ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている   作:七海香波

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 お久しぶりです、作者です。
 更新が遅くなった理由はたぶん例のアレの後遺症のせいです。
 け、決して「ヘルシングに読み耽っていたから」じゃないんだからね!
 ごめんなさい。



【おまけ】クレスの三分(大嘘)⭐︎悪派閥クッキング! 〜×××もあるよ〜

 

 そこは、一寸の光さえ見えぬ暗闇だった。

 

 「ならば此処こそがあの世だろうか?」と彼女はまず最初に疑った。

 ――なぜなら、自分(・・)はとうに死んだはずだから。

 あの皆が殺し殺され合った素晴らしい狂乱の七日間の最後に他ならぬクソッタレの(大々好きな)黒妖精(ヘグニ)によって首を断たれたはずだと、彼女はその自らの首が寸分違わず切断された(カッ切られた)感覚を覚えていた。

 

 ――だが、どうした訳か。

 自分(彼女)は生きているようだ。

 訳の分からぬこの現状に対して、心臓がドクドクと脈打っている感覚が分かる。

 深く深呼吸すれば薄い(自慢の)胸が膨らみ、酸素と魔力が全身に巡る快感が確として理解できる。

 ――ならば、今の(ディナ)は……?

 

「……ふぉぃふふぉふぉ(どういうこと)?」

「目が覚めたか『妖魔』の片割れ。良い夢は見れたか?」

 

 カチリ。

 

 小さくスイッチを捻る音が聞こえて、ようやく彼女の居た部屋(・・)に明かりが灯った。

 ディナの、声にならない――レベル5の咬合力に耐え得る頑丈な口枷の隙間から漏れ出た、その疑問に答えたのは一人の男だった。

 その男は、がらがらと脚付き台(ストレッチャー)を押して彼女の横までやってくる。

 

 そこで彼女は気づいた。

 男の顔を見ようとしても、首が上手く動かない。

 否、それどころか、起き上がろうとした自分の五体そのものが動かない。

 彼女の四肢が、頭部が、腰が……指の一本に至るまで、厳重にかつ丁寧に拘束されている。

 

「さて、現状説明だ。十分なる事前説明(インフォームド・コンセント)という奴だ。ただしお前からの同意は既に取れているものとみなす――なにせお前という犯罪者(マーダー)は、自らが積み重ねた数十数百の無垢なる犠牲の血によってとうに己が死刑執行書に署名(サイン)を済ませているからだ」

 

 ディナに一方的な口調で現状を告げる男――この部屋の主ことクレスは、彼女の隣に脚付き台(ストレッチャー)をピタリと止めた。

 その上から香る濃密な()の臭い、それを彼女は知っていた。

 それはどの命よりも深く濃密に己と溶け交わった、大切な(ヴェナ)の臭い。

 

ふぇふぁ(ヴェナ)!?」

「そうだ、コレ(・・)がお前の妹だ。その完成体(末路)だ。よく見るが良い。なにせ今からお前もこう(・・)なる」

 

 ぱちり、とクレスが親切にもディナの頭部から拘束の一部を外してやる。

 それで首が自由になった彼女は、隣に運ばれてきた妹ヴェナを見た。

 

 正確には、かつて妹であったもの(・・・・・・・)、その成れの果てを。

 そして今から自分がそうなるもの(・・・・・・・・・)を見た――見てしまった。

 

 そこに安置されていたのは、慣れ親しんだ黒妖精(いもうと)の瑞々しい五体ではなかった。

 隅々まで磨かれ、細心の注意を以て油を塗られ、美しく装飾された……一振りの短剣であった。

 

「……ふぇ、ふぁ(ヴェ、ナ)?」

「然りだ。サラの報告を受けた俺がお前の特異な魔法(レア・マジック)から考案した生体魔剣、その妹剣だ」

 

 哀れな姿になり果てた(ヴェナ)の姿に目を見開く(ディナ)に構わず、クレスは説明する。

 その、塞ぐことの出来ない妖精族(エルフ)特有の長耳にはっきりと伝わるように、明瞭な声で魔剣(ディース)製造(改造)方法を語ってやる。

 

「まず、一度死んだお前の骸をサラが眷属化(吸血)することでその魂を黄泉の国から引き摺り出した。だが生き永らの屍(グール)は素体として使い物にならん。故にまずはその呪詛(カース)塗れの血を透析し、蘇生した。ここまでの処理は二時間前ほどに完了している」

 

 愕然としたままのディナに近づいたクレスが、彼女の華奢な前腕に差し込まれていた針を抜く。

 その針の繋がっていた先は何やらごぅんごぅんと唸る物々しい魔導機械であり、それが彼の操作によって音を止めた。

 得体のしれない機械に繋がれていたことに一瞬恐怖を感じたディナだったが、それが彼の言葉によって「既に終わったのだ」と悟り、落ち着いて……彼女は周囲を見渡して再度怯える。

 

 なにせ彼女の周囲には――彼女の囚われた部屋の四方には、百十数年生きた彼女にもよく分からない機械の数々がひしめいており、更にはその内幾つかはまだどるん、どるるんっと動いていたからだ。

 ――分からない。

 剣の姿にされたのだと(クレス)が語った妹と、呻くような音を立てて動き続ける魔導機械――不気味な『未知』に囲まれたディナは、自分が一切抵抗の出来ない現状と並行してそれらを認識し「分からない(助けて)!」と怯えを抱いた。

 

 知識を持つ者が見れば、そこを魔法使いの『工房(テリトリー)』と呼んだだろう。

 そして彼女はその中央に置かれた検体であり、『まな板の鯉』なのだ。

 

「では施術(加工)を始めよう。まずは要らない部分を切って落とす。――剣に手足は要らん。内臓も要らん。要るのは脳髄と心臓、それと背中の『神の恩恵(ファルナ)』だ。それら以外の一切合切とはお別れだ」

 

 ディナの隣に立って彼女を上から見下ろすクレス。

 その瞳には同情も、憐憫の欠片さえも何一つなく。

 唯々(ただただ)素材に対して真摯に向き合う鍛冶師の、怜悧な熱意だけが映し出されていた。

 

 そこに彼女は必死になって目で訴える――そんなのは嫌だ、と。

 だが彼はその訴えを一考の余地もなく退ける。

 何故なら彼女は悪派閥(イヴィルス)だからだ。

 『人を殺せば死刑』と云う、古今東西共通の法理に真っ向から喧嘩を売った大犯罪者なのだ。

 その法理の下において、そうすれば死刑となることを知った上で、彼女は人を殺し、犯し、凌辱したのだ。

 ……ならば今更「嫌だ」と駄々をこねるなんて、ちゃんちゃら可笑しな話ではないか?

 

 クレスはその手に持った手術用の小刀(メス)で、ヴェナの左肩に斬り込みを入れる。

 白妖精(エルフ)の淡くきめ細やかな絹の如き素肌にスッと刃を侵入させて。

 そのままぴっ、と撫でるかのように周囲の皮膚を剥ぐ。

 

ふーっ(きゃぁっ)!?」

「騒ぐな。騒いでも何一つ変わらん」

 

 それから、剥き出しとなった血色の良い血肉の解体にクレスは取り掛かる。

 血管と神経を断ち切り、筋繊維を骨から剥がして。

 見えた関節を、ゴキッ――それだけで容易く、ディナの左腕は本体から取り外された。

 

ふぐーっ(嫌ぁぁぁっ)!?」

 

 大気に晒された神経の先端から、稲妻のように迸る激痛。

 唐突に左腕の触感が消えた喪失感と、その代わりに響く痛みによって彼女の瞼の裏に星が瞬く。

 その感覚の中で、彼女は思わず気絶しそうになった。

 だが、クレスの続ける作業が否応なしにディナの意識を現実へ引き戻す。

 

「次、左足」

 

 ごきりっ。

 

「右足」

 

 ごきりっ。

 

「右腕」

 

 ごきりッ……。

 

 全ての手足が取り外され、綺麗に並べられる。

 その様子をディナは直視する……してしまう。

 自身の固定された手術台の、真上に設けられた大鏡。

 その中で四肢を喪った自分が不可逆に解体されていく(さま)を、彼女はまざまざと見せつけられる。

 

「むーっ、むーっ!」

 

 嫌だ、嫌だと首を横に振るディナ。

 されどクレスの小刀(メス)は問答無用と言わんばかりに、今度は晒された少女姿の『妖魔』の臓腑(はらわた)を切り刻んでいく。

 薄い脂肪と、その向こうに存在する練り上げられた腹筋。

 それらを覆う滑らかな皮膚を容赦なく縦に切り裂き、開腹。

 開創器具を装着して、中で脈打つ生暖かい臓器を順に取り出していく。

 肝臓。膵臓。胃。結腸。

 腎臓。膀胱。子宮及び卵巣――。

 身に覚えがあり過ぎるほどに、これまで彼女たちが他者から奪い、むしゃぶりついて、その中から溢れ出る命の雫を浴び、飲み乾したものたち……それら生の輝きが、自らの身体から取り除かれていくという自業自得。

 一つ、また一つと外されていく度にディナは己の身体が軽く、また寒くなっていくのを感じた。

 

 その悍ましい感覚に身もだえしようとする最中――今度は胸部が開かれる。

 外気に晒されている、彼女の慎ましやかながらもツンと立った桜色の頂上を持つ小丘。

 そこに(メス)としての価値を一切認めないまま、クレスは胸筋を左右に開いて肋骨に手を伸ばす。

 彼の振るうメスが容易くレベル5の骨を断ち、彼の五指がその奥に安置されていた二つの巨大な肺を優しく鷲掴みにして……どちゅり、と水音を立てて取り外される。

 

「■■■――っ!」

 

 肺を喪えば、もはや呼吸はままならず。

 失われゆく生気を必死に求めて足掻こうと声にならない叫びを上げるディナに、クレスは落ち着いた手つきでてきぱきと新たな機械――生命維持装置を繋いでいく。

 

「安心しろ、後で返す。ここからの作業で邪魔だからいったん外しただけだ。不要な部品を全て取り外し終えたら、残った分に必要な酸素を回すだけに加工して付け直すさ」

 

 そこから先の手順に取り掛かるにあたって、クレスは更に素早く手を動かしていった。

 とはいえ、基本的な手順は特に変わらない。

 皮を剥ぎ、肉を剥がし、内臓を抜いて、骨を関節から外していく。

 その光景は、サラやその他料理人が行う調理や、ディアンケヒト配下の医者らの行う手術と何ら変わりない。

 むろん、説明も忘れずに。

 

「ああ、そう言えば。これは昔に不正(アパテー)の連中から拝借した資料にあったんだが。前頭葉に繋がる神経の一部を切断した場合、対象は多くの情動を喪失する。様々な物事に無頓着になり、自己認識が鈍化するんだ。知ってたか?

 その時の連中の団長(あたま)で実際にやってみたんだが、ものの見事に使い物にならなくなってな……今回はやらんが、覚えておいて損はなかろうよ」

 

 そう言って開頭したディナの前頭葉をぺちぺちと触りながら語るクレスの独り言は、残念ながら恐怖によって彼女の意識には届いていなかったが。

 

「む、奥に虫歯が一つあるな。こいつは使い物にならんが……よし、幸いにして奥まで浸食はしていないな」

 

 がきゅっ、と麻酔無しに歯を抜かれた挙句、歯肉をピンセットで抉られながら奥の顎骨を観察されたり。

 

「この髪は中々に質が良いな。殺人エルフとは言え、妹と同じくその辺りの手入れは欠かしていないのは良いことだ。その他の体毛とあわせて、よく魔力を通す導線になりそうだ」

 

 女の命とも呼べる髪どころか全身の毛を一つ残らず剃られ、更には部位ごとに分けて小瓶に詰められる恥辱を与えられたり。

 

「消化器系はさっさと洗わないと特有の臭みが定着するからな。部位ごとに分けて裏返して塩で揉んで、と……おい、野菜類はきちんと取っていなかったのか? 肉食系の臭いが強いぞ、しかもこれは吸収しきれてない鉄分のだな……血の呑み過ぎだ」

 

 果てには腸内の様子から近頃の食生活を推察され、それについて苦言を呈されたりという滅茶苦茶な始末。

 

 恐怖と緊張の狭間に揺れ動いていたその時のディナの意識は、神経が過敏になり過ぎるあまり、そのほぼほぼ九割方について聞き届けてしまった――端的に言って、それは彼女の生命と自己認識において最大の絶望であり、凌辱であった。

 たとえクレスにその意識が1パーセントほどしか無かったとしても、彼女にとって彼は過去の自分を映し出す鏡のように思えた。

 

 被害者の苦痛を嘲笑う、加害者としての優越感。

 その何にも代えがたい至上の快楽に包まれると同時に、彼女の瞳は常に生贄たちの浮かべる絶望を映していた。

 記憶の中に氾濫するほどありふれた、それら犠牲者たちの悍ましい表情。

 それらが今、自分のものとすり替わって彼女の意識上に投影される。

 

 そう――今や被害を受けるのは自分(ディナ)であり、生贄に捧げられたのは自分(ディナ)であり、痛ましい犠牲となるのは自分(ディナ)自身なのだ。

 

 その事実を狂おしいほどに自覚して、いっそ発狂してしまえばどれほど楽になれるだろうかと彼女は現実逃避を考えた――だが。

 

「この『大聖樹の葉』を発酵させた抽出液(エキス)はエルフに強い覚醒作用をもたらす。『魂』に損傷(ダメージ)が行き過ぎて廃人になられると困るからな、入れておくぞ」

 

 僅かに濁った黄金色の液体が注入され、ディナの意識を無理矢理現実に留め続けるという地獄。

 彼女はどうあっても、今自分に起きている時間の流れから目を背けられない。

 

 やがて彼の手はディナの美しい瞳にさえ届き、そこから光を奪ってしまう。

 柔らかな耳さえ彼の指によって奥の三半規管ごと取り外され、やがて彼女は自分が何処にいるのかさえおぼつかなくなってしまった。

 

 ただ自分がそこに居ること、それだけが辛うじて認識できる彼女は。

 それでもなお敏感に、外界で起きている己の変化を脳と繋がったままの『神の恩恵(ファルナ)』越しに感じ取ってしまう。

 

「骨は圧縮硬化して芯材に。歯は他の抽出した金属分子と合わせて刃に。皮と腸は煮溶かして接合材(にかわ)に。肉は筋をほぐして緒紐に……」

 

 ――今再び、彼女は最初の状況と同じく闇の中にいた。

 目覚めた時とまったく同じ、無音無光の世界。

 

 そこに冷たく響く、謎多き(クレス)が自分だったものを加工する声と音。

 

 聞こえないはずのものが、何よりも強く聞こえる。

 見えないはずのものが、何よりも鮮明に浮かび上がってくる(想像できてしまう)

 

 そうしている内にやがて、男の手によって失われていたはずの肉体の熱が再び蘇っていく。

 加工の終わったであろう、道具としての身体(じぶん)が組み上げられていく。

 

 ――最後にディナは、己一人の『無』の世界に仄かな暖かさが差し込んだのを直感で悟った。

 

「(……これは、ヴェナ? ヴェナなの?)」

 

 いつ終わるとも知れない、一瞬とも永遠ともとれる暗闇の恐怖。

 その果てに感じた、懐かしい(ヴェナ)の気配。

 獲物の油脂分が髄まで沁み込んだ艶やかなチョコレート肌の温もりと、くすぐったい銀髪の絡まり。

 その愛に寄り添われたと感じたディナは、小さくとも、確かな安心を抱いた。

 

 生まれたその時から一瞬たりとも離れたことのない、愛しき破綻の片割れ。

 生まれながらにして抱いていた生物(いきもの)としての欠けを互いに補完しあう至上の狂気(あい)

 

 それが隣に戻ってきたことを双子として確信し、彼女はようやくこの未来の見えない世界に安堵を見出した。

 ――暗くて、怖くて、何もかもが奪われてしまった(ディナ)

 ――だけど、もう怖くない。

 ――だって、これからもずっと(ヴェナ)だけは一緒だから。

 

「(――うふふ。そう、私たちはいつだって……。隣り合わせ、なんだから……)」

 

 側に妹が居ることの確信を抱きながら、ディナは次第に暗闇にその意識を溶かしていく。

 

 張り詰めていた意識がほつれ、暗い夢の中にゆっくりと落ちていく。

 

 妹と仲睦まじく絡み合う幻想を抱きながら。

 決して終わることのない、永遠の微睡み(あくむ)へと――……。

 

 

 

 

 

 魔剣の完成(・・)を迎えたクレスは、疲れを吐き出すように息を吐いた。

 

「終わった、な。七時間と半……妹の方で一度手順を踏んだ分、姉の方は早目に済んだか」

 

 出来上がった姉剣を妹の皮膚と髪で作った鞘に納め、更に相対する妹剣には逆に姉から作った鞘を嵌めて、彼は真の意味で成った一対の剣を見下ろす。

 外見は正式なエルフの文化様式に倣った、単調(シンプル)と高貴を兼ね揃えた白黒の双剣。

 しかし魔法の素養があれば、一目見ただけで察せられるだろう。

 

 互いに喰らい睦み合う、双子の無限龍(ウロボロス)を想わせるような強烈な呪詛に塗れた魔剣。

 

「お前の銘はとうに決めている。【ヴァナ・ディース】だ。見た目は悪くないが……問題は性能だからな。試し切りと行くか」

 

 人によっては手に取ることさえ躊躇いたくなるその魔双剣を掴み、腰に携えたクレスが地下工房から外へ出る。

 その途端、出迎えるように居間で何かしらの作業をしていたサラがぐりっと勢いよく彼に顔を向けた。

 

「むっ! ……ああ、なんじゃ主様かの。ようやく作業が終わったのじゃな。にしてもその濃厚な臭いは我が鼻の毒じゃ。早ぅシャワーを浴びてこい、食事はもう出来ておるからの」

「分かった。小一時間ほどで戻る」

「応とも。楽しみにしておくが良い、あのフィンとか言う小人族(パルゥム)から手に入れた調理法(レシピ)の反応が見たいからの」

 

 ふっふっふ……とよく見れば手元で鉢の中身を擦っているらしいサラを置いて、クレスは第188層《古骸戦場(スパルタニア)》へと転移で跳んだ。

 一瞬歪む視界、その後すぐに見慣れた二勢力の殺し合う風景が現れる。

 しかも今回は運よく、両陣が睨みあうその真っ只中に転移してしまったようだ。

 一瞬即発の空気を形作っていた数百の殺気が瞬く間にクレスへと向けられて――。

 

「今回用があるのはお前らじゃない。()を出せ、王を」

 

 その全てが、クレスの周りに顕現した特大火球(【プロメテウス】)によって蹴散らされる。

 この古戦場の王個体『スパルトイ・テーバイキング』――その亜種にして、両陣営が共に九割近く壊滅することを出現条件とする特殊な戦王(・・)個体を彼は試し切りの相手として求めた。

 

 戦場を飛び回りながら手当たり次第に遭遇した部隊を消し炭にすること十数分……条件は整った。

 

「久々に起こしたな。そら、早く立ち上がってこい」

 

 揺れる地面、隆起する砂原の大地。

 その中に沈んだ数多の戦士の怨念を背負うように――呉越同舟の王が立つ。

 この地で覇を競い合う両陣営の王『スパルトイ・テーバイキング』の二つ骸を核として目覚める、その個体こそは『スパルトイ・マーウォルス』。

 燃える火の星の如き赫骨にて組み上げられた、両軍の協力による超巨大『スパルトイ』である。

 

 身体に纏わりつく砂を振るい落とし、地中深くより現れた『スパルトイ・マーウォルス』。

 その伽藍洞の双眼が、これまでクレスに屠られた戦士たちの怨念によって紫色に燃え盛る。

 

 ちなみに、その名の由来は報告を受けた某老神が「この巨大さ(サイズ)……アレスの真体に匹敵しよう」などと呟いて、それを当時のギルド長が深く考えずに採用したせいである。

 多分神アレスが聞いたら「俺の名を勝手にモンスター如きにつけるとはふざけるなやはりオラリオは征服するしかないな!」となること間違いなし。

 

 なお最悪なことに、この場で神アレスの名を借りた骨王(神の名を騙らされたそれ)はクレスの巻き藁替わりである。

 

「さて、お試しと行くか」

 

 戦意を煌々と昂らせる《スパルトイ・マーウォルス》を前に、クレスは工房から出てきた時そのままの作業衣姿だ。

 だが、彼の顔に焦りはない――そも、試し切りに面倒な相手を使う道理もなく。

 彼は明確な格下として、《スパルトイ・マーウォルス》のことをその態度で以て見下していた。

 その不遜な面構えに増々怒りを燃やす戦骨の巨王が、腰に下げた骨塊の天然武器(ネイチャーウェポン)を以て彼に斬りかかろうとするが……。

 迫りくるその図体相応の巨剣を前に、クレスは平坦な声色で詠唱する。

 

神意接続(オラクルアダプト)恩恵疑似励起(ファルナブート)――全行程良好(オールグリーン)魔法強制発動(マギカアポクリフェン)……【黒き沼、赤き咎。咬み千切り交ざり合う、汚泥のごとき我等が臓物】――【ディアルヴ・スティージュ】」

 

 瞬間。

 魔剣の素材としてくべられながらも未だ生きているディナの『神の恩恵(ファルナ)』と、クレスの『神の恩恵(ファルナ)』が接続される。

 柄を握る腕。そこに迸る、彼の背中より伸ばされた神の力(アルカナム)が剣に搭載された神アレクトの神意を侵食し強制的に励起させる――そして。

 剣より逆流するディナの第三魔法【ディアルヴ・スティージュ】が、彼の恩恵の数字(アビリティ)を書き換える。

 

 此度必要なのは『魔力』ではなく、単なる『力』。

 彼の意志に従って、クレス・カタストロフの『魔力』が半減し――その更に半分、計『魔力』の四分の一の数字が彼の『力』に加算される。

 そこいらの冒険者であればともかく、レベル21の彼であれば、合計値は減少したとはいえその変動による影響は凄まじく。

 

 『スパルトイ・マーウォルス』の振るう巨骸剣を指先で受けようとして――力加減を間違え、静止させるのではなくバラバラにしてしまった。

 

『!? !? !?』

「なるほど、こいつは感覚(コツ)を掴むのに時間がいるな。変動率を抑えていて正解だった。慣れるまでは想定していたような極振り(・・・)は止めておくか」

 

 まさかたった一度の交錯で得物を破壊されるとは思わなかったのか、何度もクレスと己の手元の間で視線を行き来させる戦骨の巨王。

 それを前に悠然と歩み寄るクレス。

 その瞳は千の言葉よりも雄弁に彼の心情を述べていた――「今からお前を実験台にする(シバく)」、と。

 そこへ来て漸く『スパルトイ・マーウォルス』は気づいた。

 これは彼らが復讐を果たす絶好の機会などではなく、クレスによるつまらない独壇場(一方的な蹂躙の場)でしかなかったのだと。

 だが、時すでに遅し。

 

『ギャアアアアアァァァァァッ!?!?!?』

 

 戦骨の巨王は彼の目覚めさせられた目的の通り、全身の骨を無残に粉砕されて再び荒砂の一部へと戻るのだった……またクレスが試し斬りをしたくなる、その日まで。

 

 その断末魔を最後に、彼はぼそりと呟く。

 

「……ふむ。次は殴って奏でる打律楽器(バグパイプ)でも作るかな」

 

 平然と「『悪』はいくら使い潰しても困らない」などと宣うクレス。

 

 次なる彼の犠牲者が誰か?

 

 少なくとも、善良な市民であればそれを知ることはないだろう。

 

 




***注意***
 今回のお話はちょっとだけエ〇い表現を含みます。

《Tips》
・『スパルトイ・マーウォルス』
 とにかくデカい竜牙兵。イメージは骨で出来た戦隊ロボ。
 現状はクレスの気分で、試し斬りしたい時にだけ都合よく起こされている。
 本来は『深々層』相応のステイタスを持った『スパルトイ』たちの発達部位(ドロップアイテム)のみで構成されているために非常に頑丈かつ緻密であるため、『ウダイオス』のような“骨の隙間から魔石を狙う”戦術が通じず厄介な相手である。

今後の展開どうするべ?(参考程度に)

  • ①本編にちまちま関わる
  • ②これまで通り『深々層』攻略
  • ③ファミリアクロニクル:クレス
  • ④カオス・レコード
  • ⑤迷宮神聖譚:『冥洞一灯伝』
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