ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている   作:七海香波

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 こんばんは、毎度変わらず作者です。
 今回も懲りずに新キャラの登場回ですが、タグにもある原作キャラも登場するのでお許しください。皆も彼の登場を待っていたはずなんだ……ッ!
 え、違う? ……ごめんなさい。


罪人狩り(クライム・ハント)の開催をここに宣言しよう」

 

 残念ながら、ユリアの両親から得られた情報は皆無に等しかった。

 そも、彼らからしてみれば知らぬ間に子供が消えていたのだ。

 直接誘拐された場面を見ているのでもなければ、その道を専門とする探偵ほど観察力や推理力に優れているわけでもない。

 そんな彼らから得られたのは精々、親として知っているであろう当然のものばかり――少女の外見的特徴や好きな食べ物、それと最近出来た気になる子のことくらいであった。

 

 それでもと分かる限りのことを詰めて纏めた一枚のペラ紙を手に今、クレスは今代のギルド長である小人族(パルゥム)の女と相対していた。

 情報交換を終えてなお珍しく居座っていた彼が「誘拐された少女の捜索依頼を請け負った」と伝えた時の彼女は、それはもう、クレスがあらかじめ想定した通りの反応を返した。

 

「――あらあら。まさか貴方様が心底愛してやまない恋人(ダンジョン)のことでなくて、そこらの端依頼に浮気してしまうだなんて! こんなこと、この私の瞳を以てしても見通せませんでしたわ。正気ですか? それともついに狂われたのですか? いえ、元々イカれてはいましたわね」

「……(やっぱりこうなったか、という顔をしている)」

「まさかまさかの迷宮(ダンジョン)狂が遂には善人落ちするなど狂気も凶気……いえ、一応は正気を保っておられるご様子ですわね? つまりは狂気が一周回ってマトモな冒険者様に戻られたということですか、これは喜ばしい。今日は天から槍が、地から剣が、そして海からは斧でも飛んでくるのでしょうか?」

「そいつは迷宮(ダンジョン)内の天候に比べれば物理的に対処できるだけマシな方だな。それはそれとして、その嫌味を一息で言い切れるあたりお前も十分狂気じみてるだろうよ」

「そこは否定しませんわ。この街(オラリオ)で曲がりなりにも長の責務を負うには、気の一つや二つは狂っていなければやっていけませんもの。ろくでもない神々や異国の名ばかりの王族との折衝、常にこちらの寝首を掻こうとしてくる部下の躾、後先考えずに突っ走る冒険者への支援(フォロー)……それらに心を削られる内に自然と舌鋒を鋭く尖らせてしまう。政治(まつりごと)の世界に身を置く者の宿命ですわね。ふふふっ」

 

 メーヴ・ナクナ・レイ。

 クセのある栗色の髪を伸ばした、左目を覆い隠す欠けた金属製の眼帯が特徴的な彼女は、残るもう一つの琥珀色の瞳でクレスを見据える。

 【魔女】【偽子老女】【腹黒女狐】などと通常不名誉極まりない呼称を嗤って受け止めるその女傑は、みっちりとクレスの冒険の記録(ログ)が詰まった超重要書類をぽいっと机の端に投げ、「まあ良いでしょう」と組んだ両手の上に顎を乗せた。

 

「こうなればむしろ本題(こっち)副題(あっち)副題(あちら)本題(こちら)。報告の方は後でじっくり読ませて頂くとして、今は貴方様が珍しく気まぐれを起こした理由から知りたいものですが……」

「報酬は『聖金樹(ウィスクム)』だ」

「なるほど! それはまた面白いものを見つけられましたわね。ロマーナの復興を狙う末裔共にとっては喉から手が出るほど欲しい国の象徴樹……それほどのものなら確かに、貴方様を動かす理由にもなりますか。――で、態々それを私にお話になるからには要求があるのでしょう? 良いですとも、オラリオの秩序を保つこともまた我らギルドの掲げる至上命題。さあさ、どうぞ仰ってくださいな。罪のない幼気な少女を見つけ出すために、私たちに何をして欲しいのか」

 

 メーヴのわざとらしい親切な口調はその裏に何かを企んでいると言っているようなものだが、そんなものを一々気にするようならそもそも彼女に相談したりはしない。

 どうせ押し付けられる対価としての仕事も、面倒ごとであっても神々の試練のような達成不可能が前提の難事ではないのだから……。

 薄い笑みを浮かべる彼女に、クレスは構わず率直に要求を提示する。

 

「俺からの要求は二つ。ギルド(ここ)の資料室の使用許可と、消費して構わない囚人の提供だ。欲しいのは各悪神の一派閥につき一人ずつ、質は問わんし最悪拷問で頭が壊れてしまっていても構わん。あとはそうだな、ゼウスとヘラのところに顔が利く職員がいると便利になるか」

「良いでしょう。それで、代価はいかが支払うおつもりで?」

「迷惑料で十億ヴァリスもあれば良いだろう。ついでこの街の大掃除(・・・・・・・)を済ませるのだから、十分お釣りがくると思うが?」

 

 クレスのとりあえず金で解決しようと言う単純な暴力に、メーヴは少しばかり悩むような素振りを見せた後、それを受け入れた。

 ただし、もちろん彼の想定していた通りの余計なおまけ付きで。

 

「ふむぅ……ま、ひとまずはそんなところで良しとしましょう。今回は間違っても、国一つを消し飛ばしたりはしないでくださいましね? ああ、あとは追加でウラノスからの討伐依頼も処理しておいてくださいな。140層近辺に『偽神(デミ・ゴッド)』が出現中とのお達しです。迷宮(ダンジョン)越しなので、司る権能までは雑音(ノイズ)がかかって知り得ないとのことですが」

「む、もうそんな時期か。面倒な奴だな……」

 

 『偽神(デミ・ゴッド)』。

 かつて迷宮(ダンジョン)で果てた神が天界に還ることなく、そのまま迷宮(ダンジョン)に権能ごと存在を捕食された暁に産み落とされる影法師。

 モンスターであるが故に神々が定めた規則(ルール)に従うことなく、躊躇なく世界を書き換える神の力(アルカナム)を行使してくる厄介極まりない敵。

 とはいえそれだけの力を持つ子供を作るのは迷宮(ダンジョン)としても大きな負担であるようで、産み落とされる周期は200年に一度程度。

 ちょうど忘れた頃にやってくるくらいの認識の相手の出現情報に、クレスは分かりやすく溜息を吐いた。

 

「だが良いだろう、傷が治ったら速攻で片をつけてこよう」

「ええ、お願いいたしますわ。私風情では談笑に付き合うのが精々、激しい舞踏(ダンス)のお相手までは到底務められませんので。では話も纏まったことですし、貴方様につける職員を呼びましょう――」

 

 メーヴが机に置かれていた鈴を鳴らすと、少しして一人の痩せこけた若いエルフが入ってくる。

 

「はっ、はっ……失礼します。お待たせ致しました、ギルド長。それで、どのようなご用件でしょうか?」

 

 見かけは完全に事務畑の男で、どうやら肉体より頭脳を働かせるのが得意なようだ。

 彼女の呼び出しを受けて急ぎ下の階から駆け上がってきたらしいが、その短い距離の移動だけで既に脂汗を流している。

 いくら事務職とはいえ運動不足にもほどがあるなこの男、とまあまあ失礼な感想を抱きながら、クレスはその初対面の男についての説明をメーヴに視線で求めた。

 

「紹介しましょう。これはロイマン。貴方様のご希望通りの職員ですわ」

「はぁ、ご紹介に預かりましたロイマン・マルディールと申します。それで、この冒険者は……」

 

 見覚えのないクレスの姿に困惑するロイマンに、メーヴはさっと情報を与えた。

 

「彼はクレス・カタストロフ、貴方に分かるように言えば【禁忌(アンタッチャブル)】ですわ。今後長い付き合いになる相手でしょうから、覚えておきなさい」

 

 名前と二つ名のみの端的な紹介だが、その名を聞いた瞬間、一瞬だけロイマンの眼の色が変わったのをクレスは見て取った。

 だがすぐにロイマンは表情を戻し、とぼけたように首を傾げる。

 

「はぁ? 生憎と私めにはそのような冒険者には聞き覚えがありませんが……」

「余計なあーだこーだは不要です」

 

 ぎろり、と睨みつけたメーヴの視線にすぐさまロイマンは顔を青褪めさせた。

 

「私が唯一認めたその頭が飾り物だったと自白するつもりなら、とっとと今座ってる席から蹴り飛ばして差し上げますが?」

「はっ、申し訳ありませんでしたぁっ!! 知っておりますとも、かの英雄殿にあらせられるのでしょう!」

 

 慌てて謝罪するその様子を他人事として眺めながら、クレスは考える。

 そも、機密である彼の情報をギルド長でない一職員のロイマンが持っているというのはおかしな話だ。

 となればつまり、この男は自分に権限のない情報を勝手に盗み見た愚か者ということである。

 しかしメーヴの方には、どうやらそれを咎めるつもりはないようだった――その気であれば既にこのロイマンとかいうエルフは誰に看取られることもなく息絶えてしまっていたであろうと、クレスは彼女との長い付き合いで知っていた。

 

「このような男です。中身は俗物なうえ神経質。しかし意欲とその目には人一倍の価値があります。なにせ密かに私の執務室に忍び込んでまで、こちらを蹴落とす材料を探そうとしてくるくらいですからね?」

「ぎ、ギルド長……まさか私が、そのような……」

「言い訳は結構! ……なに、安心なさい。貴方をクビにするつもりはありませんよ、むしろ褒めたいくらいです。こちらからいくつかヒントを散りばめていたとはいえ、私から見事機密を掠め取ってみせたのですから。与えられた椅子に座ることしか出来ない、そのような愚鈍な連中にこの街の政治は任せられませんので」

「は? ……はぁ?」

 

 何を言っているのか分からない、とばかりに目を丸くするロイマンをよそにクレスは事情を察した。

 ――どうやらメーヴはここへ来て極秘中の極秘たる彼と顔合わせを行わせたあたり、将来的にロイマンに長の席を譲ることを見据えているのだろうと。

 つまりはそれだけ使える便利な駒を今回クレスに貸し与えて、情報漏洩の償いとして働かせるついでに、その付き合い方を勉強させるつもりということか。

 

「というわけで、ロイマン。暫く貴方を彼に預けます。……細かいことはそちらの裁量に任せますので、どうぞご自由にコキ使ってやってください」

「分かった、期待させてもらおう。では先に囚人の方から済ませるか。行くぞ、いつまでも頭を下げていないでついてこい」

「は、はい……失礼します」

 

 にこやかな顔で手を振るメーヴの執務室から離れ、クレスは血の色が失せたままのロイマンを連れてバベル内の階段を地下に下っていく。

 その間、二人に会話はない。

 片やもとより会話が好きでなく、片や蹴落としたかった上司に弱みを握られた挙句笑って送り出されたばかりで恐怖に思考を支配されているのだから、それも仕方のないことなのかもしれない。

 ただどんよりと肩を落としたロイマンが他の職員と擦れ違う都度にぎょっとした目で見られていたことが、彼の印象に残った――そんなにもこの様子が珍しいのだろうか?

 

「……」

「……着いたな」

 

 クレスとロイマンが辿り着いたのは、暗くジメジメとした地下牢だ。

 ろくに換気が行われていないことが分かる、初見の者なら思わず顔を顰めてしまうような空間。石材が露出したままの壁と床から伝わる肌寒さは、そこに居る犯罪者たちの身体から熱を奪い、逃亡や反逆といった思考を鈍らせる役割を十分に果たしていると言えよう。

 事務室に設置されていたストーブで暖を取っていた管理人に、クレスは職員であるロイマンを介して要求を告げた。

 

「囚人共の一覧が見たい」

「はっ……おい、一覧はどこにある?」

「こちらです」

「よろしい。お前は自分の持ち場に戻っていろ」

 

 管理人によって案内された、ここにいる囚人たちの情報を纏めた棚の前に立ったクレス。

 彼はそこに無造作に押し込まれていたファイルの背表紙をざっと流し見る。

 刻まれている名前はいずれも、オラリオの長い歴史の中に生まれた闇の断片だ。

 

「アパテー、アレクト、オシリス、ルドラ、アヌビス……有名どころは一通り揃っているな」

「……仕方なかろう。悔しいが、連中の積極的な勧誘につられる新人が後を絶たんからな」

「微笑ましくない就職活動だ。いくらギルドが注意喚起を行おうとあの手の輩は次から次へと手を変えて無知な若者を絡めとっていくし、それに人生経験の少ない者たちに相手の裏を疑えと言ってもそう簡単には身につかん。いつの時代も為政者の悩みの種だ」

 

 そんな話をしながら、クレスは棚の中からギルドにとって用済みとなった連中を選んでいく。

 まともな情報を持たされていなかった者、尋問を終えて抜き取れるだけの情報を取り終えた者。

 そうして後は処刑を待つだけの囚人を選んでいく中で、彼は同時に相手のロクでもない犯罪歴を目にすることになる。

 強盗殺人、人体実験、故意の爆破……それらを記す筆跡はどれも聞き取りを行った職員の正義感からか、太く、また強いものであった。

 

「……よし、こんなところか」

 

 その中から必要な連中を一通り選び出したクレスは、今度は看守から鍵を借りて実際に犯罪者たちの収容されている牢に向かう。

 その後に続くロイマンは顔を青くしたまま、彼に今回の行いの意味を問うた。

 

「そう言えば聞かされとらんのだが、そやつらで何をするつもりなのだ?」

「最期に一仕事してもらうだけだ。言っても詳しくは分からんだろうし、まあ見ていろ」

 

 クレスは最初に選んだ相手の牢の前に立ち、鍵を開けて中に入る。

 その中には襤褸切れのような服に身を包みながら、四肢を極太の鎖で繋がれた男がいた。

 名をガーク・ランドルフ。二つ名は【毒蛾】。

 オシリス・ファミリア所属のレベル3にして、違法薬物販売の元締めを行っていた売人である。

 全身が拷問もとい尋問によってひどく傷ついており、指やら耳やらが欠けて、治療が行われないままに放置されたおかげで腐りかけている。

 それでも息があるのは、流石は上級冒険者といったところか。

 

「ああ、なんだぁ? これ以上手前らに話すことなんざ何も――」

「黙ってろ」

「がふっ!?」

 

 今回クレスに必要なのは男の言葉ではなく、またこの手の輩は口を自由にさせていれば大概ロクなことを言わないので、彼は手始めにガークを殴って気絶させた。

 

「お、お前……正気か?」

「こんな連中に良心の呵責はいらん。そうメーヴには学ばなかったのか?」

 

 手慣れた様子でガークを黙らせたクレスにロイマンが怯える中、彼は構わずガークの服だったものを引き千切って、その背中の『神の恩恵(ファルナ)』を露出させた。

 そして彼はゼウスにも使った注射器の魔道具をそこを突き刺し、『神の恩恵(ファルナ)』を形作るオシリスの神血(イコル)を採取する。

 

「こんなところか。で、レベル3だったか?」

 

 ついでクレスは、ガークの全身に目を走らせる。

 元は屈強だったらしい刺青だらけの体は尋問とここの環境のせいでやつれており、挙句傷が膿んでいるせいで綺麗な所が一つも見当たらない。

 

「まあ、レベル2以下だと使い物にならんからな。……仕方ない、こいつで我慢するか」

 

 クレスは懐から一つの回復薬を取り出して、ガークの身体に満遍なく振りかけた。

 『深々層』製の薬効は、一瞬のうちに相手の肉体を癒していく。

 それを見届けた後、彼は「何をするつもりか」と作業を覗いていたロイマンの前で、続けてナイフを取り出す。

 そしてロイマンが止める間もなく、彼の刃が手早くガークの身体から皮膚を剥ぎ取った。

 

「――ぎゃあああっ!?」

「もう一度寝てろ」

 

 身体を抉られる突然の激痛に飛び起きたガークを再び拳で黙らせ、それっきり用件は済んだとクレスは今度は傷を治すことなく牢の外に出た。

 一連の流れを見守っていたロイマンは、先ほどのメーヴの視線による詰問に加えてたった今彼の働いた凶行に顔色を青から更に白へと変化させていた。

 

「き、貴様っ……!」

「別に良いだろう、どうせ死刑だ。今あの出血で死んでも後で首を絞めても結果は同じだ、問題はない。ちょっと書類を書き換えるだけだし、その程度はお前の力でどうとでもなるだろう?」

「……」

 

 「そういう話ではない!」と今にも目の前の光景の生々しさに吐き出しそうなのを堪えるロイマン。

 忍耐を試される彼をよそに、クレスは他の牢の囚人たちからも神血(イコル)を採取していった。

 そうして一通り主要な悪神の神血(イコル)を手に入れたクレスは、集めたいくつかのガークの皮膚を縫い合わせて出来た大きな人皮紙を近くの床の上で伸ばして、その上に自前の触媒を乗せて呪詞を紡ぐ。

 

「【契約に応えよ、徘徊する襲撃者の呪よ。我が意の下に血鎖を打ち鳴らし、響く魂の共鳴を以て、連なる命脈をここに示せ】――【アプト・ノーグッド】」

 

 クレスが唱えた呪詛(カース)名と同時に、触媒が黒い染みと溶けて波打つ波紋のように人皮紙の全体に広がっていく。

 その上に彼が囚人たちから採取した神血(イコル)を垂らすと、全く間に紙の上に複数の名前が小さな文字で浮かび上がり始める。

 十、二十と名前の数は増えていき、その数はやがて百ほどにまで達した。

 

「その力、呪詛(カース)だと……なんだ、なんなのだそれは?」

「別にそう恐れるほどのものじゃない。元は昔に【学区】でやんちゃをしていた悪童どもが作った悪戯道具に過ぎん。それを俺がオラリオでも使えるように改造したものだ。使い道は――言うより見るが易し、か」

 

 そう言って、クレスは手にしていた紙――出来上がった《地図》に目を凝らすようロイマンに促した。

 エルフだからこそわかる、そこに漲る呪詛の強さに恐れを抱きながら、彼はその紙に浮かび上がった名前を恐る恐るいくつか読み上げて……目を見張った。

 

「ヴァレッタ・グレーデ……アニマート・ペルディクス……オリオン・ブラック……メルティ・ザーラ……こ、こやつらは……! まさか!」

「そう、これを見れば一目で分かる。連中がどこで、何をしているのかがな」

 

 ロイマンの眼が捉えたのは、いずれもオラリオに潜む悪名高き連中の名前。

 それらがまるで生きているかのように、人皮紙の上で動いている。

 これこそは【アプト・ノーグッド】、その昔に【学区】で名を馳せた四人の悪童たちが作った呪いの道具(カースアイテム)忍びの地図(マローダーズ・マップ)』の派生版である。

 連中の悪戯にほとほと困り果てた当時の神バルドルに依頼されて彼らをとっ捕まえた際に取り上げたのだが、その『学区内に存在する全ての人間の足跡を複写・追跡する』性能にクレスは「これは便利だ」と目を付けたのだ。そしてこれまた昔に魔法大国アルテナを訪れた折に、とある魔法使いから買った『探索者の粉(シーカー・パウダー)』なる魔道具(マジックアイテム)と掛け合わせてこの呪いを作り上げたのである。

 

 効果は『垂らした神血(イコル)を持つ者の居場所と名前を、地図上に表示する』というもの。

 その評価は――眼球を蛙より大きく飛び出させているロイマンの表情から推して知るべし。

 

「後はお前たちが持っているオラリオの地図と重ね合わせれば、正確な配置が特定できるはずだ。――さて、罪人狩り(クライム・ハント)の開催をここに宣言しよう。ゼウスとヘラのところに情報をやれ、そして連中にはこう伝えろ――『今ならギルドのかけている懸賞金に更に十億ヴァリスを特別に追加してやる。借金で尻に火がついた者も、買いたいものに手が出せなかった者もいずれも気張れ。全ては次なる冒険のために』、とな」

 

 最後に付け加えた一文があれば、両神はこれがクレスの差し向けたものだと即座に看破するだろう。

 後は彼らに布告の信頼性を担保された眷属たちが暴れるだけ。

 覗きを行うほど血気の有り余った連中も、滾る怒りのやり場を探していた者たちも喜んでこの狩猟劇に参加するに違いなかった――なにせ冒険者という生き物はなにかと金欠なので、後は深く考えずに暴れるだけで済むこの状況はまさに絶好の機会(ボーナスタイム)なのだから。

 

「ああ、俺は先に資料室に行っているからな。連中の手綱を握るのはお前に任せた」

「は、は、は……はぁぁぁぁっっっ!?」

 

 クレスの見せた地図のあまりの便利性と、その後の面倒をすべて任された(ブン投げられた)ことへの驚きにロイマンは思わず絶叫する。

 だが、早く慣れてもらわなければ、彼の望むギルド長の席など夢のまた夢。

 彼はメーヴのことを信用して、彼女の信頼できる部下たるロイマンに容赦なく追い打ちの一言を投げた。

 

「早くするんだな。その地図だが、大元の素材(冒険者)のレベルが足りてないせいで一日ともたず灰に還るからな。あと、追加の賞金のことは気にするな。俺が払う。計算だけ済ませて、後で纏めて口座から引き落としておいてくれ」

「はぁっ!? お、お前っ、これがそれだけで済むとっ……このっ――ふざけるなっ! ふざけるなぁぁぁっ!!!」

 

 もはや一刻の猶予もなし、とばかりに人皮紙《悪血の地図》を握りしめて駆けだしたロイマンを見送って、クレスは呑気な足取りで資料室に向かった。

 雑事は腐らせっぱなしだった貯金をバラまくままに任せて、彼本人はこれから誘拐事件近辺にあった事件の資料を洗うつもりだ。

 悪人どもの隠し持つ資料とギルドの資料、その全てを漁れば今回の誘拐事件における手掛かりの一つも掴めるだろう。

 

 そんな軽い考えから始まる、たった一人のための採算度外視の大掃除――ロイマンの苦労(暴食)の歴史はここから始まるのであった。

 

 

 




《Tips》
・メーヴ・ナクナ・レイ
 みんなお馴染みロイマンの一代前のギルド長。種族は小人族(パルゥム)
 リリルカ・アーデの前世。ベル・クラネルという存在におけるオリオン。
 つまりは原作開始前にはとうに亡くなっている。

 その隠された片目の輝きを知る者は、クレス・カタストロフを除いて存在しない。

今後の展開どうするべ?(参考程度に)

  • ①本編にちまちま関わる
  • ②これまで通り『深々層』攻略
  • ③ファミリアクロニクル:クレス
  • ④カオス・レコード
  • ⑤迷宮神聖譚:『冥洞一灯伝』
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