かせる最後の灯。

 それはなんと悲劇的(ドラマチック)で、浪漫的(ロマンチック)で、感動的(エモーショナル)な――。

 

 神々が好みそうな、ありきたりでつまらない『覚悟』だと彼は鼻で笑った。

 

「だからなんだ? そんな自分勝手な理由が他人を巻き込んでいい道理になると思うなよ」

 

 今のアルフィアの顔は、クレスがその永い人生の中でとうに見飽きたものだった。

 彼がこれまでに幾度となく見送ってきた――都合の良い言い訳で自らの力に勝手に見切りをつけて、『理想』を諦めた『敗残者』の顔。

 「年を重ね過ぎたから」、「安心して『夢』を託せる後継者が見つかったから」、「自分の能力ではここが限界だから」、挙句の果てには「もう頑張ることに疲れてしまったから」などと。

 

 ああ――まったくもって馬鹿馬鹿しい、下らない。

 

 夢を追うことを諦めた者たちの口から吐かれる戯言なぞ耳を傾ける価値さえないのだと、彼は彼女の語る(騙る)『希望』(夢物語)を蔑む。

 

「一つ教えてやろう、後輩。……お前は随分と自分の価値を高く見積もっているらしいが、勘違いも甚だしいぞ。悪性のスキルがあるから出来ないだと? 甘ったれるなよ。そも、たかだが己の運命も超克できない者の安い命一つを捧げたところで、お前の言う『黒竜』討伐が叶うものか」

「……っ!」

 

 アルフィアの言う『計画』に隠された真意を、クレスの老獪な目は見抜いていた。

 神でなくとも、同じ『冒険者』だからこそ分かる彼女の『正義()』。

 

 それは……既に己の限界を見定めてしまった自分への『諦念』。

 そして、現実を前に膝を屈してしまった自らへ向けた『後悔』。

 

 だが、そんなもので形作られた人造の『英雄』とやらに世界の命運が担えるわけがないと彼は断罪(・・)する。

 

「俺の『想い(ねつ)』は俺だけのものだ。俺が決める。俺が背負う。俺が超える。『理想』ってのは、そういうものだ。――他人に託すだなんて、耳障りの良い言葉で逃げるなよ。その『計画』とやらはな、勝手に現実から逃げ出したお前がその夢だけを他人に自己都合で押し付けてるだけのものだろうが。そういうのをなんていうか知ってるか?」

「……」

「クソくらえ、だ。お前らの丁寧に考えたご立派な脚本なんざ、そこらの素人が妄想を膨らませながら書きなぐったご都合主義塗れのチラシの裏書きにも劣る駄作に過ぎん。上から目線のご高尚なお説教、それも世間に大迷惑を振りまく問題作なんかよりも自己中の自慰(オ〇ニー)語りの方がよっぽど面白いだろうぜ」

 

 それだけ言ってもなお、目前に佇む後輩(アルフィア)は頑なに意見を変える様子を見せない。

 

 そんな彼女の見せる、取り澄ますような表情が。

 

 「所詮世の中などこんなもの」と言わんばかりの達観した風な責任転嫁面が気に入らなくて。

 

 クレスはそこへ向けて――千年経ってなお薄れるどころかなお強く燃え盛る己の熱情を叩きつける!

 

「――『諦め』も! 『悔い』も! 自分のものなら徹頭徹尾最後まで自分で背負え! 自分の『弱さ』を他人に投げるな! お前の『理想(ユメ)』を叶えられるのは他でもない、お前自身しかいない!」

 

 厳しい目を向けるクレスに、「それでも」とアルフィアは臍を噛む思いで口を開く。

 

「出来るのならば……とうにやっている」

「出来ると分かってからやるのか、お前は。はっ、随分と甘やかされて育ったらしいな。なんだって(・・・・・)やって初めて(・・・・・・)出来ると分かる(・・・・・・・)んだ。それとも神ヘラは単なる二番煎じのためにお前に恩恵(ファルナ)を与えたとでも思ってるのか?」

「っ……」

「悪性の『腫瘍(スキル)』があるから無理だと? 違うな、原因と結果が逆だ。お前が無理だと決めつけているからこそ、【才禍代償(ギフ・ブレッシング)】が発現したんだ。目を逸らすな。神ヘラも言っていただろう、『神の恩恵(ファルナ)』はお前の魂の鏡だと」

「……それは」

「【才禍代償(ギフ・ブレッシング)】は紛れもない、お前自身の意志の弱さの象徴だ。もしお前にそれを乗り越えられるだけの意志の強さがあったなら、打ち消すことだって出来たはずだ」

 

 確固たる自信を以て、クレスは情けない顔を晒す後輩に断言した。

 ――なにしろ、彼自身がそうして執念深く迷宮(ダンジョン)攻略を諦めなかった結果が今なのだから。

 

 寿命だとか老化だとか、そうした一般人にとっての『絶対的な運命』は冒険者にとって乗り越えられる『壁』でしかない。

 そう言ったものを尽くブチ破るための万能鍵こそが『神の恩恵(ファルナ)』。

 後は全て、担い手の意思次第に他ならないのだと彼の存在が証明している。

 

 ――だが、ここまで言っても通じないのであれば仕方がない。

 

「とはいえ、そこまで求めるのが通常酷なことは知っている。仕方ないよな、アルフィアと言ったか? お前も所詮、弱い(・・)凡人に過ぎなかったようだからな」

「……なんだと?」

「普通の人間は限界に直面した時、超えられないと諦める。お前もそんな奴らの一人なんだろう? お前はお前(弱者)なりの結論を出した、だったらその通りにやってればいいさ。ただし、俺を巻き込むな。俺は弱者の我儘に付き合えるほど暇じゃないからな。このまま放っておいてくれ」

 

 アルフィアの精神の根本が只人と変わらないものに過ぎないのなら、それも仕方がなかったのだろう――ただし、凡人(お前)英雄紛いの狂人()を一緒にするな。

 限界を突破する『資格』を持ちながら有効活用しようとしない……奇しくも、彼女もまた彼女の蔑んだ英雄都市の罪の一つに過ぎなかった。

 

 それだけの他人事(こと)

 

 それでこの話はもう終わりだと、絶句するアルフィアを置いて彼は今度こそ『神獣の触手(テルピュネ)』の素材回収に取り掛かろうとして――。

 

「【福音(ゴスペル)】」

「またか? いい加減にして欲しいんだが……」

 

 二度(ふたたび)身に迫った音爆撃を避け、クレスは鬱陶しそうに彼女を見やる。

 ただし、その気配があからさまに先ほどまでとは異なっていた。

 

「……言うことに欠いて、私が『弱い』とは。災禍と謳われたこの身を明確に『弱者』だと……これまで誰も、そんなことを言ってくる奴はいなかった」

 

 全身に魔力を滾らせたアルフィアの顔からは、これまでの超越然とした様子が消え失せていた。

 その代わりに滲み出ていたのは――彼女の心の奥底に封じられていた悔しさ、そして怒り。

 

「――そこまで言ってくれるのなら、このままご教授願いたい。御身の語る、『強者の在り方』というものをな! 今、ここで!」

 

 逆鱗を撫でられた竜の如き、強大な覇気が炸裂する。

 八つ当たりのようなそれには、依然として『過去(英雄の幻想)』に縋る諦観があったが――その中に、僅かばかりの『未来(己の超克)』への渇望(本音)が見えて。

 

 ここまで不機嫌に近い不愛想面を向けていたクレスの頬が、極僅かに緩む。

 

「ハ、ここまで言われてようやく少しは見られる顔になったか? ……良いだろう、獲物を掠め取った謝罪ついでだ。先輩として『冒険者の心構え』、その初歩くらいは教えてやろう」

 

 

 

 

 

 直後、猛火と轟音の激突が迷宮(ダンジョン)を揺るがせた。

 

 

 

 

 

 




迷宮「ナンデ……ドウシテ……タスケテ」
 せっかくの『神獣の触手(テルピュネ)』くんを潰されちゃった迷宮(ダンジョン)ちゃんだけど、今度は唐突に決闘が始まったせいで今頃泣いているぞ☆
 可哀そうだね。

【Tips】
・『悲劇』について、クレスととある芸術神との語り合いより
「壮大な大団円(フィナーレ)を迎えるためには前段階として『悲劇』が必要だと? 馬鹿を言え。悲しみってのはその個々人のためにあるんであって、神々(お前ら)娯楽(カタルシス)のためにあるんじゃあない。
 そんなものよりもっと単純に、腹が捩れるくらい笑える『喜劇』や胸がドキドキするような『恋愛劇(ラブコメ)』の方が俺にとっては好ましいな。
 ……あ? 「そんなのはド三流、三門芝居に過ぎない」?
 別に良いだろ。
 例え劇中の人物だろうと誰かを泣かせなきゃ人を感動させられないような一流より、誰も泣かない三流の方がよほど上等だと思うぞ」
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