ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている   作:七海香波

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 聖なる夜にこんばんは、作者です。
 今回のお話はいわゆる季節イベじゃよ。


間章:2023冬イベ
フロンティア☆クリスマス~深々と降り積もれ、甘雪の祝福よ~


 

 ――『迷宮開拓計画(ダンジョン・テラフォーミング)』。

 それはクレスが常の冒険の中で構想していた、冒険者の在り方を革新する施策の一つ。

 

 迷宮(ダンジョン)内に農地や牧場を設けることで、第18階層の《リヴィラの街》をより拡大拡張した拠点、すなわち《冒険者が地上に戻ることなく攻略行動が完結するような橋頭堡》を『深々層』に築く戦略的『計画』である。

 しかしそれは残念なことに「未だ『机上の空論』に過ぎない」というのが、また同じクレスの見解であった。

 

 大前提として、迷宮(ダンジョン)の有する主な資源(リソース)はあくまでも魔石である。

 つまり迷宮(ダンジョン)内の大地には《雲菓子(ハニークラウド)》のような一部を除いて、地上の動植物が成長のために必要とする養分が決定的に不足しているのだ。

 そのため迷宮(ダンジョン)内で上記のような一次産業を行うにはまず肥料等を地上から輸入しなければならず、その実行には当面の循環(サイクル)が整うまで莫大な投資が求められる。

 

 しかし遅々として攻略の進まない現状、迷宮(ダンジョン)内部に彼の思い描く《もう一つのオラリオ》を作るよりも、素直に地上まで戻った方が効率的なのだ。

 

 とはいえいつかは冒険者たちも今クレスの立つ迷宮(ダンジョン)の深淵に到達するであろうし、その時のために資料(データ)を取っておくことは決して悪いことではない。

 そんな訳で彼は試験的に『深々層』の一部を切り開いて耕し、『麦畑』を作ってみたのだが――。

 

 ――ぶっちゃけ、やり過ぎた(・・・・・)

 

 

 

 

 

「さて……これだけの量、どう消費するか。保存して少しずつ切り崩すと言っても、使い切るより先に三割ほどは駄目になりそうだ」

 

 第201層の拠点前で、クレスが見上げる先。

 そこには彼が実地試験で育て上げた迷宮(ダンジョン)産小麦およそ4(トーネ)が、巨人が腰掛けるような小山(・・)ほどの高さにまで積み上がっていた。

 ……誰がどう考えても、彼とサラの二人暮らしだけでは使い切れないことが目に見えている。

 

 「せっかくの実験だから」と彼はモンスターによる被害も想定した上で作付面積を多めに取っていたのだが、その予防策が完全に裏目に出た結果であった。

 案山子代わりに吊るしておいた《スプリドルストンの竜頭骨(※第230層産)》が求められた役割を完璧にこなしてくれたおかげである。

 

「勿体ないが、流石に焼いて捨てる他ないか……?」

「――ちょっと待った! ならば妾に良い提案があるのじゃが! じゃが!!」

「なんだやかましいぞ。どうした?」

 

 使途に困り果てたクレスの側に突如として駆け付けたサラが、「我が胸中に妙策あり!」と言わんばかりの自信満々な顔で彼に一冊の本を差し出す。

 既に頁を捲られた状態のそこに映っていたのは、『クリームで白く彩られた苺のケーキ(・・・)』のレシピであった。

 それをビシビシと指先で叩きながら、彼女は楽しそうにクレスへ眼前の問題の解決策を提示した。

 

「明日は確か、地上で言う聖夜祭(クリスマス)とやらの日じゃろう!? ならばいっそここは有り余るこの小麦でケーキを作り、地上(オラリオ)で配るのが良かろうて! どうじゃ、名案じゃろう!?」

「まあ、構わんが……つまるところお前が作ってみたいだけだろう」

「まあのぅ。だが問題はあるまい? どうせ妾達だけでは持て余すのが目に見えておるんじゃ、ならばパーッとバラまいた方がこの小麦たちにとっても幸せじゃろうし」

「それはそうだが。……そこまで言うなら、好きに使っていいぞ」

 

 クレスとしてもせっかく地上から資材諸々を運び込んで育て上げた小麦なのだから、廃棄処分にするのが不本意だったのは間違いなかった。

 ふんす! と息を荒くして腕をまくる、やる気十分な様子のサラに彼は適当に許可を出す。

 そうして悩みの種が解消されたところで、彼は普段通り『深々層』の最新部を冒険するべくその場から踵を返そうとしたのだが……。

 その肩を、サラがやたら強い力で掴んで引き留めた。

 

「何を「俺はこれ以上は知らん」みたいな態度しとるんじゃ? 主様も料理するに決まっておろうが」

「は? 何故だ。やりたいと言い出したのはお前だろう、作りたいなら一人で作れ」

「流石に明日までにこれだけの量を挽いて混ぜて捏ねて焼いてとなると、妾一人で厨房を回すのが無理なのは目に見えておるのじゃ。それに、この惨状を作ったのは他ならぬ主様じゃ。ならば腐らせずに最後まで看取る責任が、生産者にはあると妾は思うがのぅ?」

「む……」

「のぅ? 妾は間違ったことを言っとるか? なぁ? なぁ?」

 

 面倒臭そうな表情を浮かべるクレスに、ぐぐっ……と顔を近づけて圧をかけるサラ。

 迷宮(ダンジョン)出身の彼女はその経歴(・・・・)から《食》に対して人一倍ありがたみを感じており、特に「食材を無駄にすること」を嫌う性格を有している。

 

 ――単一かつ平坦な味しか存在しない、彼女の種族の主食たる《血液》。

 他の個体とは異なり理性を有していたからこそ、彼女は永遠に代り映えのしないその地の底(ダンジョン)の冷たく鉄臭い日々(食事)に生きながらの停滞()と絶望を抱いていた。

 ――そこへ来訪した彼女の天敵たる冒険者は、気まぐれから暖かい《料理》をふるまった。

 その迷宮(ダンジョン)深くにおいては革新的な、地上においては極々普通の《文明》が与えた衝撃は、彼女が《美食家(グルメ)》に目覚めるのに余りあるものだった……。

 

 そんな過去を持つサラの料理にかける意気込みは、まさにクレスが迷宮(ダンジョン)攻略にかける情熱と同等のものと言って良い。

 生産者としての後ろめたさを僅かながら抱いていた彼はその勢いに押されて、肩を竦めながらも頷いてしまうのだった。

 

「……分かった、お前の言うことの方が正しいさ。それにここへ辿り着いて以降料理は任せっぱなしだったし、一度腕の錆を落とすのも良いか。手伝おう」

「ふははっ、それで良いのじゃ! では――いざ行かん、我らが死地(キュイジーヌ)に! なのじゃ!」

「はぁ……」

 

 サラのどこから借りた(パクった)かも分からない決め台詞をやる気なく受け流したクレスの顔だが、次の瞬間には引き締まっていた。

 決まったことにいつまでもケチをつけるよりも、手早く全力で終わらせた方が楽だと彼は数百年にも及ぶ経験の上で理解していた。

 どこからともなく取り出した前掛け(エプロン)を装着し、料理人としての顔になった彼はサラにこれからの段取りを問う。

 

「で、俺は何をすればいい。凝った菓子は作った記憶がないんだ、きちんと計量する必要があること以外はさっぱりだぞ」

「うむ、そうじゃな……ともかく、ここにあるだけの小麦の量に見合うその他の材料を地上から仕入れるのは不可能じゃ。ならば第一に、それらを集めばならん。モンスターの《卵》と《乳》、甘味系統のドロップアイテムから抽出する《砂糖》、それと飾り付ける《果実》といったところじゃな。あと、製粉もしなければならぬし……主様にはまず、そちらをお願いしようかの」

「良いだろう。粉挽きだな、任せておけ」

「どうしても焼きに時間がかかるからの、疾く頼むぞ! では妾は素材の回収に行ってくる故――よーい、ドンっ! なのじゃ!」

 

 クレスに仕事を振ったサラは早速己が役割を果たすべく、身体を大量の蝙蝠に分裂させて迷宮(ダンジョン)内に散らばっていった。

 普段はずっと人型を取っていて「《吸血皇鬼(ドミナ・ノスフェラトゥ)》? ……ああ、妾のことか! すっかり忘れとったのじゃ、許せ! ふはははっ!」などとほざく彼女がその種族特性である蝙蝠化まで使って取り掛かるとは、いよいよ本気らしい。

 ならば自分も本気で取り組もうと、クレスは目前の大量の小麦に改めて向き合い、製粉する方法を考える。

 

「……必要なのは石臼、それと篩か。だがこれだけの量を一気に処理するならまあまあの規模がいるな。素材は《ギガント・タートルの岩甲羅》と《クライオゼニック・ドラゴンの髭》がちょうど良さそうだ。後はついでにオーブンも用意しておいてやるか、っと。その前に一応、話を通しておくか――【シュレディンガー】」

 

 クレスが転移して向かった先は当然の如く、ギルド長であるロイマンの執務室である。

 彼がいつものように音もなく侵入したその部屋では、嫌らしい顔を浮かべた主人が黄金に輝く貨幣を数えていた。

 

「ひひひ……ひー、ふー、みー……いつ手に持っても、この重みの有難さは素晴らしい……」

「随分と趣味が悪いな、ロイマン。まあお前の特殊性癖は置いておくとして、諸々あって明日の聖夜祭(クリスマス)でケーキを配ることにしたから職員を貸せ」

「は、はっ!? 誰だ断りもなくギルド長の部屋に侵入するとはこの無礼者めっ!! ――と、貴様かクレス・カタストロフ!?」

 

 げぇっ、とマズいものを見られたとでも言いたげに机に積み上げていた金貨をロイマンは慌てて懐に隠した。

 それに構わずソファーに腰かけて茶菓子に手を伸ばすクレスの図々しさに、彼は遠慮なく文句をぶちまけるのだった。

 

「そも、誰が貨幣で興奮する特殊性癖だ! いくら儂とてそこまで落ちぶれてはおらんわ! ――しかも、ぬわぁーにが「諸々あって」だこの愚か者がっ! いきなりやってきて明日職員を貸し出せ、だと? しかも言うことにかいてケーキを配るなどと、何を考えておる!」

「こっちだけで食べ切れない量が、あー……2、3万人分ほど出る予定だからな。なに安心しろ、本職の菓子職人(パティシエ)の仕事じゃない、料理が趣味なだけの素人(※数百年単位で修業済)が作る代物だ。ある程度の味は保証するが本職には劣る、商会の戦略を邪魔することにもならんだろう。対象も普段ケーキなど買わんような、ダイダロス通りの住民なんかを想定しているしな。あと人件費はいつも通り俺の金庫から差っ引いておいてくれ」

「うごごごっ……だから、なんでもそう思い付きで済ませようとするなと言っておるのだっ! それにそれだけのケーキの材料なぞ、いったいどこから仕入れて――」

「『深々層』だが」

「ふざけるなこの大馬鹿者めがぁぁぁっ!!!」

 

 ともすればギルド全体に響くような大声で叫ぶロイマンが、ぜぇーっ、ぜぇーっ、この短時間で切らした息を整える。

 

「……そもそも『深々層』の素材を地上にばら撒くのは貴様とウラノスの間で結んだ盟約に違反する行為だろうが! 慈善事業をするのは――儂さえ巻き込まなければだぞ――いくらでも結構だが、そんなこと出来るわけがなかろう!!」

「別に武器や防具の素材になるわけじゃない。食べればそこで終わりなんだ、お前らの危惧するようなパワーバランスの崩壊を招くことにもならんし良いだろ。……たぶん」

「たぶん、だと!? 今貴様「たぶん」と言ったか!? そんな不安になるようなことを言うんじゃあない、この――!」

『そこまでだ、ロイマン』

「神ウラノス!?」

 

 泡を吹いて倒れそうになるのを懸命に堪えながらクレスの浅慮を糾弾するロイマンの声を、突如として響いた老神の声が遮る。

 どうやら執務机に置かれた水晶型の通信用魔道具(マジック・アイテム)を介して話しかけているようだ。

 

『《暴喰》のような例外を除けば問題はなかろう。クレス・カタストロフ、今回は特例で認めよう。ただし……』

「ああ、分かってる。こんなことはもうこれっきりにするさ。俺だって本意じゃないんだが、今回は色々あってな……という訳で職員の選定と説明は任せた。俺は調理に戻る」

 

 それだけを言い残して、ロイマンが次に瞬きすると同時にクレスは姿を消すのだった。

 老神ウラノスの気配も消え、残されたのは部屋の主であるロイマン一人。

 つい先ほどまでは一人静かに黄金色の輝きを眺めて悦に浸っていたというのに、今の彼の心はまるで潮風に晒された錆び付いた銅貨のようにザラついていた。

 

「――ふ、ふざ、ふざけるなぁぁぁっ!!! クレス・カタストロフぅっっっ!!! 貴様っ、今度という今度は絶対に許さんからなぁぁぁ――っ!!!」

 

 狂乱するロイマンの涙声などつゆ知らず。

 拠点に戻ったクレスは任された製粉の作業をこなすべく、道具の作成から取り掛かるのだった。

 

「……さて、まずは《クライオゼニック・ドラゴン》から仕留めてくるか。氷山を消し飛ばすついでに良質な《水》になる《万年氷(クリスタルアイス)》も回収するとして……」

 

 クレスの『計画』に係る失敗(ミス)と、サラの唐突の思い付き。

 そして地上を巡る季節的な事情が偶然にも絡み合って始まった、『最前線から贈る聖夜祭(フロンティア☆クリスマス)』。

 

 今日も賑やかで騒がしい、迷宮(ダンジョン)での日常が幕を開ける――!

 

 




※続きません。しばらくしたら上に移動させますのでよろしく。
《Tips》
Q.もしウラノスの危惧が当たって、ザルドが今回のクリスマスケーキを食べたら?
A.使用された材料に由来する、以下の効能が得られる。あとロイマンの胃が死ぬ。
・《ポーラ・ガルースの昇日卵》:火炎耐性上昇。
・《グラス・カナッハの乳》:脚力強化。
・《流仙桃(タオ・コンロン)》由来の《砂糖》:解毒。
・《天寿苺》:寿命+約20日。
・《万年氷(クリスタルアイス)》を溶かした《水》:疲労回復。

今後の展開どうするべ?(参考程度に)

  • ①本編にちまちま関わる
  • ②これまで通り『深々層』攻略
  • ③ファミリアクロニクル:クレス
  • ④カオス・レコード
  • ⑤迷宮神聖譚:『冥洞一灯伝』
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