ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている   作:七海香波

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 お待たせしました、一週間ぶりの作者です。
 一週間に一度の更新ペースにギリギリ間に合ったようでほっとしてます。
 それではどうぞ。


吟遊詩人マーカス・ダルサス(マルクス・ドゥルースス)

 

 元々の莫大な懸賞金に、更に十億ヴァリスもの大金を上乗せ(レイズ)した『気前の良い報酬』。

 無辜の大衆を害する卑劣な犯罪者どもを叩き潰すという、『社会的道義』。

 そして、そんな毒蟲連中が蔓延る巣穴の場所は既に特定されているという『絶好の機会』。

 

 それら三拍子が綺麗に揃ったクレス仕立ての据え膳を前にして、常に武装や女やらの都合で懐事情に頭を悩ませる冒険者たちの食指が動かぬことがあろうか?

 ――否。

 無論、そんなことがあるはずもなく。

 

「――アヌビス・ファミリア第三拠点、撃破されました!」

「【血斧】エリック・ソーヴァルド撃破! って、戦利品の斧をほったらかして行くなぁっ!」

「なんだ【不沈箱舟(アークシップ)】? ……都市北東に残党が集結する動きがあるだと? させるな、その前に各個撃破するよう仲間に伝達しろ!」

「【轟雷(アストラペー)】より連中がダイダロス通りへの逃亡を図っているとの報告あり! あの裏街に逃げ込ませるな、情報共有急げ!」

 

 ギルド内に喧々囂々と響き渡る、職員と冒険者たちのやり取り。

 突如としてギルド長の名を以て発令された『罪人狩り(クライム・ハント)』の影響によって、現在のバベル一階の受付は行き交う靴踵の音が止まない戦場と化していた。

 次から次へと飛び込んでくる、ゼウス及びヘラの冒険者たちによる悪派閥(イヴィルス)撃破の報せ。

 それらを捌きつつ寄せられた情報を中継するための臨時窓口すら設けられ、不運にもそこに配置された職員たちは、訳の分からぬままに怒涛の如く寄せられる吉報を処理していた。

 

「しかしなんでまた急にこんなことになったんだ!?」

あの人(ギルド長)のことだ、深く考えるな新人! 数年に一度はこの手の無茶苦茶が起きる、最終的にはうまく行くはずだから俺たち下っ端は黙って手を動かしてればいいんだよ!」

「ええ分かりましたよ! ただしその分残業代は弾むんですよね!?」

「普段鬼ババアだとか(ガワ)が子供で中身が卑劣様だとかの悪口さえ叩いてなけりゃあな! もし一回でも言ってたらご愁傷さまだ、あの地獄耳にこの機会にガンと扱き使われるぞ!」

「そんなぁー!?」

 

 などという職員同士のじゃれあいも混じった騒ぎを遠くに聞きながら、一方でクレスはギルドの資料室に綴られたこれまでのオラリオで発生した事件の記録を漁っていた。

 今回の少女誘拐事件の直前直後に類似した事件があったのなら、そちらから解決への糸口を手繰り寄せられる可能性があると踏んでのことだ。

 弾くように(ページ)を素早く捲りながら、中身を流し見る。

 そんな彼の正面では、ゼウス・ヘラの両ファミリアから帰ってきたロイマンが同じようにして調査作業の一部を任せられていた。

 忙しない目つきでえっほえっほと行ったり来たりを繰り返す彼の仕事は、各悪神系ファミリアの根城(アジト)から運び込まれてきた新鮮な事件資料をクレスの要求に応じて選り分けることだった。

 

「……ふむ……違うな……ほー、これはまた……」

「ぬぬぬぅっ……!! 何故だ、何故今更私がこのような雑事をっ……!」

 

 ――ロイマンは当然、ゼウスとヘラの冒険者を動かした後には今のような猫の手すら借りたい状況が発生すると予測していた。

 故に彼は先手を打って、あらかじめ何も知らない他の職員たちにこれからひっきりなしに訪れるであろう冒険者たちへの対応を任せた上で、自分はこっそり後ろに構えるだけで楽をしようとしていたのだが……そうは問屋(クレス)が卸さなかった。

 万の群衆の中から一つの足音を聞き分けるクレスの耳は、仕事の振り分けを終えたロイマンがギルド内で人目につかない場所にこそこそと移動しようとした瞬間をすかさず捉え、逃げようとする彼に「待っていたぞ、ロイマン。何処へ行こうと言うんだ?」「げぇっ、クレス・カタストロフ――っ!?」と次なる仕事を与えたのだった。

 

 今のロイマンが取り掛かっているのは、冒険者たちが無造作かつ大雑把に積み上げた資料の山を分類して整理する作業である。

 その中から特に今回クレスが必要とする誘拐及び人体実験に係る資料を規則正しく抽出するのは、一般の職員にとっては中々に頭を悩ませる仕事だろう。

 ただでさえ一目見ただけで胸糞悪くなるような資料が辺り一面に散らばっているのを、中身をある程度理解した上で順序良く並べ立てるという精神的苦行にも似た仕事。

 それでも流石は現ギルド長が見出した頭脳の持ち主なだけあって、ロイマンは苦悶の声を上げながらも手早く進めていく。

 

 ――もっともこの一時においては、彼が山を崩すより早く冒険者たちが積み上げていくのだが。

 終わりの見えない地獄を前に、愚痴を叩くロイマンの瞳は既に光を喪いかけていた。

 

「オシリス・ファミリア団長メルティ・ザーラ、討伐を確認!」

「アパテー・ファミリア団長のマグス・ハーメルンも捕縛されたぞ!」

「――うぬぉぉぉっ!! 喜ばしい! 外から聞こえる報告はまず間違いなく喜ばしいっ! ……のだがっ! 今はこの吉報が、何より恨まれるわっ……!!」

 

 職員たちの興奮交じりに叫ばれる報告は、ロイマンも手放しに賞賛したいところだった。

 しかしながら、その吉報の余談(おまけ)として彼の前には更なる資料の山が積み上げられていくのである。

 それは彼の抱いた希望を瞬時に圧し潰すに足るほどの、残酷な光景であった。

 彼は愚痴をぐちぐちと垂れ流しながら、側で資料を読み進めるこの件の元凶をふと見て舌打つ。

 

 その恨みつらみの篭った目を向けられたクレスは、ロイマンが一つ資料を読み進める間に三つのファイルを読破していた。

 あまりに速く(ページ)を捲る彼の動きに、ロイマンはストレス発散の意味も込めて唾を飛ばした。

 

「貴様っ、その速さで本当に中身を理解しているのか!? まさかただ適当に流し見ているわけではなかろうな!?」

「無駄口を叩くな。そら、次が来たぞ」

 

 ただ、クレスから返された回答は非常にそっけなく。

 それから自身の後ろでどんっ☆ と置かれる新たな資料の音に、ロイマンはまた絶叫せざるを得なかった。

 

「――ぬぐぅおおおぁぁぁっっっ!!!」

「……駄目だな。これも違う……違う……違う……全然関係ないな……」

 

 ――なお、ロイマンの推測は半分間違っていて、半分正解であった。

 クレスは資料を一つ一つ(ページ)の隅まで読み込んでいるわけではない。

 ざっと一目見た中で重要だと思った(キーワード)だけを抜き出し、それを記憶の中で検索にかけることによって、今回の事件に関係がありそうかを感覚的に識別している。

 それはロイマンのような地の頭の良さによる論理的な思索ではない、単純な長年の知識の積み重ねによる反射的な直感。

 古今東西のありとあらゆる悪事を目にし、また実際に巻き込まれた経験のあるクレスは、その身に蓄えた重厚な歴史の観点から『悪』の思考を分析していた。

 

「ぬがぁぁぁっ……!!! 何故私がこんなクソみたいな実験資料なぞに目を通さねばならんのだっ……!」

「【骨喰】、【無名之権兵衛(ジョン・ドゥ)】、【武者髑髏(アヴェンジャー)】討伐ゥ!? 嘘だろ、こんなに多くの連中の首が並ぶところなんて初めて見たぞ……!」

 

 唯一その価値を他人に認められた脳味噌を全力回転させて唸り声を上げるロイマン。

 運ばれてくる悪神の眷属らの亡骸に「壮観だ」と浮かれたような声を上げるギルド職員。

 それらを背景に、クレスは静かに目前の資料へと目を走らせ続ける。

 ――だが、中々彼の勘に引っ掛かる情報が見つからない。

 

 身寄りのない子供たちを養う慈善施設に偽装された、暗殺者養成機関。

 ギルドの目の届かない遠方の村一つを丸々潰して建てられた、人体実験場。

 政治と経済を裏から操って戦乱を無意味に拡大させ、難民を作って奴隷に落とす人身売買事業。

 

 どれ一つとっても決して許されざる蛮行だが、しかし少女の誘拐に関わらない以上、クレスはそれらの件についてさして気に留めることなく次の資料へと思考を移していく。

 

「……ぬ、なんだこれは?」

 

 その中でふと、ロイマンが手を止めて一つの資料にじっくりと目を落とした。

 若干禿げあがりつつある前頭部の汗を拭いながら、彼は羊皮紙に刻まれたとある実験の目的を読み上げる。

 

「『神の恩恵(ファルナ)』の引継ぎ、だと? 一体どういう……」

「――アパテー・ファミリアとオシリス・ファミリアの共同実験だ。詳細が知りたいのならこちらを見ろ」

 

 ギルド内に保管されていた最近の資料を一通り漁り終え、ロイマンの選り分けた資料にも眼を通してしまい、ついには他の手付かずの山に手を付け始めたクレスが一つのファイルを抜き取って彼に差し出す。

 

 ――【実験名・恩恵継承(プロジェクト・サクセスライフ)】。

 それは『神の恩恵(ファルナ)』を媒介することで、死した冒険者の魔法やスキル、果ては魂を新たな肉体に転写・発現させることを目的とした実験である。

 結論としては、近親者同士の間では一応の成功を見たとのこと。

 ただし制限時間があるようで、親子で一時間、双子で半日、複写体(クローン)で一週間しか保てない。

 最終的には被験者の肉体が二つの魂の結合に耐え切れず崩壊してしまうため、実用性がないとして失敗の烙印を押されている。

 

「ぬぬぬぅ……嫌味のつもりか貴様っ!」

「なにを言っている?」

 

 瞬時に参考となる押収資料を投げ渡したクレスがそれなりに資料を読み込んでいることを悟り、深読みしたロイマンは「先ほど訴えたことへの意趣返しか!」と猶更唸った。

 もちろんクレスにそんな意図はないのだが。

 

 そうして濃密な調査の時間が半日ほど経過した頃に、ようやく事態はいったんの落ち着きを見せたのだった。

 

「……かひゅー、かひゅー……」

 

 ぐったりとした様子で擦れた息遣いを響かせるロイマンの姿は、まさに屍のようであった。

 一方のクレスは腕を組み目を閉じて、今回目を通した資料を改めて記憶から掘り返し、頭の中で再整理する――しかし。

 

「……駄目だな、今回の作戦は失敗だったか」

 

 しかし、集められた情報の中には少女ユリアの誘拐に関わってきそうな情報は見つけられなかった。

 悪神のファミリアが計画的に仕込んでいた、もし達成されたならば世紀的な事件となる大犯罪にも、その眷属が衝動的に起こした軽犯罪にも、少女の気配は見当たらない。

 となれば結論は一つ。

 クレスは探すべき場所を間違えていた、ということになる。

 

 これまではオラリオ内の何者かが行った犯行と見ていたが、そうではないとなれば――。

 

「見るべきものはギルド(ここ)にはない、か。ならば次はガネーシャ・ファミリアでオラリオの出入りの記録を見たい。行くぞロイマン、もう十分休んだろう」

「ま、待て、せめてもう少し休ませて……」

「ふん」

「――わぎゃっ!?」

 

 甘えたことを言うな、とばかりにロイマンの背後に回ったクレスがその首筋に向けて引き金を引く。

 プシュッ、と音を立てて打ち込まれたのは彼も御用達の『深々層』製栄養剤。

 途端、うつらうつらと閉じかけられていたロイマンの瞼がカッと見開かれた。

 

「こ、これはっ!? 眼が、頭が冴え……うおおおっ!?」

「これで大丈夫だな。なに安心しろ、あの女(メーヴ)も一時期病みつきになって俺に帰る都度にあの手この手で強請りに来たほどキく代物だ。安全性は俺で確認済だし、効果もあいつのお墨付きだ」

「この戯けがぁっ! それは中毒になっていると言うのだろうがぁぁっ!! 安心なぞ出来るかぁぁぁっっっ!!!」

「慣れろ。奴の後を継ぐと言うのなら、この程度は日常茶飯事だと思え」

 

 クレスの襟元を掴んで、ロイマンは訴えるようにその首を揺さぶろうとする。

 しかしもちろん、彼の身体は大樹の根が張ったかのように微動だにしない。

 逆に諦めの悪いロイマンの首根っこを引っ掴んで、ズルズルと引き摺りながらクレスはガネーシャ・ファミリアの拠点(ホーム)へと向かうのだった……。

 

 

 

 

 

「――うむ、見るに堪えん! その男は解放してやるが良い! ガネーシャ忠告!」

「そうか。御身がそう言うのなら仕方あるまい。ではメーヴにもまあまあ役に立ったと伝えるか」

 

 民衆の王を名乗る象頭の神(ガネーシャ)との交渉はつつがなく終わり、いざ都市の出入記録を閲覧しようとしたところで、ロイマンに対して見かねた彼から安静にするよう止められた(ドクターストップがかかった)

 しかし、そこにロイマンが必死になって食いかかる。

 

「いや、神ガネーシャ! どうぞご心配なさらず! 私はまだまだ働けますとも!」

「聞けば十二時間もぶっ通しで働いていたと言うではないか! 下界の人間には休みが必要だとガネーシャも重々承知しているゾウ! と言う訳で無理せず休むが良い!」

「い、いえ! 大丈夫です! そこの男によく分からん栄養剤を与えられたおかげで元気溌剌でありますので!」

「まあ落ち着けロイマン! 元々その身はそこまで仕事に精を出すというタマでもなかったはずだが……そこまでして働かねばならぬ理由があるのか?」

「い、いえ、それは……」

 

 ロイマンは思わず、神ガネーシャから目を逸らして右往左往させる。

 ――言えぬ。まさか上司(メーヴ)から情報漏洩を咎められて罰として働かされているなどと、今後に響く失態を迂闊に公言など出来る訳が無かろうが! と。

 

「なに安心するが良い! 俺からもきちんとメーヴに話は通してやろう! なぜなら俺は、ガネーシャだからだ!」

「ああ、いえ、その……」

 

 純粋にロイマンの身を案じて、休ませようと圧をかけてくるガネーシャ。

 それに対してなんとか言い訳しようと頭を回転させるも、半日の疲労が彼の思考を鈍らせる。

 結局うまい言い訳を思いつかず、疲れ切った彼の頭が選んだのは――思考回路の気絶(ショート)だった。

 

「あ、ああ……あの、そのっ、このっ……どの? うーん――あガふッ」

 

 ばたり、とその場に倒れたロイマンを見て、目をぱちくりとさせたガネーシャは代わりに事情を知っていそうなクレスの顔を見る。

 

「……なにがこの男をそこまで急かしていたんだゾウ?」

「俺は知らん」

 

 ――そんな訳で、気を失ってしまったロイマンの代わりとしてクレスは新たな協力者を神ガネーシャから与えられたのだった。

 青錆色の髪をざんばらに刈った逞しいその男は、呵々として彼に握手を求めた。

 

「クレス君と言ったか? 俺はメルギィ・ヴァルマ! 二つ名は『象神の盾(ヴィグネーシュヴァラ)』! 最近息子が立派な花嫁を迎えて、感激のあまり三日三晩妻と咽び泣いた世界一の果報者だ!」

「そうか」

 

 元気で陽気な彼に手を掴まれ、クレスはぶんぶんと腕ごと振り回される。

 ガネーシャ・ファミリアの冒険者は大きく分けて、主神に似て過剰に活発な者とそれを見て呆れる者の二通りに分けられるとカオスはクレスに語っていたが――どうやらこの男は前者にあたるらしい。

 そんなメルギィに連れられて、彼はガネーシャ・ファミリアに設けられた保管庫に向かう。

 

「オラリオの出入記録ならここにある! それで俺は何をすればいい!」

「俺と一緒に記録を洗ってくれ。絞る条件は次の三つだ。一つ、出ていった日付が誘拐のあった日から7日以内であること。一つ、常連の商人関連ではないこと。そして一つ、署名が代筆で無いことだ」

「分かった、良いだろう! ではさっそく取り掛かるぞ! うおおぉぉぉっ!!」

 

 あまりに話が早いと言うか、さほど考えることなく愚直にクレスの指示に従って仕事に取り掛かるメルギィ。

 ロイマンと違って物分かりが良いのは助かると思いながら、クレスもまた調査を始める。

 

 まずオラリオを出た日付から絞るのは、外部の人間が街の中で罪を犯した場合には即座に脱出しなければならないからだ。

 オラリオで犯罪に手を染めた場合、まず間違いなく悪神の眷属から「ナニ俺たちの縄張りで勝手やってんだオイ」と目を付けられる。彼らに一度絡まれたならば後はズルズルと引き込まれていくだけなのだから、大抵は目的を達成すれば速やかに街を出ていくことを目論む。恐らく一週間程度を目途に脱出しているはずだ、とクレスはこれまでの経験から読んでいた。

 

 そして常連の商人を調査対象から省くのは、偏に彼らに誘拐に関わる利益がないからだ。

 既にオラリオと言う世界最大の市場に食い込めている以上、彼らにはそれなりの利益が転がり込んでいる。その状況を壊す危険(リスク)にあえて手を染めることは、通常有り得ない。

 

 最後に、署名が自筆であることを条件にしたのは、対象を知識の面から絞るためだ。

 一口に誘拐と言っても、その流れには大なり小なり計画性が求められる。それだけの頭があるのなら、文字も書けるくらいだろう。近隣から文字のかけない観光客も多数訪れることから、これでもだいぶ省けるとクレスは踏んでいた。

 

 ギルドの資料室にいた時と同じように、黙々と作業を続けるクレス。

 一方メルギィは黙って仕事を出来ない性格のようで、積極的に彼に話しかけてきた。

 

「いやぁ、それにしても結婚とは実に目出度い出来事だ! そうは思わないか!?」

「……」

「あの子は俺に似ず奥手でな! 恋人とは長い間じれったい距離感を保ってばかりで親としては悶々としているばかりだったが、ついに『水船の匙(スプーン・アクア)』で一世一代の告白を成し遂げてな!」

「……」

「妻なぞもう孫の名前を考えているものだ! 俺としてはちと気が早いと思うのだが、うん! 初めて祖父母になるのだから、気が昂るのも仕方あるまい! 俺としては男児であればアルシュやドゥルヴ、女児ならばシャクティやアーディなどが良いと思うのだが、いかんせん気が早いと義娘に言われてな! がははっ!」

「……そうか。まあ、実際に名づけを行うのは祖父母ではなく両親なのだから、他のことを教えてやれ。赤子を育てるのには様々な気苦労がある、そのコツを代わりに話してやると喜ぶだろう」

 

 ベラベラ話すとは言え、メルギィの作業の速度が落ちているわけではないので、クレスも適当に返事を送る。

 そうして記録を追っていく中で、彼の手が一瞬止まった。

 

「む……? これはなんと読む……マーカス・ダルサス……で、良いのか?」

「どうした。――いや、違うな。それはマルクス・ドゥルーススと読む。しかし共通語(コイネー)ではなく神聖文字(ヒエログリフ)を使うとは、今時の人間にしては珍しいな」

 

 メルギィの手元を除いたクレスが、一つの署名を読み上げる。

 神聖文字(ヒエログリフ)で書かれているが、かなりクセが強い。

 読み間違えるのも無理はないと彼が思った、その矢先。

 

 ――クレスの直感が、違和感を訴えた。

 

「いや、待て。ちょっとそれを貸せ」

 

 クレスは記憶の底から、神聖文字(ヒエログリフ)の知識を掘り起こす。

 目の前の書類に書かれた字体のクセは、個人的なものと言うよりは……数百年ほど前にはまあまあ見慣れた様式のもの。だからこそ彼も、そこまで悩むことなくスラスラと読み上げることが出来た。

 その書体(クセ)の名は――。

 

「そうか、ロマーナ式……!」

「ロマーナ? それがどうかしたのか?」

 

 メルギィの不審がる声をよそに、クレスはその書類の中身にじっくりと目を通す。

 職業欄に書かれているのは『吟遊詩人』――今時英雄譚の一つくらい誰でも諳んじられるだろうし、なにかと誤魔化しのきく仕事と言える。

 持ち込みの所有物は金銭とその他旅の必需品、そしてケースに入った弾き語り用の大琴(ハープ)――それは、子供一人くらい容易く入る大きさでもあるだろう。

 

 更に決定的だったのは、付記されていた当時の門番の所見。

 試しに彼が一曲語るよう促したところ、マルクス・ドゥルーススと名乗る男は「珍しく、神聖迷宮譚(ダンジョン・オラトリア)に記載のないカリギュラ帝(・・・・・・)――かつてのロマーナ皇帝の栄光を謳った」とある。

 つまりは、この男が今は失われし(・・・・・・)ロマーナに深く関わることは確定的。

 それでいて、今回攫われた少女はその皇帝の由緒正しき子孫である。

 

「――これか」

 

 クレスはようやく、自分の頭にピカンと来るものが来たと直感した。

 彼はすかさず審査書類に添付された他の書類を確認する。

 オラリオに入る時に提出された身分証明書――そこに使われているインキは船乗り等に好まれる水に強い類のものであり、紙には微かに潮の香りが残っている。

 となれば次はオラリオ近郊の港町を調査すべきだと、クレスは立ち上がる。

 

「メレンだ。メレンへ行くぞ」

「お、おぅ? よく分からんがこの際だ、俺も付き合うぜ!」

 

 




《Tips》
・メルギィ・ヴァルマ
 ガネーシャファミリア所属の壮年冒険者。二つ名は『象神の盾(ヴィグネーシュヴァラ)』。
 原作のシャクティやアーディの祖父にあたる。
 最近息子夫婦が結婚したばかりで、人生三度目の絶頂期にある。
 一度目は妻への告白が成就した時、二度目は息子が産まれた時である。
 四度目の絶頂期が見られるかどうかは今後次第。

今後の展開どうするべ?(参考程度に)

  • ①本編にちまちま関わる
  • ②これまで通り『深々層』攻略
  • ③ファミリアクロニクル:クレス
  • ④カオス・レコード
  • ⑤迷宮神聖譚:『冥洞一灯伝』
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