ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている 作:七海香波
今回は特にここに書くことがないのでそのままどうぞ。
あっ、良かったら一つ前の話にあらすじ乗せたのでそっちも見てみてね。
地上に着いたクレスは、味わい慣れた
その生活を続けて久しい彼にとっては既に、
なんとなく落ち着かない、そわそわとした感覚を身体を一度身震いさせて振り落としてから、気を取り直した彼は転移先として予め確保してあった隠れ家の一つから外へ出る。
途端に、世界がいっそう騒がしくなる。
地上に来たのだと言う実感を本物の日光と共にその身に受け止めながら、しかし彼は、どうやらいつにも増して大きな騒動が街を賑わせているらしいことに気付いた。
「それにしても
少し風の声に耳を傾ければ、彼はすぐさま喧騒の正体を理解した。
どうやら今日のオラリオでは、彼基準で言うところの『クソしょうもない馬鹿騒ぎ』が繰り広げられているようだ。
しかも嫌なことに、それは彼もよく知るところに原因を帰しているときた。
――ままある悪神の信者どもの
ただ間違いなく、下らなさで言えばこれに勝るものはないと断言できよう――その正体は。
「
クレスも思わず呆れた喧騒の中身。
それは自らの下半身に滾る性の欲望の忠実なる下僕となった、一柱の老神及びその神意に率いられた
むさ苦しい男連中が自派閥内に色気が皆無であることを理由に暴走して、主神の妻が率いるファミリアに夜の(現在は真っ昼間だが)隠密行動を仕掛け、それがバレて追い回されている――それが、今回の大騒ぎの正体ということらしい。
つまりはこのオラリオで度々発生する、ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアの抗争。
というより寧ろ、被害に遭った女性たちによる加害者どもへの天誅と言った表現の方が相応しかろうか。
いずれにせよ……ああ。
なんと地上らしくて、阿呆らしいことかとクレスは嘆息する。
「あの老神のやることなすことには毎度見下げ果てさせられる。たまには……極々稀々にはマトモな所も見せるとはいえ、それで果たして補い切れているのか怪しい所だ。これは俺でも擁護しきれる自信がないぞ?」
視界の端には、街の空を自慢の
見たいものは見れたと言わんばかりに笑いながら「後は逃げ切るだけだ」と言わんばかりに、蜘蛛の子を散らすようにして建物の屋上を駆けながら撤収していくゼウスの眷属たち。
そしてその背中を、ヘラの眷属たちが三者三様の顔で追いかける。
ある者は恥じらいに顔を真っ赤にして。
ある者は怒りに顔を修羅のように転じて。
またある者は、一切の感情を削ぎ落した能面のような虚無を顔に浮かべて。
街の各所で激しい衝突音を響かせながら、彼女らは自らの裸体を許しなく目にした無作法者どもに罰を下すべく猟犬となって疾駆する。
両者ともに最低限の配慮は忘れていないようで、幸いなことに街には大きな被害は出ていない。
それどころか、民衆たちは冒険者たちの繰り広げる高次元の戦いっぷりをまるで祭りのように眺め盛り上がる始末。
道理で騒々しいわけである。
果てには昼間から酒に呑まれている一部の酔っ払い共が「今回は(男どもが)何分持つか」などと賭け事をしている――現状はヘラ・ファミリアの抱える冒険者の方がやや平均レベルが高いため、大抵最後にはゼウスの眷属たちがとっ捕まえられて痛い目を見させられるオチが待っている――その側を通り抜けてバベルに向かいながら、クレスは被ったフードの下で独り言ちる。
「だから女神ヘラには何度も忠言しているというのに……ゴブニュでもヘファイストスでもいいから、貞操帯を作ってもらって夫に嵌めさせろと。そのためなら『深々層』の素材も提供すると言っているのに、毎回簡単に許すからつけ上がるんだ」
浮気癖の激しいゼウスのことを、それでもなんだかんだ言ってヘラは愛している。
それはもう、心の底から。
故に何度叱りつけ折檻をしたとしても、結局最後にはゼウスの「愛しておるぞ我が妻よ」の一言で容易く許してしまうのだ。
クレスは彼女から愚痴を聞かされるたびに「やはりここは頑丈な貞操帯を着けさせてしまうより他はないだろう」と何度も提案しているのだが……そうしようとする都度に、ゼウスはあの手この手で
「至極度し難い男の屑、『下半神』とはまさにこの男神のためにある言葉だ」とは、その夫婦間のやり取りの一部始終を傍で見ていたクレス並びに歴代のヘラ・ファミリアの団長たちの共通認識である。
「【――百の知を持つ我は百の口以て百の魔を語る】! 【ラルバ・パヴォーネム】!」
「ぐぉっ!? 街中で戦術級魔法使うとか正気か【
「うっさいわ痴れ者め、貴様らが常識を語るなぞ百年早いのじゃ!」
どうやら東の空で、全身に魔眼を埋め込んだ異形のエルフが複数の属性を内包した虹色魔砲をブッ放したようだ。
その美しき光線がうまく馬鹿のうち一名を討ち取ったようで歓声が上がる中、今度はクレスの後ろからドタバタと複数人の駆ける足音が聞こえてくる。
「――くそっ。あの爺なんて速いんだ!? 冒険者のアタシたちでも追い付けないなんて!?」
「――ふははっ、年季の入った儂の健脚じゃ! 高々十数年しか生きてない小娘どもに捕まえられんのも道理じゃよネ!」
後半に聞こえた調子に乗ったその声は、まさしく今クレスがその評価を地面にめり込ませて……それ所か、地中深くのマントルにでも埋めようかと考えていたゼウスのものであった。
そちらに顔を向ければ、見慣れた逞しい顎髭の老神がするすると人ごみの合間を擦り抜けて、後に続く女冒険者たちの手を巧みに攪乱している様子が見て取れる。
懸命に追いかけるヘラの眷属たちを後ろにしながら呵々大笑して逃げるその足捌きはまさしく、かつて彼が入れ込んでいた
――しかし、それが女湯の覗きのために利用されていることはなんとも情けない……否、そう言えばあの白髪の英雄も似たようなことをして何度も妹に怒られていたような?
そんな懐かしい過去に思いを馳せながら、クレスは偶然にもちょうど横を通り過ぎようとした老神の首根っこをきゅっと引っ掴んだ。
「――ぐぴゅっ!?」
「ちょうど良かった。
潰れた蛙のような変な音を口から漏らしたゼウスの首筋に、クレスはすかさず懐から取り出した注射器の針をプスッと突き刺した。
そのまま一瞬のうちに必要な分の
その取扱いはまさしく、犯罪者に対するそれ。
流れるようにして完全にキマった腕関節の痛みに、ゼウスは反射的に悲鳴を上げた。
「アイタタタ!? なんじゃいったい!? つーか今血ィ抜かれたよネ!? 儂をあの大神ゼウスと知っての狼藉か!?」
「知っているとも。あの、妻を放って若い娘たちを手籠めにすることが趣味の下半神だろう?」
「酷くない!? ナニソノ偏見!? ……って、その声はお主、クレスか? 戻ってきとったのか!」
「生憎と今日がその日でな。戻ってくるなりこんな馬鹿騒ぎでお出迎えされるとは思ってもみなかったが」
ゼウスの問いに辛辣な言葉遣いで返したクレスは、そのまま冷たく言い放つ。
「それに偏見も何も、事実だろうが。既婚者なのだからいい加減妻に夫として相応しい姿を見せてやれ、といつも言ってるだろうに」
「うぐっ……だって仕方ないじゃろう? 儂の熱いパトスが女の尻を追いかけろと叫ぶんじゃもん!」
「戯言を往来で叫ぶな、他人の迷惑を考えろ」
不変の特性を持つ
その次いでに、彼はゼウスの腕にかける力をギギギ……と僅かに強めた。
「痛い痛いっ! 痛いぞいっ!? 儂ってば一応神様なんじゃから、もう少し優しく扱わんか!」
「女湯覗く元気があるんだ、これくらいがちょうど良いだろう。……それに、そう言われなくてももう手は放すさ。どうやらお迎えが来たみたいだしな?」
「え?」
ゼウスがクレスの言葉の意味に気付いて顔を上げた先には、怒り心頭の女冒険者たちが立っていた。
彼女らは囚われの身となった
そんな彼女たちに、クレスは一寸の躊躇いもなくゼウスを引き渡した……両手両足を芋虫のように縛るというおまけ付きで。
「ほら、もう逃がすなよ」
「すまねぇな。オラ立てクソ爺、アタシたちの裸を見た罪はその身体でキッチリ支払ってもらうからなァ……!」
アマゾネスにしては珍しく肌面積の小さい、ヘラの眷属らしい貞淑さを持った褐色の女戦士にクレスは「気にするな」と手を振る。彼としては特段、大したことをしたつもりがないからだ。
しかし一方、素直に受け渡されたゼウスからしてみれば、今後のことを考えればこれは大事であった。
「くッ! 裏切ったなクレスゥッッッ!」
「裏切るもなにもない。かつて色々と世話になった
「くっ……真面目な好青年染みた言い方をしおって!」
「それの何処に問題がある? 言えるものなら言ってみろ」
ヘラの眷属に腰縄を握られた哀れな
それに反応して、どうやら彼女たちの中で一番レベルの高いらしい女冒険者が一歩前に出てきた。
紅茶のような赤髪を肩口で切りそろえた、凛然とした女騎士。
彼の見立てではレベル6になったばかり、といった所か。他のファミリアであれば団長格だが、ヘラ・ファミリアではようやく派閥の幹部候補生になれた辺りだろう。
彼目線からしてみればまだまだ初々しい雰囲気のあるその女性は、表情を固くしたまま口を開いてクレスに頭を下げた。
「ご協力感謝する。御身のおかげで早く片付いた」
「構わんさ。それより、今日という今日も苦労させられているようだな」
「ああ、そうだな……。この老神は常人と同じ身体能力のくせに、異様に逃げ足が速くてな。そのおかげでいつも苦労させられるんだ」
「この神は『弱者の戦い方』を熟知しているからな、仕方あるまい。……コツを一つ教えるとすれば、遠慮しないことだ。なんならお前たちと同じレベルを相手するくらいの勢いでかかった方が良い。いっそ腕の一つくらい折るくらいの心構えで「ちょっ!? なに言うとるんじゃクレス!?」うるさい。ともかく、それくらい無理矢理やってしまって構わん」
なんならそれくらいしないと懲りない、しても懲りるかどうか分からんと肩を竦めて暗に伝えるクレス。
側のゼウスの絶望顔はさておいてそう語る彼に、女騎士は真剣な様子で答えた。
「なるほど、それは是非参考にさせて頂こう。「いやしなくて良いからネ!?」やかましい。……それはそれとして、今回の礼として後に貴君のファミリアまで何か届けさせたいのだが。良ければ御身の名前を伺っても?」
「クレス・カタストロフ。所属ファミリアの
「了承した。では後日、改めて仲間たちと共に謝礼を伝えに伺わせていただこう。――行くぞ皆、主犯格は捕まえたとその他の部隊に伝達しろ!」
きびきびと周囲に指示を出しながら、彼女は一刻も早く
しかし諦めの悪いゼウスが、悪足掻きとばかりにまた騒ぎ始める。
しかもその矛先は面倒なことに、同じ男ながら浪漫を共有しようとしないクレスに向けられる。
「ぐぬぬ……クレスよ、何故お主にはこの『想い』が分からん!」
「分かってたまるか。そも、同意を得ていない相手の裸を勝手に盗み見るのはただの犯罪だ。そんなに女の裸が見たければ、正々堂々付き合ってからのが筋が通っているだろう」
さっさと話を終わらせたいと正論で殴りつけるクレスに、されどゼウスは懲りず応戦する。
「馬っ鹿もん! 良いか、お主は何も分かっとらん! 若い乙女が男に覗かれて、意図せず恥じらうところが良いんじゃろうが!」
「普通の女なら見知らぬ男に覗かれたら恥じらうより先に恐怖を覚えるだろうが。そこまでして悦楽に浸りたいとは俺は思わん。それに、そんなにその
こんな下らない猥談で時間を取られるのは、どう考えようと無駄に他ならない。
クレスはさっさと別れたいのだが、そうなれば後は
もっとも彼としては、引き延ばす分だけ逃亡の算段を立てる猶予を手に入れたいという老神の裏の思惑は百も承知の上だ。
そのため、彼は手早く
「これ以上下らないことを言ってないで、早く叱られて来い。その無駄に饒舌な口をいくら動かそうと現状は改善されないし、なんなら抵抗するだけ余罪を重ねるだけだぞ。……店主、これはいくらだ?」
「うぐぐっ、嫌じゃ! 儂は決して諦めん――諦めんぞ! 女の子の大きなおっぱいに埋もれてウハウハする
「だからそう言う破廉恥なことを公の場で喋るなと。こっちまで恥ずかしくなってくる……十ヴァリスだな、分かった」
「お主も男なら! その真面目腐った面の下に同じ欲望を抱えているハズじゃ! そら、儂に続けて言ってみぃ! 巨乳こそ至高! 大きければ大きいほど、たわわであればあるだけ良し!
「聞くに堪えんな。――もう良い、暫くこれでも噛んでいろ」
口先ばかり達者な
しかし仮にもゼウスはオラリオの双翼を担う巨大ファミリアの主神であるため、そこまで強い対応を行うことは難しい。
よってクレスは面倒臭がりながらも、近くの露店で売っていたハンカチをくしゃくしゃに丸めて簡易的な口枷を作り、その口に突っ込むことにした。
更にその上から縄を二重ついでに三重と噛ませて、完全に黙らせる周到ぶりを披露した。
「むーっ! むーっ! むーっ!?!?!?」
「これで良し。後は女神ヘラが如何様にでも処分してくれるだろう。この爺の発言は一言一句正確に伝えてやってくれ……どうした?」
ふと見れば、女騎士姿の冒険者が顔を赤くしながらちらちらと彼とゼウスの間で視線を右往左往させて連行の手を止めていた。
……どうやら、口調の通り真面目かつ純朴な性格であったようで、今のゼウスの馬鹿な発言を真に受けて恥ずかしくなってしまったらしい。
――確かに、女性ばかりのかのファミリアの中で育てば露骨な男性の欲望に弱くなってしまうのも無理はないか。
ゼウスの度し難さに目を細めながら、クレスは後輩に助言を贈ることにした。
「はぁ……こんな痴呆爺「むーっ!?」の語る外見至上主義など一々気にするな。見かけはあくまでも人を気にかける切っ掛けに過ぎない。外面が麗しくとも中身が腐っている例など、歴史を振り返ればこと欠かん。――何よりも大事なのはそいつの内面であって、これまでに成してきた努力だ。その面から言えば、お前に恥じらうことなど何一つないだろう。こんな馬鹿げた言葉なんて、自信を持って弾き返せばいい」
「……そうか、そうだな。いや、すまない。こほんっ……クレス・カタストロフだったな? 貴殿は少なくとも、この老神及びその眷属の男どもよりは信頼に値するらしい。このことも含めて、後に改めて礼を述べさせてもらおう。我が名はハーマイオニー・サマーヴィル、二つ名は【
クレスの言葉を受けて案外早く立ち直った素直な女騎士こと【
きっとあの老神にはこれから、ヘラによる凄惨なお仕置きが待っているのだろう。
以前に彼がカオスから聞いた話によれば嘘か誠か、その悲鳴はオラリオ近郊の港町メレンにまで轟いたとか。
――まあ、どうせそれでも少し間隔が空いたらまた同じことを繰り返すのだろう。
その
――自分だけうまく
彼はその何処までも救いようのない今際の言葉を黙殺し、バベルに向けて再び歩き出した。
それから暫くして、ようやく普段の適度な騒がしさを取り戻し始めたオラリオ。
その中を歩くクレスの耳に、されどまた珍しい声が一つ届く。
「――誰か、この女の子を見かけた人はいらっしゃいませんか!!」
と。
《Tips》
・ハーマイオニー・サマーヴィル
ヘラ・ファミリアに所属するレベル6の冒険者。二つ名は【
役割は
肩口で切りそろえた赤髪と、その前髪を纏める小さな銀のティアラがチャームポイント。
ゼウス曰く「総じて綺麗系で可愛いけど貧乳なのがマイナス」。
もっともクレスの見立てによれば、将来的にはそうでもないようで……?
今後の展開どうするべ?(参考程度に)
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①本編にちまちま関わる
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②これまで通り『深々層』攻略
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③ファミリアクロニクル:クレス
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④カオス・レコード
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⑤迷宮神聖譚:『冥洞一灯伝』