ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている   作:七海香波

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 お疲れ様です、作者です。今回はお待ちかねバトルシーンですよ。
 やり過ぎた気はしなくもない、だが私は謝らない。
 ……嘘ですごめんなさいでした、はい。


荘厳なるかな九つの鐘、闇夜拓く明星剣

 

 破壊の戦塵が舞う。崩落の轟音が止め処なく反響する。

 巻き込まれ殲滅される、モンスターの阿鼻叫喚が合唱を刻む。

 ――ここに常人が迷い込めば、すなわち地獄に他ならぬと判断するだろう。

 

 【禁忌(クレス)】と【静寂(アルフィア)】の間で交錯する、一撃一撃が必死と成り得る絶技の嵐。

 それが、戦場となった迷宮(ダンジョン)の環境をド派手かつ瞬く間に塗り替えながら吹き荒れる。

 

 徐々に階層を昇る形で戦況を発展させる彼らの現在位置は、第27階層。

 第25階層から伸びる『巨蒼の滝(グレート・フォール)』の最下部である。

 早々に会敵した階層主(モンスターレックス)『アンフィス・バエナ』はとうに討伐(リタイヤ)させられており。

 文句を言う主がいなくなったのを良いことに、彼らは各々の主砲を太っ腹にぷっ放していた。

 

「【福音(ゴスペル)】【福音(ゴスペル)】【福音(ゴスペル)】【福音(ゴスペル)】【福音(ゴスペル)】――【炸響(ルギオ)】!」

「見え見えだな、ならば態々当たってやる道理もない」

 

 アルフィアの主力たる不可視の音撃、超短文詠唱から繰り出される音撃魔法【サタナス・ヴェーリオン】の連続炸裂(フルバースト)

 しかしクレスはその隙間を体技一つのみを以て熟練の軽業師のように擦り抜け、連撃をその余波すら一つもその身体に掠らせない。

 背後で『巨蒼の滝(グレート・フォール)』が半ばから抉れ吹き飛んだことに構わず、彼は魔力を練る。

 

「攻撃そのものが見えなくとも、術者の視線に魔力の揺らぎ。狙いを推測する手段は幾らでもある――そら、次はこちらの番だ」

「ちっ、わざとらしい挑発だな! 良いだろう、乗ってやろう!」

 

 お返しと十の小太陽(プロメテウス)を並行詠唱破棄で展開したクレスに対し、次はアルフィアが果敢に挑む。

 緩急をつけた複雑な軌道で迫りくる火炎球の乱れ打ちに飛び込むようにして、避けて、避けて、避けて――背後から迫る隠された一発を、足元に転がっていたモンスターの遺骸を投げつけて対消滅させる。

 

「この程度か、随分と容易いものだ――ぐっ!?」

「甘かったな」

 

 しかし、足元からの隠れた一撃が、その余波ですんでのところで命中(クリーンヒット)を避けた彼女の半身を焼く。

 事前にクレスは、あえてそちらに思わせぶりな視線を投げていた。

 「「何かある」ように見えてその実何もないのだろう?」と思わせておいてからの、「実はきちんと仕込まれていた」という虚実織り交ぜた二段構え。

 

「くっ、嫌らしい手を使ってくれる……!」

「そうか。この程度は当然と思っていたが、それならもう少し手緩くしてやろうか?」

「ほざけ、御身はつくづくこちらの神経を刺激するのが得意なようだな!」

「対人なら精神攻撃は基本だ。知らなかったなら覚えておけ、後輩」

「『英雄』らしくもない、そんな戦い方はお断りだなっ――!」

 

 漆黒のドレスが持つ高い魔法耐性さえ容易く貫通する【プロメテウス】の強力な放射熱。

 焼けた部位とそうでない部位の境目に響く激痛を堪えながら、アルフィアは怪我にすかさず回復薬(ポーション)をかける。そうして、足を止めるどころか更に戦意の赴くままに己の身体を加速させる――。

 

 アルフィアの持つ魔法無効化の第二魔法【魂の平静(アタラクシア)】は、クレスの【プロメテウス】には効力を持たない。正確には、限りなく『無』に近いと言うべきか。

 単純なレベル差もあるが、その存在を認識するや否や、クレスが命中直前で火炎球を爆発させて周囲の酸素を奪う手法に切り替えたからだ。【魂の平静(アタラクシア)】では魔法の放射熱を防げても、追加効果である呼吸困難までは防げない。

 それで一度気絶した後に腹部への容赦ない蹴りで叩き起こされてから、彼女は【魂の平静(アタラクシア)】を切って(当たるかどうかは別として)その分の魔力を全て攻撃に注いでいた。

 

 そうして互いに敵の魔法を回避しつつ、距離を縮めて今度は接近戦へ。

 

「御身のそのすまし顔、少しは男らしくしたらどうだ(今度こそ殴ってくれる)!」

「雄弁なのは良いが、舌を噛むなよ。危ないぞ」

 

 加速する勢いのままに握りしめた拳を振るう彼女に対し、クレスは広げた手の平でそれを受け止め、横に方向(ベクトル)をズラしていなす。

 すかさず地面を蹴って攻撃の向きを転換させてきたアルフィアの肩による突進(ショルダータックル)を今度はすねを蹴って転倒させ、追撃とばかりに転んだ勢いを後押しするように腕を掴んで、宙に跳ね飛ばす。

 ならばと彼女は空中で器用に姿勢を整えて己の状況を上空からの襲撃に変え、着地した天井を蹴って彼に流星のような蹴撃を見舞おうとする。

 それをクレスは落下してきた彼女の足首を瞬時に掴んでハンマー投げのように振り回し、更にはそこに蹴りを叩き込んで、回避と同時に遠方への変則巴投げ(カウンター)に変えてみせる。

 

「そら」

「ぐぅっ……!」

 

 軽く迷宮の壁を貫いて吹き飛んで行ったアルフィア、その後をクレスは追う。

 そして彼女の立ち直りを待つことなく、その先に一足早く回って、更に元いた場所目掛けて蹴り返す。

 

「ふん」

「がはっ!?」

 

 めき、と鈍い音を立てたアルフィアの身体。

 それを遠慮なく再度ぶっ飛ばしたクレスは、再び彼女を追いかけて迷宮(ダンジョン)を駆ける。

 無論、正面から反撃の一手が来ないように盾として【プロメテウス】を先行させながら。

 

「ぐっ……くはっ! 【福音(ゴスペル)】! 【福音(ゴスペル)】! 【福音(ゴスペル)】!」

「左下、右上、後方か。視線を向けずとも座標指定が出来るようになったのは認めよう。それでも分かるがな」

 

 盾代わりの【プロメテウス】を遊星のように動かして三方向からの【サタナス・ヴェーリオン】を打ち消したクレスが、一休みとばかりにアルフィアの前で足を止める。

 崩れ落ちた迷宮(ダンジョン)の破片の上で、満身創痍になりながら荒い呼吸を繰り返す彼女。

 己の血と土埃に汚れて膝をつく今の彼女に対して――向かい合うクレスは汗水一つ垂らしていない。

 

 明確な力の差を映し出す彼我の光景。

 立って上から見下ろすクレスの余裕に、アルフィアは激昂と共に奮起した。

 

「それで、この程度か? お前の『想い』とやらは」

「ふざけるな! まだまだだとも――!」

 

 喉は枯れかけ、四肢は引きつるような痛みを訴え始めている。

 されどアルフィアの動きに陰りは見られず、むしろ段々とキレが増してきていた。

 その理由の一つは回復薬(ポーション)によるものだが、もう一つは、彼女の学習能力の高さが関係していた。

 目の前にある、これ以上ない教科書(クレス)の存在。

 もとより高い才能を有している彼女はお手本のようなクレスの動きを戦いの最中で模倣しながら、急激に戦いの作法を身に着けてきている。

 

 それでも、目の前に聳え立つ(クレス)はあまりに高く、そして厚い。

 

「【福音(ゴスペル)】【福音(ゴスペル)】【福音(ゴスペル)】――」

「そも、一々詠唱している時点で俺に何をしようとしているか教えるようなものだ」

 

 駆けだしながら、自身もまた防御壁として音の爆撃を展開するアルフィア。

 それをまたもや掻い潜って彼女と拳や蹴りを交わしながら、クレスは語る。

 

「お前はこれまで何度その魔法を使ってきた? 体内を巡る魔力の動きはとうに覚えているだろう。ならば後はそれを自力でなぞる、それが無詠唱の方法だ。俺の【寡黙不語(カタラヌモノ)】はそうして発現させた」

「何を言って――」

「魔力も自らの力の一部。ならば『神の恩恵(ファルナ)』の自動化に頼らず、己の意識で制御し運用しろ。それが出来なくば一生俺に疵はつけれんだろうよ」

「――ハ、そうか……っ! その余裕、親切丁寧にわざわざありがたいなっ!」

 

 『魔力を意識的に消費する』、単純だが神時代の冒険者にとって無茶苦茶な理屈を平然と押し付けてくるクレスに対してアルフィアは舌打ちする。

 そも、魔法とは『神の恩恵(ファルナ)』によって受動的に発現するもの。その燃料たる魔力を自主的に運用するなどという非常識を口にすれば、現代の魔術師(メイジ)はいかなる高位の者であろうと「ふざけるな」と無理を訴えるだろう。

 

 ――しかし時代を遡れば、かつては確かに修行を経て独力で魔法の習得に至った者もいたと彼女は知っている。その類の者であれば、魔力を自力で操作することも出来た……否、必須の技術であったのかもしれない。

 

 かといって、このような土壇場で説明されたところで身に着けられるかは別だが。

 

 通常ならば誰にも邪魔されないような場所で瞑想等の修行で練習するものだろう。

 だが、今彼女と敵対しているクレスは説明の中に容赦のない乱打を含めてくる。

 

「このような中でどうしろと……がぁっ!?」

「並行詠唱は出来るな? なら集中しろ。肉体の痛みを思考から切り離せ。一方で俺との戦いに集中し、一方で己が内に集中しろ。なんてことはない基礎の応用だ――出来なければここで朽ちる、それだけだ」

 

 アルフィアが悩み試行錯誤しようとする間にも、クレスは遠慮なく彼女の身体を壊しにかかる。

 彼女が撃ち込んできた手刀を手首を掴んで受け止め、ついでに捻って脱臼させる。

 側面からの彼女の回し蹴りを膝と肘で上下から挟んで潰し、そのまま圧をかけて骨を折る。

 その度に走る激痛程度に悶えるようでは、彼に傷をつけることなど夢のまた夢だと示すように。

 

「魔力の感覚を一から自力で覚えなければならなかった昔と比べれば、まだ楽になった方だ。そして自らが追い込まれるこの状況。脳の発する麻薬物質によって、集中は平常時と比べ更に深まる……新たな技術を習得するには絶好の機会だろう」

「……偉そうにぐちぐちと、このっ(ゴスペル)!」

 

 良いようにやられてばかりのこの状況が許せず、打破すべく発起したアルフィアの反撃。

 内に巡る魔力への思索と並行して、滾る怒りを乗せた拳――それが同時に、無意識的に使い慣れた魔力の感覚を乗せて。

 打撃の先に、詠唱を忘れた(・・・・・・)音が爆ぜる。

 

「む」

「くっ!?」

 

 二人の間で弾けた想定外の衝撃が、互いの間に強制的に距離を作った。

 衝撃で煙を上げる拳に目をやりながら、アルフィアは思いがけず手にした『未知』の感覚に何度か握っては開いてを繰り返す。

 

「――これが、そうか」

「そうだ。随分と学習が早いが、今までの積み重ねの賜物か……良いだろう、今の感覚を忘れるな。この技に習熟すれば、あえて中途半端に留めた魔法円(マジックサークル)で索敵を行うと言った回りくどい方法を必要とせず直接索敵を行えるようになる。また、周囲の魔力を意識的に呼吸で回収して魔力回復を早めることも出来る。東方で言う『気功法』がその最たる例だ」

「なるほど面白い。ならばこのまま練習に付き合って貰うぞ――!」

 

 詠唱を捨てたアルフィアの猛攻が、苛烈さを増してクレスに襲い掛かる。

 【福音(ゴスペル)】という四文字は、他と比べれば短いとはいえその全詠唱に半秒程度を要していた。

 それが今は念じるだけで発動可能――口を動かさなければならないという制約から解放された彼女は、凄まじい勢いで迷宮(ダンジョン)諸共クレスを爆破しようと【サタナス・ヴェーリオン】の波濤を炸裂させる。

 連続する破裂音は津波のように鳴り響き、固い迷宮(ダンジョン)の岩盤を容易く抉り貫く。

 それは渦中にいる者に対して須らく空間を揺らすような錯覚を齎し、無差別に平衡感覚の喪失を振りまいていく。

 

 そこかしこで巻き添えを食らったモンスターたちが墜落したり壁に激突したりする、そんな中で。

 

 元より慣れているアルフィアは勿論、より酷い騒音災害を『深々層』で経験したことのあるクレスと、彼ら二人だけは先ほどまでと同じように平然と戦っていた。

 

「よくもまあこの中で悠々と振舞える! 私でさえ油断すれば酔ってしまいそうになるというのに!」

「心頭滅却すれば火もまた涼し。如何なる異常にも毅然として適応するのが冒険者の在り方だ、後輩。また一つ勉強になったな」

 

 響き渡る爆音の中でも精密に相手の言葉を選り分け、会話する二人。

 周囲に幽かに響くモンスターの怨嗟は聞き流し、彼らは口と同時に手足でも意思疎通(コミュニケーション)を行う。

 殴打、蹴撃、手刀、貫手。

 掴み、投げて、抉り、引き千切る。

 目まぐるしく攻守の姿勢を入れ替えながら腕と脚を交差させるクレスとアルフィア。

 その周囲に彼らの避けた互いの魔法が誤爆し、モンスターと迷宮(ダンジョン)の悲鳴が飛び散る中で、二人は苛烈な死の舞踏を刻む。

 

 ――その、最中。

 

「――ごほっ!」

「む」

 

 うまく被弾を避けたアルフィアの口から、唐突に鮮血が漏れ出る。

 【才禍代償(ギフ・ブレッシング)】。

 彼女に与えられた才能の代償が、ここへ来て姿を現してしまった。

 

 僅かに鈍るアルフィアの動き。

 その隙を、クレスは――それでも何一つ躊躇いのない顔で穿った。

 

「がふっ! ……ぐっ、ぐふっ、けほっ! ……一切の同情なしとは恐れ入るな」

「知るか。しかし、それが先に話していた【才禍代償(ギフ・ブレッシング)】か。――ふん、肺と膵臓、自律神経に麻痺と混乱が見られるな」

「そんなものだ。今回はまだ優しい方を引いたな」

 

 口元に垂れた血を拭いながら、アルフィアは自らの晒した痴態に失笑する。

 ――ようやく気分が乗ってきたところにこれとは、随分と運が悪いものだと。

 常であれば、彼女はここで自らの症状に響かないような慎重な立ち回りを取ろうと考えていた。

 

 だが、それでは目の前の『英雄』に一泡吹かせることなぞ到底出来やしない――ならば。

 

「さて、ようやく私の身体も温まってきたらしい! この程度で止まれるものか、行くぞ!」

「そうでなくては冒険者は務まらん。……ふっ、来い」

 

 鈍る身体に無理矢理魔力を巡らせ、言うことを聞かせる。

 数秒前に学んだ能力(魔力操作)に土壇場で応用を効かせて戦闘を再開させたアルフィアの姿勢に、クレスもまた応えるように前に踏み出る。

 

 ――鳴り止まない身体の悲鳴は無視して、前へ、前へと彼女は揺るぎない足取りで踏み出す。

 目の前の憧れの『英雄』の横っ面を張ることに全身全霊を傾け、彼女は限りなく高揚する戦闘意欲のままに戦おうとする。

 

 クレスとの間で拳打と魔法を交わし、彼女の気分は更に高まるばかり。

 内臓からは血反吐を吐き散らし、骨は折れ肉は裂け、神経が露出する中で、彼女は背中に走る灼けるような痛みと共に全能感を感じていた。

 

 ――運命が、(アルフィア)に止まれと訴える。

 内臓に鈍痛が響く。頭が捩れるように痛い。肺は思った通りに膨らまないし、目も霞んできた。

 まるで「これ以上の先はお前には用意されていないのだ」と言わんばかりに、定められた命運が必死になって足を縛ろうとしてくる。

 そんな錯覚を無意識に聞きながら、彼女は背中に迸る熱に焦がされるままに疾走する。

 

 ――熱い。

 普段は冷めたような感覚で世界を睥睨している自分には到底似つかわしくない、浮かれるような『熱』が自分の内側から湧き出していることをアルフィアは自覚していた。

 そこには、『才』を発揮する代わりに『禍』として進行する病状によって齎される身体的な発熱も多少なりとも混じっていたかもしれない。

 しかし彼女はそれを、なんとなく……己の魂り湧き出る感情の発露だと直感で理解していた。

 

「ははっ、はははっ……!」

 

 ――この程度では止まれない、止まれるものか。

 冷めていた絶望が、得体のしれない高揚感によって焼き払われていく。

 生の実感を喪って久しい、灰色の身体に久方ぶりの熱が巡っていく。

 それは魔力であって、『神の恩恵(ファルナ)』の齎す産物(エネルギー)であって。

 

 彼女の内に知らず眠っていた、魂の渇望(『想い』)だ。

 

「はははははっ――そうか、運命とはこうも容易く乗り越えられるものか!」

 

 力が、無限に湧いてくる。

 クレスの手によっていくら身体を物理的に傷つけられようと、内側から【才禍代償(ギフ・ブレッシング)】に喰い破られようと。

 

 その気骨が折れぬ限りは何処までも前へ進めるという、誰に保証されるまでもない絶対的な確信の下に、彼女は今、自らを縛る宿命の呪鎖を振り切って詠う(・・)――。

 

「――【祝福の禍根、生誕の呪い。半身喰らいし我が身の原罪】」

「……ふむ」

 

 振り翳す足刀と同時に紡がれる魔法の気配に、クレスが目を細める。

 漲る魔力の量と足元の魔法円(マジックサークル)の規模からして、超長文詠唱が来ると彼は見た。

 無詠唱を身に着けてからの、あえての詠唱。

 それはなぜか――今一度、彼女は己が魂に問うているのだ。

 

 クレスには分かった。

 これは己の絶望と向き合い、答えを出すための歌なのだと。

 

「【(みそぎ)はなく。浄化はなく。救いはなく。鳴り響く天の音色こそ私の罪】」

 

 並行詠唱――本命の詠唱を一時中断・保持して張られた【サタナス・ヴェーリオン】の弾幕が、クレスと詠者(アルフィア)の間に無理矢理距離を作る。

 隙間のない壁を生み出す形の音爆壁。

 

 それを彼は音速を超えた拳で殴りつけ、衝撃を相殺。

 続く詠唱が、音の壁を越えたクレスの耳に届く。

 

「【神々の喇叭(らっぱ)、精霊の竪琴(たてごと)、光の旋律、すなわち罪禍の烙印】」

 

 響くその祝詞は、彼女のこれまでに刻んだ人生そのものを現す悲嘆。

 金剛石のように力強く輝き、そして脆く崩れ去ってしまう欠点を併せ持つ彼女の抱え続けた絶望。

 その独白にクレスは拳で以て問う――だから、どうするのだ? と。

 

 震脚、崩拳、体当たり(タックル)、背面回し蹴り、発勁、前蹴り……拳と蹴が交互に連携して打ち出される高速連撃(ハイスピードコンボ)を決めて【才禍代償(ギフ・ブレッシング)】以上の血反吐と胃液その他諸々を吐き出させ、彼女の持つ『才』と『禍』を同時に刺激して。

 アルフィアという子孫の、一度は砕けた心に彼自身の『()』をくべる。

 

「げほっ、げほげほっ……ぶはっ! ――【箱庭に愛されし我が運命(いのち)よ砕け散れ。私は貴様(おまえ)を憎んでいる】」

 

 慣れたように赤く染まった唾を吐き捨てて、アルフィアの視線が鋭く光る。

 その先に見据えるのはクレスか……はたまた、一向に己の意に従おうとしない運命か。

 ――もしくは、そのどちらでもあるのだろうか。

 

「【代償はここに】……【罪の証をもって、万物(すべて)を滅す】!」

 

 アルフィアの背後に、神々しい大鐘楼が出現する。

 灰色の雪のような魔力が舞い散る中、彼はそれが鈍く輝いているのを見た。

 それは力を使い果たし、諦観を覚え荒んでしまった色のようにも見えて――。

 

「【哭け、聖鐘楼】」

 

 その鐘が、これまで通りの絶望の咆哮を振りまこうと揺れ始める。

 彼女の心中に秘める後ろめたさと懺悔、破滅願望さえ含めた呪いの鐘楼が定められた運命を告げようとする。

 

 ――しかし、その動きが不意に止まる。

 クレスの見立てによれば、既に魔法は完成しているも同然のこの状況。

 後は解放の指示を待つだけの状態だが、アルフィアが自らの意志で鐘の啓示(発動)を封じているように見えた。

 

 どういうつもりかと視線で問うクレスに、彼女はニヤリと笑う。

 己の血に塗れた死化粧のままに、その首が前を向く――これまでは手を伸ばすことを諦めていた未来へ向かって、瞳が瞬く。

 

 ――そこに映るのは、絶望の灰色などではなかった。

 それは今まさに力強く打ちあがろう(生まれ変わろう)としている、燃え盛る鋼の覚悟()

 

「黙れ運命(神の鐘)。私はまだ――終われるものか!」

 

 ――そうだ、御身(クレス)の言う通り私は今まで何度もこの力を無造作に振りまいてきた。

 私の魔法は私自身が一番、良く知っている。

 自らをも壊す絶望の化身――ならばこれを以て壊そう、壊してしまおう。

 そう、弱き過去の自分を打ち砕き、新たな自分に生まれ変わるために――!

 

 神々の定めた終焉を意志の力で捻じ伏せ、彼女は己自身で定めた追加詠唱(・・・・)を吐き出す。

 

「――【理想の残響、英雄たちの挽歌】」

 

 かの黒竜との戦いで散った、もしくは逃げた家族(ファミリア)たちへの失望。

 そして、他でもない自分自身に向ける、これほどないまでに強い失望を――再起の燃料として心を燃やす。

 

「【私は独り(ひとり)、孤高の丘に悔恨(懐古)を歌う】」

 

 隣に立つ最愛(いもうと)を喪った彼女の心を真に理解する者は誰もいなくなった。

 それでも構うものか――ああ、今は羨ましき英雄時代よ。

 失われたその強き過去への回帰を……戻れるのならば自分こそが戻りたい(強くありたい)という本音を掲げて。

 

「【沈む白日。明けぬ理想。黒き月が上り、私の源罪を暴く】」

 

 ゼウス及びヘラの描いた未来は漆黒の帳に閉ざされ、ならばいっそエレボスの描く『悪』に身も心も堕ちようとしていた。

 しかし目の前に現れた輝きに焦がされ、夢見てしまった――他ならぬ自らが、闇夜を貫く(英雄)に至ることを。

 

 そのためにはこの時この場所で、運命を超えなければならない。

 ならば超えてみせよう――他ならぬ前例がそこで見守っているのだから!

 

「【されど、憧憬はここに在りて――然らば、戦律は絶ゆることなどなく】!」

 

 既に完結している魔法(ジェノス・アンジェラス)が、アルフィアの理想を以て新たな姿に塗り替えられていく。

 鐘の輪郭がぐずりと崩れ、次第に(ノイズ)がかかり始める。

 悲鳴のような音を上げて軋む魔法の鐘。

 それに構わず、彼女は確固たる意志を以て宣言する。

 

「神々よとくと御覧じろ(黙って見ていろ)! 私の脚が征く、私の腕が拓く、私の血が記す!

 【開け白紙の『英雄楽譜(あした)』――我が神聖英雄譚(ヘロス・オラトリア)をここに示さん!】」

 

 彼女が鐘へ向けて手を伸ばし――それを視界の中で手中に収めて、握り潰す。

 圧壊する鐘。舞い散る魔力の塵。

 ……それが彼女の意志で編み直され、再結集し、新たな黄金(・・)の鐘楼を形作る。

 

「見るが良い英雄、これが私の答えだ! 【ジェノス・アンジェラス】――【破響(フォルテシモ)】!」

 

 鳴り響くは、鍛ち直された鐘の壮麗な音。

 一切の不純のない、きめ細やかな鐘の音。

 澄み渡るそれは、新たに生まれた英雄の卵を祝福する天上の調べのようで――。

 

 その『鐘音』に触れた者一切を、問答無用に虚無(・・)へと還していく。

 鐘の音が内包する、微細かつ強力な超々振動。

 それが強制的に物体の組成を崩壊させ、触れたものを分子の塵に帰す。

 

 ――それだけには留まらず。

 

 新調された【ジェノス・アンジェラス】に付け加えられた新機能、『自動詠唱(オートキャスト)』。

 アルフィアが手ずから調律した鐘が奏でる音色。それは彼女が先ほど唱えた詠唱と同じ音階を踏んでおり、それが術者の無意識領域に干渉し、自動的に次なる音の爆裂(ジェノス・アンジェラス)を産み出すという『規格外(チート)』。

 

 連鎖する度に質は落ち、現状最大で繰り返されるのは九つ分――つまりは本来の【ジェノス・アンジェラス】の九倍の力を秘める音の大瀑布が、クレスただ一人目掛けて放たれる。

 彼女自身、しれっと先に【静寂の園(シレンティウム・エデン)】を纏うも打ち消し切れず、体中の穴という穴から血を噴出さざるを得ない一撃。

 

「……なるほど」

 

 それを前にして、クレスは小さく頷いた。

 どうやら後輩は目論見通り(・・・・・)一つ殻を破ったようだ。

 ならば、気分が良い――こちらも一つ、祝福代わりの本気を示してやろうと。

 

 『奔り穿つ影葬の槍(ゲイ・ボルグ・アシッド)』は実は(スカサハ)より十年に一度の制約が定められており、使えない。そもそも、あの威力は今のアルフィアにはまだ早過ぎる。

 

 ――となればここは、殻を破る前の彼女が散々喚いていた『英雄』らしさを見せてやるのも良いだろう。

 

「来い、『隕鉄の剣』」

 

 クレスの呼びかけに応じて、どこからともなく彼の前に一振りの折れた直剣が現れる。

 握り手に巻かれた布は随分と色褪せており、古びた様相を呈している。

 それは、彼が通常開帳することのない太古の精霊武装(・・・・)――彼自身がそう呼ばれることを厭う、 迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)に記された『英雄』の剣。

 

「【契約に応えよ、東方(オリエント)の明星よ。我が命に従い常闇夜を拓け】」

 

 その刃に宿る精霊は伝承の通り、既にその身を大地に還している。

 ただ、そこに宿る微量の残滓……そこに魔力を叩き込んで強制的に覚醒させ、彼は折れて失われた刃の代わりに眩い黄金の光を切っ先に迸らせる。

 ――その隣に降り立つは、黒紫に輝く艶髪を携えた女精霊。

 眠るように瞳を閉じた精霊(おんな)に見守られながら、クレスは『英雄』の剣を振るう。

 

「【ソード・オブ・ハートゥーシャ】」

 

 迸るは、極大極光の剣。

 曰く、かつて『大穴』に顔を覗かせた『白亜の巨壁より生まれし赫灼(・・)の巨人』を討ったという、英雄の絶技。

 万物を断つ星光の刃が音より早く奔り――その担い手に迫る大音塊を、一刀の下に斬り伏せた。

 

「なっ……ぐぅうううっっっ!!!???」

 

 その刃はアルフィアの身から僅かに逸れたが、代わりに迷宮(ダンジョン)の天井を易々と10層分近くは貫いて。

 ついでに余波で以て、彼女の身体をその向こうまで吹き飛ばしていった。

 

「……やり過ぎたか? まあ、手足の一二本消し飛んだくらいならどうとでもなるが……」

 

 吹き飛ばされていった先のアルフィアの安否を確認すべく、クレスは彼女を追いかけて急ぎ上層へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 ――そして、遭遇する。

 

「――なっ、【静寂】!? 何故吹き飛んで来た!?」

「やかましいぞ、ひよっこ共……くっ」

 

 本来『神獣の触手(テルピュネ)』を討伐すべく待ち構えていた派閥連合が、突如地面に空いた穴から姿を現した満身創痍のアルフィアに困惑する姿に。

 

 




《Tips》
・【ジェノス・アンジェラス・破響(フォルテシモ)
 呪われた終焉を超え、祝誕を告げる新たな鐘の音。
 標的に一切の抵抗を許さず、触れた側から超振動によって組成を崩壊・雲散霧消させる神域の音色を歌う。理不尽の権化。アルフィアさんマジチート。
 加えて音階がそのまま詠唱をなぞっているため、響く度に術者の無意識に働きかけて次撃を自動で連鎖させるというあたおか仕様を兼ね揃えている。
 やり過ぎと思ったそこの読者(あなた)作者(わたし)もそう思います。

 なお初撃は無事主人公の光の剣で両断されてしまった模様。
 光は音より早いからね、仕方ないね。
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